第五章-羅刹の戦い-

第34話「再会」

 羅仙界の首都・霊京。

 そこには、王城のある一番街を中心として放射状に二番街から七番街までが配置されており、それぞれが街道でつながれている。

 街並みは豪華絢爛。地区にもよるが、人間界の一般人が生活している家と比べるとスケールの大きい邸宅が立ち並び、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 幻想的とはいっても、飛行機より小回りの利く霊動れいどう飛行船――人間界の飛行船とは異なり、霊力で稼働している空飛ぶ船――が飛び交い、街道はきちんと舗装されその端に魔獣避けの効果が付いた街灯が立ち並び、目には見えないが通信の為の電波も飛ばされている、と技術レベルは人間界に勝るとも劣らないものだ。

 そんな霊京で南東に位置する四番街において広大な敷地面積を誇る如月家では、新たな客人が迎えられることになっていた。


 如月邸の一室。

「まさか優月さんの方からこっちに来てくれるとは思わなかったな」

 感慨深そうに話す、茶髪で縁の細いメガネをかけた爽やかな雰囲気の少年・日向龍次。

「すみません。勝手に追いかけてきてしまって……。けしてストーカーというつもりでは……」

 龍次の言葉に卑屈な態度で返す、黒髪セミロングのやや地味な少女・天堂優月。

「はは、分かってるよ」

「すいません。こういう奴なんで」

 優月の発言に対してフォローを入れるのは、弟の涼太。優月と似た質感の黒髪でかなり小柄な体型だ。

 ――羅刹の世界に来て龍次と再会を果たした優月は、彼に剣を向けていた盗賊をあっさりと撃破した。

 その盗賊は如月家の使用人たちによって捕縛され、どこかに連れていかれて、その後の処遇は知らない。

 事態が落ち着いた今は、金縁の長椅子に三人並んで話し込んでいる。

 例によって優月の両手に花状態だ。

「くれぐれも言っておきますが、如月家の敷地の外には出ないでくださいよ? 本来、羅仙界に人間を立ち入らせるのは禁止されてますからね」

 テーブルを挟んだ向かい側で注意を加える黒髪ポニーテールの女は如月家の長女・如月沙菜。金色の着物に金色の刀と、本人の体型とは裏腹に豪華な印象の装いをしている。

「そうだったんですか……?」

 連れてこられる時には羅仙界のルールなど聞かされていない。

 とはいえ、如月家の敷地内には一般的な生活を送る上で必要な施設は全て揃っている。異世界まで来た以上、勝手の違うことはあるだろうが、敷地の外に出られないことについてはそれほど困らないだろう。

「そういうことは先に言え」

 涼太からの非難の声を受けても沙菜は涼しい顔のまま。

「私が何を言ったところで、龍次さんがこっちで戦うと決めた時点で優月さんの居場所も決まっていたんじゃないですか?」

 確かにその通りだ。

 霊力が目覚めたばかりで直接戦闘には向いていない龍次が、人に仇なす喰人種との戦いに貢献する為には沙菜の研究に協力する以外なかった。

 そして優月は、そんな彼の傍について守ることができればと考えていた。

 沙菜は、『人は自らの才を活かせる場所で生きるほかない』と言っていたが、少なくとも霊力が使えることしか取り柄のない優月がいるべき場所は人間界ではなかったのかもしれない。

 沙菜の言葉に首肯する優月。

「はい。龍次さんがこちらの世界にいるなら、できればわたしも一緒にいたいです」

 それを聞いた龍次は嬉しそうな様子で優月の手を握ってくる。

「ありがとう、優月さん」

「えっ……!? あっ……」

 不意に好きな人から手を握られてしまい、優月はしどろもどろに。

 顔が熱い。羅刹化した状態であれば、魄気はっきを通じて自分の顔が赤くなっているのが分かっただろう。

「優月さんは、俺が思ってたよりずっと強い人だったんだ」

 かつてない距離感の近さで賛辞の言葉をもらい、心臓が早鐘を打つ。

 どのように返すべきか、脳をフル稼働させて言葉を紡いでいく。

「えっと……、で、では……、わたしは、これからも一緒にいさせていただいていいんでしょうか……?」

 いつもの如く必要以上にへりくだった表現での質問に、龍次は強く頷いてくれた。

「もちろん。こっちこそ、よろしくお願いします」

 龍次まで少し畏まった態度になって、互いの関係を再確認していたところ――。

「ほわ~。沙菜ちゃん、遊びにきたよ~」

 部屋の扉が開く音に続いて、どこまでも気の抜けるような間延びした声が聞こえてきた。

 声を追って扉の方を見ると、頭の上に猫を乗せた少女がいた。

 年の頃は優月と同じぐらいか。短い茶髪に、垂れ目がちでつぶらな瞳。可愛らしい桃色の着物を着ていて、腰に差した刀には花の飾りが付いている。

 猫の方は背中が茶色くお腹が白い、よく見られる色合いだ。

 扉を開けて入ってきた少女だが――。

「ほわ? 知らない人がいるよ?」

 間の抜けた声を上げて首をかしげた後、ちょこちょこと歩いて扉の陰に隠れてしまった。

「いじめる?」

 扉の端から顔を半分だけ覗かせて訊いてくる。

 少女自身も子猫のようなあどけなさと頼りなさだ。

「別にいじめねーよ」

 涼太が呆れたように言うと、少女はまた、とことこと近づいてきた。

「じゃあ、お友達だねっ」

 やけにあっさりしている。

「なんなんだよ、お前は」

「わたし穂高ほだか。この子はねこさん」

 穂高と名乗った少女は、頭に乗せた猫の背中をポンポンと叩く。

「猫なのは見りゃ分かる」

「穂高さんは昔から『ねこさん』としか呼んでませんからね。それが名前なんじゃないですか?」

 涼太の突っ込みに対して沙菜が補足を加えた。

 それにしても何故、頭に猫を乗せているのか。

「涼太君。それよりこっちも自己紹介しないと。俺は、日向龍次ね」

 椅子から立ち上がって名乗る龍次。

「ああ、そうですね。おれは、天堂涼太。で、こいつが姉の優月」

 出来のいい弟は親切にも優月の分まで名乗ってくれた。

「あ、よろしくお願いします」

 優月たちの自己紹介を終始ニコニコしながら聞いていた穂高が、不意に思いついたように尋ねてくる。

「そうだ。みんなはいくつ~?」

 おそらく年齢を訊いているのだろう。

 穂高は見た目そのものは優月と同年代に見えるのに対して、言動は遥かに幼そうな感じだったが、実年齢は優月と同じ十六歳とのことだった。

「俺は十五歳……だから、優月さんの方が誕生日早かったんだ」

 年上らしい威厳は全くないが、人間界から来た三人の中では優月が一番年上らしい。

「おれは十四」

 涼太が歳を言ったところで、穂高は目を見開く。

「ほわ……。わたしいくつ?」

 『いくつに見える?』ではない。先ほど自分で告げたばかりの年齢を人に訊いている。

「てめ、おれの歳聞いて混乱しやがったな……」

「まあまあ……」

 逆鱗に触れてしまったのではないかと思い、慌ててなだめようとする優月だったが、涼太は静かに息を吐いた。

 どうやら、この穂高という天然少女相手では怒る気にもならないということのようだ。

「人徳という奴ですね」

「えへへー」

 沙菜に褒められて笑顔の穂高。

 沙菜を訪ねてやってきたということは、二人は友人ということなのだろう。

 この無邪気な少女が沙菜に毒されないといいが。

「そうそう。穂高さん、人間が来てること人に話してはいけませんよ」

「ほわ……。優月ちゃんたち人間さん?」

「そうです。っていうか見て分からなかったんですね」

「誰にも言っちゃだめ……?」

 沙菜から口止めをされて、穂高は表情を陰らせる。せっかくできた新しい友達を、他の友達に紹介できないのが残念なのだろう。

「相賀さんはいいですよ。というか、もう知ってますしね」

 沙菜の言葉を聞いた穂高は懐からメモ帳を取り出した。

「おーがさんは、だいじょうぶ……」

「あと、トリやんも」

「ほーちゃんもだいじょうぶ……」

 拙い握り方のペンで沙菜から告げられた名前を書き込んでいく穂高。

 おそらく自分でも頭が良くはない方だと理解しているのだろう。一所懸命にメモを取る姿は非常にいじらしく見えた。

「ちーちゃんとレイちゃんは?」

「その辺は保留で」

「考え中……」

 カリカリとメモを取っていた穂高だが、少しの間黙り込んで、それからおずおずと口を開いた。

「じゃあ……、惟月さまは……?」

 質問をする穂高の顔には不安のような色が見受けられる。

「惟月様ももう知ってますよ」

 答えを聞いて穂高の表情がぱあっと明るくなった。

 どうやら惟月に対しては特別な想いがあるようだ。

 沙菜と穂高のやり取りを見ていて優月は思う。

(あれ……? ひょっとして、惟月さんも様付けの方がよかった……?)

 フレンドリーに接してくれていることから、なんとなくさん付けぐらいでいいような気がしていたが、惟月も羅刹たちの間では様付けで呼ばれるのが当然の存在なのかもしれない。

「どうかした? 優月さん」

「あ、いえ、大したことでは……」

 何はともあれ、こうしてまた龍次の隣にやってくることができた。

 これから羅刹の世界――羅仙界での活動が始まる。

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