第3章 5

 わたしはそれ以上何も考えたくなかった。想像したくなかった。それでも、そう思うたびに、むしろ最悪の想像が頭の中を駆け巡る。

 わたしはへたり込みたかった。今すぐ消えたかった。こんなに視線をたくさん浴びて、どんな顔して立っていればいいのか分からない。今すぐ誰からの視線も避けたかった。

 視線?

 そこでふと思う。廊下で、特に声も潜めているわけではなく会話をしているのだから、隣のクラスには内容が筒抜けだ。そうして廊下を通る人にはもちろん聞こえている。わたしに対する偏見は、早くもほかのクラスにも知れてしまった。

まさか彼女は確信犯だろうか。そう思って彼女の顔を見ると、してやったりとほくそ笑んでいる気がした。

「分かった? あんたの居場所はここにはなくなった」

 彼女はそう言うと歩き出そうとする。わたしは思わず、彼女の袖口を掴んでしまった。

「なに、触らないで触らないで。変なバイキンをウチになすりつけないでよ、マジでキモイから。いい? あんたは、ウチのことを友達とか思って勘違いしてるかもしれないけど、ウチらは誰ひとりとしてあんたを友達とか思ってないから」

 取りつく島もなく、彼女はそれだけ言って、みんなのもとへ帰っていく。わたしはただ、黙ってそれを見送った。しかし、ここで引き下がるわけにもいかなかった。せめて、彼女の誤解さえ解けば何とかなる、そう思って、その集団に近づく。

 そのうちの一人が言う。

「ねえ、マジでそういうのやめてほしいんですけど。あんたと一緒にいると、話すだけで性病がうつる。もう近寄らないで的な感じ。今日この後でも産婦人科かなんか行って検査受けないと不安で死にそうだわ、あはは」

 そうして不快な笑い声が起こる。

 友達と思ってないって言っても、でも、元カレに告白されてみんなに嫉妬のまなざしを向けられていた時は助けてくれたじゃないか。

 そう思って、小さく独り言をつぶやく。それは彼女らにも聞こえたらしい。

「たしかに、あんたが元カレと付き合ったときに、ウチらはあんたを守った。少なくとも、嫌いっていうわけではなかったし」

「じゃあ……」

「でもね、ウチらはあんたのこと嫌いじゃないかもしれないけど、好きでもないの。そんな好きでも嫌いでもない奴がたまたまクラスメイトで、学校の人気者に告白されて、みんなから妬まれるなんて、そんな厄介事をクラスに持ち込んでほしくなかったし。好きでも嫌いでもない奴にクラスを振り回されたくなかったしね。しかたなく、あんたを囲い込んだの。まさか、こんなクソビッチだとは思わなかったけど」

 ひどいことを言われているはずなのに、わたしはもうなんとも思っていなかった。彼女が言葉を発するたびに、心が冷え切っていくのを感じた。こうやって心を閉ざせば、これ以上傷つくこともないんじゃないのか、そう思った。もちろん、わたしだって彼女たちを特別な友達だなんて思っていない。それでも、感謝はしていたし、悪い人はいないと思っていた。でも、それはわたしの思い違いだったんだと、思い知らされた。

「あ、勘違いしないでね。今は嫌いだから。金のためなら簡単に股を開く女とかサイテー。ウチも彼氏いるけど最低限の貞操くらいは守ってるから。今思うと、あんたの全部が汚らわしくなってくる」

 彼女が言葉を発しているけれど、わたしのなかには全然入ってこなかった。もう聞きたくなかった。

「だいいち、あんたのそういう人を見下した目とか嫌いだわ。周りから一歩距離置いて、自分は大人です、みんなに見えてないものが見えてます客観的に物事を見れますみんなと違ってね、的なそういう人との接し方大っ嫌い。ウチも、あんたのこと少しくらいは大人かもなって思ってたけど、意外とウブでお子ちゃまなのね。ウケるんですけど」

 わたしが黙っているのをいいことに思っていることを全部ぶちまけてくる。

「幼くて幼稚なガキのくせに、背伸びして強がって、大人ぶって、簡単に股開いて。もう無理。金輪際、近寄らないで、話しかけないで」

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