第99話「和解」

「昇太君がそんなことを……」

 若菜は驚き、目を見開く。

 知らなかった。知る由もなかったのだが、昇太が苦しんでいた事実を知らないままでいた自分が許せなかった。

 裏切られた後、考えていたのは自分のことばかりで、圧倒的な強者であった昇太に苦しみがあるなどとは考えもしなかった。

「トリやんの言葉をちゃんと聞いていましたか? 彼はウソは言いませんよ?」

 沙菜の言う通りだ。確かに昇太は言っていた。

 惟月がウソを嫌うため、自分もウソを吐かない必要があったと。

 自分が利用されていたことの方に気を取られて、重要なヒントをつかみ損ねていたのだ。

「じゃあ、昇太君があたしのこと好きって言ってくれたのも……」

 昇太は若菜の告白にはっきりと答えていた。それさえウソでないならば、若菜にとってはなんの問題もない。

 沙菜は、若菜に背を向けながら問いかける。

「民を守るのが騎士の使命なら、後輩を守るのが先輩の使命ちゃうんかい」

「――!」

 真実を知った若菜は、ベッドから飛び起きて病室を出ていった。

 残された沙菜は、小さく息を漏らしつぶやく。

「やれやれ。私もなかなかにお人好しですね」



 病院を後にした若菜は、第一霊隊の詰所に駆け込んだ。

 この時間なら昇太は自分の執務室にいるはず。

 そう思い走っていると、第一霊隊の女性隊員の話し声が聞こえてきた。

「鳳君、かっこいいと思ってたのに、あんな本性があるとはねー」

「いくら見た目が良くてもあれはないよ」

 昇太の悪口を耳にした若菜は、黙っていられず、女性隊員たちのそばの壁に拳を叩きつけた。

「ふざけないで! 昇太君のこと何も知らないくせに!!」

 それは自分自身への戒めともいえる言葉。

 若菜の怒声を受けた女性隊員たちは目を丸くする。

「うわ、若菜、戻ってきたんだ」

「そんなことはどうでもいい! 昇太君のこと悪く言うのはあたしが許さないから!」

「わ、分かったって……」

 若菜の剣幕に押されて謝罪する女性隊員。それを確認すると、若菜は再び昇太の元へ走った。


「昇太君!!」

 執務室の扉を勢いよく開いて愛しい人の名を呼ぶ。

「先輩……」

 席に座って霊子端末のモニターに向かっていた昇太は、若菜からの呼びかけに応じて立ち上がった。

「ごめんね、昇太君……。あたし、昇太君がどんなに傷ついてきたのかも知らないで……」

 本来であれば、若菜自身には特に非はない。だが、若菜は昇太のことを思い涙を流した。

 ゆっくり歩み寄ってくる昇太を思いきり抱きしめる。

「これからはあたしが昇太君を守るから! 昇太君があたしを傷つけたいなら、いくらでも傷つくから! だから、ずっと一緒にいて……!」

 若菜は自分をはるかに凌ぐ実力を持つ少年に向かって『守る』と宣言した。彼がどんなに強いとしても、彼を傷つける何かが存在するのであれば全力で排除する。それが若菜の誇りだ。

 若菜の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた昇太は、若菜の腕に身を預けた。

「先輩……。若菜先輩なら、戻ってきてくれるって信じてました。好きです若菜先輩」

 昇太は今度もはっきりと告げてくれた。自分のことが好きだと。その事実さえあれば何も迷うことはない。

 若菜は昇太を守るために力をつけるという決意を新たにした。

(如月沙菜が昇太君の本当の上司だっていうなら、あたしがもっと強くなってあいつを超えてやる。昇太君はあたしの恋人なんだから……!)



 こうして明日菜と若菜、命はありながら騎士団から欠けていた二名の騎士が戻った。

 そして、惟月たちが行う改革によって霊神騎士団は戦力を拡大していくこととなる。



第十六章-副隊長復活- 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る