第十二章-誇れる意志-
第67話「裏切りの刃」
霊京一番街。
「羅刹王の首、もらい受けにきた」
第四霊隊の男性隊員たちをあっさりと退けた雷斗は、惟月と共に王城前の広場まで辿り着いていた。
「なんと、不敬な……!」
待ち受けていた第一霊隊の隊員は雷斗に対して怒りを見せる。
反逆者から王族を守る為、戦闘態勢に入る第一霊隊だったが――。
「…………」
雷斗が無言で霊剣・月下を振るうと、そこから放たれた霊気の波でほとんどの隊員が蹴散らされてしまった。
如月白夜との戦いで完全な羅刹として覚醒した今の雷斗は大霊極相当の力だ。いや、最早大霊極そのものと呼ぶべきだろう。
「こんなものか……」
第一霊隊は霊神騎士団において最強の精鋭部隊。それがたった一撃で崩壊していた。
残ったのは――。
副隊長・
隊長兼騎士団長である久遠は、未だ姿を見せていない白夜からの襲撃に備え城内で朱姫の傍についている。
「戰戻――
軍服風の装束を纏った男性――重光が腰からサーベル型の魂装霊俱を抜き霊魂回帰する。
彼の能力が発動すると、雷斗の剣に鉄の鎖が絡みつく。
「月詠雷斗! 貴殿の剣、封印させてもらった!」
雷斗はわずかに眉をひそめたかと思うと、一瞬のうちに重光に詰め寄り、その胴体を素手で殴りつけた。
その一撃は戰戻によって生み出された鎧を打ち砕き、重光を吹き飛ばす。
重光は城壁に叩きつけられた。
「馬鹿な……。副隊長の戰戻が一撃で……」
黒髪の男性騎士――伊織は驚愕に目を見開く。
雷斗が剣を振ると巻き付いていた鎖は砕け散った。
残りは三人。
「なんて力……。昇太君、気をつけ――」
快活そうな女性騎士――若菜が後輩である昇太に声をかけようとしたところ。
「――うッ!」
背後から刀で貫かれた。
雷斗と惟月は動いていない。彼らの攻撃ではない。
おそるおそる振り返ると――。
「しょう……た……くん……、どうして……」
若菜を刺したのは、彼女の後輩である銀髪の少年――昇太。味方であるはずの彼だった。
「初めて会った時に言いませんでしたか? 僕は第四研究室の研究員だと。僕の上司はあの如月沙菜ですよ」
「そんな……」
沙菜が敵だと判明した時には昇太にも疑いの目が向けられた。その時、若菜が彼を庇ったのだ。『昇太君が敵と通じてる訳なんてありません!』、『日頃の行いを見ていれば分かるはずです』と。それなのに――。
昇太が霊刀・紫苑を引き抜くと若菜はその場で倒れた。
「鳳、貴様ァ!!」
戰戻名も口にせず霊魂回帰した伊織が昇太に斬りかかるが、昇太が刀を軽く一振りしただけであっさりと斬り伏せられてしまう。
「ば、馬鹿な……」
「今度の『馬鹿な』は、『戰戻状態の第三位が魂装状態の第五位に斬られるなんて』というところですか?」
言葉通り昇太はまだ霊魂回帰すらしていない。それでも余裕で上官二人を斬り捨ててしまった。
「第五位だからといって、三位のあなたより弱いなんて言った覚えはありませんよ。僕の入団試験の成績、ご存知でしょう?」
昇太は霊神騎士団の入団試験においてトップの成績を収めている。トップということは、二番手と比べてどの程度優れているか、はっきりとは分からないということだ。
「通常なら、断劾か戰戻、どちらか一方でも習得している者は普通の入団試験など受けずに騎士団の隊長・副隊長と直接交渉して相応の階級を与えられる。しかし、両方習得しているからといって試験を受けてはいけないということはありません。同期の人たちには悪いことをしましたね。入団試験の段階から隊長クラスと競わされたんですから」
昇太は入団の時点から断劾も戰戻も習得していた。久遠や百済といった別格の存在はともかくとして、下手な隊長・副隊長より強かったかもしれない。
上官二人を倒した革命軍の諜報員・昇太は惟月たちの方へ歩き出す。
「ま、待って……、昇太君……。あたしが告白した時……あたしのこと好きって言ってくれたのも……嘘だったの……?」
すがりつくように昇太を見上げる若菜に対し、昇太は笑顔で答えた。
「嘘といえば――、惟月様は嘘を嫌う方ですからね、諜報活動においてもなるべく嘘を吐かないようにする必要がありました。だから、『お前は裏切り者なのか?』と問われた時、自分では黙秘する以外ありません。そんな時、僕のことを無条件に信じてフォローしてくれる人がいてくれて助かりました。先輩は立派に先輩としての務めを果たしてくれました。――やっぱり、若菜先輩は頼りになります!」
それは同じ騎士団員として笑い合っていた時と何ら変わらない表情。自分をその手で刺した後に、そんな笑顔を浮かべている。
「ああああああああああああッ!!」
非情な現実を突きつけられて、心を焼き切られ、絶叫する若菜。
そんな若菜を尻目に昇太は惟月と雷斗の前に跪く。
「任務完了しました」
「くだらん茶番劇は如月にでも習ったか?」
冷ややかに問いかける雷斗に昇太は否定の言葉を返した。
「いえ。室長は関係ありません」
昇太は沙菜に影響されてあのような行動に出た訳ではない。あくまで本人の意思に基づいた行動だ。
「昇太さん。続けてで申し訳ありませんが、戦いの余波から市街を守る為に結界を張りにいっていただけますか?」
「承知しました」
昇太はその場を去ろうとするが、その前に呟いた。
「室長の霊気――消えてますね。朝霧副隊長の戦いは見たことがありますが、室長が苦戦するほどの相手とはとても思えません。もしかしたら室長は……」
沙菜は大和との戦いに何か特別な意味を見出していたのかもしれない。
結局、何かを断言することはしないまま昇太の姿は消えた。
壁に叩きつけられていた重光が、倒れた隊員たちを見て嘆く。
「ああ、やはり私には何も守ることができない……。最早私に生きている資格など……」
全てを諦め、自刃しようとする重光だったが、首に届く直前のその刃を素手で掴む者があった。
「あ……」
「遅くなってすまない。よく持ちこたえてくれた」
騎士団長兼第一霊隊隊長にして、霊極第一柱・蓮乗院久遠だ。
「後のことは私に任せ、隊員を連れて下がってくれ」
涙ぐみながらも重光は仲間の命を守る為、霊法を発動する。
「――番外霊法・
重光は強烈な風と共に、倒れていた隊員全員を連れこの場から去った。
久遠は一人、雷斗と惟月の前に立ちはだかる。
「月詠雷斗、蓮乗院惟月。霊神騎士団団長としてお前たちを斬る」
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