第117話「想像力の限界」

 空中に移動した由芽を追うように飛び上がり刀を振るう沙菜。

 由芽はその刃をかなりの余裕を持ってかわす。

 飛行能力同様、超高速で動く自分を想像すればそれが実現するのだ。

 由芽の能力は想像さえすればどんな大規模な攻撃でも使える。地上では戦いにくいと考えたのか、空中を飛び回り続けている。

 沙菜としても人間界を破壊したいとは考えていないため、流身でそれに応じていた。

 由芽は、沙菜の攻撃を避けながら次の一手を考えていたらしく、反撃を開始する。

 由芽の掌から細かい火の玉が無数に放たれ、不規則に舞いながら沙菜に向かっていく。

霊槍れいそう朧月おぼろづき

 魂装霊俱の変化を解いた沙菜は、斧槍の形状となった朧月をグルグルと回転させ向かってきた火の玉をすべて受ける。柄の部分も含め、朧月に触れた火の玉は無力化されて吸収された。

 その後、最初の攻撃と同じく足元に火炎が発生したが、これも沙菜が霊槍・朧月の先端を足元に向けると火柱となる前に吸い込まれてしまった。

「やっかいな能力ね……。まずはその槍を使う腕を封じてやるわ」

 どこからともなく出現した鎖が沙菜の四肢に絡みつく。その締めつける力は強く、並みの人間であれば骨が折れるぐらいだ。

 しかし、沙菜はその鎖を素手でやすやすと引きちぎってしまった。

「想像が足りませんでしたね。羅刹の膂力りょりょくについて」

 動きを止めることに失敗した由芽は、様々な形態の攻撃を想像し、具現化する。

 だが、炎、水、氷、雷、風、光、いずれを用いた攻撃もことごとく吸収されてしまった。

「やれやれ。レベル・テンといえど、『霊子吸収』の前では大したことありませんね」

 攻撃を吸収する能力――それは、そもそも吸収できないほど力の差がある敵以外が相手ならほぼ無敵ともいえるものだ。だからこそ、沙菜の存在を警戒していた霊神騎士団は『霊子吸収』への対抗術式を準備していた。何の対策もなしに沙菜を倒すことは不可能に近い。

「ただ、逃げることに専念されると困りますし、ここらで弱点を教えてあげましょうか?」

 由芽の能力も超高速の移動や姿を消すといったことはできる。単に逃げるだけなら、人ごみの中に紛れてしまうことも可能だろう。

「弱点……?」

 沙菜の意外な発言に由芽は眉をひそめる。

「『霊子吸収』は吸収というだけあって刃の内側に吸った力を溜め込んでいます。つまり吸収量には限界があるという訳ですね。限界を超えて吸収すれば刃が破裂して私は武器を失います」

 沙菜が語ったことはすべて事実だ。ウソはついていない。

「自分から弱点を明かすなんて、羅刹の力とやらが強大だからってよっぽど思い上がっているようね……。弱点を突いてもアタシじゃ勝てないって? だったら後悔させてやるわ!!」

 『霊子吸収』の弱点を知った由芽は、攻撃のバリエーションを増やすことをやめ、ひたすら莫大な量のエネルギーを想像して極太の光線として撃ち放った。

 その光線は当然朧月に吸収されるが、構わず撃ち出し続ける。通常なら連撃には限界があり、ある程度のところで休息が必要となるのだが、想像によって生み出されるこの力は留まることを知らずに放たれ続けた。

「いつまで持つかしら!? そっちに吸収限界があっても、アタシの想像力に限りはないわよ!」

 由芽の言葉通り、力は放出され続けたが、突如光線の向きが反転して由芽の左腕を吹き飛ばした。

「な――ッ!? あああああッ!!」

 何が起こったのか分からず、傷口を押さえながら叫び声を上げる由芽。

「油断しましたね。『あれほど偉そうにしている奴が本当に強い訳がない』、『敵は自ら弱点を教えるほどに油断している』と。果たして油断していたのはどちらでしょうね?」

 沙菜は霊槍・朧月を軽々と振り回しながら、敵の心理を見抜いて指摘する。

 沙菜が偉そうな言動をするのには、二つの意味がある。一方は、無能な連中に自分の強さを誇示すること。他方は、実力者に自分を弱く見せかけること。

 それなりの実力を備えた者は、基本的に力を誇示する者ほど実際には弱いということを知っている。それを逆手に取っているのだ。

「吸収量には限界がありますが、朧月の能力は吸うことだけじゃない。奪った能力をこちらから放つこともできる。別にウソは言ってなかったでしょう?」

 今のは、由芽が放った力を限界間近まで吸収し、それを圧縮して撃ち返したのだ。撃ち返された光線は、元の光線の威力を上回り、由芽に大打撃を与えた。

 吸収量に限界があること自体は確かに弱点ではあるものの、いつでも放出が可能な点を鑑みると致命的なものではない。沙菜は、虚偽の情報を与えることではなく、真実の情報を部分的に与えることで自らが優位に立つように振る舞っている。

 深手を負った由芽だが、まだ戦意は潰えていないらしく、沙菜を鋭くにらみつける。

「やってくれたわね……。もうあんたの言葉になんて聞く耳持たないわ。そうよ……、最初から『吸収されない攻撃』を想像すればいいんじゃない」

 視点を変えた由芽は、吸収されないということを念じて灼熱の炎を放った。

 今度こそ――と思ったが、それでも結果は変わらなかった。

「なんで……」

「想像が及ばないでしょう? 『霊子吸収』が通じない攻撃などというものには」

 由芽にとって沙菜の能力は未知のもの。具体的にどうであれば打ち破れるのか分かっていない。抽象的すぎる想像は具現化できないのだ。

「くっそォォ――!!」

 やけくそになった由芽は頭上に巨大な隕石を出現させる。

「町ごと全部押し潰されて死になさい!!」

「無駄なことを」

 沙菜が霊槍・朧月を向けると、隕石は細かい粒状になって吸い込まれていった。

「そもそも霊子というのは、霊的な物質を構成するものです。霊的な物質が吸収できて、普通の物質が吸収できない道理もなし。終わりですよ」

 打つ手のなくなった由芽に向けて霊気の刃を飛ばして右腕をも斬り落とす。

 多量の出血で意識を保つこともできなくなった由芽は地面に落下していく。

 由芽は地に伏し、そのまま死を待つだけかと思われたが――。

「グオォォォォ!!」

 由芽の身体が光り輝き、次の瞬間には雷光をまとった金色の獣の姿へと変貌していた。

「想像力の暴走ですか。面白いものを見せてくれますね」

 上から見下ろす沙菜は全く動じることもなく、この状況を楽しんでいる。

 由芽の意識はもはや失われている。この姿は無意識下に存在していた強大な存在のイメージが具現化したものだ。

 新島由芽という人間だった異形の獣は、すさまじい力で沙菜に飛びかかろうとするが、その背を突き破るように光の球が出てきて再び地に伏した。

「敵を追い込んでるのに、『秘められた力の覚醒』を封じる術式を仕込んでない訳がないでしょう?」

 沙菜は由芽との戦いのさなか、既に敵の能力が上昇したときにそれを喰らって成長する寄生霊子を撃ち込んでいた。

 この霊子は成長ののち、宿主を殺して沙菜の元にかえる。

 結局、レベル・テンの能力者が力のすべてを出し尽くしても沙菜には敵わなかった。

「まあ、見世物としては悪くありませんでしたし、朧月に力も溜め込めた。これで満足しておきましょうか」

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