突発性妄想症候群
宮比岩斗
それはそれで
人々には様々な趣味嗜好、性癖がある。他人には理解されないものであっても、その人にとっては他では得難いものがあるものらしい。それがたとえ社会的に認められない悪趣味であっても得難い何かがあるものらしい。
私、本庄綾乃は無趣味だ。性癖も極めてノーマル。学力だって、平均よりは高いが驚くようなことでもない。唯一、ピザまんが他の食品よりは、好きなことぐらいが関の山。
その私が他人の趣味などを理解出来るはずがない。それだけならまだマシです。その因果関係は分からないですが何をしていても楽しくないのです。友人と遊んでいても、映画鑑賞していても、ゲームをしていても、首をかしげたくなるほど楽しくない。
一時期、あまりにも無趣味で面白みの欠片すらない私を心配した親が何かにつけては趣味を持とうと色々勧めてきたが、その全てを突っぱねた。どうして必要性も生産性のないことをしなければならないのでしょうか、と。
今思うと、その言い方には問題があったかと思う。しかし、決してやりたくないのだから仕方がない。
とある有名文学をお手本に『恥の多い生涯を送ってきました。』とでも書いておきましょうか。道化を演じることなく、素顔を晒して生きてきた私にとってもその部分だけは同意できるのですから。
親から言わせれば幼少期からその片鱗をまざまざと見せつけていたらしいのですが、私がそれを理解したのは遅く、中学に入学してからでした。
小学生がする話とすれば大抵は、テレビやゲームの話、誰がカッコいいとか他愛のないことばかりです。私自身ツマラナイと思いつつも、皆も我慢しているのだから私も我慢しなければと勘違いしていたため気付くのに遅れました。
中学に上がり、各自部活動に勤しみます。それが予想通りといいますか、何も面白くないのです。しかし、友人たちは皆とても楽しそうに、熱心に部活動に励んでいます。どうでしょうか。打ち込めていないのは私だけではありませんか。それからというもの中学最後の夏まで放課後が憂鬱で仕方がありませんでした。思えば、それからの受験シーズンの方が気楽だったような気がします。そういえば彼女に出会ったのは、その頃でした。
彼女とは、親から勧められた塾で出会いました。第一印象は、快活そうな子です。予想通り、その子は太陽のように快活でした。名前を尋ねれば真昼というらしいではありませんか。ここまで名前の由来を体現している子供なんて日本中探しても片手で事足りるほどの希少価値です。その希少価値具合を例えるならば、無趣味かつ堅物と言われる私に妙に付きまとうぐらいのものです。こんなことは今までになかったので、推薦入学で早々に塾から離脱するしか離れる術を思いつきませんでした。
高校に入学し、教室内を見渡してみると私は目を疑いたくなりました。彼女がいたのです。志望校は、一つ下のはずです。わざわざ上げたのでしょうか。だとしたら理解に苦しまざるを得ません。
私の高校生活はこうして始まりました。
今ではもうマフラーが恋しい季節になりました。私たちは、帰りの電車の中にいます。いつも話しかけるのは、もっぱら彼女の方からで私は聞き役に徹しています。
「氷で滑った時って、一人きりだと妙に孤独感じない?」
「……ごめんなさい。滑った記憶が小さい頃しか思い出せないから分からない」
「さすがアヤちゃん。カックイ―」
「アヤちゃんっていうの止めて。恥ずかしい」
「じゃあ、アヤきゅん」
「却下」
「じゃあ、何かアヤちゃんのこと話して」
「無趣味な私が何を言えば喜ぶのよ」
時々、このように無茶を言ってくる。半年経って気付きましたが、私が困る様を見て喜んでいるらしい。困った趣味です。
「それじゃ――真昼の男の趣味について教えて」
彼女は、唇に人差し指を添えて、妖しく口角を上げる。
「好きな男なんていないし、私の趣味知ったら、多分アヤちゃんでもドン引きだね」
私が他人に興味を示さないのは彼女も承知の上だ。その私が『ドン引き』なのだから、それはとてもとても理解に苦しむものなのでしょう。
「そう、それは大変な趣味ね。ばれないように気を付けないと」
彼女は不服そうに口を尖らせる。
「何? 気にならないの? 訊きようによってはカミングアウトしちゃってもいいんだよ」
「ごめんなさい。受け止められる自信がないの」
「ウチのクラスにいる美男美女カップルの噂が出始まった時『そうそれで?』で済ませた人が何を言うか」
「そうだったかしら」
電車が目的地に止まる。
私たちは、出る人の波に加わり、駅のホームへと流れ出る。それぞれ出口が違うため私たちはそこで別れました。
明くる日の朝。
教室内は、異様なざわつきに満ちていた。
この感覚には身に覚えがありました。いくら風評に興味がないからといっても、たびたび流されると頭を抱えたくなります。
私より一足早く学校に到着していた彼女が駆け寄って来る。目頭に熱いものを溜め、今にも溢れんばかりでした。
「ねえ、アヤちゃんからも嘘だって言ってよ」
私みたいな性格だと村八分にされるのが定めらしい。別になんら珍しいことではありません。犬だって選り好みをします。人間がしたって何もおかしくは無いでしょう。誰だって違和感なんてものを覚えたくないものなのだから。
「何の話?」
だみ声で彼女が答える。
「藤原くんのストーカーなんてしてないよねっ!?」
「は?」
予想していたよりも遥か下を滑空する答えに感情があらわになる。藤原といえば噂されていた男の方。
私は呆れ半分に続けます。
「どうして私が藤原なんかに手を出さないといけないの? それに証拠――あるの?」
美女の方が一歩前に歩み出る。
「昨日、アンタ真昼と別れたあと何してた訳?」
「昨日ならノート買いに本屋に行きましたけど何か問題でもありますか?」
「嘘付きなさいよ。昨日、付きまとって家に手紙まで出した癖に」
「買ったレシート見る? それでも信じられないのなら、その本屋に話を聞きに行きましょうか」
財布からレシートを取り出し、皆が目にできるように人づてに回しました。美女まで回り終える頃には、皆の目には困惑といった感情が浮かび上がっていました。
私は、それを確認すると、一歩前に歩み出て美女と相打つように立つ。もはやこれは蟻と巨象の戦いの装いといってもいいでしょう。
「なにか文句ありますか?」
美女は、黙ったまま。
「貴女、いくら私が気に入らないからって冤罪なんか止めてくれない。そういえば最近、倦怠期って愚痴言ってなかった? 実は自演自作なんじゃないの?」
その他にも色々口走ってしまう。そのせいでいつの間にか美女を泣かせてしまっていました。
幼少期の頃から加減を知らず、刃向かう相手を泣かせてしまいます。幾度か親が頭を下げたこともありました。いやはや中一の時に引き続き、お恥ずかしい限り。
予鈴が鳴り担任が教室に入る。この状況把握が難しい空間に戸惑っているようです。
結局、本日の昼休み、放課後全てを先生方の取り調べに回されました。真実は闇の中でしたが、どうにか私への疑いは払拭されたようです。
教育相談室という名の取調室から出ると廊下でポツンと立っていた彼女と目が合った。
彼女が私のもとへと駆け寄る。様々な感情が言葉に上手く変換できないのか単調な言葉ばかりが続く。
それでも彼女の気持ちが嬉しかった。単純な好意を向けてくれる存在が嬉しかった。それゆえに彼女が狙われることは避けたい。
一匹狼が真っ白な羊と一緒にいたらどうなるでしょうか。なんてことは単純明快。仲間から追い出され、狼には喰われるだけです。
だとしたら彼女のためには距離を置くしか方法はない。私も驚きましたが、これは私の素直な気持ちです。
「ねえ、いい?」
彼女の両肩を掴み、有無を言わさず聞かせる。
「これ以上、私と関わらない方が真昼のため」
いきなりの拒絶に彼女は、色を失った。
「真昼はまだ取り返しのつく所にいる。持ち前の明るさで生きていける。私みたいな我の塊となんかと付き合っちゃ駄目」
彼女が私の腕を払う。
「そんな勝手言わないでよ!」
廊下に響き渡るような声で続ける。
「綾乃は皆知らないだけで私なんかより良いとこいっぱいある! 我の塊が何だっていうのっ。他人に媚びへつらって生きるより全然格好良いじゃん!」
その声量に感化され私の声も大きくなる。
「私は真昼のことを心配して忠告してるんだよ!」
「だから何? 私は綾乃と一緒にいたい。何か後ろ指さされるようなことしたの?」
しだいに熱を帯びてきた。冷める気配は一向に感じない。
どうして理解してくれないのでしょうか。ただ彼女の今後を心配しているだけだというのに。
先生が教育相談室から飛び出て来る。
あまりにも騒がしいため出てきたのでしょう。
「今度は何した?」
「なんでもありません」
そう答えると、私は逃げるように彼女のもとから去りました。
翌日、私は誰とも話さず過ごした。彼女と過ごすことが当たり前となっていたため一抹の寂しさを禁じ得ません。
彼女は一人でいたところを良心的なグループが声をかけてくれ、仲間に入ることができた。
なにはともあれクラスで浮かない位置に着陸できそうで安心しました。私と美女みたいな今の立ち位置に彼女は相応しくありません。
帰り道。
私は、いつもより遅い時間帯の電車に乗り込み、開かない方の扉の前に立ちました。
無趣味なので時間を潰すアテもなくただただ歩いて時間を潰していました。ようやく時間になった時は、なんともいいようのない安堵感が生まれました。ですが、その安堵感を打ち消すように乗り込んだ電車の扉が開き、彼女が乗り込みました。
私たちの目線が露骨なまでに合ったため知らん振りなどできなくなってしまいます。彼女は私に近づくと、気まずそうに片手を上げた。
「や、やあ。御機嫌麗しゅう?」
彼女の目線が宙をさまよっている。私は、それがなんだかおかしくて仕方がありませんでした。
「いいよ。普通に話しても」
「いや、昨日あんなこと言われた次の日に普通に話すなんてアヤちゃんしかできないから」
「そう?」
「そう」
私たちは、どちらからともなく笑った。
「――昨日はごめんね。私のためなんだよね」
「そう。ようやく分かってくれた?」
「無理」
「はい?」
彼女が私の両肩に腕を乗せる。ここが電車の中だということなどはお構いなしです。
「みんなが勘違いしてるなら教えてあげればいいんだよ。綾乃がなんて言おうとも、やる。みんなに綾乃を認めさせる」
理解に苦しみます。ですが、これ以上抗議しても無駄だということは理解しました。だとしたら言うことは何もありません。
「とりあえず当面の目標は、今日一緒に弁当食べたグル―プに理解されること」
前言撤回。私が言わなきゃ誰も止められない。どうやら彼女は、羊の皮を被った狼だったらしい。このままでは私が取って喰われてしまいそうです。
電車が動き出す。
それから、いつも通りの他愛のない話をしました。いつも通り人の波に加わり、駅のホームへと流れ出ました。いつもと違うのは彼女が私の後ろから離れようとしないことです。
「何?」
「お腹減ったから何か買い食いしない?」
「いいけど、ここら辺はコンビニぐらいしかないけど」
「いけるいける」
私たちは手近なコンビニに入る。私はピザまんを、彼女は肉まんを買った。それから、公園のベンチで食べることにしました。
私がピザまんを食べるのがそんなに面白いのでしょうか、彼女は一口食べてからは一切口をつけずにずっと私を観察しています。
「アヤちゃんってピザまんだけは好きだよね」
「分からないけど、不思議と食べたくなる味」
「あ、ほっぺた赤くなってる」
私は、手の甲でピザを拭おうとすると彼女に止められた。どうやら、これは女子がすべきことではないことらしい。そういうことに疎い私は、そうなのかと、黙って彼女の言うことに従った。
彼女は、ハンカチを取り出すと拭おうと頬に近づける。だが直前で手を止める。
一体どうしたのだろうかと思い「真昼?」と名前を呼びました。するとどうでしょうか。彼女は何かが吹っ切れたように、いきなり私の頬に優しく唇を添えてきたではありませんか。
何が起きたのか理解できませんでした。いくら理解しようと頭を働かせても、頬の感触が私の許容容量を大きく超えて思考を停止させるのです。
唇から頬を離した彼女は、自らの頬を紅潮させながら悪戯っ子のように微笑みます。
「ドン引きでしょ?」
そう言うと、彼女は軽い足取りでその場を後にした。その場に残された私は、しばらく何も考えられませんでした。
ようやく思考が落ち着いてくると、頬に指を当て、温もりを捜しました。グロスなのか肉まんの油なのか私には分かりません。ですが、たしかに彼女の唇の潤いが感じられました。
つまり、これは現実で彼女の趣味なのでしょう。――それはそれでアリだと思う私は、もはや末期でしょうか。
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