第14話
目が覚めると、雨が降っていた。
それだからか辺りはわずかな雨音を除いて、静まり返っている。
日曜日だから目覚ましが鳴ることはなく、いつもよりも少し寝坊をしてしまったようだ。
お爺さんから借りた和服を着て、障子を開くと庭木が雨粒で化粧をしていた。
何かが起こる。そんな気がした。
雫が眠り始めた日も、回復の兆しを見せた日も、強い雨が降った。
今はまだ弱い雨だが、これから強くなりそうな空模様だ。
和傘を手に取り庭に出る。
医務室で寝泊まりしている親父と雫のところへと足を運ぶ。
湿り気を帯びた玉砂利を踏みしめていくと、段々と不安が沸き起こってくる。
「大地」
「おはよう、親父。どうかした?」
あの日、レディと俺の前に姿を現した時の顔だ。
自分の顔が引きつっているのがわかる。
「落ち着いて聞け」
目を、耳を塞ぎ座り込んでしまいたかった。
唾を飲み込むことが難しく感じる。
「記憶喪失だ」
和傘を放り投げ、駆けだした。
視界がぼやけて、息苦しくて、胸が苦しい。
駆けて、より速く足を運んで、そして辿り着いた医務室の障子を開け放った。
涙と雨のせいで曖昧になった映像の中でも、絶対に間違えようがない。
「大地、おじさんから聞かなかったの? 雫ちゃんが混乱するかもしれないから私がまず話を――」
ゆっくりと足を進めたつもりが、もつれ、転んだ。
鼻を打って、また違う意味の涙が浮かぶ。
感情が溢れすぎてわけがわからなくなった。
膝を着いたまま俯いていると、影が俺を覆う。
「大丈夫?」
優しい手つきで俺を上向かせると、そのまま涙を拭ってくれた。
その視線の先、そこには雫がいる。
澄んだ瞳の中に、みっともない男がいた。
そしてまた何もかもがはっきりと見えなくなる。
だから俺は雫を抱きしめた。
「しず――し――」
しゃくり上げているせいで上手く名前が呼べない。
「うん」
記憶喪失のくせに、いきなりこんな男に抱きしめられているくせに、その声はどこまでも優しい。
「雫」
「うん」
名前を呼んで、雫が短く返事をする。
そんなやり取りを繰り返した。
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