第59話「何度でも」
(この霊気……! あの時の……)
優月は如月家の敷地内に一つの霊気を見つけ、それに向かって駆けていた。
以前感じたものに比べると弱まっているようだが、これは百済の霊気だ。
百済継一――龍次を昏睡させた霊神騎士団の隊長。彼もまた沙菜の攻撃を受けて倒れたはずだが、優月が塞ぎ込んでいた間に回復したのだろうか。
とにかく彼にはもう一度会わなければならない。龍次を助けられる可能性に賭けるにしても、涼太のことを守るにしても――。
百済の霊気を追っていたら、霊子学研究所の第四研究室の前に来ていた。
上空を見上げると百済の姿が。
「君は……」
相手もこちらに気が付いた。あるいは、とうに気付いていただろうか。
百済は優月の前に降りてくる。
「この先の研究室に用がある」
「……何の為ですか……?」
「確かめたいことがある」
もしも龍次を治療してもらえるなら喜んで招き入れるところだが、そんな都合の良い話があるはずもない。
羅仙界に侵入した人間を誅殺せよとの命を受けている百済は刀に手をかける。
――戦うしかない。このままでは、涼太も、なんとか命を繋いでいる龍次も、そして自分も殺されてしまう。
最早、力の出し惜しみをする理由はない。優月は抜刀するとすぐに霊魂回帰して百済と向かい合った。
百済の霊気は明らかに弱まっている。
それでも勝てるなどとは思わないが、優月は霊刀・雪華を手に百済に斬りかかっていった。
百済は刀を抜いて優月の刃を受け止める。
鍔迫り合いに押し勝とうと刀を握る手に力を込める優月。
今の優月の力を感じた百済は驚いたように目を見開いた後、飛び退いて距離を取った。
「力が増しているようだな。それとも私の力が弱まっただけか? いや……」
普通に考えれば沙菜の断劾を受けた百済が弱っているだけで、優月の力が上がっているとは考えにくいが。
「霊戦技――氷柱撃」
優月は刀の一振りと共に鋭利な氷の槍をいくつも飛ばす。
「霊剣・
百済の刀が、呼びかけに応じて片刃の大剣へと変化する。これが百済継一の魂装霊俱の真の姿だ。
身の丈ほどもある大剣の一振りによって巻き起こされた暴風で、氷の槍は砕かれてしまった。
やはり力の差は大きい。そもそも、相手が万全の状態であれば絶対に勝てないところだ。沙菜が負わせた傷に頼るほかない。
「断劾――霜天雪破」
――自分が持つ全ての力をぶつけていく。
霊刀・雪華が元々持っていた断劾。吹雪を起こし、雪片を刃に変えて敵を討つ技だ。
「……っ」
この技も荒れ狂う風によってかき消されてしまった。
あと残されているのは――。
「断劾――氷河昇龍破」
惟月が霊子を提供し、龍次が優月の為に開発した技だ。
冷気と氷の渦が百済に襲いかかる。
周囲に吹き荒れていた風は突破したが、百済の刃はこの渦を受け止めた。
「人間がこれほどの力を持つとは……。――しかし、私は君たちを排除しなければならない」
百済の刃が渦を斬り裂く。
これでこちらの持つ技は全て破られた。
――だが、諦める訳にはいかない。
もう断劾を何度も放つほどの霊力は残っていないが、至近距離から直接叩き込めば逆転できるかもしれない。
優月は百済に向かって踏み込んだ。
吹き荒れる風の刃で身体を斬られながらも、百済に向かって刃を振るう。
優月の刃はいとも容易く弾かれてしまうが、それでも再び斬りかかる。
百済が操る風によって何度も斬り裂かれているが、不思議と倒れることはなかった。
気付くと、霊魂回帰によって身体から噴き出している霊気が徐々に強まっているようだ。
(霊力が上がっていく……?)
斬られ続けながらも倒れないのは、霊力の上昇によって傷を負う度にその傷が回復している為だ。
優月は修行の時、雷斗の能力で恐怖を与えてもらうことで強くなった。しかし、恐怖は所詮恐怖。あの時は、その先にある絶望までは知らなかった。
皮肉ではあるが、絶望を知ったことで優月の霊力はさらに強くなっているようだった。
――生きることを諦めない。それは、優月が今までに戦った喰人種たちと同じ理念だ。
彼らが最後まで戦い抜いたように、自分も戦わなければならない。
霊刀・雪華の刃が百済の腕をかすめる。
袖が破れただけだったが、優月は少しずつ百済に近づいていた。
「百済隊長!」
風を自在に操る百済と、傷を負いながらも決して倒れない優月。二人が刃を交える中、一人の女性がこの場に駆けつける。
第二霊隊副隊長・藤森明日菜だ。
「隊長はまだ如月沙菜に負わされた傷がほとんど治っていません! ここはわたくしに任せてお戻りください!」
「手を出すな、明日菜。これは私と彼女の戦いだ」
やはり今の百済は相当に弱っている。そうでなければ、優月がここまで食い下がれるはずはない。
それでも、百済は優月と一対一で戦うことを望んでいるようだった。
「決着をつける」
百済の魂装霊俱、霊剣・百嵐から魂魄が飛び出す。
――霊魂回帰だ。
霊剣・百嵐の魂と百済の魂が融合することで、真の力が解放される――。
「戰戻――
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