第191話「血液型羅刹力診断」

「何やら盛り上がってますね。入団希望者ですか?」

 優月たちと雨音が談笑していると、沙菜がやってきた。

 沙菜は、特に用がなくても、ちょくちょく城に出入りしているらしい。戦後の改革の在り方を考えれば、誰でも気軽に城を訪れることができるのは望ましいことだ。

「はい。天宮雨音と申します」

「何番隊がお望みです?」

「第五霊隊が向いていそうだというのが、お父様の考えでした」

 雨音にとってはお父様の考えがすべてなのだろう。

 成人しているようなのに――とも思ったが、だからこそ親元を離れて騎士になることを勧められたのかもしれない。

「見たとこ上位階級入りは間違いなさそうですし、合否だけは私が用意した簡単な試験で決めてしまいましょう」

「なんでお前が騎士団の試験作ってんだよ?」

「霊神騎士団が羅仙革命軍の管理下に置かれていることをお忘れですか? 涼太さん」

「別に忘れちゃいないけどな……」

 作る権限があることと、作るにふさわしいということは、また違う。

 とはいえ、雨音も特に反対しなかったので、城の一室で試験を行うこととなった。


 第五霊隊への入隊を希望しているということもあり、試験には同隊副隊長の瑞穂が立ち会うことになった。

「優月に続いて、また強い人が入るなら、うちの隊は安泰ね」

「あなたの地位は安泰じゃないんですけどね」

 霊力で勝っている沙菜は、瑞穂をバカにしている。

「うるさいわね。なんで穂高はアタシじゃなくて、あんたに懐いてんのよ」

「人徳の差ではありませんか?」

 沙菜が『人徳』などと言うのは滑稽なようでいて笑えない。

「それで、試験内容は……?」

 雨音がおずおずと尋ねる。やや緊張気味だ。

「なに、ちょっと考えればすぐ分かる問題ですよ」

「さっさと出題しろ」

「うい」

 涼太に促され、沙菜は十数枚の写真を取り出し机にばらまく。

「これらは人間界の日本人の写真です。彼らの血液型をできる限り多く当ててください」

「はあ!?」

 従来の試験と違いすぎる内容に瑞穂が驚きと怒りが混ざったような声を上げた。

「血液型と騎士団の任務になんの関係があんのよ!? ふざけてんの!? それともバカにしてんの!?」

「あなたのことはバカにしていますが、ふざけてはいませんよ。これで最低限の任務遂行能力があるか測れます」

(ほ、ほんとに……?)

 優月としても、訳が分からない。

 だが、沙菜は本気のようだ。

「ああ、雨音さんが人間界に詳しくない可能性はありますからね。優月さんに一つだけ質問をしていいこととします」

「わ、わたしがアテになるでしょうか……? 龍次さんか涼太に聞いた方が……」

「大丈夫です。優月さんでも知っていることですよ」

 沙菜の意図は分からないが、試験は始まってしまった。

「まずはこの写真から」

 沙菜が手に取って見せたのは、太った女性が、こたつでスナック菓子を食べている写真。

(いかにもB型っぽい感じだけど、沙菜さんのことだから、なにかひねってるだろうしなぁ……)

「優月さんに質問……。あっ、そうか」

「なるほど。子供だましだな」

 優月が混乱する一方で、龍次と涼太は得心がいったようだった。

「ちょっとちょっと、意味分かんないんだけど! 龍次君と涼太君は分かったの!?」

「瑞穂さん。あなたは副隊長の器じゃないんですよ」

 沙菜は侮蔑の念を込めて、瑞穂を冷ややかに見る。

 瑞穂はなにか言い返したそうだが、龍次と涼太が納得しているということは不当な出題ではないということなので、黙るしかなかった。

 雨音は、小さくうなずいてから優月への質問をする。

「優月さん。日本人に一番多い血液型は?」

「ええと、A型のはずです」

 確かに優月でも答えられる質問だった。

 これで正解を特定できるということは。

(……ああ、そういうことか)

 龍次たちには後れを取ったが、優月も合格できそうだ。

 いかにも沙菜が考えそうな、ひっかけ問題といえる。

「では、A型です」

「よろしい。では、次」

 沙菜が二枚目の写真に手を伸ばしたところで、雨音が続けて回答する。

「残りも全部A型です!」

「はああ!?」

 まだ沙菜の真意に気付かない瑞穂は再び大声を出す。

「写真十枚以上あるじゃない! 全員A型なんて確率的にありえないでしょ!」

「だから、あなたは副隊長の器じゃないというんですよ」

 一人だけ、を理解していない瑞穂は、沙菜から完全に見下されている。

「天宮雨音さん、合格です」

「ありがとうございます!」

「合格なの!?」

 瑞穂は体育会系で頭は悪いとのことだったが、最後まで正解を見抜けなかった。

「優月、副隊長代わってやれ」

「いや、わたしはコミュニケーション能力的に無理だと……」

 涼太にまで、バカにされてしまっている瑞穂。

 なんだか、かわいそうになってきた。

「私は血液型を当てろと言っただけで、当てたら合格、外したら不合格などとは言っていませんよ?」

「ど、どういうことよ……?」

「如月さん。念のため、私の方から理由の説明をさせてもらってもいいですか?」

「そうですね」

 雨音は、自身の合格が間違いでないことを確認するため、解説を申し出た。

「如月さんは私に『できる限り多く当てろ』と言いました」

「努力さえすればいいってこと?」

 まだ見当外れなことを言っている。よくこれで副隊長を続けてこられたものだ。

「いえ、この場合、当たる可能性が一番高い回答をすればいいという意味です。写真で血液型が分かるはずがありません。となると、情報は日本人だということだけ。日本人にA型が一番多いということは、A型という答えが一番正解である確率が高いということになります。全員A型がありえないからといって、中途半端に他の血液型を混ぜても正解の期待値は下がるだけです」

 主題は期待値を正しく見極められるかどうかだ。

「もし『できる限り多く当てろ』が騎士に下された命令だったとしたら、A型以外を答えることは命令違反になります。その点から、任務を的確にこなす能力があるかを測る試験とした――ということで良いでしょうか?」

 雨音に対し、沙菜は拍手で応えた。

「さすが立派なお父上に育てられただけのことはあります。世の中、この程度のことが分からずに行動してる輩が結構いるんですよね。当たり前のことが当たり前にできる――これは肝心なことですよ」

 自分の考えが的外れでなくて、優月も胸をなで下ろした。

 どうやら騎士団から除名されることはなさそうだ。

「それでは、私も第五霊隊に入隊させていただけますか?」

「私も許可しますし、惟月様も許可するでしょう。階級については、隊長の八条あねと副隊長の瑞穂さんと協議して決めてください。副隊長の座をよこせと主張してもいいんじゃないですか?」

「ぐっ……」

 ぐうの音も出ない瑞穂は、ただ奥歯を噛みしめている。

「私は上京したばかりで右も左も分からない若輩者ですから、いきなり副隊長などと大それたことは申しません。瑞穂副隊長」

 新人に過ぎないはずの雨音からなぐさめられている始末だ。

 試験は終わったので、沙菜は雑談を始める。

「で? 雨音さんの大好きな『お父様』はどこに住んでるんですか?」

 父親の話題になり、雨音の目が再度狂気を帯びる。

「お父様を狙っているんですか!? ダメです! 教える訳にはいきません!」

「誰がそんなことを言いましたか」

「お父様に会って惚れない女などいるはずがありません! ましてや、あなたのような面食いはひとたまりもないはずです!」

 ここまで言っているのを聞くと、優月としても、どんな美男か会って確かめたい気持ちが湧いてくる。

「重症だな……。こいつ騎士団に入れていいのか?」

「まあ、真哉さんも『怜唯様命』みたいな感じだし、いいんじゃないかな……?」

 涼太と優月が話していると、ドアの開く音と共に千尋の声が聞こえてきた。

「お前ら、こんなとこにいたのか。パーティーへの招待状持ってきたぞー」

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