その後の大軍師初音さま その4


 へるぷみい……

 逃げ、逃げ……


 ひゃあ!



 ・ ・ ・


 朝チュン。

 なんとか無事だった……





 ◆



 今日こそは……今日こそは、できそうな気がする……



「スネアーッ!!」



 しかし何も起きなかった!



 ・ ・ ・



 今日はこのくらいにしといてやる……


 しょぼーん。


 さて……荒次郎は出発しちゃったか。

 猪牙ノ助の爺さんも方々を飛び回ってる。


 私は留守番だ。

 つまり三浦家当主代行、大軍師真里谷初音さま再臨っ!


 っても、さすがにはしゃげない。

 甲州征伐が開始されちゃった。

 鎌倉に集まった兵は一万五千。かなり大規模な遠征になる。

 関東大戦の後でキツイところだけど、鎌倉公方自ら率いる軍だし、仕方がない。


 指揮を取るのは関東管領、扇谷上杉朝興さま。

 この人も戦下手じゃないんだけど、基本イケイケだから、鎌倉公方のストッパーにならないのがちょっと不安。


 まあ怖がりすぎかも知れないけど、相手は武田信虎たけだのぶとらだからなあ。


 心配だけど、どうしようもない。

 果報は寝て待てともいう。どっしりと構えておこう。だいぐんしだもの。


 さて、荒次郎も爺さんも、おっかない丸太衆もいない玉縄城は、わりと寂しい感じ。


 子供達やご婦人連中や胃の腑Jr.は居るんだけどね。特に夜だと寂しい感じ。


 ……なんとなく荒次郎の部屋に行ってみよう。


 冴さんの部屋の明かりがついてた。

 耳をすましたら、なむなむする声が聞こえる。


 丸ちゃん寝てるだろうし、邪魔しちゃ悪いなあ。とりあえず荒次郎の部屋に入ろう。


 しかし、あらためて見ると、寂しい部屋だなあ。

 これが相模半国の大名の部屋でいいのかな。正直猪牙ノ助の爺さんの部屋の方がよっぽど大名っぽい。


 でも、もうちょっと部屋に金使えって言ったら、部屋の中丸太まみれになるんだろうな……


 というか……部屋広いな。

 こんなに広かったかな。


 あいつデカイしなあ。

 二メートル優に超えてるし。一緒に寝てても圧迫感凄かったもん。


 ま、荒次郎ならきっと大丈夫だ。

 なんせあいつは北条早雲を超えた、凄いやつだからな。


 なんとなく。

 なんとなくだけど、今日は丸太を枕にして寝てみようかな。


 じゃあ、お休みー。





 ◆



 引き続き、鎌倉公方の甲州征伐を玉縄城で見守ってるなう。


 暇。


 とりあえず爺さんから「木綿くれ」って要求来すぎ。

 金は品川商人から分捕るからいいらしい。ヤクザか。



「戦じゃろう。金の要り時が恩の売り時である」



 悪どいな。


 まあ、あんなとこ(甲斐国)攻めてもなあ。

 あんまりおいしくないだろうし、恩の売り時ってのは正しい気がするなあ。


 でもこれ、丸太になって帰ってくる気がする。荒次郎の趣味は有名だし。


 また新井城が丸太で埋もれちゃう……


 さて、丸ちゃんと遊んでくるか。

 丸ちゃんはかわいいなあ……


 そういえば、鎌倉公方にも子供が出来てるんだ。

 名前は龍王丸たつおうまる。史実の嫡男と一緒の名前だけど、同一人物かどうかは不明。

 歴史が変わりすぎてるから、この辺判別つけにくい。



「丸太郎の方がかわいい」



 これは荒次郎の言。完全に同意!


 荒次郎もたまにはいいこと言う。



「お姫さま……親ばかになる前にちゃんと母親になってください」



 まだいやです。

 まだじゃない。いやです。


 まず男に抱かれるのがハードル激高い。

 相手が荒次郎なら、まあ触ったり撫でられたりくらいならいいけど、それ以上はキツい。


 ……舐められるくらいならギリOK?


 いやおかしい。

 私の感覚きっと間違ってる。

 世間の常識から盛大にズレてる。


 でも、さすがにそれ以上は無理。心理的にも物理的にも。

 荒次郎のアレ、丸太だし。総理大臣が敬語になるレベルだ。


 冴さんよく入ったもんだなあ。



「耐えられますわ。愛さえあれば」



 ラブ的なものは無いです。

 友情パワーはマグネットパワーが発生するくらいあるけど。



「お姫さま、子供が産めるんだから入りますよ! まつだって!」



 りくつはわかる。

 まつさんはまだ早いと思います。



「友情で子供は産めない!」



 うーん。名言の予感?



 ・ ・ ・



 ……さて、逃げるか。


 説教はのーせんきゅーです。





 ◆



 逃亡なう。

 なぜみんな追いかけてくるんだろう。


 まあ、私が逃げてるからだけど。


 屋敷脱出なう。

 増えたなう。

 なんでなう。


 物見櫓なう。

 なんか捕まったら縛り上げられそうで怖い。


 なんだこのノリ。

 みんな毒されてるぞ荒次郎とか猪牙ノ助の爺さんに!



「みんなが一番毒されてるのはお姫さまにです!」



 あっれー?



 ・ ・ ・



 まつさんにキャプチュードされました。



「さあ、お姫さま、覚悟してくださいよ。武家の姫としての嗜み、一から叩き込んで……どうしたんですお姫さま」



 いや、北西の方に火がチラッと……



「見えませんけど?」



 いや、見える。それに聞こえる。

 数騎分の馬蹄の音が。私のエルフイヤーは地獄耳だ。


 とりあえず、舟を出す。

 五十でいい。胃の腑Jr.。選んで同行させて欲しい。


 もちろん武装させて。私も軍配を持っていく。



「なにかあったんですか?」



 わからない。

 でも、馬の飛ばし方が尋常じゃない。


 ちょっと様子を見てきます。





 ◆



 船を出してしばらく。砥上の渡しが見えてきた。

 向こう岸に騎馬武者の姿を確認……あの馬印って、扇谷上杉朝興さま?


 嫌な予感しかしない。



「おお、もしや三浦の妻女殿か! 助かったぞ!」



 いや、川の渡しくらいしますから、事情教えてください。甲州征伐はどうなったんですか?

 なんでたった十数騎で帰ってきてるんですか?



「すまぬが、時間が惜しい。詳しい者を一人残しておくから、その者から聞いてくれ」



 なんでこんなに急いでるんだろう。



「簡単に言うとだな……戦は負けた。公方は身罷られた」



 えっ?



「だから急がねばならんのだ」



 鎌倉公方が、死んだ?


 ちょっと待て。

 これ対応間違うと関東大戦再来だぞ! 荒次郎は!?



「津久井城で武田軍を支えている……くわしいことは、残して行く者に聞くがいい」





 ◆



 三行で。



 ・鎌倉公方さまは、甲斐国境を超えて行軍中、武田の奇襲にあい、討ち死に。


 ・遠征軍総崩れになって相模に逃げ帰る。武田軍はそれを追って相模に侵攻。


 ・津久井城の荒次郎、遠征軍から公方直属の相模衆を引き抜き、背後の防衛を引き受ける。



 おい、なんで真っ先に逃げ帰ってんだ関東管領。

 突っ込みたかったけど、もう行ってしまってる。


 納得いかないけど、まあ理解はできる。

 鎌倉公方の後継者問題。関東管領扇谷上杉家の権力闘争。そういった現体制の病巣を、今回の大崩れは一気に浮かび上がらせることになる。


 とりあえず江戸の太田の義兄さんと、猪牙ノ助の爺さんに連絡!

 爺さんに報告終えた使者は、そのまま関宿城の真里谷のお兄ちゃんに連絡! 爺さんに因果を含められたら、それに従うこと!


 津久井城の荒次郎は、まあ大丈夫だろう。

 荒次郎が千以上の兵と共に籠城してるんだ。まず落ちない。


 あとは、逃げてくる兵を、スムーズに渡河させて……いや、本当にいいのかこれ。

 甲州征伐の中心は武州勢。関東管領扇谷上杉家の権力争いに、もろに噛んでる奴らだぞ?


 どうしよう。


 分からん!とりあえず保留!

 砥上の渡しの舟はとりあえず徴発!

 混乱を避けるために三浦衆は鎌倉入りして若宮御所の警備につけ! とりあえず公方のご兄弟と家族を守れ!


 状況が落ち着いてから、甲州征伐軍の渡河を許可する。

 その間の兵糧は、伊勢家から借りて来い! ついでに現状も報告してくるんだろ!


 この状況に、伊勢家を全力で巻き込む!

 こっちが抱えてる牌がデカいんだ。なんとかなるっ!

 胃の腑Jr.! 逃げてきた甲州征伐軍への対応はお願い!



「奥方さまはこの彦四郎の胃に恨みでもあるんですか……」



 ごめんね!


 とりあえず、現状できそうなことはやった!

 あとは、爺さんや太田や伊勢と相談して対応する!

 真里谷のお兄ちゃんには今回極力関わらせない! 絶対引っ掻き回してくるから!


 ええい! 荒次郎が居ないからってなんだって言うんだ!

 この私が! 大軍師初音さまが、関東の新たな秩序を、乱させはしないっ!


 この、武田菱の軍配にかけてっ!





 ◆



 ■どんな子が生まれる?シミュレータ


 大軍師初音さまと“無感動な配偶者”との間には、“大人びた女児”が誕生する

 大軍師初音さまが“空気な人”だから仕方ないね



 符合しすぎ笑えない……

 無感動な配偶者って完璧荒次郎だろこれ……



「お母さま、お餅が食べたいです」

「お母さま、またおもらしですか?」

「お母さま、伊達は滅ぼしましょう」



 違う。これは大人びてるとは言わない……





 ◆



 ひゃっはー!

 なんだかやばすぎて変なスイッチ入ってきた眠れないっ!


 胃の腑Jr.は本気で寝れないと思う! ごめんねジュニア!


 と思ったら天井からなんか来たーっ!?


 でかい! 黒い! そしてあからさまに忍者だこれ!



「初めてお目にかかる。それがし三代目風魔小太郎。三浦介義意殿に討たれし二代目の息子。我が主、伊勢氏綱の命を受けて参った」



 伊勢殿の命?



「甲州征伐の敗報、我が主にも伝わっております。三浦の存念を伺いたい、と」



 存念といっても。

 今ここで出せるのは、当主代行の私の意見だけどいい?


 鎌倉公方家は守る。扇谷上杉にも、父の家である真里谷家にも、ちょっかいはかけさせない。

 そして、荒次郎が鎌倉公方とともに築いた新秩序を、全力で守る。


 私の言葉に、風魔小太郎が頷いた。



「主からの言を伝える。新秩序を維持する意思があるのなら、伊勢家は協力を惜しまない、と」



 おお、ありがたい。



「さしあたって、それがしを好きに使ってくれ、と」



 おお?

 風魔を使う。この言葉にテンション上がってきた!


 ……でも、なんに使う?

 若宮御所の警備強化?

 猪牙ノ助の爺さんの工作の手伝い?


 ……いや。いま、この状況に一番必要なのは。


 荒次郎を助けてほしい。



「ふむ?」



 いま、この状況に一番必要なのは、三浦荒次郎義意その人だ。

 荒次郎が一刻も早く帰ってこれるよう、風魔自慢の破壊工作で支援してくれ。


 風魔小太郎はニヤリと笑った。



「さすが我が父の宿敵が家。風魔の使い方をよく知っている」



 次の瞬間、風魔小太郎の姿は闇に溶けて消えた。魔法みたいだ。


 ドキドキしてる。

 考えたら、私自身はそんなに戦国の有名人に会ってるわけじゃないもんな。


 しかも風魔小太郎。

 対等に張り合った大軍師初音さまはさすがだな……


 さあ、これで今度こそ、果報は寝て待て、かな?


 頑張ってくれよ、荒次郎。

 なんだかんだ言って、お前が居なきゃ始まらないんだからな。

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