第二十一章-過去への斬撃-
第125話「休息」
他の仲間たちがレベル・テンの超能力者を倒している間、優月たちはかなりレベルの低い能力者に絡まれて、これを撃退していた。
相手が弱いおかげで誰も殺さずに済んでいるが、これでは本来の任務をこなしたことにならない。
早くレベル・テンを倒すなり、超能力発現の原因を突き止めるなりしなければならないのだが。
「優月さん、疲れてない? ずっと戦ってばかりだし」
龍次が心配そうに声をかけてくれる。
楽に勝てる相手とはいえ、優月はほぼ一人で剣を振るっていたのだった。
「わ、わたしは一応大丈夫です……。それより龍次さんは大丈夫ですか、結構歩き回ってきましたけど……」
逆に龍次のことを心配する優月だったが、涼太からつっこみが入る。
「日向先輩はお前と違って鍛えてるから、この程度歩いたぐらいでへばったりしねーよ」
「あ……。そういえばそうか……」
つい自分を基準に考えてしまい、失礼なことを言ってしまった。
「すみません。でも龍次さんが少しでも疲れてたら休憩していただいた方がいいかと思いまして……。戦うのはわたしだけでいいですし」
謝ったはいいが、龍次は微妙な表情をしている。
ただ、その表情はすぐに変わり、ほほえみかけてくれた。
「じゃあ、俺も疲れてるし休憩にしようか。一緒にその辺のカフェにでも行って」
龍次は、わざわざ『一緒に』と言って優月も休むように勧めてくる。放っておけば自分一人で負担を抱え込んでしまう優月の性質を分かっているためだ。
周りを見渡したところ、近くにカジュアルな雰囲気で気軽に入れそうな喫茶店があるようだったのでそちらに向かうことに。
「いらっしゃいませー」
カウンターの先の店員がにこやかにあいさつをしてくる。
「ええと、何にしようかな?」
龍次がメニューを見て独り言とも優月たちへの質問とも取れるように言った。
「そうですね……」
優月もメニューを見て逡巡する。優柔不断な優月はその場ですぐに注文を決めるのが苦手だ。後ろに他の客が並んでいないのは幸いだった。
「カップルのお客様にはこちらがおすすめとなっております」
そう言って店員が示してきたのは、一つのカップに二本のストローが交差するようにささったドリンク。
「か、カップル……? い、いえ、わたしなんかが龍次さんと……」
「え? 俺たち付き合ってるよね?」
優月の少し前までと変わらない謙遜に龍次がつっこんできた。
晴れて恋人になったにも関わらず、卑屈な性格故にそのことを忘れてしまっていた。それぐらい釣り合いが取れていないのだ。そもそもこの店員はなぜ龍次のような美男子と地味で冴えない感じの優月が恋人だと判断したのだろうか。
「す、すみません。いまだに現実味がなくて……」
仮にも一度はちゃんとしたデートをしたはずだというのにこの体たらくである。自分でもこうなのだから、龍次の母に認められないのも当然だ。
「まったく、なんで私があんたとお茶飲まなきゃいけないのよ」
「ああ!? お前の方から誘ってきたんだろうが!」
「別にこんなデートみたいなことするなんて言ってないでしょ!」
「別にデートなんかしてねーだろ!」
店内の奥の方から、なにやら男女の言い争いが聞こえてきた。当人たちは否定しそうだが、痴話げんかの類いだと思われる。
優月と龍次の二人とは対照的に、自己主張の激しい者同士のようだ。
「それで、どうしよう。優月さんが嫌なら普通に別々の飲み物頼んでもいいけど」
どうでもいい他人の声に気を取られて龍次を放置してしまっていた。優月はあわてて対応する。
「い、いえ……! わたしの方が嫌なんてことは絶対にないです……! むしろ龍次さんが嫌じゃないか心配で……」
「そういうことなら、頼んでみようか」
しどろもどろになっている優月に、龍次はいつも通りのほほえみを向けてくれた。
「はっ、はいっ……!」
こんなカップルらしいことを、それも学校一の美男子とできるなどとは、少し前までなら想像すらできなかった。――いや、優月の場合、空想でなら楽しんでいたか。
「ところでおれの注文だが、まさか見えてないってんじゃないだろうな」
隣にいる涼太の暗い声を聞いてギョッとした。店員が自分たちをカップルと認識したのは、三人ではなく二人で来ていると思ったからではないか。
「だ、大丈夫、見えてる見えてる……」
ヒヤヒヤしながらそこに涼太がいることを店員にアピールする。
「じゃあ、おれはカフェオレで」
なんとか涼太が
その場で少し待つと、店員がドリンクを持って戻ってきた。
「お待たせしました。ドリンク二本で八百八十円になります」
意外と高いな、と思ったが、優月には譲れないことがある。
財布を取り出そうとする龍次を制して。
「代金はわたしが払います」
例によって金銭負担は自分がすると主張するのだ。
「え、でも」
羅仙界でのデートに続いてのことなので、龍次も少々困惑している。
あの後、穂高の姉・瑞穂から『男の子にリードさせるべき』と言われたのだが、それを忘れている――あるいは、そもそもそのアドバイスを受け入れられていない。
「わたしなんかと一緒に飲むドリンクにお金を出させる訳にはいきません。むしろお金を出したいぐらいです」
まぎれもない本音だ。無理をして遠慮しているという訳ではない。龍次のためにお金を出せるということは優月にとって名誉なことだった。
「ここは優月の気が済むようにさせてやりましょう。そんなに大層な額でもないですし。――当然おれの分も払うんだよな?」
「そ、それは、もちろん」
優月の財布事情を考えるとそこそこの額なのだが、涼太のフォローは助かった。やはり自分は涼太がそばにいてくれないとダメなようだ。
支払いを済ませて席に着く。
そして件のドリンクに龍次と共に口をつける。恥ずかしいが、これほどうれしいことはない。
「これもデートみたいだね」
「あっ、は、はい」
龍次の言葉に顔が熱くなる。
彼と交際するようになったのは羅仙界に渡ってからのことなので、人間界では初デートといえるかもしれない。
もし、学校のクラスメイトに会ったらどんな反応をされるだろうか。急に龍次がいなくなって落胆している女子は多いはず。他のファンたちを差し置いて龍次と恋人になっているなどと知られたら嫉妬に狂う者が出てきてもおかしくない。
「おれは邪魔者かもしれねーな」
横から軽く脚を蹴ってくる涼太。
「そ、そんなことは……」
涼太にもファンは大勢いるので龍次と二人きり以上にうらやましがられる可能性はある。
ちょっとした休憩だが、龍次と涼太、学園において双璧をなしていた人気者と遊んでいる状況は夢のようだ。
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