第七章-始まりの時-

第45話「追憶:劣血」

 今から四年前。

 霊京七番街。征伐士協会支部。

 ここは喰人種を討伐した者が報告をして賞金を得る場だ。

「なんだと?」

 銀髪の少年が受付の男を睨みつけている。

「信用できねえ、つったんだ。てめえみたいな劣血れっけつがB級喰人種を倒したなんてな」

 受付の男が口にした『劣血』という言葉に反応して、ただでさえ鋭い目つきをさらに鋭くする少年。

 『劣血』とは、異種族との混血の羅刹を指す蔑称。主に羅刹と人間の間に生まれた子のことだ。この羅仙界において混血の者は差別・迫害の対象となる。

 少年の名は月詠雷斗。月詠つくよみ出雲いずもという羅刹の男性と、羅仙界に迷い込んだ女性の間に生まれた混血羅刹である。

 雷斗には生まれつき『霊力障害』という病があった。『霊力障害』とは、主霊源が虚弱であり霊気の総量が極端に少なくなるというもので、混血の場合に発症しやすい。

「そう言うだろうと思ってな」

 雷斗は、受付の机に小瓶を置く。

「死に際の喰人種から採取した霊子だ」

 差別的な扱いをされることは分かっていた。

 その為、自身が喰人種を倒したことを証明するものを準備していたのだが。

「ますます信用できねえな。てめえごときが、そんなに余裕を持って喰人種を倒せる訳がねえ。誰かからくすねたんじゃねえだろうな」

 この男は、どうあっても雷斗の力を認めたくないらしい。

 まともに取り合おうとしない相手に。

「ならば試してみるか。私の力が劣っているかどうか」

 雷斗の掌にバチバチと電撃が発生する。

 雷斗が喰人種を倒したというのはまぎれもない事実。霊力障害を抱えながらでも、少ない霊気を駆使して戦えるのだ。

「おもしれえ、ここで叩き斬ってやろうか」

 立ち上がり刀を抜こうとする受付の男。

 そこへ。

「失礼します」

 蒼白の羅刹装束を着た少年が入ってきた。

 彼のことは知っている。蓮乗院惟月、大貴族・蓮乗院家の御曹司。歳は雷斗の二つ下で十二歳。知らない者が見れば少女にも見えるかもしれない容貌をしている。

 そして、何故か最近、雷斗の周辺に現れることが多い。

「これはこれは、惟月様ではありませんか。どのようなご用で?」

 雷斗に対するのとは態度を一変させる受付の男。

 ――気に食わない。血筋などという無意味なものの為に、こうも扱いに差が出るとは。

「それはもちろん喰人種討伐の報告に」

「――? それでわざわざこちらの支部まで?」

 受付の男は、惟月の答えに目を丸くする。

 報告は別にどの支部で行っても構わないが、五番街に住んでいる惟月がわざわざ七番街まで来るというのは妙な話だ。

「少し用事がありまして」

「そうでしたか。それでは確認させていただきますので、少々お待ちを」

 受付の男が霊子端末の画面に向かい始めたところ。

「――ところで、そこにある小瓶に入った霊子、私が採取したものだと言ったら信用しますか?」

 惟月が妙なことを言い出した。

「は? ええ、もちろん。惟月様が嘘をおっしゃるなどとは微塵も思いませんとも」

「そうですか。ここで受付をなさっているなら征伐士のライセンス制度についてはご存知ですよね?」

 ライセンス制度――。征伐士には正規と非正規の別があり、同じランクの喰人種を倒した場合であっても支払われる報酬に差がある。理由はやはり信用の問題だ。正規のライセンスを取得するだけの実力がなければ、喰人種を倒したという報告も信憑性が低い。

 惟月は正規のライセンスを所持いるのに対し、雷斗は非正規だった。

 もっとも雷斗に関していえば、正規のライセンスを取得できる程度の実力は備えている。取得できない理由は混血であるということ、ただそれだけ。

「彼ではなく私に報酬を支払うとすれば、それは無駄な出費を増やすということです。民の血税で運営されている征伐士協会がそのようなことをしていて本当によろしいのですか?」

 惟月はあくまで笑顔のままだが、受付の男は完全に気おされてしまっている。

 確かにこの状況であれば、対象の喰人種は間違いなく討伐されている。後は報酬を誰に支払うかだけの問題だ。運営費を節約するなら、非正規の征伐士に支払った方が良い。

「そもそも私の言葉が信用できて、この方の言葉が信用できないのは何故ですか? 現に霊子をもってきたのはこの方でしょう?」

 惟月の物腰は柔らかいが、その一方で視線は刃のように鋭くも思える。

 怒りや不満といった感情は読み取れない。ただ何か恐ろしいものを秘めているようにだけ見えた。

 受付の男は冷や汗を流しながら、結局、雷斗に報酬を支払うことにした。

 一方、惟月の報告した喰人種はD級以下の小物ばかりだったようだ。


 征伐士協会を出て。

「助け船を出したつもりか?」

 不機嫌そうな態度の雷斗の問いに惟月は。

「ええ。――受付の彼に。あのまま戦いになっていれば、十中八九あなたが勝ち、彼は命を落としていた。――そうでしょう? 雷斗様」

 惟月は雷斗を様付けで呼ぶ。貴族として礼儀作法についての教育を受けている為かと思いきや、誰に対してもそうという訳でもなく、さん付けで呼ぶ相手も多い。

 皮肉を言っている風でもない。

 純粋に慕っているのかどうかも定かではないが、こうしてやたらと雷斗に絡むは貴族の道楽の一つなのだろうか。

「ふん……」

 無事報酬を受け取れたといっても、雷斗としては不愉快だった。

 こんな子供に、そして何より貴族によって助けられる自分に苛立ちを覚える。

 さらにいえば、征伐士として正規のライセンスを持っていないことに助けられたことも腹立たしい。

「いずれにせよ、あまり私に関わるな。蓮乗院家の名を穢したくなければな」

「ふふっ、気をつけます」

 このようなことを言っていても、またいずれ近くに現れることだろう。

 本当につかみどころのない少年だ。

「それで、いつまでついてくるつもりだ?」

 雷斗はこれから自宅に帰るところ。ついてきたとしても何もない。

「少しでも長くお傍にいられればと思ったのですが、お邪魔でしょうか?」

 惟月は、相手が異性であればあらぬ勘違いを生みそうな色気を帯びた表情で聞き返してくる。

「私は貴様になど用はない」

 雷斗が冷たく突き放すと、惟月は素直に引き下がった。

 元より行動を共にするつもりなどなかった貴族の少年と別れた雷斗はそのまま帰宅する。

(蓮乗院惟月……か。私に恩を売って何をするつもりだ……?)

 目的が何であれ迷惑な話だった。


「ただいま帰りました、父上」

 和室で文机に向かっていた父・出雲に挨拶をする雷斗。

「おお、雷斗か」

 父である出雲は雷斗にとって数少ない心を許せる相手であった。

 度量が広く、滅多なことでは怒りを見せない。そして誰よりも息子である雷斗のことを案じている。

「すまないな。お前には苦労をかけて」

「いいえ」

 月詠家も以前はそれなりの家柄だった。それが人間を匿っていることが発覚して没落した。

 匿ったといっても実際には保護に近かった。偶然発生した界孔に飲まれ人間界から羅仙界へと迷い込んだ女性――雷斗の母――を放っておけば殺されてしまう為家に置いていたのだ。その女性が羅仙界で悪事を働いた訳ではない。

 だが、結局雷斗が生まれて間もなく母親は騎士団の手によって殺された。

 雷斗自身も殺される可能性があったが、一応半分は羅刹の血が流れているということで命だけは見逃される形になった。

 なお出雲は、人間を匿ったこと、人間との間に子をもうけたことが罪に問われ、王室により魂装霊俱を剥奪されている。

 魂装霊俱の名は、霊刀・村雨。活水属性の強力な武器だ。

 羅刹の戦闘能力は魂装霊俱の有無によって大きく左右される。それ故出雲は戦いの場に出ることが難しくなった。

 雷斗は元々霊力障害の為に魂装霊俱の生成ができておらず、汎用霊具はんようれいぐと呼ばれる魂は持たない霊気を通わせただけの武具を使って征伐士稼業を行っている。

 汎用霊具を使えば出雲も戦えない訳ではないが、やはり初めから魂装霊俱に頼らずに生きてきた雷斗の方が今となっては勝っていた。

 戦闘能力を別にしても、魂装霊俱は羅刹にとって己の半身も同然。雷斗としては、自分のせいで剥奪された父の魂装霊俱を取り戻したいと考えていたが、その為には王室と騎士団を敵に回すことになる。到底叶うはずのない願いだった。

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