第二章 人喰らいはどうして怒る
第1話
「なんだこの服は?」
俺と忍山は灰色の作業着(【特異生物収容所】における制服)から、学校制服を彷彿とさせる服へと着替えた。ていうか、これはただの学校の制服だ。しかも夏用。
「ダサい作業着よりはいいと思うがね」と五瀬さんが言った。
今、俺たちは輸送機の中にいた。向かう場所は奈良県だ。どうして奈良県かと言えば、【此岸征旅】が絡んでいると思われる連続殺人事件が奈良県を中心に起こっているからである。つまり【此岸征旅】は奈良県にいる可能性が高い。だから奈良県に俺たちは連れていかれている。
「これ、どこの学校の制服ですか?」と忍山橘花が言った。
「どこのでもないよ。その証拠にきみたちが着ている学校制服風の服には校章が付いていない」
確かに校章は付いていなかった。
「そいつは特注だよ。きみたちのために用意した。きみたちの服の好みがわからなかったものでね。だから、当たり障りのないそれにした。学校の制服なら誰が着たって似合う」
まあ確かに一理ある。それに俺たちは一七歳で高校二年生に相当する年齢だ。高校生が学校の制服を着て似合わないわけがない。
「奈良県に着いたら」五瀬さんが言う。「あとはきみたちの自由にしてくれて構わない。自由と言っても、これは自由に仕事を遂行してくれて構わないという意味で逃げてもいいという意味ではないからね」
「言われなくてもわかってる。ていうか、監視の人をつけるんだろ。ならその心配はしなくていい」
「まあそうだな。監視員以外にもきみたちはいろいろなものから監視されている。カメラやGPSとかね」
「至れり尽くせりってやつか」
「きみたちを外へ放り出すからね。多角的に監視しなければいけない」
そこまでするならわざわざ俺たちに頼らなくてもいいような……。今さらだけど。
「ここまでしてきみたちを野に放つんだ。我々はそれほどにきみたちに期待している。わかっているだろうけど、相応の働きはしてくれよ」
「善処する」
矢庭に。ガチャンドゴン、と振動した。
「お、着陸するようだ」
ヘリコプターモードへの切り替えのための振動らしい。そして、着陸。エンジンの音は小さくなり、アイドリング状態になる。
ハッチが開いたので俺たちは外へ出る。陽が照っていた。
俺はスマートフォンで時刻を確認。ちなみにこのスマートフォンはこの学校制服風の服と一緒に提供されたものだ。
現時刻は午後一時。なるほど、だから太陽はカンカンに照っているわけだ。
暑い。やはり夏である。
風が強かった。どうやらここはビルの屋上に設置されたヘリポートのようだ。でも、こんなデカい輸送機を着陸させることのできる屋上ヘリポートなんてあるのか。いや、現にここにあるわけだから、たぶんこの建物自体の強度がそこらのビルとは違うのだろう。そうでないと輸送機が屋上ヘリポートに着陸できるはずがない。
周りを見回す。どうやらこのビルがここらでは一番高いビルで、ほかの建物がすべて小さく見えた。
周りを見るに奈良県はこのビルを中心に栄えているらしい。このビルを中心にいろいろなビルが乱立している。とはいえそれでも歴史的建造物や遺跡はちゃんと残っている。歴史的建造物や遺跡を避けてビルは建てられているのだ。
奈良県すべてがビルだらけというわけではない。ビルが乱立しているのはここら辺だけで遠くの方を見遣ればそこには田畑が広がっていた。
「このビルは県庁だ」と五瀬さんが言った。
つまり、ここは奈良市というわけだ。
「局地的な都市化を図り、田畑を増やすことで農業に力を入れている。だからここ奈良市だけが栄えて、ほかは田畑ばかりの田舎になっている。かつての観光に力を入れていた奈良県とはまったく装いが違う。まあ、どこの都道府県もかつての装いなんて残しちゃいないけどね」
かつて――それはつまりこの日本がまだ下界にいた頃のこと。
つーか、今の空中国家となって何年経っていると思っているのだ。優に三世紀は経っている。三世紀前と今とで全然変わらないというのもそれはそれでおかしい。だから、かつてと装いが違うのは当然。
「観光は捨てたんですか?」
「そう。今どき寺社仏閣なんて流行らないだろうということで農業に力を入れることにしたらしい。だいたい、寺社仏閣などの観光を武器にしても結局は京都に勝てない。京都はすごいぞ。あそこは都市化ではなく古都化だからな。寺社仏閣、歴史的建造物に合わせて街全体というか京都府全体を古風に造り替えた。京都があればほかの観光地なんて必要ない」
「そりゃすごい」
「まあそんなことはどうでもいいのだよ」と五瀬さんが言った。「とにかく、ここからはきみたちに任せる。我々が望むことはただ一つ。【此岸征旅】の計画阻止だ。さっきも言ったが監視をつけるから反逆行為をしてもすぐにわかる。だから、従順にしてくれよ。従順に言われたことをただこなす。いいね」
「わかってるっての」
何度も同じことを言わなくても、ちゃんと理解はできている。そんなに俺たちのことが心配か。まあ心配だから何度も何度も同じことを言っているのか。
「じゃ。次、会うときは全てが終わった後になるね」
五瀬さんはそう言って輸送機へと乗り込んだ。輸送機のハッチが閉まり、輸送機は空へ。そして去っていった。
風が吹きすさぶ県庁の屋上ヘリポートに残されたのは俺と忍山の二人だけ。
「じゃあ、忍山」
「橘花でいいよ。わたしもきみのことは竜杜くんって呼ぶから」
不意にそう言われたので言い直す。
「じゃあ、橘花」
「なに? 竜杜くん」
「とりあえず、ここを出ようか」
「うん、そうだね」
俺たちは県庁を後にした。
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