#03 不安
首が痛くなるほど高い山を見上げ霊弐は、自室の前の通路の柵にもたれ掛かる。霊弐の家は3階建てのアパートの一室だ。築年数は古く、今世紀の初めに建てられたらしい。
それにしても彼女、どこから来たのだろうか。追われている、と言っていた。まさか友達と鬼ごっこやかくれんぼをしているわけではあるまい。しかし、この街で誘拐や監禁なんて物騒なこと、ILHENが見過ごすわけがないだろう。そもそも、市民に動機が発生し得ない、というのがこの街の姿だった。
「なんであれ、ただ事ではなさそうだ。一応応援を呼んでおくか。」
そう呟いて霊弐は、胸ポケットから端末を取り出す。その時。
ドン
霊弐の後ろで音がした。振り返るともう一度、ドン。自室の扉からだ。霊弐が扉に近づくと、少しだけ開いて声だけの彼女が言う。
「着替え終わったから、呼んだ。」
なるほどと頷き、霊弐は扉を開けようとした。すると扉のほうが勢いよくしかし半分だけ開き、中から出てきた白い手に霊弐の腕は引っ張られた。体勢を崩した霊弐はそのまま中へ倒れこむ。霊弐の身体が中に入りきったのを確認すると同時に扉を閉め、鍵を掛ける彼女。
「そんなにしなくても追っ手なんて来やしないよ。」
霊弐の言葉に彼女は真剣な顔で、そんなのわからないじゃない、と言う。
「さっき誰と通信していたの。」
倒れたままの霊弐の手に握られた端末を見て、彼女は不安そうに訊く。状況はわからないが、ものすごく不安なのだろう。霊弐は答えた。
「助っ人を呼ぼうと思って。」
霊弐が実質的なカウンセラーであるのに、探偵を名乗っているのにはわけがあった。彼は他人の話を聞くのが好きでカウンセリングをしていたが、それは趣味の域を出ていなかった。彼にはパトロンとでも言うべき存在がいた。毎日のように他人の相談に乗っているとごく稀に、彼一人では手に負えない事態が転がり込んでくる。手に負えないと言っても、大事になるようなことであればILHENが動くはずで、彼が本格的に動く必要のある事態というのは具体的には、お金が必要なとき、ではあるが。そのパトロンとは長い付き合いで、カウンセラーである霊弐のカウンセラーでもあった。困ったときはまず相談する、そんな間柄なのだった。
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