たった一人のヒーロー

鳳小竜虎

第1話

 雨が降っていてよかった。

 僕がどれだけ泣いても雨だからと言える。

「ごめん、ごめんね。私がもっとハイランクのヒーローだったら」

 ヒーローが僕みたいな子供に土下座している。川みたいに雨が流れている地面に膝を着いて、おでこまで着けて。

 謝らなくてもいいと思った。謝らなきゃいけないのはこの人じゃない。

 この人は、この人だけが僕から見てもヒーローなのだから。

「謝らなくていい。あんたは、たぶん最後のヒーローだから」

 僕の言葉は届いていないみたいだ。世界にたった一人のヒーローは真っ白だったコスチュームを汚したまま、ごめんねと言い続けている。

「謝るなよ! あんただけなんだよ、巻き込まれた雫を助けてくれようとしたのは!」

「でも、私は雫ちゃんを助けられてない」

「うるさい! 僕だって雫を守れてない、大事な幼馴染なのに、大好きな子なのに、守れ――」

 雨が目に入った。息が苦しいのもきっとそのせいだ。

「大地、雫ちゃんの手術が終わったぞ。声を掛けてやれ」

 親父が呼びに来た。でも怖い顔をしている。

 いつも真剣に患者と向き合うカッコいい顔じゃなくて、怖い顔。

「今行く」

 病院の中には僕たちしかいないみたいに静かだった。

 親父の背中がいつもより小さく見える。拳はぷるぷると震え、今にも壁を叩き壊しそうだ。

「声を掛けても起きないかもしれない。でも諦めずに声を掛け続けてやれ」

 雫にたくさんのチューブが付いていて、あまりの不気味さに僕はまた泣けてきた。

 不安だった。本当に声を掛けて起きてくれるのだろうか。

「雫、起きろよ。学校行くぞ。今日は雨だから無理だけど、明日からまた隣の組の奴らと――」

 ヒーローごっこをするぞとは言えなかった。

 ヴィランとかいう銀行強盗みたいな悪いことする奴らは嫌いだ。でも、今はもうヒーローだと思っていたあいつらを好きだとも言えない。昨日まではあんなにカッコよく見えていたのに。今ではレディ・ジャスティス以外のヒーローは嫌いだ。

「親父、ご先祖の罰が当たったのかな?」

「雫ちゃんは関係ないだろ」

「だよなあ、なんで雫が巻き込まれなくちゃいけないんだよ」

 親父が壁を強く叩いた。肩を大きく上下させて、荒い息を吐いている。

「親父、ご先祖は有名な悪い奴だったんだろ? なら俺もさ、悪い奴になってもいいだろ?」

「……すまない、大地」

 親父だって悪いことはしてないじゃないか。

 悪いのは、ヴィランだ。それから、自分がヒーローだ何て勘違いしているバカ野郎たちだ。

 俺は、絶対にそんな二種類の異世界人共を許さない。

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