第123話「気合い」

「これは――!」

 突如、若菜を囲んだ光の膜――これは結界だ。

 見ると、壁に撃ち込まれた弾丸や地面に転がった弾丸を結ぶようにして結界が形成されている。

「先輩が自力で気付くかと思って見ていましたが、彼は弾を撃つだけの能力者じゃありませんよ」

 戦いを静観していた昇太が、今さら注意を加えてきた。そういうことは早めに言ってほしい。

「って、あんたは気付いてたのかよ……」

 克郎も能力を見抜かれていたことに肩を落としている。

 能力を見抜けなかった若菜だが、特に追い詰められた表情はしていない。

「結界を張ったからって何? 結界なんて破るためのものだよ!」

 若菜は、剣を振るって光の球を放つ。これで結界を破壊するつもりだったが、若菜の霊気は克郎の結界に吸い込まれるように消えていった。

「ありゃ? ただ霊気を撃っただけじゃだめだったか」

 間の抜けた顔をする若菜だが、まだ余裕はある。

「霊戦技『光芒閃こうぼうせん』!」

 以前喰人種完全変異体と戦った時に使って、まるで通じなかった技。だが、今は鍛錬を積んで数段威力が上がっている。

 霊剣・陽炎の刀身から極太の光線が放たれる。今度こそ結界を破れると思ったが――。

「なッ――!? これでも壊れない!?」

 予想外の結界の強度に驚き目を見開く若菜。

 今の一撃も吸収されたように見えた。攻撃を弾くのではなく吸収することによって防ぎ、その度に力を増す非常に高度な結界だ。

「言い忘れてたが、俺は一応超能力者の中ではレベル・テンっていわれてるんだぜ」

 克郎の発言を受けて、昇太が携帯霊子端末を彼に向ける。

『対象の能力強度は十です』

 間違いなく任務のターゲットとしていたレベル・テンの超能力者だ。昇太は大体気付いていたが、若菜は油断しており今初めて知ることになった。

 狭い結界の中に閉じ込められた若菜に克郎が銃口を向ける。

「あんま、ほめられた戦い方じゃないとは思ってるんだけどな。まあ、小物の戦い方なんてこんなもんだと思っといてくれ」

 そう自嘲する克郎は、再び拳銃で連射してくる。

 回避は難しくなったがこちらも剣は使える。霊剣・陽炎で弾丸を弾き飛ばすが、違和感を覚えた。弾を打ち払った時に刀身が振動している。羅刹の魂が込められた魂装霊俱が少なからずダメージを受けているということだ。

 何発か弾丸を斬ったところで剣が鈍ってしまい、若菜はとうとう肩を撃ち抜かれた。

「痛ッ――!」

 克郎はまだ傷を受けていない。羅刹と人間の戦いだが、不覚にも先制を許してしまった。

「どーせ気付くだろうから教えとくが、俺の弾は結界越しに撃つと威力が上がる。あんた、そろそろ危ないぜ」

 克郎の放つ弾丸は結界を通過することでその威力が跳ね上がっている。結界と射撃によって若菜は追い詰められていく。

 弾丸だけでもすべて斬り払えないのに結界にも攻撃を加えているため、若菜は身体の随所を貫かれていた。それでも結界は破れない。

「くっ……」

 若菜が血を流しているというのに、昇太はあくまで見物しているだけだ。

「苦痛に歪む若菜先輩の顔、いいなあ……」

 危機感を覚えるどころか、うっとりした声をもらしている。昇太にとって若菜が自分のために傷つくことは喜び以外の何物でもない。

 とはいえ、死んでもらっては困る。

「先輩! がんばって!」

(――! 昇太君が応援してくれてる……!)

 昇太からの声援を聞いた若菜は気合いを入れ直す。

「はああああああッ!!」

 裂帛れっぱくと共に霊剣・陽炎に霊気を込める。そして全力で撃ち出した。

 その霊気は結界とぶつかり合い、バチバチと音を立てて食い込んでいく。

 若菜の渾身の一撃で克郎の結界は弾け飛んだ。

「気合いでなんとかしてしまう辺りに世代を感じますね」

 昇太に比べて若菜はかなり年上だ。今どきの若者には笑われそうだが、若菜が学生だった頃は根性論がまかり通っていたのだ。

 対して昇太は、霊力を理屈で解明する科学者。これが彼の実力の所以ゆえんでもある。

「ウソだろ!? なんで破られたんだ!?」

「また僕が解説ですか? 今のは気合いを入れたことで先輩の放つ力の霊子構成が変わったんですよ。結界の方がその変化に対応しきれなかったんでしょう。まあ、本来なら意識的に変えられることが望ましいんですが」

 昇太がそう言って苦笑するのは、若菜にそれを求めるのが酷だと分かっているためだろう。

 狼狽している克郎が再度銃を構えるより早く、若菜が流身で一気に距離を詰める。

「『金剛鉄拳こんごうてっけん』!」

 若菜は左手に霊気を集めて突きを繰り出し、克郎をぶっ飛ばした。

 羅刹の戦闘能力は魂装霊俱の有無によって大きく左右されるため、霊魂回帰していない状態で無手の霊戦技を使う場面は多くないが、今回は相手が超能力者とはいえ人間ということもあり、これで十分と判断した。

「昇太君! やったよ!」

 血まみれながら持ち前の明るさで昇太の方へ駆け寄る若菜だったが――。

「うッ――!」

 傷を受けていなかったはずの腹部から血が噴き出した。

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