あの子と結ばれたい

石林グミ

第1話 リップクリームが香る

「浮気相手とキスすると唇が荒れちゃうんだって」


真由子はそう言って艶やかな唇を私に見せつける。instagramで話題になっているプチプライスの色付きリップで彩られたその唇が私を幻惑する。

下校途中、夕焼けに照らされてキラキラと艶めくのは唇だけではない。丁寧に手入れされた髪も、瞳も、爪も、カバンも、真由子の体は何もかもどこもかしこも眩しいばかりに輝いている。同じものを着ているはずの制服ですら、真由子が着ていると私の制服とは全く別の服に見えてくる。


「理香の唇は荒れてるね」


咎めるというよりは悪戯心を抑えきれないといった様子で真由子は私を見つめてくる。歩みは止めない。時々前方を確認するために視線が逸れることが私にはありがたい。


「夕べは誰といたの?」

「谷原先輩が赤本くれるって言うから、塾帰りに会った。でもすぐ帰ったよ」

「キスだけして?」

「うん」


私は嘘がつけないし近づいてくる人を拒むこともできない。それを全て分かった上で真由子は悲しいような困ったような顔をする。いつものことだ。


どうして真由子みたいな可愛い子が、私みたいなどうしようもない人間を好いているのか分からない。真由子は可愛いし綺麗だしとても優しいけれど、それらの要素が私の心を確保する決定打となるわけではない。残念ながら。


でもいつも優しくしてくれるしなんだか悪いなと思って、だから、一緒にいる。


「あー理香も私のことを好きになればいいのになー」

「……」


私は嘘がつけないしこういう時相手を満足させられる言葉も言えない。気まずい空気になりそうなのを遮りたい真由子が明るく振舞う。


「まあいいや、私は長期戦になるの覚悟してるからね!でも、キスしていい?」

「いいよ」


最近キスする定番スポットになっている、交番近くのガード下。ここは人目につきにくいし、電車が通って騒がしい時が多いから何かと都合が良い。


真由子の唇が私の唇に触れ、唾液とリップで私の唇が潤う。このリップは香りも悪くない。


キスした回数分だけ私の心が真由子のものになったらいいのに。


決してそうならないことを、私は淋しく思った。




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