雨《きせき》殺しのレイン・デュエット

クロ歴士ゆう

第1話 明日への期待を豪雨に乗せて

どんよりと重い雲が世界を覆っている。予報では今日の夕方から土砂降りの雨らしい。

そんな頭上を一つの人影が駆け抜けていった。

その人影がもしスカートをはいた美少女だった場合、見上げた俺はさぞ役得だったに違いない。だが残念ながらその姿は薄汚れたジャージとマスクをつけた不審者のお手本のような男。


「止まれえええええええ! 」


その男を地上から見上げながら追いかける二人の警察官。よくよく見れば男の手には、似合わぬ高級バッグがいくつも抱えられており、これでもかってほど男を犯人だと強調している。

相手はおそらく、いや間違いなく異能力持ちだろう。おおかた『空を走れる能力』とかそんなタイプの。

ここ数年は特に異能力関連の事件件数が急増している。異能力が相手だけあって犯罪のレベルは異能力発現以前より凶悪化しており、能力者は一般人に比べて身体能力が高いので、警察が手を焼くのも必然なのだろう。


「…まったく、仕方ないなぁ」


こちらも体に力を込めて感覚的に能力を引きこす。手持ちの武器は射程範囲外だが、この能力なら相手が見えてるうちは効果範囲内だ。


――――――その能力に真の名を――――――


突如として男の体に白く輝く鎖が何重にも絡みついていく。この一瞬のうちに俺の脳内では複数の文字羅列が紡がれていく。


―――――能力予想――――保存―――――

―――――名称――――確定―――――

これより彼の者の能力名を―――――

―――――『翼なくも天を翔けて大地から解き放たれし者 ノーウィングバードアンリミテッドスカイウォークガイアリジェクターイカロスフォース』とする―――――


………いつも思うんだけど…もうちょいこの能力にネーミングセンス無いのかな……ダサいって次元じゃねぇぞ。まぁ、お蔭で戦闘面では非常に重宝は出来るんだけどさ…


「な、なんだこれは!? うわああああああああ!!」


鎖が消えるのと同時に男は重力に抗えぬまま大地に落下する。


「くそっ! どうなってやがる! なんなんだよこれ! 」


必死に能力を使おうとしているのか、男は苛立ちながらもジャンプを繰り返す。公道で真面目にジャンプを繰り返すひったくり犯の様はシュールですらあった。

俺は懐から非殺傷(ノンリーサル)拳銃を引き抜き、スタンモードでひったくり犯の両太ももに一発ずつ放つ。


「ぐっ!? 」


なす術なくその場に崩れた男性は恨みがましく俺を睨んできた。


「あんま痛くねぇんだからそう怒んなよ。ま、筋肉は一時間くらい動かなくなるがな」


男は盛大に舌打ちをすると、諦めたように持っていたバッグを投げ出す。


「俺の能力を封じたのは…お前だな」

「封じたわけじゃねぇ。ただ名付けてやったんだよ」


銃をSS《ショック・スリープ》モードに切り替え、腹部に撃ちこむ。一瞬顔をゆがめた男は、数秒後には意識を途切れさせていった。

程なくして警察がやってくるが、これ以上は面白そうではなさそうなので、そのまま足を寮へと進めた。





何故不運は連続して襲ってくるのか。

連続性に科学的根拠があるわけでは決してない。あったら怖い。

だが、泣きっ面に蜂というくらいだ。不運は昔から連続して起こりやすい傾向があると思う。

例えば…


「ねぇねぇ今どんな気持ち? うちに帰ったらクラスメイトが裸エプロンで出迎えてきたらどんな気持ち?」


確かに通常ラノベ文章ならば、幸せ&エロ満載の神シーンになっていたことはほぼ確定である。だからこそ、俺は出来るだけ笑顔で言った。


「コロス」

「えぇー!? こんなに最高シチュエーションなのに!? なんでよ!?」


何故かだと……!? まずその疑問からしておかしい。

俺は、身長二メートル越えの筋肉隆々オカマ大男が、裸エプロンで出迎えてきた状況を断じて死んでも最高シチュエーションとは断じて言わねぇ!


「つかなんで俺の寮入ってきてんだよ!?鍵掛けといただろ!?」

「…両思いだから! 」

「全然理由になってねぇし、両思いでもなんでもねぇよ! 」

「ストーカーだから! 」

「黙れ犯罪者! 」

「でもでも、この前メー君の寮に侵入したときに読んだラノベで主人公がヒロインの寮に勝手に入ってたよ? あれは犯罪じゃないの?」

「いやそれは…って、おいちょっと待て!何この前って!?この部屋そんなに入られてんの!? 」

「…………てへぺろっ! いつもよりティッシュ多めに使っ…」


次の瞬間、俺は目標の舌めがけて光の速さで拳銃の引き金を絞る。SSモードで二〇発ほど撃ちぬいたところで寮の警備員を電話で呼びだし、汚物を運び出した。永久に停学しとけ。


「………おうち変えよ…」


俺は進級祝いとして、この寮ではないどこか別の場所に住居を移すことを心の底から固く誓った。



一通り部屋を片付け終えると、スマホがこれまた嫌なメロディを刻んだ。…この番号は非常に出たくないのだが。


「…もしもし」


通話ボタンを押して、げんなりとしつつも耳にスマホをあてる。


「ハァーイ! あなたの天使ちゃんこと、みゆりちゃんですよー! 」


ピッ!

やべっ…思わずイラっとして切っちゃった。

が、間髪入れずに再び着信音が鳴る。もちろん同じ相手である。


「……はい」

「ひどいですよ!折角久しぶりのラブコールだっていうのに!」

「……切っていい?数分前に第一指定禁忌種処理したからお前の相手したくないんだ」

「待って待って待ってください!今日は英雄開拓祭の件で連絡しに来たんです!」


電話越しの相手が放ったある単語は、俺の指を通話終了から遠ざけることに成功した。


「……どういうことだ?」

「はい。銘人めいとさんには今回、我が学院のために英雄開拓祭レイン・フロンティアで絶対に組んで欲しい女子新入生がいることを、お伝えしなければいけません」

「………なんで絶対に組んで欲しいんだ?」

「一つは、あなたが私に提示した大会出場条件にピッタリだと思ったからです」

「…………ほう。そんな奴がいたのか」


英雄開拓祭レイン・フロンティアは年に一度開かれる世界規模の異能バトルトーナメントである。

出場条件は異能保持者だということはもちろん、高校及び大学に所属している生徒(年齢そのものの制限はない)であることと、そして必ず二人組であることの三つである。

流れとしては、まず春に各学校で代表ペア二組を決める為の代表選抜戦を行い、夏には勝ち抜いてきたペアから各国の代表を一組決める全国戦、そして冬に各国の代表ペアが競い合う最終トーナメントが開催される。

そして見事全国大会を制した者は、ほぼ何でも好きな願いを一度だけ叶えることができるのだ。

とはいえ、いきなり代表選抜戦が四月から開幕するこの大会、異能力を十分に使いこなせていない者も少なくない高校一年生が出場することは極めて稀だろう。


「つーか、効率主義のお前が勝率より俺の要望に応えるとはどういうことだ?勝ちを狙わせるだけなら、神話使いに組ませればいいと思うが?」

「……確かに、彼は銘人さんと同じくらいかそれ以上に我が学院の勝率を高めてくれるでしょう。理由はもう一つ……」

「もう一つ? 」


ここで電話越しの相手は何かに逡巡しているのか、しばらく無言になる。やがて小さくため息をついていつも低い声音で尋ねてきた。


「電話で話せる代物ではありませんので、今からあなたをこちらへ転送してもよろしいですか? 」

「構わねぇよ。ただし、前みたいなことになったら、今度こそそのふざけた能力を名づけるからな」

「分かってます。超絶ダサい名前の能力なんて使いたくありませんしね」

「だからあれは能力が勝手に…」


頭にパンッ!という乾いた音が響き渡る。

もといた自室は、瞬(まばた)きをする暇もなく学院の生徒会室へと景色を一変させていた。

振り向くと、一番大きい椅子に腰かけている少女は穏やかに微笑んでいた。


「ご足労おかけしました」

「……相変わらずの転送能力のおかげで歩いて無いけどな」

「ふふっ…どうぞ座ってください」


エリシオン学院生徒会長、姫乃みゆり。

美しくきらめく薄紫色の髪に、整った顔立ち。大人びた体の曲線。この姿に恋をした男たちの数はとても指で数えられるものではないだろう。おまけに成績も非常によく、仕事も大抵のことは完璧にこなしてしまう超人なのだ。

がしかし、日ごろの行いがその全てを±ゼロどころかマイナスにしている。

思い出したくない数々の出来事を振りかえって断言する。こいつはダメな変態だ。よく考えたら、そもそもコイツが制服を着ていること自体極めてレアなケースだ。

と、今日は真面目なほうで呼び出されたんだったな。


「……んで、電話じゃ言えないって話はなんなんだ? 」


みゆりはスッと目を細め、今まで見たことがないような真剣なまなざしをこちらに向ける。


「そうですね。早々に話に入ります。ではこちらを」


みゆりが柏手(かしわで)を一つ打つと、目の前に一枚の紙が出現した。手に取ってみると、どうやらある新入生の入学関連データのようだ。一枚目には顔写真とともに身長や体重といった基本的パーソナルデータと経歴が事細かにに書かれているが、これといって気にかかる点は無い。強いて言えば、顔写真の娘が凄まじく好みということだけである。


「…問題は次です」


重い声に促されるまま、俺は二枚目の資料に目を移す。こちらはどうやら能力者専用のデータなようで、対象の能力に関連することが書かれて………………


「……こいつは…………」

「えぇ、これがあなたに、植野銘人さんにペアを組んでもらわなければいけない理由です」


俺はもう一度最初から新入生のデータを読み返す。経歴、出生地ともに問題はない。基礎身体能力も異能力持ちとしてはかなり標準で突出した部分は特に無い。

だが、能力に関してだけは明らかにほかの能力とは根本から大きく異なっていた。


「この情報…本当なのか? 」

「残念ながらこの少女、空霧優衣そらぎり・ゆいさんのその部分の情報に関しては確定しているものではありません。あくまで『とある機関』から流れてきた情報ですので」

「それ…信じていいのか?」


あまりにも信ぴょう性に欠けるというか、そもそも『とある機関』ってどこだよ。


「そちらは私も完全に信じきっていません。ただ、こちらとしては、この情報が本当だった場合も考慮しなければいけないのです。もしあなたから了承を得られなかった場合、彼女は―――」


言いづらそうに言葉を澱ませたみゆりを見た感じだと、やはり選択肢は一つしか無いのだろう。


「わかったよ。とりあえず俺のペアはそのに決定だ。優勝に近づけることに違いは無いだろうしな」


ましてや美少女とペアを組めるなら上等だ。むしろそっちのほうが重要である。

みゆりはそんな俺の心境を知ってか知らずか、ホッと小さく息を吐きながら深々と頭を下げた。


「……分かりました。ではその方向でこちらも動かせていただきます」

「りょーかい。……あー、その代わりっつうか、一つだけわがままを聞いてくれるか?」

「…と申しますと? 」


わずかに身構えるように表情を硬くしたみゆりに対し、俺は軽く手を振りながら笑う。


「別に無理難題を提示するわけじゃねぇ。ただ、明日の入学式後、俺は空霧優衣(そらぎり・ゆい)ちゃんと模擬戦がしたいだけなんだ」


みゆりは目を見開いて驚いたが、やがて苦笑しながら頷いた。


「分かりました。彼女には、『学院が提示した相手と組む場合、ペア予定の相手との一度以上の模擬戦が必須』とでも言っておきます」

「根回しどうも。それじゃあもう寮に帰してくれ。明日の為の準備もしなきゃいけないんでね」

「はい。今日は本当にありがとうございました。彼女のこと、よろしくお願いしますね。何かあったらこちらはいつでも手を貸せるようにしておきますので。それでは」


みゆりが笑顔のまま柏手を打った時にはもう目の前は生徒会長室ではなく、住み慣れた寮へと変化していた。

早速本棚を移動させ、隠していた武器棚から携帯するものを選んでいく。といっても、殺傷能力はほぼゼロのアイテムしか持って行く気は無いけど。

ある程度選出し終えたところで、先ほどと同じ着信音が部屋に鳴り響く。あれ、またみゆり?


「はいもしもし。まだ何か用事でも? 」

「すみません、仕事を引き受けたことあなたに、プレゼントしたいものがあることを、伝え損ねました」

「プレゼント? 」

「はい! 私のマジLOVE2000%が篭ったものと、人並みの感謝が篭ったもの、どちらが欲しいですか? 」

「後者で」

「む、折角『永久夜這い許可証』でも渡そうと思ったのに…ツンデレさんなんだから!」

「もう切っていい?」

「冗談ですよ冗談。あなたにはお礼として、新しい新居をプレゼントしたいと思います!」

「新居? へぇ、随分と気前いいんだな。俺もそろそろ寮を変えようと思っていたところだったんだよ」


なんだ、まともな思いやり精神もあるじゃないか。ちょっと見直したぞ生徒会長。


「うふふっ…それは良かったです。あそこなら広い上にセキュリティーは万全なので、筋肉隆々オカマ大男が裸エプロンで出迎えてくる状況も起こりえないと思いますよ」

「おぉ。それは助かる! 今日まさにその状況が起こって…………………おい待てテメェ、なんでそんな特殊事態を想定できるのか説明してもら…」


ブツンッ!

俺の言葉が終わらないうちに通話が一方的に切断された。それと同時に、これまでのあの女の悪行の数々がフラッシュバックし、怒りが急激に高まっていく。

まさか、今日の汚物が家にいた原因は…!?


「あの……あの変態女ぁあああああああああああああああああああ!!」


こうして無事持っていた携帯は怒りにぶん投げられて破壊され、新学期の為に買い替えるものが増える結果となった。

…………今度あの女に会ったときは、前触れなく殴るかもしれない。


「……あれ、もう降ってきたか……予報より早かったな」


気が付けば、窓に水滴が激しく打ち付けられるほどの雨が降り注いでいた。

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