終末ダンジョン探索記
池原東一
第1話 逃走中
ノストラダムスの予言が外れてから二十年近くがたったある日、世界は崩壊した。当時学生だった俺はやっぱり世界は永遠に続くのだって思っていたが、まさか二十年近く遅刻してくるとは思わなかった。マヤの予言でも数年遅れだ。社会人ならとっくにクビになっている。
世界崩壊の話はそれこそありふれた話だったが、本気にしていた人間はごく僅かだったと思う。それが本当になりそのごく僅かな人々は狂喜したことだろう。
自分がそれに巻き込まれるまでは……
核戦争、巨大隕石、地殻変動に伴う大地震や津波、温暖化による海面上昇、化学物質による大気汚染、オゾン層破壊など当時から世界滅亡の原因はコレだと多く取り沙汰されていたが、原因を当てたのはある一人の映画監督の作品だけだった。(その後多くの映画や小説、ゲームなどに影響を及ぼしたけれど)
そんなことを考えながら俺、梶木耕太は逃げている。追いつかれる心配はないが、あいつらは際限なく集まってくるから質が悪い。あたかも映画の主人公が逃げているワンシーンと同じ構図だ。道路には乗り捨てられた自動車やバイク、壊れた看板や割れたガラスなどが散乱し、走りにくくてしょうがない。
「誰か助けて、たず……げ……て」
「こっち来るな。やめろ。うわー」
「お願い助けて。やめて。近寄らないで」
周りでは逃げ遅れた人々が奴らに襲われている。そこら中で叫び声が聞こえ、血の匂いが立ち込めている。助けたいと思うが、三十路手前の小太りには助けるのは難しい。武器になりそうなものも持っていないし。外国と違って法治国家日本では銃はもちろんナイフだって持ち歩くのは違法だ、見つかれば逮捕されてしまう。
ああ、こんなとき魔法とか超能力とかファンタジーな能力があればいいのにな。俺はそんなくだらない事を考えてしまう。
そんな俺の心情を無視して、奴らは何にも邪魔されることなく食事という殺人を行っている。
食事というのは比喩でもなくそのままの意味だ。人間だったのが、同じ人間を食っているのだ。吐き気を催す光景がいたるところで繰り広げられている。
止めるべき義務を負ったはずの人々は何とかしようと奮闘していたけれど、奴らの圧力には勝てないようだ。中には警官の制服を着た人間も奴らと仲良く食事をしている。
そう、奴らとはゾンビのことだ。そうとしか言いようがない。内臓をはみ出しながら歩く奴や、片腕が取れている奴、首が抉れている奴など、死んでいておかしくないケガを負っているのにそんなこと関係ないかのように歩いているのを見れば、誰だってそう思うだろ。
まったく、ゾンビ物は映画やドラマ、ゲームの中だから面白いのに、なんだって現実に出てくるかね。
ゾンビが現れたかなんて理由は分からないし、いきなり出てきたとしか言いようがない。世界各国で暴動が起きて、テロの一斉攻撃かと言われたりしたが、すぐに日本でも暴動が起きたとニュースがながれた。大変だと思っていたら、原因はゾンビでした。テヘペロっていう具合だ。スマホのラジオから流れる臨時ニュースを聞いたときはふざけるなと思ったわ。
大量のゾンビが出てくるのはあっという間だった。会社に向かう最中になんか騒ぎがあるなと思って歩いていたら、パニックに巻き込まれてしまった。人間が人間を食っているのを見て一目散に逃げ出した訳さ。スーツと革靴で走るのは辛いな。ドラマの刑事はよく走れるものだ。
公共交通機関もストップし、道路も通行止めだから、俺は徒歩で家に向かっている。家に帰れれば食料もあるし安全で何とかなるだろうと思ったし、布団で寝て明日になればいつもの日常が戻っていると思ったんだ。
だから一刻も早く家に帰ろうと走っている。
「しまった。行き止まりだ」
思わず声が出てしまう。焦っていたのか道を間違えてしまった。
ぼやぼやしていたらゾンビどもがやって来る。戻ろうと思い振り替えると、ゾンビがこちらに向かってくるところだった。
まずい、細い道だからすり抜けられない。しかも、ゾンビが列になって向かってきてる。総勢10体の行列だ。
ウゥゥ、と唸るような声を出し、ヨタヨタ歩きながら俺に向かってくる。どう見ても死んでいてもおかしくないケガを負った姿でそれでも歩いている。
「ヤバい。どうしよう。なにか武器はないか。」
キョロキョロと辺りを見回すが棒切れ一本落ちていない。青いゴミ箱じゃダメージは与えられないだろう。ビルとビルの間の道のため壁は越えられない。両壁に足をかけようにも微妙に届かない。悲しいかな日本人。外人の遺伝子がこの時ほど欲しかったと思ったことわなかったぜ。
ドアもない、窓もない。どうすればいい。
焦っている俺は、ゾンビに捕まってしまった。俺はここで終わるのかと絶望する。
ゾンビが大きく口を開けて、俺の首に噛みつこうとする。
顔の横を何か熱いものが通り過ぎたと思ったら、突然、俺を食べようとしたゾンビの頭が弾けた。
何が起きたんだ。
ゾンビの脳みそや血が俺に飛び散った。
汚いなぁ、臭いしシミになっちゃうと惚けてしまった。
一体目の頭が弾けたあと、続けて残り10体の頭も順番に弾けていった。
ポンポンポンと小気味いい音を立てながら弾ける光景に俺は気持ち悪くなり吐いた。
頭部がなくなったゾンビはそれでもヨタヨタと歩き、そしてドミノ倒しのように後ろに倒れていった。
「一体なにが起きたんだ。助かったのか、俺は」
俺はあたりを見回すが誰もいない。警官か自衛隊がライフルで狙撃して助けてくれたのかとも思ったが銃声はしなかったと思う。
俺は理解できず立ち尽くしてしまった。
「無様ね。助けてあげたのだからお礼くらい言えないのかしら。それともバカみたいに立ち尽くすのがこの世界の習わしなの」
突然俺の後ろから声が聞こえた。心地よく澄んだ女性の声だ。若干バカにした感情が含まれているが、美女だと思える美しい声だった。
その美しい声の主を見るため振り替えると、一匹の綺麗な毛並みの白猫が俺を見ていた。
まさか猫が喋るはずはない。おかしなことが起きているから俺の感覚器官もおかしくなったんだ。そう思い頭を振って深呼吸する。
スゥーハー……よし俺はマトモだ。落ち着いた。もう一度見よう。
「妾が其方を助けたのよ。シャキッとしなさい。現実を受け入れる器を大きくしなければ今後、この世界で生きていけないわよ」
白猫はコロコロと笑いながら俺に語り掛けた。
「ちょうどいいわ。其方を妾の弟子にしてあげましょう。喜んでこの名誉を賜ることね。偉大なるメアリー=アンドリュースの弟子になる名誉をね」
白猫が訳の分からないことを宣いながらウィンクした。
「それにしても汚いわね。クリーン」
猫がそういうと俺の体に付着していたゾンビの汚物が跡形もなく消えてしまった。
「一体何なんだぁぁぁぁ」
俺はそう叫ばずにはいられなかった。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます