第196話「騎士団交流会(第一霊隊編)」

「みなさん、楽しんでくださっているようで良かったです。千尋さんを推薦した甲斐がありました」

「千尋君には、私からも礼を言わなければならないな」

 騎士団の交流会も終わりが近づいてきた頃。優月たちの元に惟月と久遠がやってきた。真哉も久遠に随行している。

「――! 久遠様! お疲れ様です!」

 それまで軽い調子で話していた英利も、団長の久遠が現れたことで、姿勢を正してお辞儀をした。

 他の者――沙菜は除く――も、それにならう。

「せっかくの催しだ。私のことも一介の団員だと思ってくれ。そういう意味では、沙菜君の対応がちょうど良いかもしれないな」

「ふっ。そうでしょうとも」

 謙遜する久遠に、不遜な沙菜が褒められることになってしまった。

 これでいいのか――と、瑞穂辺りは思っているだろう。

「雨音さんと、ちゃんと話すのはこれが初めてでしょうか。蓮乗院惟月です。よろしくお願いします」

「も、もちろん存じ上げております! ごあいさつが遅れて申し訳ありません。天宮雨音と申します。これから霊神騎士団の一員として、羅仙界と人間界の人々の助けになるべく精進いたします」

 雨音の自己紹介に対し、惟月は笑みをたたえながらも、すっと目を細めた。

「それはありがたいです。――ところで、あなたは、今、何を考えていらっしゃいますか?」

「え……? それは、騎士団員としての使命を再認識しているのが半分と、このパーティーを楽しもうというのが半分……といったところでしょうか」

「では、このパーティーが終わるまでは使命のことは忘れて存分に楽しんでいってください」

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 惟月と雨音のやり取りをそばで見ていた優月は、妙な不自然さを感じる。

(肩の力を抜いていいって意味なんだろうけど、なんかひっかかる聞き方だったな……)

 途中の惟月の質問はなくても良かったのではないか。

 『精進する』『今は楽しむだけでいい』、それで会話として成立したはずだ。

「真哉くんは久遠さまとうまくやってけそう?」

 千尋の質問に真哉は、否定も肯定もしなかった。

「それは俺が答えられることではないな。久遠様がお認めになるかどうかだ」

「私は、君になんの不満もない。父上以来の闇黒剣の使い手として頼りにさせてもらうよ」

 久遠と惟月の父親の武器も闇黒剣だった。母親の風花と同じ時期に人間界で亡くなったが、死因ははっきりしていない。ただ、一ついえるのは、闇黒剣を使いこなす者が、単なる喰人種に後れを取るとは考えにくいということだ。

「もったいなきお言葉。私ごときでは久遠様の片腕として力不足ですが、お一人では手が回らぬこともあるかと存じます。この世界をより良くするため、どのようなことでもお申しつけください」

 大霊極が相手ともなると、優月でなくても過剰にへりくだってしまいがちだが、それでも前向きな強い意志を見せているのが大きな違いといえる。

 霊極第一柱の久遠、そして準霊極の真哉と昇太が所属している第一霊隊は、まさしく精鋭と呼べるだろう。真哉と昇太の間に位置する伊織と若菜が三人に大きく見劣りするが。

「久遠さんも都合がついて良かったですね。いつもお忙しくされているので、ゆっくり人と触れ合える機会は貴重なのではないでしょうか?」

 惟月は、久遠の私生活が、団長としての責務に圧迫されていることを知っている。

 すべての団員にいえることではあるが、息抜きは大切だ。

「ああ。しかし、こうしていると姫様の誕生パーティーを思い出すな……」

 遠い過去に思いをはせるような目をする久遠。

 『姫様』とは、真羅朱姫のこと。女王に即位する前はそう呼んでおり、即位後は『陛下』と呼んでいたが、彼女が死んでから再びこう呼ぶようになった。

 久遠は、朱姫の本気の恋心など知らないだろうが、二人の間に絆があったのは事実。

 久遠も人羅戦争で親しい人を亡くして深く傷ついた者の一人だ。

「朱姫さんは、こうした催しが大好きでしたからね。まさか客として招いていた私に裏切られるとは思っていなかったでしょうけど」

 朱姫は、惟月から女王として認められていないのではなく、身分を気にせず友人として見てもらえているものと信じ込んでいた。

 その純粋な気持ちをあざ笑う沙菜の言葉は、優月の耳にも残っている。

「後悔しているか?」

 久遠の問いに、惟月は首を横に振った。

「いえ、今でも間違ったことをしたとは思っていません。尊い犠牲とでもいうべきでしょうか。私に彼女の価値を決める資格はありませんが」

 朱姫を討って実現した革命で、多くの民が救われた。

 それは主に地方で暮らしていた貧しい人々だ。

 朱姫本人に悪意は全くなかっただろうが、王族が富を独占する体制は変えなければならないものだった。

 そして、飢えに苦しむ民にしてみれば、『いつか解決する』などとは言っていられない問題でもあった。

 自分の死と引き換えに民が救われたことで、朱姫は浮かばれただろうか。

「ならば、その犠牲を私が無駄にする訳にはいかない。こうして集まった頼もしい仲間と共に新しい世界を守っていこう」

「微力ながらお手伝いさせていただきます」

 新たな法の整備には久遠も関わっている。

 法の守護者だった久遠は、ただ法を守るのではなく、法によって人々を守る存在となったのだ。

 霊神騎士団のトップである久遠と羅仙革命軍のトップである惟月。今は、この兄弟が二人三脚で羅仙界を導いている。

 優月と涼太の姉弟とはまるで違った形だが、これも美しい兄弟愛なのではなかろうか。

「なんだ、優月。年上のイケメンに見惚れてんのか?」

「え、いや、大事な話だなと思って……」

 優月の面食いぶりを知っている涼太から鋭い指摘を受けてうろたえてしまう。

 話を聞いていたのは本当だが、久遠の容姿に美しさを感じていたことも否定はできない。

 惟月と久遠に共通するつややかで長い黒髪や石榴色の瞳などは、確かに魅力的だ。

「涼太君、なにもそこまで優月さんのこと疑わなくても……」

 こうして龍次にかばってもらうのはなかなか心苦しい。

「既に二股かけてる優月に疑うも疑わないもないじゃないですか」

「それは、まあ、そうなのかな……?」

 龍次でも擁護しきれないようだ。いっそ龍次からも多少は怒られた方が気は楽だ。

「顔のいい男には分け隔てなく愛情を注ぐ。それが淑女のたしなみでしょう?」

 沙菜が、またおかしなことを言い出した。

「せめて顔関係なしなら、救いようがあるんだけどな」

 顔の良さに定評のある涼太でも、顔で男を判断する沙菜に好感は持たないらしい。

 バカみたいなやり取りをしていると、こげ茶色のロングコートを着た男性が近づいてきた。

「天堂優月。その後、腕は磨いているのか?」

「え……」

 知り合いだっただろうか、と思考を巡らしてみる。

 そういえば、蓮乗院家で何度か姿を見かけたことがある。

「あっ、はい。守らないといけない人が増えたのに、できることが少ないので、どうにか戦う力ぐらいはと」

 恋人でなかったとしても龍次と涼太は守るべき存在だが、二人共を恋人にした今は、より責任が重くなっている。

「ならばいい。惟月様を失望させるようなことだけはするな」

 それだけ言うと男性は去っていった。

 なんだったのか。

「今のは碧血へきけつ秋嵐しゅうらんですね」

「ヘキケツ?」

 例によって解説役をしてくれるらしい沙菜に聞き返す。

「本名は八幡やはた秋嵐。惟月様の腹心ともいうべき配下ですね。身寄りをなくしたところを蓮乗院家に拾われて、惟月様と一緒に育ったとか」

「惟月さんの幼馴染ということでしょうか?」

「そんなところですね。穂高さん同様苗字はなかったようですが、戦後、『せっかく惟月様が制度を変えてくださったのだから』と言って名乗ることにしたそうです」

 そういうことなら、惟月の期待を裏切らないよう釘を刺してくるのも納得だ。

 優月がずっと共に戦ってきた霊刀・雪華は、惟月の母・蓮乗院風花の魂の片割れなのだから。

 そのあとは、第六霊隊と第七霊隊の隊長たちとも話して回り、食事も楽しんで、交流会は幕を閉じた。



第二十八章-新たな副隊長- 完

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