第16話

 ヒーロー協会最高評議会。

 総勢十三名の地球人である評議員は皆一様に表情を曇らせている。

「それでは、ヴィラン帝を継ぐ者が現れたと?」

「十中八九そうじゃろう。ヒデオ、し損じた覚えはないのじゃろう?」

「うむ。頭を砕き、ダスト・ハートは引き抜いたうえですり潰した」

 評議員の面々の視線が俺へと集う。

 きっとまだ疑われている。

 ヒーロー候補生、しかも地球人風情が街で暴れるヒーローやヴィランを皆殺しにしたのだから。


「彼はその、ヴィラン帝の――」

「それ以上言うてみい」

 Prof.の視線を受け、一人は黙ったが、それをもう一人の議員が窘める。

「止して下さいProf.ジャスティス。法を犯したあなたの罪も今から話し合うのですから。ジャスティス名の返上も覚悟して下さい」

「惜しんだ覚えはないわ」

 何も言うな。そう厳命されている。

 だけど喉まで出かかった言葉をすぐにでも言ってしまいたかった。


「ハッハー、私は今身内で争っている場合じゃないと思うのだがね、どうだろうか?」

「Mr.ジャスティス。政治は我々にお任せして頂くことになっています」

「うむ、すまんね」

 最強の男が規律に従っている。

 その図式がヒーローたちの統率に繋がっているのだ。


「問題が山積みですな……」

「ええ、そうですな。取り急ぎ済ませられるものから済ませましょう」

 もう一度評議員全員が俺を見た。

「大地君と言ったね、君が手にかけた者たちはみなヴィランだ。この件は罪にはならないから安心したまえ。もっとも候補生が危険な真似をするなと叱るところだがね。それからもう一方に関してはこれから話し合うことになる。君はなぜリ・ジャスティスを逃がした」

「私はレディ・ジャスティスと面識がありました」

「ふむ、どうやら治療を受けた経験があるみたいだね。それで義侠心からMr.ジャスティスよりその身を守ったと」

 言葉を繋いだ議員はメモを取りながら頷いている。

「ヒーローらしくはあるが、Mr.ジャスティスの妨害をしたのは頂けないねえ」

「浅慮であったと、反省しています」

 嘘を重ねた十年だ、今更心にもないことを言うくらいで躊躇することはない。


「うん、素直でいい子だ。どうだろう、彼を許しては」

「それは後で決を採ります。まあそれでは君はもういいでしょう。次にProf.です。先はどうなるかはわかりませんが大罪人とされていたこの少年を匿った罪です。規範となるべくSランクヒーローとしてその行いはどうでしょうか?」

 声を出そうとした瞬間、俺はMr.に口を塞がれた。

「黙っていたまえ」

 Mr.の眼光は鋭く、お爺さんは欠伸をしていた。


「ヒーロー資格はく奪が順当でしょう」

 ヒーロー資格をはく奪された異世界人は特異能力を使用することを禁じられる。

 それと同時に恩給などの特典も失うこととなる。

 金銭的な問題は情けない話だが親父を頼ればフォローは容易いだろう。

 それにお爺さんは特異能力を今は使用できないとのことなので、資格はく奪は肩書を失う程度のことだ。

 まだ子供の俺にはそれがどういう意味を持つのかわからないけれど、お爺さんはそれに拘る人ではないので大した処分ではないように思えた。


「しかしヴィラン帝の二世ともいうべき存在が現れた今戦力を失うのは」

「わかりました、その辺りも決を採りましょう。お二人ともお疲れ様でした、帰ってもいいですよ」

 そんな風にしてあっさりと、俺とお爺さんは帰された。


 議会場を後にして、それからヒーロー協会を出た。

 今頃白藤はヒーロー学園でたった一人の教室内で授業を受けているはずだ。

 ふとそちらに視線を移していた。

「今晩辺りかのう」

「何がですか?」

「ヒデオたちが儂らを屠りに来るのが、じゃ」

「どこからそんな話に繋がるんですか?」

 査問会は愉快な物ではなかったが、そんな話にはなりそうもない内容だったと思う。

「茶番染みていたとは思わなんだか?」

「多少は」

「大地よ、お主の悪い癖の一つじゃ、相手を侮るでない。あの茶番は本気ではない。茶番を茶番と悟られる程度に彼奴らは無能だが、それが本気であると思ってよいほどまでは、さすがに無能ではない」

「ヴィラン帝が現れたと思われるのに、仲間割れをするつもりですか?」

「もうすでに彼奴らにとって儂らは仲間ではないからのう」

 Mr.の姿が頭に浮かんだ。

 元生徒たち、水鏡やマサトたちに対しても容赦はしないとそう口にした男。

 実際そう振舞っていたと思う。だけど俺が商店街に到着した時、彼は俺を見逃した。

 お爺さんに頼まれたか何かをしたからだろう。なら。


「Mr.はProf.と戦えるでしょうか?」

 俺は無理だった。だからMr.も無理だとは言わない。

 だけど俺よりもよっぽど付き合いが長いはずだ。

「あやつなら、やるわ。そしてやらねばなるまい」

「どういうことですか?」

「あやつは過去に自分の信じた道を歩み、妻を失っておる。儂の口から詳しく話すつもりはないが、許せ。面白い話ではないしヒデオの恥部じゃ。友として黙っていてやりたい」

「わかりました。なら、訊きません」

 だけど、もしMr.が評議会の指示通り動き、お爺さんを死なせてしまえば、今度は自分を偽ってまで進む道で親友を失うことになるはずだ。それでいいのだろうか。


「大地、今晩お主は出て行け。そして儂の我がままを一つ聞いてくれんか?」

 白藤も連れて行け。そう言うつもりだろう。

「ヒデオは刺し違えてでも儂が屠っておく。お主を追える力量のあるヒーローは今おるまい。じゃから、孫を頼みたい」

「……俺は、雫以外の子と一緒になるつもりはありませんよ?」

「男なら、妻の一人や二人幸せにしてみい」

「この国では重婚は認められていませんよ」

「なら、世界を渡れ。それとも白藤にどこか不満があるのかの?」

「雫じゃないです」

「改名させよう」

 そういう問題じゃない。だけど、お爺さんの顔は真剣そのものだった。

 でもだからこそ、ここでいい加減な返事はしたくなかった。


「ヒーロー協会は、罪人の罪は個人にのみ適用するじゃないですか。仮に俺が犯罪者でも親父は影響を受けないみたいに。白藤ならきっとSランクヒーローになれますし、いずれ――」

 他に好きな人が出来るかもしれない。

「どうしても、受け入れられんかのう?」

 出来ればお爺さんの頼みは聞き届けてあげたい。だけど、これだけは無理だ。

 雫が覚えていないとしても、俺は二度と雫との約束を破るつもりはない。それが子供の約束だったとしても、俺は絶対にそれを守る。


「そうか、儂は白藤と大地の子が見たかったわい」

「白藤が聞いたら怒りますよ」

「照れ隠しじゃよ」

 お爺さんは、片頬だけ上げて笑みを作った。

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