第9話《Aパート》
翔太は写真台の前に座り、両手を合わせて目を閉じていた。
「父さん。クラスに転校生の子が入ってきました。でも、ちょっと怖くて、上手く話せなかったです。……どうしたらうまく話せるかなあ」
小さく息を吐き出し、翔太は目を開ける。写真の中の父親は、満面の笑みをカメラに向けていた。
「ま、なんとかなるだろう」
と、翔太の後ろからわざと作ったような、低い声がかけられた。翔太が振り向くと、そこには腕を組んで仁王立ちをしているまりこの姿があった。
「……母さん?」
「なーんてね。きっと、お父さんならそういうだろうけど」
くす、と笑いながら言うまりこ。どうやら先ほどの声は、翔太の父・雄一の真似だったらしい。
「そうなの?」
翔太は首を傾げてまりこに聞き返す。まりこは一瞬だけはっと目を開いたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「きっと、ね。お父さんはそういう人だったから」
「そっか……。じゃあおれ、譲と一緒に遊びに行ってきます」
言いながら翔太はそばに置いていた鞄を肩にかけて玄関に向かった。
「はい、行ってらっしゃい。暗くなる前には帰ってきてね」
「はーい。いってきまーす!」
ぱたん、と玄関の扉が閉まる音を聞いて、まりこは小さく息を吐き出した。それから、身体を写真台の方に向け、雄一の姿を見た。
「仕方ないよね。どうしても、時間が経っちゃうから。それが、よくても、悪くても……」
そう呟くまりこの眉は、小さく歪んでいた。
「翔太! 遅いぞー!」
「ごめんごめん!」
翔太は譲と待ち合わせをしていたショッピングモールの入り口に向かって走っていた。すでに入り口の前にいた譲は翔太に向かって大きく手を振って声を上げた。
「ほら、さっさと行こうぜ! 今日は休みだから多いかもしれないし!」
「うん、そうだね」
譲に急かされながら、翔太はショッピングモールの中に入った。休日という事もあって、モールの中は人が多くごった返している。
「今日はなんか多いね」
「セールがあるって言ってたもんなあ。うちの母さんもセール狙いで出かけてた」
「そうなんだ?」
「と、言う事でセール待ちの子どもたちがブレバトをしている可能性は大いにあるんだなあ」
むう、と表情を曇らせながら譲は翔太に説明をする。翔太は「そんなもんかな……」と苦笑いを浮かべながら譲の背中を追ってエスカレーターに乗った。
「それにしても、何で今日はアーケードの方なの?」
「翔太知らないのか? 今日からオンライン対戦でもらえる経験値がアップするんだよ!」
翔太の疑問に、譲がくるりと振り向いて答えた。
「オレはこれでマーリンをガンガン強くしていくぜ!」
「マーリン、十分強いと思うけどなあ」
「いやいや、翔太くん? ブレバトの進化は無限大だぜ? お前のショウだって、もっともーっと強くなるぞ!」
「ショウも……」
譲に言われ、翔太はポケットの中からデッキケースを取り出した。開いて、一番上にあるショウのカードを見る。
[そうだぞ、翔太。おれも、お前ももっともっと強くなれるんだからな]
「……うん!」
「翔太!」
ショウの言葉に頷いた翔太の耳に、譲の声が届く。同時に、つま先にがんっ、と何かがぶつかった。
「うおっ、とっと?!」
エスカレーターの終着点につま先をぶつけ、翔太は危うく転びそうになった。が、なんとかバランスを保って手に持っていたデッキケースも手離すことなくエスカレーターから降りることができた。
「おい翔太ー! ブレバトに集中するのはゲームの時だけ! これ基本!」
「な、何それ……」
譲の注意しているのかしていないのかわからない言葉に、翔太は苦い表情を浮かべる。けれど、実際のところ譲の言う通りであった。翔太はデッキケースをポケットに収めて、ゲームセンターに向かった。
「お、ラッキー! 今空いてるぜ、翔太!」
譲が指差す先には、空席のブレバトアーケードの筐体があった。
「翔太ってオンライン対戦したことあったっけ?」
「ううん。譲と対戦かエヴォルトバトルでレベル上げぐらい……」
「オンライン対戦も楽しいぞー。ランキングの上の相手だと、相手のデッキ見て参考にしたりとかさ」
にっ、と笑いながら言う譲に、翔太は思わず目をぱちぱちと瞬きさせた。てっきり何も考えずに遊んでいるだけか、と翔太は思っていたが、譲本人は意外と考えてゲームをしているようだった。
「と、言う事でお互いいい成績が出るように頑張ろうぜ」
そう言って、譲は先に椅子に座ってゲームを始めた。翔太もアーケードの筐体の前に座り、投入口に百円玉を入れた。
「えっと……オンラインバトル、っと」
翔太は画面の指示に従い、『オンラインバトル』を選択してボタンを押した。いつものように『デッキゾーンにデッキを置いてください』という指示が出て、翔太は自分のデッキをデッキゾーンに置いた。しばらくして、『アルターゾーンにカードを置いてください』という表示が出る。
「ショウ、行くよ」
[ああ。どんな奴が相手でも勝つぞ]
カードの中のショウが、翔太に向かって拳を突き出した。歯を見せて笑うショウに、翔太も強く頷いた。そして、アルターゾーンにショウのカードを置いた。画面に『Now Lording…』と言う文字が現れ、『通信完了!』と出た、直後だった。
がくん、と、突然翔太の身体が揺れた。
「え?」
翔太の身体はいつの間にか椅子から離れ、宙に浮いているような不安定な姿勢になっていた。
「な、何?!」
あたりを見るが、そこは先ほどまでいたショッピングモールのゲームセンターではなかった。光ひとつない、暗闇の中だった。
「譲?! どこ行ったの?! 譲!!」
しかし、翔太の求める返事はない。そんな中、不安定な姿勢だった翔太の足が、ようやく地についた。
「う、うわ」
ふら、と身体が傾きかけた翔太は倒れないようにバランスを保った。
「ここ……どこ……? 誰か、いませんか……?」
震える声で、翔太はあたりを見ながら言う。すると、翔太の視界にぼんやりと光が見えた。その光が反射して、人影も映し出された。
「だ、誰かいる……?! 誰ですか?!」
翔太が叫ぶと、影がゆっくりと動いた。影から、視線を感じた翔太は、相手が振り向いてこちらを見ていると理解した。
「その、声……」
聞こえてきたもう一人の声は、聞き覚えがあった。光が強くなり、目の前にいる人物を映し出した。
「……ショウ?!」
「翔太……?!」
翔太の目の前にいたのは、自分と同じくらいの背丈の、自分と同じように驚きの表情で目を丸く開いたショウだった。
「な、なんでショウが……、え?!」
「どういうことだ……? お前、本当に翔太なのか?」
状況を把握できていないのは翔太もショウも同じらしく、互いに疑問符だらけの言葉を向け合っていた。
「何で……あっ?! ねえ、ショウ?! 譲見てない?!」
「譲……? いや、見てないけど……」
「おれたち、さっきまでゲームセンターにいたのに……どうして……」
翔太はあたりを見渡し、怯えたように呟く。今まで遭遇したことのない状況に混乱していた翔太は必死に周りを見ていた。そんな翔太を見ていたショウが、翔太のそばに寄る。
「翔太」
名を呼ばれた翔太が視線をショウに向けると、ショウが両手で翔太の両肩に手をかけた。
「大丈夫だ」
「え?」
「おれがいる。絶対に、元の場所に戻ろう」
ショウが、真っ直ぐに翔太を見つめてはっきりと言った。その言葉を聞いた途端、翔太の中にあった焦りや不安が、消えた。そして、ようやく翔太は笑みを見せた。
「ショウ……ありがとう」
「ああ」
翔太の笑みを見て、ショウも微笑んだ。それから翔太の肩から手を離して、翔太に背を向けた。ショウは、前方に何かの気配を、感じていた。
「……ショウ?」
「誰か、いる」
言いながら、ショウは腰に下げていた剣を抜いた。本物の剣など見たことのない翔太は、剣と鞘が擦れる金属の音を聞いてびく、と肩を震わせた。
「誰か……って……?」
「……解らない。翔太、おれの後ろにいろよ」
ショウは剣を右手で持ち、左手を「これ以上前に出るな」と言うように横に出した。翔太は頷いて、さらに一歩後ろに引いた。
「そこにいるのは、誰だ!」
両手で剣を構え、ショウが叫ぶ。すると、薄暗い闇の中から、何かの物音が聞こえた。それは、重々しい足音だった。
「だ、誰か来る……?」
「……ああ」
震える翔太の声に、ショウは小さく返事をした。剣を握る手に、力がさらに加わる。そして、足音がはっきりと聞こえ、足音の主の姿が露わになった。
「……なっ?!」
現れた人物の姿を見て、ショウが小さな悲鳴のような声を上げた。驚愕の表情を浮かべるが、それはすぐに鋭い眼光と変わる。その様子の変化は、後ろから見ていた翔太にも伝わってきていた。
「しょ、ショウ……?」
翔太は、暗闇の中で目を凝らして相手の姿を見る。黒い鎧、黒いマント、黒い髪。そして、顔の上半分を隠すような、黒いバイザー。翔太より少し年上――ショウと同じ年ぐらいの、少年。
「お前……は……!」
「ショウ、し、知ってるの……?」
「おれの……仲間を……」
翔太の問いに答える、というよりは相手に向かって言うように、ショウは声を出していた。
「おれの仲間を返せ!!」
ショウは叫ぶと、相手に向かって走り出した。突然の出来事に、翔太ははっと目を見開いた。
「ショウ?!」
「うおおおお!!!」
ショウは大きく跳躍し、銀色の剣を振りかぶる。相手は腰に下げている剣を抜こうともせず、ショウの方を向いていた。そのままショウの剣が相手に届くかと、思われた。
「うわあ?!」
「ショウ!!」
ショウの剣は相手に届く前に、見えない何かによって弾かれた。ショウは大きく吹き飛ばされ、仰向けに倒れ込む。翔太は慌ててショウのそばに駆け寄った。
「ショウ?! 大丈夫?!」
「あ……ああ……。くそ……、何をした……!」
ショウは剣を地に突き刺して立ち上がる。ぎろり、と相手を睨むショウの視線に、翔太は恐怖を感じていた。いつものショウと、違う、と。
[……ここで戦うつもりか]
その時、翔太とショウの耳に誰かの声が届いた。目の前の黒い騎士の口は、開かれていなかった。
「誰だ!! 姿を見せろ!!」
ショウは怒鳴るように、天に向かって叫ぶ。翔太はそんなショウの姿を不安げに見ていた。
[戦うのか、と聞いている]
「うるさい! 戦ってやる!! あいつを倒して……仲間を……!」
[いいだろう]
声がショウの叫びに答えると、翔太の目の前に光の線が現れた。
「な、何?!」
その線は何かを描き始める。線と戦が繋がり、――それは、ブレバトのバトルフィールドとなっていた。
「ショウ!」
翔太が呼ぶと、ショウが翔太の目の前に現れた光のフィールドに気付いて駆け寄った。
「翔太! 大丈夫か」
と、ショウが翔太に向かって手を伸ばすが、その手は届かなかった。ショウの手は、翔太の目の前で見えない壁に遮られるように止まってしまった。
「な、何だ……これ……?!」
「ショウ?!」
「翔太!」
[バトルだ]
声が、宣言した。それと同時に、光のフィールドのデッキゾーンにデッキが置かれた。
「これ、って……」
翔太がデッキを手に取り確認すると、それは間違いなく翔太のデッキだった。
[戦うのだろう。ならば、それでバトルだ]
「ブレバトで……?」
[それとも、戦わずに逃げるのか?]
困惑する翔太に対し、声がまるで挑発するかのように問いかけた。それを聞いたショウがぎり、と奥歯を食いしばり、剣を振った。
「翔太!」
「え?!」
「……戦うぞ」
ショウは低い声で、言った。
「この戦いは……負けられないんだ。だから、戦うぞ」
「う、うん……」
ショウが、相手と何かがあったことは、翔太は理解した。翔太はデッキから一枚のカードを出して、アルターゾーンに置いた。
「アルターコール! 『剣の勇者 ショウ』!」
宣言すると、翔太の目の前にいたショウの足元から強い風が吹き、赤い光に包まれた。それがおさまると、ショウは鋭い眼光を相手に向けて剣を構えた。
[アルターコール。『漆黒の騎士 シャドウ』]
その声と同時に相手の黒い騎士――シャドウの足元からも風が吹いた。黒いマントが強く揺れた後、シャドウはゆっくりとした動作で、剣を抜いた。
[――さあ、バトルだ]
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