第4話
頭部を切断された死体が三体。
両腕を切断された死体が三体。
両目を刳り貫かれた死体が二体。
これまでに起きた殺人事件である。
そして新たにまた一人の人間が殺された。そいつは両目を刳り貫かれたそうだ。これで両目を刳り貫かれた死体は三体となった。
切断された頭部、両腕、両目はいずれも持ち去られているらしく探しても見つからない。
すべて【此岸征旅】の仕業である。【此岸征旅】は下界への攻撃という目的のためにどういうわけか身体の部位を集めている。
俺はこの最新の殺人事件のことを深夜に知った。小樟といろいろ雑談していたときである。とはいえ話の最中だったので、その日は特にこのことについては考えることをしなかった。
そして。
朝が来た。ちょっと夜更かしをした所為か、起床した時間は九時頃であった。
俺の隣では橘花が寝ているはずであるが、その橘花はもう起きたらしい。布団が綺麗に畳まれていた。
寝惚け眼を擦りながらリビングへ向かう。
リビングには橘花と小樟がいて、二人は何をするでもなくコーヒーを飲みながらテレビを観ていた。そのテレビではくだんの連続殺人事件のことが流れている。
「あ、おはよう。竜杜くん。遅い起床だね」
「おはようございます」
橘花と小樟がそれぞれそう言った。
「おはよう。二人とももう飯は食ったのか?」
「わたしたちが起きたのは朝の六時だよ。食べたに決まってるじゃん」
朝の六時に起床だと……っ!? 橘花はともかく小樟も? いやでも俺は小樟と深夜までいろいろ雑談をしていたんだ。俺と小樟が寝たのはほぼ同時刻のはずなのだ。それなのに、なんで小樟は六時に起きられるんだ? 俺は九時に起きたのに。睡眠時間大丈夫?
「ごはん用意しますね」
そう言って小樟は席を立ってキッチンへ向かった。
俺はソファに座る。
しばらく待てば運ばれてくるのは朝食だ。トーストとスクランブルエッグとベーコンという洋風の食事であった。食す。もぐもぐと口に入れて噛んで飲み込み、そして食べ終わる。食後のコーヒーを飲み、食器を下げる。
「私がやりますよ」と小樟は言ってくれたが、そこまでさせるのはなんか悪いので俺は食器を下げてそれを洗った。
食器を洗い終え、俺は橘花と小樟とテレビを観る。テレビで流れているのは地元の情報番組で地元の名店を取り上げていた。そんな情報番組は三十分構成で番組最後にニュースをする。ニュースでやっているのはやはり殺人事件のことだった。ここ――奈良県で起きているだけあって全国ネットの報道番組より気持ち深刻そうに報道していた。
この連続殺人事件が【此岸征旅】の仕業と知っているのは俺と橘花だけである。小樟はきっと知らない。この殺人事件が公安に目を付けられている危険思想を持った組織によるものだなんて。
ならば小樟にもこのこと知ってもらおうか。って、そんなわけにはいかないのだ。小樟は偶然出会ったただの一般人。いや、確かに小樟も魔法使いであることには変わりないが、俺たちのような特殊な、特殊過ぎる事情があるわけではない。だから彼女は一般人であり、そんな一般人に【此岸征旅】の存在を教えて俺たちの事情に巻き込むべきではない。つーか、そんなことはそもそもできない。俺の中にある少しばかりの親切心に従えば。
それにしても。
わからないのだ。無知な俺は何もわからない。考えても結局わからない。
【此岸征旅】はどうして殺人を犯してその死体から様々な部位を集めているのか?
わからないから、俺は訊く。小樟にさりげなく、さりげない会話の流れのように訊いてみる。小樟はよく本を読んでいる。知識を得るために本を読んでいる。最近、本を読み始めた俺よりも多くの本を読んでいるからきっと俺よりも博識だ。だから、訊くのだ。
訊いてみる。
「犯人は何が目的でこんなことをしているんだろうな? 小樟、お前わかるか?」
「え?」突然話を振られてほんの少しだけ困惑する小樟。しかし彼女はすぐに口を開く。「そんなことを言われましても……。だいたい、こういうわけのわからないことをする人にはまず目的なんてないと思います。でも、そうですね。強いて言うなら、この連続殺人事件の犯人は自分で作った想像上の神様を崇めていてその神様を召喚するために残忍な殺人を犯しているんじゃないですか? つまりあれです。儀式のための殺人」
それはもうなんというか頭のネジが外れている人間がする所業である。
そんな馬鹿げた儀式のために殺人を犯している? これが【此岸征旅】の目的? これが下界への攻撃という彼らの真なる目的に繋がることなのか?
【此岸征旅】は下界への攻撃を企んでいて、そのためにどういうわけか殺人事件を犯している。殺人に何の意味があるのだろか? 殺人事件をする意味は? その目的は? 何をするため?
まさか、ほんとに儀式だったりして。そして神様を召喚したりして。
一般的な魔法は霊魂を取り込むことで扱うことができる。つまり霊魂の存在は認められており、それならば当然理論上神様も存在することになっている。しかし誰も神様など見たことはないし、神様を召喚したことのある奴などもいない。
神様というのはいると言うこともできるし、いないと言うこともできる存在なのだ。
だから。
神様を召喚してそれで下界へ攻撃しますなんてことはないと思われる。
小樟には悪いが、お前の言ったそれはきっと犯人の目的ではない。
考えてみよう。答えが見つからなくても、わからなくても考えてみよう。今までも何回も考えてきて何もわからなかったけど、考えてみよう。
【此岸征旅】下界への攻撃を企んでいるということ。【此岸征旅】が殺人事件を起こしているということ。この二つは事実なのだから、ということはこの疑問の答えは必ずあるということであり、答えがあるってことは考えればその答えは導き出されるってことなのだ。
だから、何度でもその答えが出るまで俺は考える。
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