第1章 4
わたしは彼氏からの通知が入ったスマホを手に取る。内容は、今週末の土曜の予定について。予定とはいえ、オフィシャルなものではなく、要するにデートだ。もちろん母には内緒。そもそも、大学生の彼氏がいること自体、知られたくない。もっとも、母のことだ、わたしが彼に対して本気だって伝えれば咎められたりはしないだろう。少なくとも勉強や素行で迷惑をかけたこともいから、叱られたりすることは少ない。しかしそれでも、やはり中学生と大学生のカップルというのはなかなかに理解されないものだろうと思う。口には出さずとも、きっと心の中では嫌だと思うに違いない。
土曜は女の子の友達と遊びに行くと話してある。
わたしは返信を送る。
「今度はスカイツリーなんて、どうかな。そろそろ渋谷もたくさん遊んだし。時間はいつも通りに十時ころかな?」
少し、いっぺんにメッセージを送りすぎたかもしれない、そう思いながらわたしは、タンスからワンピースを出して身につける。別にどこか出かける予定とかがある訳じゃないので、おしゃれなんてしようとも思わない。ただ頭から被るだけなので、着るのが楽だからだ。夏場の暑い時期なんか、下着姿どころか全裸で横になっていたら、仕事から帰ってきた母に、「あんたは裸族か」と怒られたことがある。
スマホに視線を送ると、さっきの返信が来ていた。
『お、いいね! その発想はなかったよ。じゃあ、そうしよっか?笑』
「うん、わかった」
ネット民である彼は以前、「笑」を「www」とかで書いていたけれど、わたしがその書き方を嫌いだと伝えたところ、わたしの前では使わないようにしてくれた。優しいと、そう思った記憶がある。まだ付き合う前の話だ。まだ中学生のわたしのお願いを、二つ返事で聞いてくれる大学生。五つも歳下なのに、見下したり、逆に気を遣いすぎたりしないで、一人の対等な女性として接してくれている感じがして、すごく好感が持てた。もちろん、このことだけではないけれど、彼とやり取りをしていると、その会話の端々にそういった優しいところが垣間見られて、そんなところに妙に彼に惹かれていった。
音もせず、わたしのスマホが再び明滅する。彼からだ。明日の予定は既に合わせ終わったのに。どうやら、このまましばらくわたしと他愛もない話をしたいらしい。もちろん、わたしにとっても異存はない。
『ねえねえ、俺たちが初めて出会った時のこと、覚えてる?』
そうメッセージが入っていた。当然、覚えている。まあ、「出会った」といっても、この場合「知り合った」と言ったほうが適切かもしれない。彼との馴れ初めは、ネット上の掲示板だったのだから。
「覚えてるよ(笑)だって、わたしから募集したんじゃーん! 覚えてなかったら、鳥より記憶力悪くなっちゃうよ(笑)」
彼は基本的に暇人なので、大学の講義の時間でなければすぐに返信が来る。
『あはは、そうだね。でも、鳥のことをバカにしちゃいけないよ(笑)』
「そんなぁ、バカにしてなんかないよー。例えだもんっ」
『あ、うん、ゴメンネ(笑)わかってるよ、優しい子だもんね』
「なに、優しいって、わたしのこと?」
『うん、もちろん』
わたしは少しだけ、にやける。
「ふふ、ありがと」
こういう関係に、憧れていた。連絡したいと思ったら、すぐに連絡が取れる。相手が、いつも自分を必要としてくれる。重いくらいでいい、ただ、愛して欲しかった。愛されたかった。
わたしは思い出す。元カレと別れて、寂しくて、なんとなく肌寒かった。誰でもいい、だから、誰か、わたしを包み込んでくれないか、わたしを温めてくれないか、そう思った。
彼にメッセージを送る。何回も言っているから、もちろん彼は既に知っていること。耳にタコができるほど行ってきた言葉。
「わたしね、寂しかったの。ひとりで、凍えそうで、まるで道端で泣いている子犬みたいに」
『うんうん。そうだね。俺が気づいてあげられて良かった』
彼は、体型もヒョロヒョロで、廃スペックなくせに、たまにイケメンなことを言う。イケメンしか許されないような言葉を言う。今もそう。でも、彼はわたしにとってのイケメン、わたしだけのイケメン。だから、私に言う、こういうセリフは、全面的に許せる。それに、言葉には表れない、繊細な配慮も好感が持てる。たとえば、何回も同じことを言っているのに、寛容にしっかり聞いてくれるところもそのひとつ。
「もぉー、何でそんなにイケメンなの!」
『んん? イケメンじゃないよー。俺なんてブサイクだよ』
「容姿の話じゃないよ、イケメンってのは、『イケてるメンズ』の略だから、顔はブサイクでも、わたしにとってはイケメンなんだよっ」
『え、そうなの? っていうか、それ、褒めてる? 自分でブサイクっていうのはいいけど、恋人に言われると、傷つくよ(笑)』
「えへ、冗談。ごめんね」
『わかった、許すよ』
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