第203話「いらない刀」

「お前は氷血に利用されただけなんだよ」

 虎徹と名乗る冥獄鬼から告げられた意外な言葉。

 しかし、これを鵜呑うのみにはできない。

「利用も何も……、あの戦いはわたしたちが掟を破って羅仙界に来たから起こったもので……」

 人間を排除しようとする王家や騎士団と、人間である自分たちはいずれ戦わなければならない運命だったはず。

 自分の戦いに自分で終止符を打って、その結果として誰かに恨まれても、それは仕方のないことだ。

「本当に来る必要があったか?」

 虎徹はこちらを哀れむような目をしている。

「必要……」

 だんだんとあいまいになってきていた記憶をたどってみる。

 優月は人間界で喰人種と戦っていた。龍次には優月と肩を並べて戦えるほどの力はなかった。

 優月は短絡的に、守ってあげれば好感を持ってくれるだろうと思っていたが、そのことがかえって龍次を傷つけていた。

 戦う力のない龍次は、その頭脳を活かして間接的に人間を守る道を選んだ。それが羅仙界にある霊子学研究所れいしがくけんきゅうじょに協力することだった。

 優月は龍次のそばにいたいと願って、魂の羅刹化を会得し、この世界にやってきた。

「全部……自分の意思でやったことです。利用なんて……」

 きちんと覚悟を示せたと思ったが、虎徹が突きつけてくる言葉に揺るがされる。

「お前たち人間が羅仙界に侵入したことを騎士団に報告したのは鳳昇太だ」

「……!?」

 おかしい。なにかが噛み合っていないように思えて、頭の中を整理することに。

(鳳さんは騎士団員だったけど、実際には革命軍の諜報員で……。騎士団側から見た場合には裏切り者で……。つまり、最初からわたしたちの味方だったはず……。百済隊長に斬られた龍次さんの延命をしてくれたのも――)

「そろそろ頭の整理はできたか? 続けるぜ」

 今の優月は隙だらけだった。それでも虎徹は背負った太刀に手をかけなかった。

「鳳昇太は氷血の命令で騎士団に報告をした。奴らは最初からお前と騎士団を対立させる気でいたんだよ」

「――‼」

 こちらの動揺を誘うための虚言ではない。信用に足る情報をもたらされて優月は愕然とした。

 羅仙界の掟を破っていたとはいえ、存在を知られなければ襲われることもない。龍次を助けてくれたとはいっても、これではマッチポンプだ。

 思い返せば、沙菜は『龍次の頭脳を人間界に置いておくのは惜しい』と言っていたが、羅仙界に連れてくる以外に彼の力を発揮させる方法がなかったなどということはない。

 何より、重大な掟について、沙菜はともかく惟月まで事前に教えてくれなかったことは、虎徹の言葉を裏付けるものだ。

「でも、惟月さんは禁術を使ってまで龍次さんを……」

 失敗すれば世界そのものを危険にさらす術。龍次のためにそれを使ったのは人間に対する慈悲があるからではないのか。

「霊法百二十四式の『心命復還しんめいふっかん』が禁術とされているのは、時空に干渉する超高度な術式で常人には使いこなせないからだ。でもな、大霊極の力なら、そうそう失敗することはない」

「じゃあ、すぐに龍次さんを助けてくれなかったのは……」

「お前の力を最大限引き出すためだ」

 優月は恐怖を知ることで羅刹としての力を得た。絶望を知ることでさらなる力を得た。絶望ののちに希望を取り戻すことで戰戻を会得するに至った。

 龍次はどこまでも、優月を戦わせるためのエサにされていたのだ。

「奴は、女王殺しの罪をなすりつけるために、わざとお前を絶望の中に突き落としやがったんだよ!」

 虎徹は、優月ではなく惟月への憎悪をたぎらせてさけんだ。

 優月の脳裏に、かつて味わった絶望が蘇る。薄暗い部屋の片隅で過ごした二度と思い出したくない時間が。

 羅刹の治癒術では龍次を治せないと聞かされ、優月は激しい後悔と自責の念に飲み込まれた。

 その間、惟月たちは禁忌の術を行使していいかどうか葛藤していたのだと思っていた。

 それが、助けようと思えばいつでも助けられたなどとは。自分が大切な人の死を前に苦しんでいたのはなんだったのか。

 それでも優月の頭は、虎徹の言葉を否定しようとする。

「惟月さんは、わたしに霊刀・雪華を譲ってくれて……」

 だからこそ、龍次と涼太だけでなく、惟月のためにも刀を振るうと決めた。

 大事な形見の品を、会ったばかりの自分に譲ってくれたこと。惟月に報いるべき第一の恩だ。

「蓮乗院風花が死んだところを氷血は見ていた」

「――!?」

 虎徹の話を聞き始めてから、驚きに目を見開くのは何度目か分からない。

「異世界とも通信可能な偵察用霊機。お前も名前ぐらいは聞いたことがあるだろ」

 存在は知っている。霊子学研究所で何度もバージョンアップを重ねているものの一つだ。

 これを使えば、羅仙界にいながら人間界の様子を探ることはできる。

「奴は、自分の母親が死にかけてる時に助けに向かうどころか、終極戰戻のデータを取るために見殺しにしたんだ!」

「そんなことが……」

 信じられない。あの優しい惟月が親を見殺しにするなど。

 赤の他人だった自分が彼から母親を奪ってしまったことに罪悪感を覚えていたのに、当の惟月が死を悼んでいなかったというのか。

「それから、霊刀・雪華を『譲ってくれた』ってのも幻想だ。奴からすれば霊刀・雪華なんてのは、なまくら同然のいらない刀だった。奴自身が持ってる霊環・雪月華の方がすべてにおいて強い」

「いらない……刀……?」

 優月の中で今までに築き上げられてきた価値観が崩れ去っていく。

 霊刀・雪華は、優月にとって無二のパートナーだ。これこそが優月を戦士たらしめるアイデンティティだった。

 その霊刀・雪華が、不要だから、恩があるように見せかける道具として使われていただけのものだったと。

 虎徹は、真羅朱姫戦の裏事情を語る。

「確かに月詠雷斗は力を使い果たしていた。だが、氷血は違う。雷斗の治療に移る前に下級霊法の一発でも撃てば真羅朱姫は殺せた。鳳昇太を呼び戻すだけでも事足りた。八条瑠璃を出撃させても良かった。如月沙菜に力を温存させることだってできた。お前が女王を殺す必要なんてどこにもなかったんだよ‼」

 気付けば優月の羅刹化は解けて、両膝を突いていた。

「…………」

「どうしても加勢にいくってんなら月詠雷斗にしとけ。オレの勘じゃ、あいつも利用されてるだけだ。逆に鳳昇太と如月沙菜はグルだろうな」

 うなだれた優月を見て優しげに宣言する虎徹。

「安心しろ。お前に戦えなんて言わねえ。オレが奴を斬って終わりだ」

 優月が戦意を喪失したのを確認した虎徹は、この場から姿を消した。

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