A Girl Want to be Killed

郡山 氷里

第1話

 ガタリガタリ。それなりに慣れているとはいえ、列車の揺れは馬に乗るのとはまた違った気持ち悪さを感じさせる。年季が入り、古めかしい匂いを漂わせる革張りの座席には空席が多く。選り取りみどりの席を埋めているのも旅行客といった風体の者は居ない。例えば太っ腹に似合わぬ眼光を光らせる商人の類。何処か人目を気にする小心者の厳つい男はおそらく罪を犯して逃げてきた者だろう。外から見える風景は見渡す限りに広がる地平線で、目を引くものなど何も無い。荒野と砂漠の中間とでも呼ぶべき景色はむしろ人の孤独感や恐怖心を煽っていく。


「やっぱり、鉄道はもっと華やかにするべきですわ」


 乗客の中で唯一、窓から身を乗り出していた少女は、詰まらなさそうに呟いて、埃かぶった座席に腰をおろした。風に乱されたブロンドの髪を手で梳きながら、大げさに溜め息を吐く。だが、高価であろうドレスが汚れてしまうことはさして気にしていないようだ。彼女の不満は専ら風景のみに注がれている。


「ねえ、そう思いませんこと?」

「ああ、そうだな。ついでに静かな旅ならなおさら良い」


 肯定を求める少女に、向かいの席に座っていた男はライトシアンの髪をぼさぼさと掻き毟りながら答える。珍しい黒い虹彩の目の端にヤニが付いていることから、ついさっきまで寝ていたのだろう。少女の言葉は聞いていたようだが、話しかけられた事は気に入らなかったようだ。ぶっきらぼうな皮肉が返ってくる。

 三十路は越えているだろう男と、かたや大人と呼べるかも曖昧な少女の取り合わせは殺伐とした車内では些か珍しいものではあるが二人とも周りからの奇異の視線は気にしていないようだ。


「だいたい、鉄道を管理してるのが誰かってのも分からないのに華やかも何もねえだろ」

「あら、それは間違いですわ。誰のものか分からないということは誰のものでも良いってことですもの。私の好きに装飾しても構わないに決まってますわ」

「シール、お前はその唯我独尊みてーな考えをさっさと直せ。じゃないと変なとこで命を落とすことになるぞ」

 彼なりに心配している言葉なのだろう。しかし、シールと呼ばれた少女はそれを鼻で笑った。


「それはありませんわ。だって私、死ぬ時は貴方に殺されるって心に決めてますもの。ねえソル」

「殺さねえって言ってるだろ。もうそっちは廃業だ」

「つれない人。セシリアって呼びなさいと何度も言ってるのに直さないし」

「お前なんか渾名呼び子供扱いで充分だ」

 不服ですわ、とセシリアシール・クイン・アルテミアスは頬を膨らませる。その姿はさながら親に物をねだる子供のようで、ソルウィレヒムソルはそれ見たことかと笑って相手にしない。


「次はー、ウラツカの街ー、ウラツカの街ー」


 ソルが構ってくれないと悟ったセシリアは窓の外を再び眺めながら、自分達の目的地の名を独りごちる。目を凝らせば、遠目にだが街の風景は確かめることが出来た。防壁に囲まれて、中の様子は分からないが、かなり大きな街のようだ。もっとも鉄道が通っている時点である程度の規模であることは窺えるのだが。農業でどうにかこうにかやりくりしている小さな集落とは訳が違うのだ。鉄道が通っているということは、それだけの昔からあり、同時に反映し続けているということなのだから。


「こっからあと一ハウルって所か」

「そうですわね」

 ソルが窓に目を向けないまま聞くと、セシリアも指折り数えてそれに答える。一日が二十ハウルであるから、まだ到着は遠そうだ。六十ハウル以上も揺られているソル達にはもう少しとも思えるのだが、雑談をするだけの時間は十分にある


「ウラツカの街ってどんな場所でしたっけ」

「銃発祥の地で、今もそれで儲けてる街だ。他に出回ってる誰が作ったかも分からない粗悪品と違って、ある程度安定した品質らしい」

 だからといって使う気にはならないけどな。ソルは馬鹿にしたように笑う。銃の類いは、威力こそ熟練の兵士が振るう棍棒ほどもあるが、取り回しが格段に難しい。先ず撃とうものなら反動で肩を外し、銃口がブレればまるで当たらない。装弾には時間が掛かるし、装弾不良を起こすことも少なくない。ハイリスクハイリターンと言えば聞こえは良いが、早い話外せば死ぬだけの話だ。『 死に急ぎ』なんて悪名を付けられた武器に命を預ける気にはどうしてもなれなかった。


「私は甘味とか美味しいものについて聞きましたのに」

「知らんがな。ただでさえ街の文化は外に出ないんだ。そんなこと知ってるわけねえだろ」


 大きな街と街を繋ぐのは鉄道しかない。それは自然の摂理である。

 この大陸は海に囲まれていると言われている。見たことのないソルやセシリアは海がどういうものかは知らないが、川よりもさらに大きな水場であるという知識は持っていた。そして、その海以外には、大陸に何本か流れる川しか水辺と言うものがないのだ。街は川辺に発展し、それぞれの川で別々の文化を形成している。そして、川と川とを徒歩で移動することは不可能に等しい。一番近い川でさえ鉄道で三日三晩走り続けなければならないのだからそれも当たり前のことだろう。それだけの水を持ち歩くことは出来ない。

 そしてその鉄道だが、車内が閑散としていることからも分かる通り、利用する人間はほとんど居ない。川を移動する利点が無いからだ。生活をするなら自分達の街で事足りる。高い金を払ってわざわざ遠くを目指すのは、各地の特産品を売り捌いて利益を得る商人と、街にいられなくなった犯罪人、ソルとセシリアのような酔狂な旅人。そんな人間ばかりで、そうなれば街の特色など出回らないものだ。ソルはむしろ詳しいとさえ言える。


「そんなの着いてから歩き回ればいいだけの話だろ。俺はもう一度寝るぞ」

「えー、付き合い悪いですわね」


 もう一度背もたれに深く背中を預けてソルは目を閉じる。セシリアはまた唇を尖らせたが、こういう時は何を言っても無駄だと経験で知っていたので早々に諦めて、自分も座席にもたれかかる。

 寝息を立てる二人を連れて、列車は走る。目的地であるウラツカの街は少しずつ大きくなって見えた。



 列車の中からも分かるほどに大きな人のうねり。視覚ではなく、気配と喧騒が微睡んでいたソルの意識を現実に引き戻した。まだ体が揺らされているような感覚はあるが、窓から見える景色は、初めてなのに何度目かと間違えてしまいそうな、変わり映えしない駅の風景止まっている。どうやら寝てしまっている間に到着していたようだ。


「おら、御待望の街に着いたぞ」


 目の前で礼儀良く眠っているセシリアの額を叩いて起こす。一度寝たら声をかけたくらいでは起きないことを知っているので、というよりは単純な嫌がらせの類いだろう。それなりの強さで叩かれて薄ら眼を開けたセシリアを無視し、ソルは足元に置いていたナップザックに手をかける。動き出す人の波にげんなりとしながらも立ち上がり、まだ寝ぼけ眼のセシリアをもう一度、今度はナップザックで叩いた。

 どすんと低い激突音。ナップザックの中身は何やら重いものだったようで、セシリアは頭を抱えて上目遣いにソルを睨んだ。よほど効いたのか目尻にはうっすらと涙を浮かべている。


「酷いですわ、かよわい乙女に向かって」

「ガキだからって遠慮してたらお前は何するか分かんねえからな。この位で済んだだけ有り難いと思え」


 理不尽なソルの物言いにセシリアは抗議するが、またしても暖簾を押したような感触しか得られない。人生経験の差が如実に現れているということだろう。

 この列車が出発するのは明日だが、商人たちが右往左往している中で待ち続けるのは神経をすり減らす。ソルはさっさと列車を降りて大通りに出たかった。だから未だに涙目のセシリアを放置して人の波をすり抜けて進んでいく。乗客が少ないとはいえ狭い車内だ。通路はほとんど通る隙間などない。素早く、そして誰にもぶつからずに歩くのは上手いとかそんな言葉で語ることの出来るものではなく、例え訓練を受けていたとしても、完璧に、軽々とこなすソルの技術は生半可なものではなかった。セシリアも慌てて着いていくが、二人の距離は段々離れていき、ついにセシリアはソルを見失ってしまった。

 やっとのことで人ごみを抜け出し、駅を脱出して大通りに出た時には青髪の男の姿形も無い。右を見ても左を見ても、大きな街特有の活気のある市場しか確かめられず、行く当てのないセシリアは立ち止まってしまった。


「本当に酷い人ですわ。一人でそそくさと行ってしまうなんて」


 居ない人間に悪態を吐けど意味は無く、セシリアは大きく息を吸い込んで再び歩き始める。普通、若い少女が見知らぬ街を一人で歩くのは恐怖を伴うものだが、セシリアの表情に不安の色は見られない。旅に慣れている、ということだろうか。それを鑑みても不自然な程の落ち着きよう。

 大通りは整備されてはいるが、石畳ではなくそのままの地面が顔を覗かせている。僅かに大きく足を沈ませると、乾燥してひび割れた表面が削れ、その奥のまだ強さを保っている箇所に跳ね返された。


 駅の周りに活気が溢れているのは珍しい光景だった。誰が乗ってくるかも分からない鉄道の客を相手に商売が成り立つのか、慎重な商人は失敗する可能性を恐れて手を出さない。店を開く勇敢な商店も、ほとんどは柄の悪い相手に絡まれるか、同業者に冷めた目で見られるかのどちらかだ。このウラツカの街がそうでないのは、おそらくソルが話していた鉄砲に理由があるのだろう。経済とは街、大きくとも川だけで成り立っているものだが、ウラツカの街は鉄砲を輸出している。輸出を大きな収入源にしているから、鉄道の客に対する風当たりもやさしいのだろう。それでも鉄道に対して根本的な恐怖を抱いているのは目に取れた。


「さて、どちらが正解なのかしら」


 大通りは不思議な形をしていた。大きな通りが右と左の二つに分かれていて、それぞれに異なる服装の人々を見ることが出来る。左には、今晩の献立の材料でも買い集めにきた主婦や、通りそのものに興味を持つ若者と見られる人で溢れていて、対する右は無知な田舎者でも即座に断ずることが出来るような荒くれ者で賑わっている。それに混じって恰幅のいい中年も幾人か歩いているが。隣にまた屈強な男達を連れていることから、おそらくは商人だろう。真っ当な生業をしていそうな者はほとんど居ない。

 これがこの街の在り方なのだろう。鉄道を必要としない人種と、必要とする人種、日常を生きる者と非日常に暮らす者で通りが隔たれている。混ざり合わない共存を選んだ街は、その役割を十分に果たしていた。


 しかし、ソルはどちらの通りを歩いたのだろうか。単純に考えるのならば右の通り、治安の悪そうな道の方だが、セシリアもわざわざ悪漢に絡まれようとは思わない。迂闊にそちらに向かうことは控えたかった。かといって、左の通りに歩いてく姿など想像することが出来ず、仕方がないとセシリアは柄の悪い男達の目を盗むようにひっそりと足を動かす。


「それにしても、もっと華やかだと思ったのに、期待外れですわ」


 発展している街、貿易で栄えている街。そんな前情報を持っていたセシリアはもっと娯楽に富んだ華やかな街を想像していた。しかし、今見ている風景は着飾った貴婦人が優雅にお茶会を楽しむような風情のある街並みではなく、商魂たくましい商人どもの気迫溢れる路地の装いだ。スラムばかりの街に比べれば確かに活気は良いが、これでは面白味がない。


「おいおい、嬢ちゃん一人でどうしたよ。迷子か? お兄さん達が私兵のところまで連れてってあげようか?」

「心配しなくてもお代は身体で支払ってもらうけどねー」

「・・・・・・ほんっとうにつまらない街」


 人目につかないよう気を付けていたのに声を掛けてくる相手。如何にも軽薄、如何にも愚鈍と呼べるような様子の男二人には気付かれないよう静かに溜め息をこぼす。この手合いは相手にするだけ無駄だ。口を効かないことが一番楽なのだが、無視されることを何よりも嫌う。どうしたものか、と返答もせずに考え込むセシリアの肩を待つことも出来ない男の片方が掴む。


「なーにシカトしてくれちゃってる訳? あ、それとも怖くて口も聞けないとか。こんなとこ来てんだからどうせ何遍も股開いてんだろ。だったら俺達にちょーっとばかし御奉仕してくれたっていーんじゃねえの?」

「下品な方は嫌い。軽薄な方も嫌い。貴方達みたいな身の程を知らない輩は一番嫌いですわ。触れないでくださる?」


 セシリアは肩を掴んでくる手を払い除け、冷たい声で、凛とした態度で言い放つ。そこには教養と経験を持ったものの気品と呼べるものがあったのだが、生まれてこの方どちらも受けたことのない二人には、ただ馬鹿にされたとしか、思えず、ちょうどいい獲物だと思っていた相手に格下に見られた憤りしか感じられなかった。跳ね除けられた男は顔を真っ赤にして声を荒らげる。


「調子乗ってんじゃねーぞクソアマ!」

「その言葉、そのままそっくりお返ししますわ。いえ、糞野郎とは言い換えた方がよろしいかしら」

「なんだとこの・・・・・・」


 その時、雑多な通りには似つかわしくない、やけに大きな破裂音が鳴り響いた。

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