第74話「優月の想い」
霊京四番街。如月邸。
戦いを終えた優月は、その疲れから丸一日眠っていた。
目を覚ましてみると、部屋には元々同室だった涼太だけでなく龍次と沙菜の姿もある。
「良かった。目を覚ましてくれて。このまま目が覚めなかったらどうしようかと」
「ったく心配させんじゃねーよ」
「すみません……。なんだかすごく疲れてたみたいで……」
傷自体は、あの後惟月が全て治してくれたのだが、疲労感だけは残っていたようだった。
「ま、百済隊長と真羅朱姫の連戦でしたからね。疲れるのも無理はありませんよ」
沙菜の言葉で二人のことを思い出す。
自分たちが生き残る為に犠牲にした人たちだ。
後悔はしていない。人は誰しも、より大切なものを守る為に、別の何かを犠牲にして生きているのだ。
この戦いで一番守りたかった人――龍次。彼には伝えたかったことがある。
「あの……、龍次さん。少しだけお話しさせていただいてもいいですか……?」
「……? うん、いいよ」
『改めて何だろう』といった様子の龍次に対し、話を続ける。
「あの……えっと……、わたしはやっぱり、龍次さんのことが、好き……みたいです……。あ、いえ、みたいじゃなくて……、その……。す、好きです……! もし、もしも、良かったらわたしと付き合っていただけないでしょうか……?」
以前の優月なら、そんな大それたことは言えなかった。死線を越えてきたことで霊力だけでなく、精神も少しは強くなったのだろうか。
しかし、肝心の龍次はきょとんとした表情をしている。
考えてみれば、昨日の戦いで自分は龍次を守った。ある意味では恩を売ったともいえる。
この断りづらい状況で告白するのは卑怯だったのではないか。
「あっ……! す、すみません……! 無理だったらいいんです。今のはなかったことに……」
慌てて取り消そうとする優月だったが、龍次の答えは意外なものだった。
「いや、あの、俺たちってまだ付き合ってなかったの?」
「え……?」
「俺がこっちに来る前に両想いだって分かって、それから優月さんもこっちに来てくれたから付き合うことになったのかと思ってたんだけど」
思い返してみれば、羅仙界で再会して以降の龍次は優月に対してかなり親しげに接していた。はっきりと言葉にはしていなくとも既に付き合っている状態だったのか。
「す、すみません……! わたしなんかが龍次さんの恋人にしていただけるとは思ってなかったもので……。もちろん、龍次さんさえそう思ってくださってるなら付き合ってます……!」
「良かった」
龍次は笑顔を見せてくれた。
まさか自分が龍次と付き合えることになるとは。
嬉しさがこみ上げてくる。
気が付くと頬を涙がつたっていた。
「優月さん?」
「あ……」
優月は悲しい時に涙は流さない。自分の辛さを主張する為に涙は流さないと決めていた。
だが、嬉しい時は話が別だ。
「あまりにも嬉しかったもので、つい……」
「俺も嬉しいよ。優月さんが今でも俺を好きでいてくれて」
優月の身体を抱き締める龍次。
顔を赤くしながらも龍次に身を預ける優月。
「やれやれ」
二人のやり取りを見ていた涼太は小さく息を吐いた。
ようやく正式に付き合うことになったということで、優月と龍次は二人で街に出てみる。
如月家の敷地の外に出るのは戦い以外では初めてだ。
隣にいる龍次を眺めて思う。
(やっぱり、かっこいいなぁ。この人がわたしの彼氏なんだ――)
感慨深い。人間界にいた頃、学校で一番の人気者だった彼が今では自分のものなのだ。
歩いていると雷斗と惟月に出会った。
確か惟月たちの屋敷は五番街にあるはずだが。
「優月さん。あなたを探していました」
惟月は改めて優月に謝罪する。
「本当にすみません。私たちの戦いに巻き込んでしまって。それと、ありがとうございます。あなたのおかげで勝つことができました」
「いえ、わたしの力なんて」
雷斗の力と比べたら天と地だ。雷斗が久遠との戦いで力を使い果たしていたから自分にも出番があったにすぎない。
しかし、それでも雷斗までが優月の戦いぶりを認めたようだった。
「天堂優月。貴様の誇り、確かに見せてもらった」
――誇り。ようやく優月にも誇れるものがあるようになった。
龍次や涼太を守れるこの力にだけは自信を持ってもいいような気がした。
これからも彼らを守っていく。どんな痛みが伴うとしても、それだけは変わらない。
かくして半人前の人間だった少女は、一人前の羅刹となった。
今の彼女は人羅戦争と呼ばれる戦いに終止符を打った英雄だ。
人の才能とはどこにあるか分からないものである。
第十三章-血と心- 完
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