第四章-無二の力-

第27話「如月研究室」

 喰人種・玄雲との戦いから数日。

 龍次は沙菜に連れられて、羅仙界にある霊子学研究所第四研究室まで来ていた。

「ようこそ、如月研究室へ」

「ようこそって、出迎える時みたいに言い方だな」

 沙菜と話すときの龍次の口調は、優月や涼太に対するときに比べて厳しい。

 優月はいかにも気弱だし、涼太は年下。それにひきかえ沙菜は言動がいちいちうさん臭く、また図々しい性格をしている。

 その辺りが接し方の差に表れているのだろう。

 研究室の中を見回してみる。

 大型のものから小型のものまで様々な機材。奇妙な色をした液体の入った容器が並べられている棚。各研究員が向かうデスクにはキーボードとディスプレイ。

 初めて訪れた羅刹の世界の研究室は、人間の龍次が『研究室』と聞いて思い浮かべるものと――少なくとも見た目は――大差なかった。

 そこに所属している研究者たちはというと。

 新人の登場に一切反応せず黙々と作業を続ける者、恋人らしき女性の尻を撫で回しながらもう一方の手でキーボードを叩く者、二つあるディスプレイの片方でアニメらしき動画を流している者など様々。

「なんか自由な感じだな……」

「そりゃあ、何といっても私の研究室ですからね」

 そんな研究者たちの中の一人、濃い茶髪の青年がこちらに近づいてきた。

「おー、君がお嬢の言ってた助っ人か」

「あ、はい。日向龍次といいます」

 それなりに年上に見えたので、一応敬語で答える。

「そうか。俺は相賀おうが和都かずと。ここの研究員と如月家の執事をやってる」

「執事……」

 『ああそれでお嬢か』と直前の言葉に納得する。話の流れからすると沙菜のことだろう。

 相賀と名乗った青年は、人間界のものとあまり変わらないデザインのジャケットを着ており、姿だけでは羅刹なのかどうか分からない。

「羅刹ってみんな着物着てる訳じゃないのか」

「そりゃあ、今は現代ですからね。洋服着る人もいますよ」

 龍次の疑問に対し、何故か自慢げに答える沙菜。

 羅刹装束は羅刹たちの正装であり、そこには本人の霊気が通っている。形状に関しては霊気を通わせた羅刹自身の個性が反映され、結果として和風になるものもあれば洋風になるものもあるのだ。

 ちなみに羅刹装束は霊気を帯びているおかげで、生物の肉体同様、自然治癒力を持つ為、破れても時間が経てば再生し、また治癒系の術式で修復することも可能となっている。

「ところで――」

「ん?」

 龍次は相賀に視線を向けた。

「本当に人間の俺なんかが研究室の戦力になるんですか?」

 直接戦闘では役に立たないということは分かった。一方で、霊子学とやらの基本的な概念も分かった。

 しかし、基本が分かった程度の人間に、本物の羅刹の人員と引き換えにしてまで手に入れるほどの価値があるだろうか。

「なるほど。もっともな疑問だな。確かに純粋な霊子学者としての力量ならここに元々いる連中の方が上だろう。だが、俺たちが求めてるのは、これまでと違った視点だ。生まれも育ちも異世界――君にとってはこっちが異世界だろうが――だという部分は君が思ってる以上に重要なんだよ」

 相賀の言葉に沙菜も続ける。

「私たち第四研究室は、凡人と違っていることを価値だとみなします。個人の多様性を尊重する――とても道徳的だと思いませんか?」

 沙菜の口から『道徳』などと言われては、うさん臭すぎて何ともいえない気分になるが、自分が必要とされる場所がある、そのことは素直に嬉しく思えた。

「――後は、人間を使った人体実験もできますしね」

「道徳はどこ行った!?」

 龍次としては珍しく大声で突っ込んでしまった。

「まあ、人体実験というと聞こえが悪いが、開発した霊薬の効果なんかは羅刹以外が飲んだ場合にどうなるか調べることもあるかもしれないな」

「それはそうか……」

「身体を検査するような機会もあるかもしれんが、その時はお嬢が近づけないようにしとくから安心してくれ」

「助かります」

 自分の身体に関することを沙菜に知られるのはあまりぞっとしない話だ。その辺りのことはこの研究室でも共通の認識になっているらしい。

「それで――、俺はここでどんな研究をすればいい?」

「まずは霊子学研究所自体について説明しましょう。霊子学研究所は第一から第四までの研究室で構成され、主な研究内容は、第一が霊力運用の効率化、第二が医療技術、第三が霊法、第四が戦闘技術です。実際にはこの限りではありませんが、大体こんなところでしょう」

「戦闘技術……」

 それはあるいは好都合なのかもしれない。

「まあ、うちは私が興味を持ったことを何でも研究しますし、龍次さんもやるべきことさえやったら、後は自由にここの設備を使ってやりたいことやってていいですよ」

 やりたいことはある。それに意味があるかはまだ分からないが。

「俺がここで戦闘技術を開発すれば、実際に戦う人たちの負担を減らすこともできるか」

「そういうことです」

 沙菜のことを完全に信用した訳ではないが、利害は一致しているようだ。やはりここが自分の居場所となるのか。

「でも、いいのか? 龍次君は向こうに友達や家族がいるんだろう?」

 相賀の心配ももっともだが、既に決めたことだ。

「どのみち、いつかは離れることになるんだし、それより俺は知ってしまった戦いに少しでも貢献したいんです」

 人間界で暮らすとしても、高校はいずれ卒業し、クラスメイトともある程度疎遠にはなっていくだろう。実家にもずっといる訳ではない。

 異世界に来たといっても、そこまで大きな違いはないようにも思えた。

 優月たちと違って、直接敵と戦う訳ではないのだから。

(俺は……逃げてるのかな……?)

 沙菜が提案した交換条件で、多少なりとも人間界は安全になる。

 これが自分にできること、やるべきことなのだと己に言い聞かせた。

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