◇森の奥には何が居る(2)

お久しぶりです。

たった今ノートパソコンがネットに繋がりました!

6月から一切更新出来なくて申し訳ございません。


――――――――――――――――――――――――


 幸せそうなサーヤとその様子を見ることが幸せなレルアバド。

 二人の良くできた相互関係を眺めながら、婚約者の祖母だからということで被っていた猫を今この時だけでも脱ぐことを決意した。


「名前はあった方がいいと思います。どちらかというと魔王ちゃんの方が好みです。サーヤ様、その問答なら後でゆっくり聞きますので、お願いなので話を進めてくださいませんか」


 でないと夜が更けきってしまう。


 一応書置きはして来たが、屋敷の者達に無駄な心配をかけることになるだろう。

 カイゲツが心配してくれるかは分からないが。

――と、無意識にそう思ってしまい、少し悲しくなる。


「あら、あらあらごめんなさい! あたしったらまたお話を逸らしちゃったわね。 でも、キャロディナさんが契約した時はその子の名前を教えてちょうだいね!」


 ようやく話が進みそうだ。

 キャロディナはこくこくと頷き先を促した。


「魔王の……魔王ちゃんの話だったわね。そう、そうね。魔王と呼んでいるのは、あの子の存在を知っているファルクネスの名を持つ人だけよ。ミアもロイも、多分知らないんじゃないかしら? レルアバドはちょっと立ち位置が特殊だから知ってるのよねぇ」


 特殊という言葉に引っかかりはしたが、これ以上話を反らすと収拾のつかないことになりそうなので今は放置することとする。


「捕まえたのは、あたしたちすら知らないとてもむかしの人達よ。ファルクネスという名前があったのかも分からない昔のことよきっと。その人は魔王ちゃんの持つ力を知り、魔を統べる者の称号を名づけて、それ以来この森に捕らえているの」


 サーヤが顔を下げて陰りを落とす。


「普通は人間に魔物を……それも、とぉーっても強い力を持った子を捕まえるだなんて不可能なのよ。だって、魔物は自分の意思で姿を視えなく出来るんだもの。でも魔王ちゃんはとても特異的な存在だったの」


「特異的というのは……」


「魔物が森羅万象から生まれるというのは知ってる?」


 キャロディナはしっかりと頷く。

 最初にロイが教えてくれたことだ。


「メメちゃんはあたしと契約するためにこの姿形になったけれど、本当は何でもないの。視覚できない何かなの。魔物が形を取るということは、生物と関わろうとしているからなのよ。だから人間と関わらない魔物は存在はしても形がないものなのよ」


「じゃあ、魔王は人間と関わろうとして姿を見せたということですか?」


 サーヤはゆっくりと頭を振った。

 では一体どういうことだと言うのか。


「魔王ちゃんは、元々が生物なの。――二尾の狼だったのよ」


 キャロディナははだ、魔物が何から生まれるどういった存在なのかすらちゃんと理解が出来ていない。

 ただ、確かにそこに居るということしか知らされていないのだ。


 狼から産まれたという魔王の特異性があまり理解できなかった。


「あの……、私まだよく魔物のことを分かってなくて。元が生物だということが特異なのか、狼だから特異なのか……」


「えーっとねぇ、魔物は殆どが事象から生まれるわ。みんなはっきりとは分からないんだけど、風だったり雨だったり光とか熱とか、あとは成長することだとか、時が経つこととか……。メメちゃんは多分、記憶することかしら? 生物がそのまま魔物になるだなんて、後にも先にもあの子だけなのよ」


 その説明になるほどと納得する。


「元が生き物だからか魔王ちゃんは存在を消すことが出来ないみたいで……」


「捕まったんですか?」


「捕まえちゃったみたいねぇ」


 魔王は意外とまぬけなようだ。


「うっかり捕まってそれから長い間ここに居るっていうんだからうっかりさんよね~」


 話してくれる内容が内容なので緊迫感があるべきなのだが、サーヤが話すと少しまぬけな会話になってしまう。

 なってしまっていると思う。


「あの子は凄い力を持っているの。あの子を封印し続けるためにもファルクネスが今の地位に立つためにも、その力が必要だった……」


「その、力というのは……」


 サーヤの顔が苦く歪んだ。

 キャロディナはぱっと両手を出して言う。


「あのっ無理に言う必要は……、私が聞いても意味が無いことっっ」


 口に出すことすら辛いような力なのだろうか。


 これまでキャロディナが聞いてきたのは、壊れた物を直す力だとか遠くへ言葉を伝えるだとか記憶を覗き合うだとか、悲しい力は一切なかった。


「いいえ。そんなことないわ。あなたは隣人さんが視えるし、この土地に住むのなら契約する可能性はかなり高いもの。……ないことを願いたいけれど、もしかしたらあの子の力を借りることもあるかもしれないわ」


 人を介さない魔物の力は微々たるものだと聞いている。

 要するに、魔王は人の力を借りずとも大きな力を有しているということだ。


 サーヤがそこまで聞けと言うのならばキャロディナに断る理由はない。

 固唾を呑みサーヤの黒い瞳を見上げた。


「魔王ちゃんは、……魔王は、この世で唯一、魔物を殺すことが出来るの」


「魔物は命を害す力はないんじゃなかったんですか!?」


 確かにキャロディナはミアにそう教わったはずだ。

 印象的なことだったので覚えている。


 サーヤは寂しく笑った。


「あの子は元々が命ある生き物だから、少し理から外れているのかもしれないわねぇ」


 もしくは魔物は生物だとは考えられてないのかもしれないわ、とサーヤは続けた。


 生物とは、生きて死ぬものたちのことだ。

 魔物は生まれはしても、死ぬことはないのだという。

 少なくとも、魔王の力意外で魔物が死ぬという話は伝え聞いたことすらないようだ。


「それに、あれが魔王ちゃんの力だとも言い切れないのよねぇ。力を振るうと言う感じでもないし」


「見たことが……あるんですか?」


「ええ。――何度もね」


 サーヤは息を浅く吸い、深く吐いた。


 キャロディナは何も言うことが出来ずにそっと視線を逸らす。

 その先に居たのはレルアバドである。


 表情の消えた彼女の顔を見ていると、なぜか先ほどのレルアバドの言葉が蘇った。


『ファルクネスは闇そのものデス』


 魔王の悲しい力とレルアバドの暗い発言に、繋がりを感じずにはいられなかったから。


 思い当たることが無いわけではないのだ。

 きっと、ファルクネスは歴々魔王の力を利用している。


 震える唇で、キャロディナはサーヤに問うた。


「どんな風に、魔物を殺すんですか」


 問う側も答える側も辛い質問だった。

 しかし、聞かねばならないと思ったのだ。


 きっと自分も、もし本当に絆術師になるとしたら、魔王の力を借りねばならない時が来る。

 先ほどサーヤが言っていた通り。


 場合によっては、何度でも。


 この家に入るには、自分も覚悟をせねばならないと思った。


 キャロディナの青銀の瞳が強く光る。

 サーヤは少しだけ息を吸い、口を開いた。


「食べるのよ。……魔物が力を使う時、普通は何もアクションがないの。でも、あの子は食べるの。もしかすると、本来の力じゃないのかもしれないっていうのはそういうことなのよ。どちらにしろ特異的な子だからわからないけれど」


 なんて。

――悲しい生き物なのだろう。


「誰も魔王と契約しようとは思わなかったんですか」


 つい責めるような口調になってしまったのは、魔王に同情してしまったからだ。


 生物として生まれ、魔王となり捕らえられ、強制的に同族を食らわされる。


 それも、きっとキャロディナが途方に暮れるような昔から、ずっとだ。


「いつだって、契約相手を選ぶのは人間ではないの。魔物なのよ。人間に選ぶ権利はないどころか、拒否することだって出来ないのよ」


 そういえば、いつだったかの夕食でミアが言っていた。

 魔物との契約は半強制的に行われるのだと。

 自分がまだ娼婦だった時に、妙なものが目の前に現れいつのまにか自分の周りをうろついて、気がついた時には絆術師と呼ばれる存在になっていたのだと。


「メメちゃんも、何も分からない時に突然現れて、いつの間にか契約したことになっちゃってたんだもの」

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