第118話「霊力無効化体質」

 沙菜はレベル・テンの能力者の一人を倒したのち、引き続き穂高はその辺で遊ばせたまま、次の能力者を探すことにした。

 といっても、今度はやみくもに歩き回るのではなく、レベル・テンを狙っておびき出すつもりだ。

 先の戦いでレベル・テンの力は大体分かった。そのレベルの能力者にだけ感知できるような霊気を放出することができる。

 邪魔になる物がない空き地を見つけ出すと、そこから自身の霊気を空高く立ち上らせた。

 この霊気には隠蔽いんぺい能力も加えてあり、感知能力の低い者には見ることができない。十分な力量の者だけが、敵である羅刹が現れたと考えて近づいてくるはず。

 能力者がやってくるまでは暇なので、研究室で開発中のゲームを携帯霊子端末でテストプレイすることに。


 十数分ほど待つと、一人の少年が姿を見せた。

「なんだ。羅刹の気配だと思ってきてみたら女かよ」

 少年は目を丸くしている。おそらく今まで戦った羅刹はすべて獣型か男性だったのだろう。

「……?」

 沙菜はその少年の持つ気配に違和感を覚え眉をひそめた。

 その違和感には少年がこちらに近づいてくる途中から気付いていた。厳密にいえば気配がおかしいというより、気配を感じないというおかしさだ。

 この距離まで近づいても魄気で彼の力量を測ることができない。

 試しに携帯端末を向けて能力測定を行ってみる。

『対象の能力強度は零です』

 端末が発する機械的な音声が示す力は他のどの能力者より低いものだった。能力強度が零ならば、そもそも超能力者ではないということになる。

「妙ですね。あなたは超能力者じゃないんですか?」

「俺は普通の人間だよ。最近は羅刹と戦ったりしてるけどな」

「それで倒せたことがあるんですか?」

「ああ」

「それはやはりおかしい。霊力によって守られた羅刹の命を単なる物理攻撃で絶つことはできない。あなたには何かしら霊的な力があるはずですよ」

 そう言っても少年に心当たりはないようだった。

 羅刹を倒せるということも、沙菜が放出していた霊気が見えていたことも、彼が霊的な力を持っている証明である。それが、本人の認識としても、能力測定の結果としてもただの人間。

 レベル・テンであるかどうかはともかく、沙菜はこの少年に興味が出てきた。

「面白いじゃないですか。名前を聞いておきましょう」

前島まえじま弘治こうじ。せっかく名乗ったけど、俺は帰るぜ」

 刃を交えて能力の秘密を解き明かそうと刀に手をかける沙菜に対して、弘治は背中を向けた。

「なんです? 私を退治しにきたんじゃないんですか?」

 自ら『退治』などと言うのもおかしいが、羅刹と敵対している彼らの認識からすればそういうことになるはずだ。

 沙菜の問いかけに、弘治は呆れたように肩をすくめる。

「羅刹だかなんだか知らねえが、女に手を上げるほど落ちぶれちゃいねーよ」

 普通の人間ならば好感を持ちそうな台詞だが、沙菜の前でこれを口にしたのは彼にとって悲劇の始まりだった。

「それでは仕方ない。私もあなたには手を出しません。代わりにあなたの家族に死んでもらいましょうか」

「な――ッ!?」

 一瞬の安堵ののち驚愕の色を浮かべた弘治をよそに、全く好意の籠っていない笑みを浮かべた沙菜は、片手を高く掲げる。

「霊法五十三式――」

 沙菜の霊法によって空に水の塊が生み出された。その下には弘治の自宅がある。

 沙菜は、魄気を張り巡らせて弘治が通ってきた道をたどり、自宅を探り当てたのだ。弘治本人にはなぜか魄気が通じないが、魄気の通じない存在が通った道は分かる。

「や、やめろ――!!」

 弘治のさけびに沙菜が応じるはずもなく。

「――瀑劉ばくりゅう

 上空から巨大な水柱が叩きつけられ、弘治の家は粉砕された。これでは中にいた人間は助からない。

「なんでだ……。なんでこんなことを……!」

 弘治は肩を震わせながら問いかける。なぜ戦うつもりのない自分の家族を殺す必要があったのかと。

「自分に手を出せない者を攻撃するほど落ちぶれちゃいないだけですよ」

 弘治の問いには皮肉が返された。

 沙菜は、羅刹の中でも第三霊隊の大和や第四霊隊の斎条といった女性を守ろうとする者を三下と称していた。強者としての自負を持つ沙菜にとって、女というだけで弱者として扱われることは侮辱でしかないのだ。

 かといって、女性に攻撃できない男性を一方的に攻撃することも沙菜の矜持に反する。そこで彼女は、敵対者が男性の場合であれば恋人・友人・家族といった者を殺すことで憎しみをあおり、性別のことなど忘れて全力で戦うように誘導していた。

「家にいたのは母親ですかね。親なら子供を守って死ぬのが道理というもの。それに女同士で正々堂々と戦った結果なのだから仕方ないでしょう」

「何が正々堂々とだ!! 戦う力のないおふくろを一方的に殺しておいて!!」

 怒りに満ちた表情で吼える弘治に対し、沙菜は飄々とした態度のまま。

「あなたが戦域に踏み入った時点で戦いは始まっていたんですよ。私の居場所を突き止められないほど無能だから死んだ。それだけで――」

 沙菜の言葉の途中で、しびれを切らした弘治が殴りかかってきた。

 沙菜は例によって流身で飛び上がってかわす。弘治の拳はかすりもしなかった。

「女とは戦わないんじゃなかったんですか? ずいぶんあっさり信念を曲げるものですね。――いや、あなたに信念と呼べるものなど初めからなかったということでしょうね」

「てめえだけは許さねえ。降りてこい!」

 憎悪をたぎらせて地上から上空の沙菜をにらみつける弘治。

「朝霧大和も似たような台詞を吐きましたね。所詮は三下のボキャブラリーといったところですか」

 二重の意味で弘治を見下す沙菜は、刀を抜いて霊気の球を撃ち出した。特定の霊源も構成式も使わず普通に引き出しただけの霊気を球状にしたものだ。それでも大半の人間は一撃で殺せる威力を持っているのだが――。

「ほう……」

 弘治の動作を見た沙菜は興味深いといった反応を示した。

 彼は霊気の球を避けることもなく、拳を突き出して殴ったのだ。

 普通なら腕が消し飛んでいるところだが、今の一撃では霊気の球の方が霧散していた。やはり普通の人間ではない。

「ウソつきは泥棒の始まりですよ。何者です? あなたは」

「確かに俺は完全に普通の人間って訳じゃないな……。俺自身は超能力は使えないが、その代わり俺にも超能力だの霊力だのは効かねえんだ」

 弘治の答えにさすがの沙菜も少々驚いた。口振りから察するに霊的な力は強度に関係なく無効化できるものと考えられる。

「そういう体質……という訳ですか」

「ああ……」

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