あおいろ

@pullerna

「あおいろ」

「えいっ!やあっ!」


ウレタン製の羽根を、ロープで背中に巻きつけて、めいっぱい助走をつけた。300メートルを全速力で。思いきり、足を空中へと振り上げる。


ふわり、なんて柔らかな感覚ではなく、ぴょーん、という感覚。飛んでない。跳ねているだけだ。数秒も経たない間に、私の体は湿った地面に叩きつけられた。


「痛たー!最悪や!」


地面に直撃した顎を押さえ、涙目になりながら、背中の羽根をナイフでもぎ取る。今朝も失敗。いつになれば、人類は飛べるんだろう。私の夢は、空を飛ぶことなんだ。



キーンコーンカーンコーン。


朝8時50分。お馴染みの鈴が鳴る。お馴染みの先生が来る。お馴染みの出席確認の時間。


「時谷くん……時谷くん?…………もう、欠席でええん?欠席やな!」


これもお馴染み。


シュシュシュシュシュシュシュ…………。廊下のほうで音が聞こえる。上履きを滑らせる音。


「あ、来た……」


さながらスケーターのように迅速な動きで教室に舞い込んできた。あいつだ。


「はい!はい!時谷います!はい!はい!」


今日もうるさいな。ここまでが、毎朝のお馴染みの流れ。


先生は、深くため息をついて、「あと1回で反省文だからね。あんたリーチだから」と、忠告を残して廊下へと去っていった。先生は、上履きを滑らせない代わりに、余計なくらいカツカツと音を立てて床を踏みしめて歩く。これはこれでうるさいな。窓の外に目を向ける。今日も空は青くて静かそうで、好きだ。でも、同じ青でも、その下に見えるプールは、嫌い。4時間目は体育。水泳の授業。やだなあ。私は、泳げないんだ。



「日山は、泳げるようになったか?」


…………来た。時谷おなじみの、いつものご質問。答え知ってるくせに。私はそっぽを向いて、つっけんどんにあしらった。


「…………なってへん」


「やっぱりな。日村は小さい頃から、スポーツ系はダメだものな」


「うっさい。ウチは海泳ぐより、空飛びたいねん」


「それ、5歳の頃から言ってるよな」


「……ん?」


「まだ、おらへんのやのう、おまえのオットン……」


「なんや急に無理に関西弁つかうなや。ヘタやねん自分」


5歳の頃、パパはいなくなった。死んだんじゃなくて、いなくなった。


私は、今でもどこかで生きていると思っている。パパは、天使みたいに空を飛ぶという、恥ずかしくて情けない夢を持っていた。天使じゃなくて、天使みたいに。ハンググライダーみたいに重いものを背負わずに、小さな羽根だけを付けて空中に浮かぶことを夢見て、自製の羽根をいくつもつくっては、何度も転んでいた。ママも近所の人達も、パパのことをただの馬鹿だと言っていたけれど、私はそんなパパに憧れて、3年生になった今も、羽根をいっぱいつくって飛ぼうとしては失敗している。ママはもう、呆れを通り越したのか、なんにも言ってこない。


「………なんで今さら。前から知っとるやろ、自分」


突然パパの話を切り出されたのが余計に不愉快。さらにつっけんどんに、早口になって切り返した。すると時谷は、急に声を低くしてこう切り出した。


「……………俺、もうすぐ、転校すんねん」


「えっ?」


こんなにわかりやすく極端に暗くなる時谷の表情を、私ははじめて見た。物心ついた頃には、すでに一緒にいたのに、まだ、知らない表情があるものなんだ。


低い声のまま、時谷はつづけた。


「今まで言ったことなかったけど、俺の将来の夢は、海を渡って世界を一周することなんだよ………。3年生にもなって、子供みたいで恥ずかしいけど……だから、空を飛んで世界を全部見たいのが夢って言ってるおまえと………」


そこで言葉は途切れた。





大嫌いな水泳の授業が終わって、家に帰ったら、今日も空を飛ぶ練習をしよう。今日からは一段と、気合いを入れて。




















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