第8話《Bパート》

 必死に、走っていた。

 少年は赤いマントを揺らしながら、彼の出せる全速力を出して、走っていた。

「みんな!!」

 かつて、仲間と共に過ごした場所。小さな小屋だったが、そこには彼にとってのささやかな日常が詰め込まれた場所だった。

 それが、今は、ただの黒焦げた木の破片と化している。

「……そんな」

 荒い呼吸の中、出せた言葉はそれだけだった。

「うわあああ!」

 聞こえてきた悲鳴に、少年ははっと目を見開いた。声が聞こえてきたのは、小屋の奥にある林の中。少年は疲れた足を休ませる間もなく、林に向かって走り出した。

「うわあああああっ?!」

「大丈夫か?! みん……な……」

 少年の目の前の光景。黒いマントを揺らす騎士を中心として、周囲に黒いカードが散乱していた。代わりに少年が求めていた姿は、なかった。

「おま……え……は……」

 困惑した声で、少年は黒い騎士に問う。黒い騎士は顔を動かし、少年の方を見た。そこにあったのは、顔の上半分を完全に隠す、黒いバイザーをつけた姿。見た目は、少年とあまり歳が変わらないように見えた。

「お前!! おれの仲間に何をした!!」

 少年が問うと、黒い騎士は視線を足元のカードに向けた。

「貴様も、ブライト・ブレイバーの勇者か」

「おれの質問に答えろ!!」

「答えてやる。ディス・パレイドに刃向う愚か者の未来を、潰したまでだ」

 黒い騎士が言うと、足元にあったカードがふわり、と宙に浮いて騎士の手元に集まった。

「お前も、ブライト・ブレイバーの勇者か」

 騎士が問うと同時に、少年は腰に下げていた剣を抜いて騎士に向かって走り出した。

「お前!!」

 甲高い金属音が、木々に反響して響く。

「くっ……!」

 少年が振りかざした剣は、騎士が持つ黒い刃の剣によって受け止められていた。少年の銀色の剣はかたかた、と、震えていた。

「ブライト・ブレイバーの勇者かと思ったが……、この程度の力か」

 騎士の低い声が聞こえたと同時に、少年の身体が黒い剣から放たれた衝撃波によって吹き飛ばされた。

「うわああっ?!」

 どん、と鈍い音を立てて少年の身体は地面に叩き付けられた。

「貴様程度の力を奪ったところで、無意味だ」

「ま……て……」

 朦朧とする意識の中、少年は去りゆく黒い騎士に向かって手を伸ばす。が、その手に入っていた力も徐々に抜け、そして、少年の意識は――暗闇の中に落ちた。


「……っ?!」

 飛び起きた翔太は、はあ、はあ、と自分が荒く呼吸をしていることに気付くまでしばらく時間がかかった。

「何……? 今、の……」

 あたりは、まだ暗い。手元に置いていたBフォンに触れると『2:45』という時刻を表す文字が浮かび上がった。それを見て、今見た光景は夢だったのか、と、翔太はようやく理解した。

「夢か……」

 そう言うと、先ほどまで見ていた光景が少しずつ頭の中から薄れていく感覚が生じた。それと同時に、うとうととした眠気も、翔太の身体を包み込む。

「もうちょっと……寝よう……」

 呟いて目を閉じたら、あとは眠りの世界に入るだけだった。


 翌朝。

「おはよう翔太」

「おはよう」

 教室で譲にいつもと同じように挨拶をした翔太は、鞄を置いて席についた。譲が翔太の元にやってきて、にこにことした笑みを浮かべて声をかける。

「なあ翔太、転校生、来ると思う?」

「転校生って、昨日言ってた?」

「そうそう。翔太も見たって言うヤツ。しかもさ」

 ちら、と譲は翔太の隣の席を見た。昨日まではなかった、追加された空席。

「これ、どう考えても転校生用だろ?」

「うん、そう思う」

 譲の言葉に、翔太は頷いた。そう言っている間に、チャイムの音が教室内に響く。譲や、同じように話していたクラスメイト達が慌てて自分の席についた。教室内が静まる中、教室の前の扉が開かれた。それと同時に、日直の生徒が「起立」と号令をかけた。がたがた、と椅子が揺れる音がして全員が立ち上がる。

「気をつけ、礼」

「おはようございます」

「はい、おはようございます」

 教卓の前に立った担任、浅井がクラスの子どもたちに笑みを浮かべて挨拶をした。日直の「着席」という号令と共に、生徒たちは椅子に座る。

「朝の会を始める前に、このクラスきた転校生を紹介するぞ」

 そう言うと、浅井は開かれたままの扉の向こうにいる人物を手招きする。教室に入ってきた姿を見て、翔太は「あ」と小さく声を漏らした。

「じゃあ篠原、ボードに名前を書いて」

 浅井は教室に入ってきた少年に、教室の前方にある液晶ボード用のタッチペンを渡した。少年は受け取り、白い液晶ボードに黒い文字で自らの名を書いた。

「はい。今日からこのクラスに入ることになった、篠原しのはら玲央れおくんだ」

 くせのない、丁寧な字で書かれた『篠原玲央』の文字。黒い髪に黒い瞳、灰色のパーカーの少年――篠原玲央は笑みも一つ見せずにじっとクラスメイト達を見ていた。

「篠原、挨拶してくれ」

「……篠原玲央です」

 浅井の言葉に対し、玲央は一言、自分の名前だけを言って口を閉じた。しん、と教室の中が静まり返る。

「は、はい、拍手! それじゃあ篠原、席は日村の隣……あの空いている席だ」

 ぱちぱち、とまばらになる拍手の中、浅井は翔太の隣の空席を指さして玲央に言った。玲央は頷いて、無表情のまま翔太の隣の席に向かった。鞄を置き、玲央は椅子を引いて座る。

「あ、あの」

 翔太が座った玲央に声をかける。玲央は視線だけで、隣の翔太を見た。

「えっと、昨日はぶつかってごめん……。あ、あの、おれ、日村翔太。よ、よろしく」

 翔太はできるだけ笑みを浮かべながら玲央に挨拶をした。が、玲央は何も言わずに視線をふい、と翔太から前の液晶ボードに向けた。

「……えっと」

 玲央の態度に何も言えなくなった翔太は小さく息を吐き出して鞄の中から教科書を取り出した。


 結局、翔太は隣の席の玲央と会話を交わすこともなく、その日一日の授業を終えた。帰りの会を終えると、玲央は何も言わず、さっさと教室の後ろの扉から出て行ってしまった。

「なーんかあの転校生、感じ悪くね?」

 ぼんやりと玲央が去って行った扉を見ていた翔太に、譲がむすっとした表情で声をかけた。

「あいつ、誰が声かけても無視だぜ? 転校生ならさあ、もうちょっと転校生らしいアピールしてもいいんじゃね?」

「転校生らしいアピールって何なの……?」

「とーにーかーく! オレはああいう態度がとーっても気に食わないです!」

 休み時間のたびに玲央に声をかけていたが一切反応を得られなかった譲は不機嫌そうに声を上げた。隣の席でその様子を伺っていた翔太も、無視を決め込んだ玲央の態度は納得がいかなかった。

「そうだよね……もうちょっと何か言ってくれたらいいのに」

「だろー?!」

「でも譲も譲でうるさすぎる感じはあったけど」

「な?!」

 くす、と笑いながら言う翔太に譲が思わず悲鳴のような声を上げた。それを見て、さらに翔太はくすくすと笑う。

「翔太?! それはどういう意味だっ?!」

「さあねー!」

 言いながら、翔太は鞄を肩にかけて逃げるように教室を飛び出た。「あ?!」と譲は翔太が走り出したのに気付いて、慌てて追いかける。

「おい翔太待てー!! この件はブレバトで決着つけるぞー!!」

「勝てるもんならなー!」


――そこは、何処か薄暗い部屋の中。白熱灯の薄い光が、テーブルの上をようやく、という様に照らしていた。

「アタック」

 少年の低い声が、宣言する。暗闇の中にいる少年の姿は、見えない。

「くっ……」

「お前にダメージ2を与える」

 少年とテーブルを挟んで向かい合って立っていた男は、少年の言葉にぎり、と奥歯を噛みしめた。

「か、カードをレイズ……」

 男は弱々しい声で宣言し、持っていた5枚のカードから一枚をテーブルの上に置いた。少年も同じようにカードを一枚裏返しの状態で置く。

「パーティコール……」

「ブレイク」

 男の言葉と同時に、少年の声が重なる。翔太の口から出てきた単語に、男ははっと目を見開いた。

「ブレイク……?!」

「――俺の痛みを、味わえ」

 直後、薄暗い空間に何かが落ちる、激しい音が響いた。続いて、男の呻き声が響く。

「……うっ……何だ、これは……」

「お前の負けだ」

 かつ、かつ、と男のそばに歩み寄る足音が聞こえた。倒れ込んだ男が頭を押さえながら顔を上げると、目の前に少年の影が見えた。薄暗い部屋の中、少年の顔ははっきりと見えなかったが、それでも暗い部屋の中でも一際深い、黒い瞳だけははっきりと見えた。少年は男を一瞥した後、テーブルの上のカードに手を伸ばした。それは、男が使っていたカードだった。

「お前、何を?!」

「力の無い者に、力を与えてやる」

 そう言うと、少年の持っていたカードが一瞬、黒く染まった。しかし、次の瞬間にはカードの見た目は元の姿に戻っていたようだった。

「……い、今のは……」

「お前は、力が欲しいか?」

 少年は問いながら、男にカードを差し出した。

「ち、力……?」

「誰よりも強い、圧倒的な力。全てを支配し、消し去る力」

「そんなものがあるって言うのか……?」

「……」

 男の問いに、少年は答えなかった。男は、目の前に差し出されたカードに、震える手を伸ばし、そして。

「うっ……うわあああああああああああ!」

 男の悲鳴が、部屋の中に響く。再び、男が地面に倒れる音がすると、あたりの光が消えた。

[……やはり、耐えられなかったか]

「その程度の存在だっただけだ」

 倒れた男を見下した少年の耳に、第三者の声が聞こえた。それに対し一言短く返した後、少年は部屋を出た。

「力無き者に力を持つ資格はない。覚悟も何もなく、戦うだけのヤツに力なんていらない」

[ならば、お前は何のために戦う?]

 声に問われ、少年は足を止めた。ポケットの中から一枚のカードを取り出して、見つめる。

「決まっている。――この世界を消し去るためだ」


「よっし! おれの勝ち!」

「くそー!」

 翔太と譲はいつものようにシャインでブレバトをプレイしていた。今回の勝敗は翔太の勝ち、だったらしい。

「おー、翔太も強くなったなあ」

「悪くない戦法だな」

 そんな翔太と譲のバトルを要と忍がうんうん、と頷きながら見ていた。そして忍が翔太のそばに寄り、翔太の持っている手札を覗き込んだ。

「翔太、ここのラウンドでこのカードを使った方がよかったかもしれない」

「え? どれですか」

「これ」

 忍が示したカードを見ながら、翔太はデッキのカードを広げる。

「じゃあ、これとこれを使って……」

「そこで効果を使えば」

「ああー!」

「本当に師匠になってるな、忍」

 忍と翔太のやり取りを見ていた要がふっと楽しそうに微笑む。その隣で、譲がうずうずと肩を震わせていた。

「師匠ずるーい! オレのバトルはー?!」

「あー、はいはい、こっち来い。デッキ見せてみろ」

「はーい!!」

 忍に言われ、譲はデッキを持って忍の元に駆け寄った。それに便乗するように、要も三人のいるバトルテーブルに行った。その光景を、レジから真澄が微笑んで見ていた。

「これだけ盛り上がってくれると、こっちも嬉しくなるわね」

「ああ、そうだね」

 レジの奥から段ボール箱を抱えて出てきた弘明が真澄の言葉に頷く。

「ところで、店長。ポスターはこんな感じでいいかな」

 持っていた箱の中から弘明は一枚の紙を取り出した。それを見て、真澄は「あっ!」と嬉しそうな声を上げる。

「いいじゃない、これ! ふふっ、これなら盛り上がりそうね」

 楽しそうに言いながら、真澄は紙を弘明に返す。弘明もにこりと笑い、紙を箱の中に入れた。

「さて、これから忙しくなるわね」

「楽しそうだね、店長」

「もちろん! そういうヒロだって楽しみででしょう?」

「まあね」

 互いに顔を合わせて笑いながら、真澄と弘明はそれぞれの仕事に戻った。

「忍さん! バトルお願いします!」

 シャインの店内に、翔太の弾けるような明るい声が響き渡った。

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