エピローグ-追悼-

第75話「亡き者たちへ」

 霊京一番街。霊園にて。

 人羅戦争が終結してからしばらく経って、優月は仲間たちと共に墓参りに訪れていた。

 今、手を合わせているのは優月。墓石に刻まれた名前は真羅朱姫。

 純粋に王家や騎士団の人々を慕っていた者と顔を合わせるのはまずいということで、タイミングをずらしてここにきたのだ。

(朱姫さん。すみません。あなたたちのことは忘れません)

 自分を追い詰めた百済がそうであったように、優月も自身が斬った相手の存在は胸に刻み込んでおくと決めている。

「多くの人が死んだんだね……」

 並んでいる墓石を眺めながら、龍次が悲しげな目で話す。

「ほとんどは如月がやったんだけどな」

 涼太は沙菜の方を見る。

「戦争中に敵兵を殺すのは合法ですよ。責められるいわれはありませんね」

 あろうことか、沙菜は墓石の上に立っていた。

 どうせそのことも、咎めたところで改めないだろうと皆諦めていたが。

 沙菜が立つ墓石に刻まれた名前は朝霧大和。自らと対極といってもいい人物に対して何か思うところがあるのだろう。

「ところでシノやんは未だに病室で引きこもりですか?」

 沙菜の言う『シノやん』というのは東雲若菜のことだ。

 問いかけている相手は、沙菜が『トリやん』とあだ名をつけた鳳昇太である。

「そうみたいですね。傷はとっくに治っているはずなんですが」

 若菜は戦いの中で昇太に裏切られたことがショックで、今も床に臥せっていることが多い。

「一応ヒントはあげたんでしょう?」

「はい。でも、先輩鈍いからなあ。気付いてくれるかどうか」

 昇太はどうやら若菜に敵意を持っている訳ではないようだ。なら何故あんな行動に出たのか。

「鳳さん……。あんたはまともな人だと思ったんだけどな……」

 嘆息する龍次。

 一方、昇太は嗜虐的な笑みを浮かべている。やはり第四研究室にまともな人物はいないのか。

「秩序を守る為に犠牲になるのは決まってイレギュラーな存在でした。惟月様は僕のような『まともじゃない人間』にも生きるチャンスをくれたんですよ」

 優しい性格の惟月の配下でありながら残虐な行為に及んだ沙菜と昇太。惟月は彼らに対しても深い慈悲があるようだった。

「私、本当はクリエイターになりたかったんですよね。羅仙界をもっと面白おかしい世界にしていきたいと。上手くいかないもんです」

 沙菜はため息を吐く。

 クリエイター――それは優月も少し考えたことのある職業だった。すぐに諦めてしまったが。

 やはり沙菜には優月が親近感のようなものを覚える部分があるかもしれない。

「本来、私はここにいるべきではないのだろうな。いや、むしろここに名を連ねているべきだったというところか」

 惟月の傍らにいた久遠が自嘲気味に言葉を漏らす。

 久遠は戦いが終わっても生き残っていたが、元々騎士団の者、それも団長だ。

 彼は、自分は処刑されるのが筋だと考えていた。墓まで作ってもらえたとすれば、それで御の字だと。

「ご冗談を。久遠様が死んだら誰が羅仙界を守るんですか」

 さすがの沙菜も久遠に対してはそれなりの敬意を持っているようだ。

「久遠さん。これから革命軍によって新たな法律が作られます。今までより多くの人を守れるように。久遠さんはこれからも法を守り続けてください」

 今回の戦いを経て、王族や貴族といった身分制度は廃絶された。惟月は自ら貴族という地位を捨てたのだ。

 惟月に続けて雷斗も久遠に声をかけた。

「久遠様。覚悟なくしては破ることのできない法の守護者たる貴方の存在は、いかに時代が移ろうともその重みを失うことはない。――私はそう思惟しいする」

 静かに目を伏せる久遠。

「ありがとう、惟月。ありがとう、雷斗君」

 彼らのやり取りを見て優月は思う。

(わたしもこの世界で役に立てることがあるかな……? いや、役に立てることを見つけよう)

 優月は人間界ではなく、霊力を活かすことのできるこの羅仙界で生きていくということを決めた。



エピローグ-追悼- 完

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