第十章-戦う理由-
第58話「再起」
如月邸の一室。
部屋の隅で膝を抱え込んだままの優月。
どれぐらいの時間が経っただろうか。飲まず食わずでこうしているが、自分の身体はそれほど衰弱していない。羅刹化できるだけの霊力を持っているおかげだろう。
皮肉なことだ。せめてこの力が龍次にあれば、治癒能力を受けて回復することもできるかもしれないというのに。
優月がこれまで力を磨いてきたのは、龍次を守る為だった。
しかし、龍次はもう助からない。それでは、最早、力をつける意味も戦う意味も存在しない。
優月は全てを諦めてしまっていた。
「おーい、優月。飯作ってきたぞ」
お盆を持った涼太が声をかけてくる。優月が弱っていると思っておかゆを作ってくれたようだ。――実際には身体は弱っていない。心が希望を失っているのだ。
「涼太……。もういいよ……。わたしのことなんて……」
いつも以上に弱々しい口調で話す優月に対し、
「良くねーよ。お前が辛そうにしてたら、おれまで嫌な気分になる。とりあえずこれぐらいは食べろ」
いい加減怒られるのではないかと思っていたが、涼太の声は優しいままだった。
「あのな、優月。お前本当に諦めるしかないと思ってんのか?」
「え……?」
お盆を優月の前に置いて話し始める涼太。
「よく考えてみろ。日向先輩が助からないなんて言ったのは如月の仲間だろ? あいつらが何を企んでるのか知らねえが、お前を追い詰める為に嘘を吐いてるかもしれないじゃねーか」
確かに、涼太の言う通り沙菜たちのことは信用しがたい。
優月がここまで絶望しているというのに、沙菜は何も声をかけてこないどころか、今何をしているかすら定かではない。
「諦めるなんてのは、諦めたら少しは助かる場合にすることだろ。おれは最後まで抵抗するつもりだぞ。日向先輩だって、傷を負わせたあの百済とかいう隊長本人にやらせれば治療できるかもしれないしな」
「あ……」
涼太はなんとか優月に希望を与えようとしてくれている。
以前、優月が沙菜に貫かれた時、霊気を注ぎ込んだ本人がそれを『回収』したことによってすぐ動けるようになった。もしも、同じことができるとしたら――。
「お前は優しいからな……。守るものがなかったら戦えないんだろ? だったら、頼む。おれを守ってくれ……!」
「……!!」
――そうだ。自分にとって守るべきものは一つではなかった。
龍次と同じぐらい大切な弟が目の前にいる。
涼太が戦うというのであれば、自分がその前に立って守らなければならない。
「涼太……」
本当に涼太には世話になりっぱなしだ。
誰よりも姉思いな弟の気持ちに応える為にも、今はこのおかゆを食べて元気な姿を見せよう。
「……熱っ!」
「そういやお前猫舌だったな。急がなくていいから、ゆっくり食べろ」
「うん……」
涼太が作ってくれたおかゆを平らげた優月は久々に立ち上がってみる。
立った状態で見る景色がひどく懐かしいように感じられた。やはりかなりの時間塞ぎ込んでいたのかもしれない。
「そういえば、涼太は今まで何をしてたの?」
涼太は落ち込んでいる優月に何度も声をかけていたが、四六時中付き添っていた訳ではない。それ以外にもしていたことがあるだろう。
「如月の奴を探してたんだよ。あいつがおれたちに隠し事してんのは明らかだし、締め上げて洗いざらい吐かせてやろうと思ってな」
優月に対する優しさとは裏腹に過激なことを言う弟である。
「でもなかなか捕まらなくってな……。使用人どもに訊いても知らないって言うし。――まあ、そんな訳でおれはもう一回屋敷の中でも探してくるから、お前は久しぶりにゲームでもやってろよ」
そう言って涼太は部屋を出ていってしまった。
『守ってくれ』とは言っていても、やはり今は優月を休ませたいようだ。
とはいえ、沙菜を探すのを涼太一人に任せて遊んでいる訳にはいかない。
(もし、沙菜さんが敵だったら――)
いくら魂装霊俱の扱いに慣れているといっても涼太の身が危ない。
急いで後を追う為、部屋を出て羅刹化する優月。
羅刹の姿となった優月は、
涼太の気配を追うつもりだったが、それとは全く違う方向に気になる霊気を見つけてしまった。
(この霊気……! あの時の……)
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