第202話「氷血の異名」
(みんな敵を倒せてるみたい……。これなら――)
炎に包まれた街の中、優月は冥獄鬼の下級兵士を倒していく。
命を持たない存在だということもあり、さほど躊躇せずに斬り捨てることができていた。
敵の幹部格は、いずれも羅刹の実力者が相手をしているようだ。となると、その中のいずれかに加勢するべきか。
いつまでも雑魚と戦って楽をしている訳にはいかない。
(雷斗さまは余裕だろうし、久遠さまもどんどん倒してる……。わたしなんかが助けになる人もあんまりいないような……)
そこでふと気がつく。
(そういえば惟月さんのところには、まだ冥獄鬼が現れてない……?)
侵攻してきた冥獄鬼たちは革命軍をターゲットにしていたはず。
総大将の惟月を完全に無視するとは考えにくい。
(タイミングをうかがってる……? だとしたら、今のうちにそばに行った方が……)
前に白煉と堅固が攻めてきた時は惟月を人質にしたぐらいだ。惟月の護衛はいた方がいいだろう。
「……!」
蓮乗院家の方へ向かおうとした優月の前に、長めの赤毛が印象的な青年が現れた。
ひと際強い神気をまとっており、立派な角が一本生えている。
幹部格の冥獄鬼が向こうからやってきたか。
優月は霊刀・雪華を構えて臨戦態勢を取る。
「やめろ。オレはお前と戦いにきたんじゃねえ」
「え……?」
妙なことを言い出した。
自ら名乗り始めた訳ではないにせよ、優月は革命軍の筆頭戦士。冥獄鬼からは命を狙われていて当然と思っていた。
それが、戦いにきたのではないと。
「オレの名は
警告ではなく忠告。言葉の厳密な定義に従えば、相手を思いやって戒めるという意味だ。
ここまで大々的に攻めてきて、今さら平和的に物事を運ぼうというのか。
こちらを油断させるための罠という可能性もある。優月は刀を握る手を緩めない。
「
聞きなれない単語が出てきた。話の流れからして『氷結』ではない。
「ヒョウケツ……?」
「氷の血と書いて『氷血』。蓮乗院惟月の異名だ。羅刹の間で呼ばれてたのは昔のことだがな」
加勢云々とのつながりは分かったが、まだ違和感がある。
「なんで奴がそんな呼ばれ方をしてたのか疑問って顔だな。幼少期の奴は冷酷無比な最強の童子だったんだ。断劾なしでも準霊極と互角の戦闘能力を持っていたぐらいのな」
惟月の霊力が高いことは知っているが、幼少期に冷酷だったなどとは思いもしなかった。本当のことなのだろうか。
「昔のことはよく分からないですけど、今の惟月さんは優しいですし、強いとしても加勢には向かいます。邪魔をするなら斬らせてもらうしか……」
戦う気がない相手に斬りかかるのは生物でないとはいえ少々はばかられるが、敵が惟月を狙っていると分かっていながら放っておくことはできない。
「お前は、
「……?」
まだ話が見えない。四大霊極といえば――。
「第一柱が久遠さま、第三柱が沙菜さんのお兄さんの如月白夜さま、第四柱が雷斗さま……」
ここまでは知っている。ただ、この知識には不自然に抜けている部分がある。
「第二柱だけ聞いてねえだろ」
「それは……確かに……」
だが、それがなんだというのか。
「霊極第二柱・蓮乗院惟月。司るものは『魂』だ」
「……!」
意外といえば意外なことではある。
惟月が霊極だということは聖羅学院での生活で大体分かっていたことだが、最強の羅刹と称される白夜より上とは。
しかし、魂を司る力の持ち主だからこそ納得できる部分もある。
惟月が一時期、雷斗に霊力を分け与えていたという話は聞いた。魂を司る力があったからこそ魂装霊倶の生成のように力の受け渡しができたのだろう。
雷斗が短期間で霊極となったのも、惟月がそれ以上の存在だったならうなずける。
その後、雷斗が完全な羅刹として覚醒したことで惟月に力が戻った。
久遠・惟月・白夜・雷斗、この四人が羅刹の頂点に君臨する者として冥獄鬼から危険視されているのだと思われる。
「オレたちの狙いは氷血だ。日向龍次や天堂涼太は見逃してもいい」
「……龍次さんと涼太以外も大切な仲間です。見殺しになんてできません」
特に惟月は大恩人だ。明確に命を狙っていると宣言されて『はい、そうですか』と引き下がる訳がない。
「――お前は、なんのために女王を殺した?」
「え……」
突然、話が別の方向へ飛んで一瞬戸惑った。
女王といえば真羅朱姫のことだ。彼女は龍次たちを守るために自分が斬った。後悔はしていない。今さらそのことを追及されたところで――。
「人羅戦争で民衆の恨みを買ったのは誰だ? 一番は如月沙菜だろう。月詠雷斗を恨んでる奴もいる。だが、お前まで恨まれる筋合いがあったか?」
虎徹は、鋭くも敵意は籠っていない瞳でまっすぐ見据えてきた。
「お前は、力を隠し持った氷血に利用されただけなんだよ」
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