#02 彼
彼の名は、
彼は探偵をしていた。しかしILHENの管理の下、居なくなる人も、無くなるものもない。犯罪が起きることもない。それでも彼は、探偵をしていた。実際のところ探偵というより、カウンセラーに近いのかもしれない。毎日のように彼の処を訪れる人は、何かしら悩みを抱えている。それがどんなに些細なことでも、彼は丁寧に聞く。聞いて、解決策を考えたり、アドバイスをしたりする。あらゆる人の話を聞いて、その人の立場に立って考えることが、彼は好きだった。
4月。桜の匂いに乗ってやってきたその少女は、酷く怯えていた。
「追われているの。」
何に。彼女は答えようとしない。ただ、あるところから逃げ出して来て真っ直ぐここに来たのだという。あまり詮索をすることに気が乗らない霊弐は、まず彼女を部屋に通した。
「ここにいる限りは安全だよ。」
「どうして。」
霊弐の家は山の麓にあった。ILHENによるライフラインやサービスは街中に行き渡っているが、居住区や各施設は街の中心部、資源再循環施設を中心として存在している。わざわざ何もない山に近づこうとする人は、この街にはほとんどいなかった。人目に付きにくいという意味では、カウンセリングをするのに最適であるが、一般人には用のない立地なのである。少女を追っている人間が誰であっても、真っ直ぐここに来たのであればまず見つからないはずだ。そう説明して霊弐は、部屋に干してあったジーンズとシャツを適当に見繕って彼女に差し出す。
「僕の服だけど、よかったら。」
少女は白衣のような、地の薄い服を着ていた。この時期、調整されているとはいえ気温は15℃くらい。そのままでは肌寒いはずだ。彼女は何も言わず霊弐の手から服を奪い取ると、周りを見渡す。部屋は広いとは言えず、四畳半ほどしかない。彼女が入ってきた玄関のとなりに見える台所以外に、他に空間が見当たらない。仕切りと言えるものも無い。いや一つだけ、壁に取っ手のようなものがあった。彼女がおもむろに、それに手を触れる。
「ああ、すまない。そこは倉庫だ。僕は外に出ているから、着替えが済んだら呼んでくれ。」
霊弐は玄関を指さすと、軽く微笑んで見せた。
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