第190話「天宮雨音」

 霊京一番街。騎士団と革命軍の拠点となっている羅仙城らせんじょうにて。

 優月は、龍次・涼太と共に騎士団長室から出てきた。

「良かったね。ちょうど久遠さんの時間が空いてて」

「はい。意外と話せる機会がなくて残念に思ってましたし」

「そうだな。イケメンと話せて良かったな」

 龍次に対して普通に答えたつもりだが、涼太からはひやかすような言葉をかけられる。

 まあ、美男子と話せるとうれしいのは事実なのだが。

 騎士団長の久遠は、普段から忙しくしており、同じ家に住んでいても顔を合わせることが少ない。

 そのため、こうして五番街でもできる喰人種討伐の報告を、わざわざ一番街まで来てすることにしたのだ。

 城のエントランスホールは、騎士団や革命軍に用事がある人たちのための窓口となっている。

「入団希望なのですが、次の入団試験の日程はどのようになっているでしょうか?」

「試験の日程ですね。少々お待ちください」

 何やら騎士団に新しい仲間が増えるということのようだ。

 受付台の前で待っていた入団希望者が、優月たちに気付いて声をかけてくる。

「あっ、もしかして騎士団の方ですか?」

 髪をサイドテールにした優しげな女性だ。

 柔和な雰囲気とは裏腹に強い霊気を感じる。

「えっと……、わたしだけ一応騎士団に所属してます」

「そうなんですね! 失礼ですが、どの隊か、お聞きしても?」

「第五霊隊の平隊員をやってます」

「わざわざ『平』ってつけなくてもいいだろ」

 涼太のつっこみを挟みつつ、会話が続く。

「私も第五霊隊が希望なんです。もしかしたら同僚になるかもしれないですね」

「あ、じゃあ、わたしの上司になるんですね」

 平隊員だから自分が上司になることはありえないのだが、もし自分が上位階級でも、優月は同じことを言っていた。

「いえいえ、私なんてこれから試験を受ける身ですし――」

 彼女の視線から名前を呼ぼうとしているのだと察して自己紹介する。

「あ、天堂優月といいます」

「優月さんですね。優月さんも、上位階級としか思えないぐらいの霊気を持っていらっしゃいますよ?」

 フレンドリーに接してくれるし、早くも優月を実力者と認めてくれた。なんとなく仲良くなれそうな気がする。

「いえ、わたしこそ馬鹿力的なものしかないので、組織に入れてもらえただけでも奇跡みたいなものです」

「ふふっ。謙虚な方なんですね。よろしければ、お友達のお名前も聞かせていただけますか?」

「俺は日向龍次。優月さんと一緒に聖羅学院で勉強してます」

「おれは天堂涼太。不本意ながら、こいつの弟ってことになってる。あと、おれも聖羅学院には入った」

 以前なら『不本意』で傷つくところだが、異性としての好意が理由だと分かっているため、むしろうれしい言葉だ。

「私は天宮あまみや雨音あまねと申します。西の地方からはるばる上京してきました」

 雨音と名乗った女性は丁寧にお辞儀をし、長い茶髪が垂れ下がる。

「天宮で雨音。『あま』が被ってんな」

 初対面の相手に不躾なことを言う涼太。やはり人間界にいた頃より態度が大きくなっている。

「そうなんです。受け狙いみたいで、ちょっと親のセンスを疑ってます」

 雨音自身も苦笑しながら同意した。

「天宮さんは、どうして騎士団に?」

 龍次に問いかけられた雨音は、そっと目を伏せて答える。

「お父様から言われたんです。『君には才能がある。だが、それをひけらかしたり、なまける言い訳にしたりしてはいけない。その才能を活かして多くの人を救った時、皆がお前を認めて真の天才となる。この世で最も強いのは努力する天才だ』と。そして、色々と話し合った末、騎士団に入って戦うことが人々の救いとなれる一番の方法だという結論になりました」

「子供の将来を真剣に考えてくれる、いいお父さんなんだね」

 龍次の『いいお父さん』というフレーズに反応して、雨音の調子が急変した。

「そうなんです! お父様は最高のお父様なんです! 誰に対しても分け隔てなく優しくて、頭も良くて、容姿端麗で、地元でお父様を嫌うような人は一人もいません! 霊力も高くて、実際に多くの人々を救ってきましたし、世の中に完璧な人間がいるとしたらお父様をおいて他にいません!」

 まくし立てるように父親への賛辞を並べる雨音に、優月たち三人は若干押され気味になってしまう。

 いわゆるファザコンか。

 それだけ家族を愛せるのは結構なことではあろう。

「しかし『努力する天才』か。如月の奴に聞かせてやりたいな」

 涼太は、一応は味方ということになっている極悪人の名を出して嘆息する。

 如月沙菜は、才能とセンスの塊だ。楽をして生きてきたという訳でもないようだが、凡人の努力をあざ笑う様は不遜そのもの。

「如月沙菜さんですか。彼女の悪辣あくらつぶりは耳にしていますが、もしもお父様の塾で学んでいれば真人間になっていたことでしょう」

 雨音は胸を張って断言した。

 雨音が沙菜をどこまで知っているかはともかく、本当にあの沙菜を改心させることができる人物がいるなら確かに天才だ。

「塾やってるんだ」

「はい! 色んな業界に優秀な人材を輩出していますし、貧しい子供には無償で授業を行っていて、人格者のお父様だからこそ作れた学習塾の最高峰です! 所属している講師もお父様が選んだだけあって素晴らしい人ばかりですし、それに――」

 龍次が一言返せば、雨音からは次々お父様愛が飛び出す。

 優月も弟の涼太を愛しているが、このテンションは真似できない。

(あれ? さっきセンスを疑ってるって言ってなかったっけ? なのに完璧……? 名前はお母さんがつけたのかな)

 ファザコンの定義からすれば母親に嫉妬するのは普通のこと。

 父を崇拝しているのに、自分の名前が母につけられたものだったなら、不満を持つのもおかしくはない。

「ともあれ、お父様に勧められた以上、なんとしても入団試験に合格してみせます」

 落ち着きを取り戻した雨音は、父親への愛に基づいた決意を表明した。

「何やら盛り上がってますね」

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