清楚系黒髪彼女の退廃的なつくりかた
さるさ
序章
序 魔法習得に至るまでの覚え書き
彼女と古書店を巡り、
致命的な前提を失念するくらい切羽詰っていたことは確かだ。
私が魔法を発見してこの日本に普及させてから久しい。そもそも、発見の発端となったのは我が身の痛切なる問題からだった。
すなわち、うら若き清楚な黒髪美少女である私の恋人が、いくら探してもみつからない。よもやツチノコでも探し出して捕まえた方がよほど簡単なことであり、どうやらこの世には私の恋人となる可憐な少女がいないらしいという結論が確信に至った頃合には時すでに遅く、手遅れであった。
しかし、私という人間はそこで諦めることをしない。いないのならば造ればいいではないか。その過程で何をどう間違ったのか、人間の未開発であった領域を覚醒してしまった。
その魔法が今の日本に何をもたらしたかというと、今の格差の逆転現象であった。といえるならば魔法を発見した意義もあろう。しかし現実は、魔法によってイケメンに変形する機能が備わったわけではないし、アタマも顔面も残念ながら、残念でしたと言わざるを得なかった。
つまり格差はむしろ拡大固定されたのである。
胸を撃ち抜かれて恋に落ちる阿呆も多いが、それよりタチの悪いのは、ところかまわず可憐な女性の胸を打ち抜くような武器を携えた、いわゆるイケメンの男どもである。
彼らは甘いマスクと、インターネットを駆使して仕入れたような、乙女が食いつきやすい餌をふんだんにまいて、近寄ってきたところを魅力満載の銃で撃ちぬくのである。そうしてまた今日も、不毛な恋に落ちる者たちが絶えない。
だが、この世の男が全員、そんな乙女の分厚い恋の胸板を打ち抜ける武器を携えているわけではない。
彼らが銃火器ならば、私が装備している武器はお玉のようなものだった。これでは撃ちぬくことなどできようはずもなく、正々堂々と渾身の力を振り絞って
「こんなものなら装備しない方が、手が自由に使えるだけマシ」と言わざるを得ない
乙女に対して不毛な殴打を続けているうちに彼女たちは私を見限る。やがてもっと強力な武器を携えた輩がズドンと背後から撃ち抜いて、乙女たちをかっさらっていくのである。
まるで異性交遊のサバンナである。
それならばと、同じような残念な武器(漬物石や竹定規、すずりなど)しかもたない同志を携え、連携プレーを試みる。数人でターゲットの女性を囲い込み、そろそろと後ろから近付いて会心の一撃をお見舞いする。
しかし会心の一撃とはいえ、所詮お玉であるので恋の致命傷にはてんでいたらず、またまごまごしているとイケメンたちにかっさらわれる。
裸でやりをもって荒野を駆け抜けていたころの先人たちの智慧をお借りしてもこのありさまだ。そんな格差溢れる社会が、私に「私だけの清楚な恋人を造りあげる」という途方もない計画のエネルギー源となったのだった。
太古より人は、貴重な価値を持つ「金」をゼロから精製しようとした。いわゆる「錬金術」である。時代の進歩とともに技術も革新を遂げ、「可憐な美少女のイラストデータ」というスズメの涙のような原価で数千万円の紙幣を生み出すという錬金術が編み出された。
人々は狂ったように情報端末から金銭を注ぎ込み、これらを獲得しようとしたが、電子データに何の意味があろう。
私は、心身ともに私を支え、癒してくれる可憐で清楚な恋人がほしかったのだ。
どうやって恋人を造ればよいのか、まず出だしで私の野望はとん挫した。
中学及び高校で習得した知識を結集すると、人間を造るには男性と女性、すなわち異性が必要であることが分かった。
その異性がいないのだから、異性である恋人を造り上げようとする私の計画は、出口のない不毛な迷路であることが明白だった。
しかし、私はあえてその迷路に飛び込み、迷いに迷って、当然のごとく途方に暮れた。どうせよというのか!
生物の自然法則を覆すという、神のような力をもってせねば、どうやら私には恋人はできないらしい。そんなことできようはずもない私は、とある美術館の彫刻の前でぼーっとしていた。
それは「地獄の門」という彫刻で、その一角にかの有名な「考える人」があしらわれている。
その門は私に語りかけてきた。
「この門をくぐるものは一切の望みを捨てよ!」
私が激怒したのは言うまでもない。
そのような希望があるならば、何が悲しくて大学に入学して初めての後期試験の勉強をしなければ単位が危ういというこの時期に、こんな彫刻の前で仁王立ちしているのか!この世に運命の恋人がいないのなら、門の向こうにはいるかもしれぬ。
苦しむ人々をあしらった厳めしそうな門構えだが、私の住まうアパートだって24時間開放主義という博愛の権現のような存在で、宗教勧誘も新聞勧誘もテレビ放送の集金も分け隔てなく迎え入れてきた。
偉そうに私に説教するな! 門の向こうは地獄かもしれぬが、こちらの世界も私にとっては地獄。どちらでも構わない、門ごときの脅しに屈する私では断じてない!
私はこれまでの生涯で習得してきたありとあらゆる語彙を駆使して、地獄の門を罵倒した。すると門の向こうから声が聞こえてくるではないか。
「これはこれは残念なお顔の勇者さま。地獄の入口に屈せずわれらの世界を罵倒するとは大した度胸。そなたに魔法の力を授けたいがいかがだろうか」
それはそれはうら若き、かつ艶めかしい年頃の女性の声であったが、私は轟然と言い放った。
私はすがれるものには何にでもすがってきた。しかし、合コンも出会い系サイトも私には何の力にもなりはしなかった。魔法を与えるというお前はだれか?
「私は門のこちらがわを統治する『大帝』です。光と闇のバランスから、門よりそちらにでることはできません。しかし、あなた様が望むなら、今晩、夢の中にお邪魔して力を授けましょう」
もし、そのことばに嘘・偽りがあったら私はとんかちを持参してこの門を粉々に砕いた後、しかるべき法の裁きを受けよう。
私はいよいよ、新たな力で恋人を創造できると破顔しながらアパートへ帰った。
その夜、夢の中。私は一糸まとわぬ生まれたばかりの姿で超然と立っていた。夢の中なので自分の破滅的なファッションセンスを生かせるわけでもなく、なすがままの姿である。昼間聞いた「大帝」が現れたならこのような姿をみて、恥じらうのではなかろうか。
最悪の場合、国家の法に基づいてしかるべき場所に送致されるかもしれぬ。しかし、これは夢の中だと自分に言い聞かせる。いくら刑法でも夢の中まで私を拘束できはしまい。そんな期待とは裏腹に、大帝はその姿を見せることなく、声だけで私に語りかけてきた。
「残念なお顔の勇者さま。お約束通り、われらの国の力を授けに参りました。この夢から覚めれば、あなたは魔法を使うことができます。
しかし、その使い方、どのような魔法なのかはわれらの掟で教えることはできません。
あなたがいま、持っている唯一のものが魔法を使う『依り代』となります。それを持っていなければ、魔法をつかうことはできませぬ」
私は相変わらず一糸まとわぬ、清純な姿であったが、気づくと一本の万年筆を握りしめていた。これが私の『依り代』か。
しかし、呪文や振り回す動作が必要だろう。それくらい教えてもらわなければ、魔法も何も使いようがない。
「それは先刻、申し上げたとおりお伝えすることができません。どうぞ、そちらの世界の平和と
「ちょっと待て! 世界の平和や秩序の安寧などを私がどうこうするほど傲慢にもなれぬ。この魔法で私の恋人は…」
「それでは勇者さま、また会う日まで。私はいつでも地獄の門の向こうにいましょう」
夢から覚めると私は一本の万年筆を握りしめていた。
キャップを外してまじまじと眺める。真っ黒な太目の軸に、ステンレスのクリップ、流線形のフォルム。なかなかに美しい万年筆であり、私は満足した。
しかし、魔法とやらの使い方が分からない。振り回してみても、自分の頭をコツコツ叩いてみても、いっこうに何も起こらない。
そこで私は、とあるマンガの名作からヒントを得た。これはきっと、依り代に沿った使い方をすることで魔法が発動するという仕組みであろう。私は書棚からインク瓶を取り出し、いそいそと軸に吸入した。
マンガではノートが与えられたが、私が与えられたのは万年筆の方だった。紙などなんでもいい、この万年筆で書くことが大事なのだ。
私は部屋に放っていた大学ノートの空いているページを開き、万年筆で記した。
『○月○日 AM3:40 黒髪のショートカットで天真爛漫な女性が、私のアパート前で行き倒れる。しかし容態は軽く、部屋で水を飲ませて介抱するとたちどころに元気になり、私を見初め、一生を添い遂げる』
これで、この通りの出来事が起こるはずである。私は万年筆を握りしめ、一張羅を着て家の前に仁王立ちになった。さぁ、いつでも来い!
しかし、待てど暮らせど乙女は現れない。それどころかむさくるしい酔っ払い外国人留学生どもに絡まれるばかりで、ついには陽が昇った。同時に私の怒りも頂点に達した。
「えぇい!魔法など起こらぬではないか!」
私は一張羅を脱ぎ捨て、万年筆を振り回した。するとどうだろう。陽の光に、クリップ部が反射したのか、一閃の光が私を包んだ。しかし次の瞬間には元の世界に戻っていた。
何が起きたのか。私は当たりを見回したが、魔法のような痕跡は見当たらない。いや、正確には気付かなかったのだ。私の下着が鮮やかな
私は途方に暮れ、何の役にたつのか皆目見当もつかない魔法の習得と引き換えに、引きこもることを決意した。
―――――
この物語は、世界を支配せんとする「大帝」と、それを阻むために魔法を手に戦う人たち。そんな魔法戦記とは一切関係のない、私の物語である。
世界は大帝の手中に陥るのか、人類はこの世界を守り通すのか。そんな結末よりも
願わくば、私も魔法対戦の最前線へはせ参じて、自分の魔法を駆使して闘いたい。そしてその姿に見初められた素敵な女性と一生を遂げたい!
しかし、そんなドラマがやってくるのは限られたごく一部の人間だけなのだ。私のように、人のためどころか自分自身にとっても無益でしかない魔法しか持たぬものに、人類を守る資格などないのである。
少なくとも、私の生活において、西部劇よろしく魔法でドンパチやるような状況に見舞われることは
映画でも、小説でもない。魔法がある世界は、思ったほど面白いものでもなかったのだ。
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