第70話「誰が為に」

 あと一撃で勝負は決する。そう確信しながら刃を振るった雷斗だったが――。

「刹那三の型・絶空ぜっくう

 雷斗の放った雷光は見えない壁に阻まれてかき消された。

 これは、霊刀・刹那の、そして久遠の基本能力の一つ・空間の断絶だ。

 魄気を張り巡らせたところ、この『空間の断絶』は戰戻で生み出された空間の端まで続いている。

 つまり、こちらの攻撃は決して向こう側には届かない。

「私はどのような形であれ勝たなくてはならない。悪いが仕切り直しをさせてもらう。お前たちも傷を癒して待つがいい」

 お互いに攻撃が届かない状況。致命傷一歩手前の傷を負った久遠は、傷を癒して戦いを初めからやり直すつもりのようだ。

 久遠は自らの傷口に手をかざし治癒術を使う。すると、両断されかかっていた身体は徐々に繋がっていく。

 ――このまま初めに戻っていいのか。

 久遠は何度でも自分の都合の良いタイミングで『仕切り直し』を行うことができる。それでは、どうやっても久遠を倒すことはできないのではないか。

 雷斗は治癒能力を使うのではなく、剣から霊気を放出し始めた。

 これは雷斗の編み出した修行法だ。

 惟月も雷斗に倣った。

 二人は回復ではなくさらなる力を求めたのだ。

 ――無駄なことだ。久遠はそう思った。

 絶空が展開している限りどんな攻撃も届かない。

 回復せずに力を高めたところで、空間の断絶を解かないままにしておけば、いずれ力の使い過ぎで自滅する。

 そのはずだった。

「何……?」

 久遠の頬を一筋の光が裂いた。

 見ると雷斗の剣に惟月が片手を添えている。

 ――何をしたというのか。

 細かい光の筋がいくつも駆け抜けていく。

 絶空は解けていない――空間を超えて雷斗の力が届いている。

 雷斗と惟月が身を削りながら力を高め発現させたのは、心を繋ぐ力。

 心を持つ存在同士を、次元を超えて結びつけるというものだった。

 雷光の刃が久遠の胸を貫く――。


 零式刹那・絶界によって生み出されていた異空間は砕け散った。

 三人は再び羅仙界の地面に足をつけることになる。

「久遠!!」

 久遠が名を呼ばれ振り返ると、そこには朱姫の姿が。

 城を抜け出してきていたのか。

「陛下、危険です。城内にお戻りください」

「危険なんてないわ! だって久遠がいるんだもの!」

 朱姫からの全幅の信頼を胸に、久遠は自身が持つ究極の断劾を使う。

「刹那十二式・ついじん

 霊刀・刹那の刃が漆黒の霊気を纏った。

 久遠と向かい合う雷斗と惟月は。

「雷斗さん。あれが久遠さんの最後の断劾です。――どうか、勝ってください」

 惟月の言葉に、わずかに頷いて見せる雷斗。

「断劾――夜想月影華やそうげつえいか

 雷斗もまた切り札としての断劾を使う。

 雷斗は今までの戦いで電迅争覇以外の断劾はほとんど使わずに済ませてきた。それもこの時の為だ。

 霊剣・月下の刃が淡く儚げな光を纏う。

 それは見かけで強さを主張する必要のない清浄かつ純粋な力。

 雷斗と久遠、二人はほぼ同時に斬り込んだ。

 断劾の中の断劾同士のぶつかり合い。拮抗するその力からは絶大な霊力波が生み出され嵐となる。

 その嵐が収まると。

 斬り結んだ二人はどちらも立ち尽くしていた。だが――。

「霊神騎士団の誇り、確かに見せてもらった」

 雷斗は全身から出血し膝を突いた。

 戰戻も解けて、夜のような闇は晴れ、衛星も砕け散る。

 ――久遠が勝った。

 そう朱姫が思ったのも束の間、久遠が握る霊刀・刹那の刃も砕けた。

 終の刃は触れたもの全てに終焉をもたらす断劾。

「私の刃は届かなかったか……」

 負けを認めたとも取れる言葉を口にした久遠に惟月が歩み寄る。

「久遠さん」

「惟月……」

「本当はお気づきだったのではありませんか? 今の法では守り切れないものがあると」

 惟月はこの戦争を始めた理由を明かした。

「犯罪や差別、疫病――特に喰人種化の問題に対処するには今の体制のままではいけない。より多くの人々を救う為には王家では力不足です。久遠さん。あなたは時空を司るという強大な力を持つが故に両親から厳しく、掟を破らないように戒められていましたね。ですが、刃を失った今のあなたを縛るものは何もありません」

 久遠は遵法精神の強い人物だ。今ある掟を守り抜く、法の守護者とでも呼ぶべき存在だった。

「法は守られてこそ、その意味が存在する。法の力を以って人々を守りたい――、ご立派だと思います。私にもせめて、お手伝いさせてください。今までなら守り切れなかった人々の為に」

 法の守護者である久遠が自ら法を犯すことはできない。だからこそ法を変える者が必要だった。それも時間をかけてではなく一刻も早く。

「惟月、お前はとうに私を超えていたのだな……。不甲斐ない兄を許してくれ」

 惟月のやったことが必ずしも正しいとは思わない。より多くの人を救う為とはいえ払うことになる犠牲も少なくはなかった。

 だが、久遠は最早惟月に逆らう気がなくなっていた。

「私は王家に仕えるよりも前に、自分の弟と向き合うべきだったのかもしれない」

 独り言のように呟いた後、朱姫に最後の言葉をかける。

「申し訳ありません、姫様。あなたを守り抜く使命――果たすことは叶いませんでした……!」

 それだけ言い残すと、久遠はこの場から姿を消した。

 朱姫は動揺を隠せない。

「久遠が負けた……? そんな……、そんなことって……」

 しかし、狼狽えてばかりもいられない。もう自分しか残っていないのだ。

 朱姫はフルーレ状の魂装霊俱、霊剣・紅桜こうおうを抜き放ち、叫ぶ。

「逆賊よ!! 羅刹王・真羅朱姫が相手になるわ!!」

 朱姫が剣を振るうと、桜色の霊気が惟月に向けて飛ばされる。

 その一撃から惟月を守るように一本の刀が突き立てられ、朱姫の霊気を打ち消した――。



第十二章-誇れる意志- 完

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