アルファの魔術師

@chacha

一章 Wempti Uber of plant cell

0/プロローグ

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 少しばかり物騒な知り合いが管理する基地とやらで色々と話し合っていたところ、街で堂々と喧嘩ヨロシクとばかりに殴りかかってくるようなジャンキー共が表通りを闊歩するくらいには陽が落ちてしまった(いや、よく考えれば朝っぱらからでもそんな奴はゴロゴロいた)ということもあり、キリがいいところで話を終えるといい加減帰宅することにした。

 夜半、私は道端でタクシーを拾う。

 運転手は人間のような姿をしていたが、頭から生える狼の耳が人外だということを告げていた。ちなみに私は歳こそあれだが人種はれっきとしたヒューマンであり、地球人だ。ただうちの姉妹は大抵が人外と張り合えるどころか、人外相手に勝利をもぎ取るような奴らばかりなので、本当にこいつらと血が繋がっているのか疑いたくなることが多々ある。

「――――…………」

 ぼうっと車窓から外を眺める。

 普通に見ればまず分からないが、空には透明な膜が張られている。

 知り合いからは、あれは様々な魔術が組み込まれた人類史上最高の大結界だとは聞かされているが、こんなものを張る発端は勿論存在する―――何を言ってるんだ、と思うかもしれないが、数年前に英国では空間に馬鹿でかい穴が開いた。これを『空間亀裂ワームホール』だが何だか知らないが学者達は自然災害と主張しており、その災害が起きるやいなや英国領土は激しい閃光に覆われた。その時、私は日本に居たので間近で見た訳ではないが、光が消失すると共に英国の数都市は消え去ったようで、『霧の街ロンドン』などその欠片すらない。その代わり、巨大都市が現れた。そこの名前は、『Albionアルビオン』と言って、その街が出現したせいで現在英国様とやらは化物が住む国になってしまった。一応、都市一つを丸々結界で覆ってしまうことで、化物を『アルビオン』に隔離することは成功しているようだが。とある愚妹から聞いたところ、こんなものはが本気で手を出してしまえばすぐさま壊れてしまうようだ。が、何故か今の今まで何事もなかった――訳ではないが、結界が壊されてはいない。まあつまり、この化物が集う大都市、『アルビオン』を覆っている大結界は向こうのさじ加減ですぐさま終焉を迎えてしまう訳だ。

 実際、結界そのものが壊れてしまうような事態には数度陥ったようだが、『正魔術協会・支部、本部』、『黄金の夜明け団ゴールデン・ダウン』、『英国聖堂騎士団ブリテンナイツ』、『殲滅機関ホロコースト』、『旧イングランド教会』、『法王庁ヴァチカン』、『異端審問会ウィッチ・クラフト』――エトセトラエトセトラ、といったような魔術結社、魔術協会、秘密結社、秘密組織が暗躍してくれていたお陰で今もこうして結界は保たれている。……気になるのは、どうしてそれほどまでの組織がこの結界を命懸けで守備している理由だが。私が愚妹からちゃんと話を聞いておけば分かっていたのだろうが、適当に聞いていたのでそこら辺ちゃんと理解していない。まあ、化物が外に流れるのを防ぐ以外の理由は確かにあるのだろう(そもそも化物はこの『アルビオン』を気に入ってるようで、大抵はここから出る意思などなさそうだが)。といっても調査するほどの執着もないし、今は『』の研究に忙しいので放って置こう。

 そんなことを考えてから数十分後。

 何時までも外を眺めていたところ、どうやら目的の場所へと着いたようで。

 運転席と助手席の間に設置された青白く光るパネルに、電子マネーの入ったカードをかざすとドアは自動で開いた。降りる際に運転手の人狼からにこやかな笑みと礼を貰ったが……ここに住んでもう二年は経つが相変わらず違和感を抱く。

「……化物と人間の共存か」

 ぽつり、とそんな言葉を漏らしながら入り組んだ裏路地を進む。

 ここ『アルビオン』ではかつての英国の街並みは残るものの(『ロンドン』の面影は一切無いが)、当然のように通常ではない。その一例として、『アルビオン』には空に浮遊する大地があるのだから。ただ、そこには何故か人類の建造物が存在しており、化物が勤めていたりするもののそこは証券会社というのだから意味不明だ。……無理にでも言葉にしようものなら、『アルビオン』という都市は『現世』と『異界』が融合した場所とでも言えばいいのだろうか。

 聞いたところでは、『アルビオン』が出現した当初からこうなっていたとか。つまり、人類の手が加わってこんな風に現代的になった訳じゃない。化物が存在しながらもかつてと似たような外観はそれなりに保っている。まあ、流石にいきなり人狼がタクシー会社に勤めていたり、化物が普通の社員になっていたりした訳ではないが、それでも化物達は今こうして私達の生活に慣れていっている。溶け込んでいるのだ。

 しかし、全ての化物が先程の人狼のように人類を脅かさず安寧に生きている訳じゃない。中にはろくでもない奴だっている。

 例えば、こうして人通りの少ない裏路地なんか歩いていると。


「――わァ、すっごく美味しィそうだなァ」


 出会って早々、紳士服を着込んだライムグリーン色の人型スライムに命を奪われそうになる。一応、こういった馬鹿共を取り締まる組織――つまり警察がいるのだが、今この場には居ないので現状は闘争か逃走の二択になる訳だ。勿論、話し合いなど論外である。

 しかし、こんな馬鹿を相手をするのは面倒であることは確かだ。

 ということで、

「おい、邪魔だ。さっさとそこをどけ」

「強がってもォ、駄目だぞォ。所詮、人間のォくせにィ」

 ……まあ、確かに命知らずにもここで暮らす普通の人類であり一般人である数百万の人々にとってはこんな馬鹿と出会った瞬間終わりだろう。だからそいつらはこんな危険な場所を通ることなどしない。

 よっぽどのアホか、もしくはでない限り――

「……一つ忠告しておいてやる、化物フリークス

「うんゥン?」

「――余り人間を嘗めるなよ」

 刹那、周囲を覆う宵闇から瞳が覗いた。それは一つ、また一つと増殖していくと瞬く間に私達を覆うように現れた。そいつは私達をただじっと眺めている。飽きることなく眺めている。

 人型スライムに口以外の顔のパーツは無いようだが、この目が見えているらしく。

「これはァ――――?」

 確かに驚いていた。

 しかし、手品かな何かと勘違いしたのか裂けたように口を歪ますと。

「ギャィヒヒイヒヒヒヒイ、面白ィイなァ。君、もしィかァして、マジシャンってイゥウ人なのォ?」

 不快な声が聞こえる。

 私はとにかく沈黙を貫いた。

 一方、化物の方は未だ口を動かしながら不快な声を綴っていた。

「でもォ、ギヒィ。これがどうしタノォ? ねえ、これがどうじたノォ? もしかしてェ、食べられぇルゥ前に、ボグのこと楽しませェようゥとじでグレたのォ? それだったら――優秀ナァア餌だねェエ」

 私は今、耳を塞ぎたい気分だったが。

 まあどうせこいつも――

「……術を行使するのも面倒だから、一応は逃げる時間をやったんだけどな」

 はあ、と私は短い息を漏らした。

 怪物は人間のように、それでいて人間では曲がらないほど首を不気味に傾げた。

「んンゥ? どういうことォ?」

「理解しなくていい。が分からないようなら、どうせこの街に居れば何時かはこうなる。遅いか早いかの違いで、お前は今日その日が来たんだよ」

「???」

 より奇怪に怪物の首が曲がる。

 ほら、理解していない。

 だから死ねばいいのさ―――


「――偶像神話ツィーラ・マハッタ百目蟲の石晶ヘカテーニャ


 悲鳴はない。威力の可否も、命中の是非を問う必要はない。

 眼前に立つ怪物はその場で立ち尽くす。まるで石像のように動くとはなく――いや、怪物は石とかしたのだ。だから動くことが出来ないだけだ。

 そうして秒にも満たない一瞬、怪物の身体は崩れ落ちていく。

 石の欠片が地面を叩く音が聞こえてきた。

 生死の是非など調べるまでもない。

 とっくにアレは、道端に転がるただの石と化したのだ。

 ふん、と私は一度鼻を鳴らすと。

「じゃあな、化物」

 たったその一言を残して、その場から立ち去ろうとした。

 だが、その時。

 人影が見えた――それは既に石となった怪物の身体の中から現れた。

 思わず目を丸くした。

 何だこいつ、とぼろぼろと崩れていく怪物の身体と同時に姿を現わにしていくそれに目を引かれた。ただ、その人影はピクリとも身動きを取ることはなく、怪物が完全に崩壊したところで、落下を始め地面へと身体を叩きつけてしまうがその衝撃によって目を覚ますことはなく死人のように転がっていた。

 怪訝に思いながらもそれの下に歩み寄ってみる。

「………………、」

 観測結果から判定したが。アレをちょんぎってでもなければ、性別は男。身長は170前後といったところで、年齢は十代にも見えるし童顔ということなら二十代だってありえる。出身はこの顔付きからして恐らくアジア系、それも東アジア辺りっぽさそうだから日本や中国、もしくは韓国とまあそこら辺だろう。それ故に、日本出身である私にとっては馴染みやすい風貌していた訳だが。

 ……さて、どうしたことか。

 このまま放って置くのも、アリと言えばアリだが。

 放って置いた場合、このはどっかのマフィア崩れに拾われて臓器を競売に掛けられるか、単純に化物に美味しく頂かれるか、それともそれ以上に悲惨な運命が待っているか、とまあどれにしたってろくでもないのだろう。

 僅かに考える仕草を取ったところ。

 どうやら私の正義感とやらが働いてくれたようで、

「こんなこと、二度とはないからな。感謝しろよ、どっかの誰かさんよ」

 そんな台詞を最後に、今度こそここから立ち去った。

 でっかな荷物を運びながら。

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