第16話「取り戻した日常」
週末、涼太を伴って集合場所に向かう。
「そういや、日向先輩は刀使えてるのか?」
「うん。炎を出したりとかは結構できるようになったって言ってた」
やはり龍次は何をやらせてもうまくこなすようだ。
「赤烏みたいなレベルの奴さえ出てこなけりゃ、護身には十分か」
願わくば龍次が戦線に加わらなくて済んでほしいものだが。
それに、自分が霊刀・雪華を扱えるようになった以上、涼太も危険にさらしたくはない。
雪華の魂を憑依させる術が今後も使えると助かるが、そう何度も使えるものだろうか。
「おーい、こっちこっち」
涼太を連れてくるよう頼んできた女子が手を振ってくる。
龍次を呼び出していた時に比べると随分快活な印象だが、あの時はやはり緊張していたのだろう。
「来てくれたんだね、涼太君!」
嬉しそうに駆け寄ってきた女子は一人だけではない。
「いや、まあ、姉がどうしてもって言うんで……」
龍次に勝るとも劣らない人気を誇りながら、上級生からすると直接話せる機会は少ない涼太を前にして皆盛り上がっている。
さすがに気おされた様子の涼太。
「ありがとね、天堂さん」
取って付けたようなお礼でも、優月には心地のいいものだ。
「は、はい。ただ――」
「ねーねー涼太くん、好きな食べ物は? 好きな芸能人とかいる?」
「家ではどんなことしてる? 趣味は?」
「勉強もスポーツもできるんだよね、特に得意なのって何?」
他の女子から質問攻めにあっている涼太が、連れてきた張本人として心配だ。
「あ、あの――」
あまり困らせる訳にもいかないので、ひとまず人だかりに向かって声をかけてみる。
「あ、そっか天堂さんが連れてきてくれたんだっけ。早く言ってくれたらよかったのにー」
「天堂さんが涼太くんのお姉さんだったなんてちっとも気付かなかったよね。でもよく見たら髪の毛の感じとか似てるかも!」
一部傷つくような発言があった気もするが、涼太のお陰で自分まで人気者気分だ。
「優月さん、こんにちは」
このように丁寧な挨拶をしてくるのは――。
「あ、りゅ、龍次さん。こ、こんにちは……」
優月は基本的に挨拶が苦手だが、朝以外が特に苦手だ。
何故、『です』なり『ます』なり付いていないのか。
「じゃあみんな、そろそろ行こうか」
涼太と双璧をなす人気者の号令でようやく移動を開始する。
龍次の左腕には、霊刀・烈火が変化した腕輪がはめられていた。
「みんな何か飲むー?」
到着してからは、誰が龍次や涼太の同室を利用するかで結構揉めた。
結果として、仮にも姉弟ということで優月は涼太と同室、龍次は隣の部屋だ。
「あたしメロンソーダ。あっ、涼太くん好きなの頼んでいいよ、お姉ちゃんがおごってあげるから」
じゃんけんという名の死闘を勝ち抜いた女子が涼太にすり寄っている。
――もちろん実際の姉は優月なのだが。
子供扱いして逆鱗に触れないかというのもあるが、なんとなく別の不安もある。
(やっぱり、いざとなったら涼太のこと守らないと――)
悪い虫といったら無礼極まりないが、他の女が涼太に近づくのはどうにも気分が良くない。
――その後は、別室の生徒もちょくちょく混ざりつつ、皆思い思いの歌を歌っていった。
「お邪魔するよー」
「あ、日向君、やっとこっちにも来てくれたんだ」
龍次は同室になれなかった人たちを気遣って、それぞれの部屋を一通り回っていたらしい。
反対側から回っていた為、ここが最後のようだ。
「一曲歌っていってよ。あ、そうだ。涼太君とデュエットなんてどう!?」
「それいいかも!」
他の者も異口同音。
女子たちの期待に応えたその歌は、優月としても録音しておきたいものだった。
「ほんと、涼太君可愛いよねー。天堂さんは毎日同じ家で暮らしてるんでしょ?」
「あ……。は、はい」
「羨ましいなー。代わってほしいなー」
またしても妬みを買ってしまうのではないかと一瞬ギョッとしたが、姉弟であることが正当な理由と見なされ、空気が重くなることはなかった。姉としての役目を果たしていないにも関わらず役得である。
「おれ以外こいつの面倒見てやれる奴がいないんで……、まあ仕方ないですね」
歌い終えた涼太は呆れた様子。
実の姉をこいつ呼ばわりしていることには誰も突っ込まない。二人の性格から、その関係は容易に察しがつくということか。
「優月さんは何か歌った?」
「え、えっと……。特に何も……」
「そういや優月が歌ってるのは見たことないな。この際歌ってみたらどうだ?」
少しずつでも打ち解けていかなければならないと考えていたのだから、龍次と涼太の二人が支えてくれる今こそ行動するべきだろう。
優月は人生で初のカラオケを経験することにした――。
「もうこんな時間かー。そろそろ解散?」
「えー、せっかく日向君と涼太君が揃ってるんだしオールナイトでいこうよ」
解散に反対する声もあったが、当人たち――特に中学生の涼太――の負担を考えて帰り支度を始めることに。
「ああ、そういえば、おれ日向先輩と二人で話したいことがあるんで、途中まで一緒に帰っていいですか?」
「うん、いいけど。あっ……」
返答の後に小さな声をもらした辺り、『話したいこと』というのが、霊力に関するものだと気付いたようだ。
「二人で……。あ、あの……、わたしはどうすれば……?」
霊力についてなら、むしろ自分もついていくのが筋だが、他の女子の目が気にかかる。
「そもそもお前の場合、置いてったら方向音痴で帰れなくなるだろ」
「えー、天堂さんだけずるいー。あたしもー」
「中等部だって立ち入り禁止じゃないんだから我慢我慢」
女子たちをなだめる龍次。
求められる対象が自分ではない為、制止をかけやすいのだろう。もっとも実際には龍次も含まれているが。
なんだかんだと言われながらも、以前と違い憎まれはせず三人で帰途につくこととなった。
帰りの夜道。
月や星の光が注いでいて、街灯が不要にも思える。
「それで、実際のとこどうです? 人間の武器でも訓練しないと十分には扱えないぐらいだし、まして羅刹の武器なんて」
優月を経由して聞いた話だけでは心配なのだろう。涼太は霊力と魂装霊倶の調子を尋ねる。
「とりあえず安定はしてるかな。本当にこれで敵が斬れるのかは分からないけど……」
「最初はそんなもんです。霊力が目覚めたら喰人種の気配も感じ取れると思いますけど、退治の方はおれたちに任せといてください」
珍しく自信のなさそうな表情をしている龍次に、ある意味先輩として接する涼太。伊達に六年間霊剣を振るってはいない。
「う~ん。早く加勢できるようになりたいんだけどなぁ……」
龍次は口惜しそうにため息をつく。こんな姿は普通の学園生活では見たことがなかった。
「じゃあ、試しにおれたちの前で使ってみますか? ちょうどそこの公園なら人もいなさそうですし」
「二人の時間が大丈夫なら――。ちょっと付き合ってもらおうかな」
赤烏との戦いでは一応活躍したものの、今後についての話にはうまく加われないまま、優月は二人についていく。
無人の公園にて、龍次は霊刀・烈火を構え、柄を握る手に霊力を込める。
「こんな感じなんだけど……。……どう?」
刀身がほのかに明るみ、熱も発せられているようだ。
「いい感じじゃないですか。おれもこのぐらいからのスタートだったんで」
「そっか」
炎の力を引き出しつつも、自分は火傷を負わない。後は訓練を続けていけば――。
(……あれ? わたしの時は最初から雪とか氷とか飛ばせたような……?)
傍らで見ていた優月は妙な違和感を覚える。
たが、実際にはもっと時間がかかっていたのを覚えていないだけかもしれない。あるいは炎は雪や氷よりも危険で操るのが難しいということか。
いずれにせよ自分にできたことなら、龍次はさらに早く上達していくに違いないと疑わない優月だった。三本の刀剣のうち霊刀・雪華が最も強いのは、あくまで
ひとまずは龍次の霊力と霊刀・烈火の状態は確認できた。
「二人とも、まだ時間大丈夫? あっちの階段登ったら夜景がよく見えそうだし、良かったら」
龍次の提案を断る訳もなく首肯する優月。
三人揃って星空と町の風景を眺めることとなった。
(わ……。今、わたし龍次さんと涼太の間に……)
一方は血の繋がった弟なのだが、美男子二人に挟まれていたのでは目移りして夜景どころではなくなりそうだ。
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