第17話「光」

 龍次と涼太、二人に挟まれた贅沢な状況のまま、公園の高台へ続く階段を登っていく。

(こ……、これが両手に花ってやつなのかな……?)

 『男女が逆な上、実の弟をどう見ているんだ』と突っ込みが入りそうな思考を巡らしていたところ――。

(あれ? 誰かいる?)

 先客として、とても美しいがいた。

 紛れもない美形なのだが、美少女とも美少年とも言い切れない――そんな不思議な雰囲気を持っている。年の頃は優月たちと同じぐらいか。

「こんばんは。あなた方も夜景を?」

「あ、はい」

 なんとなく自分を見ているような気がしたので人任せにせず答えてみる。

 腰まで届くつややかな黒髪。か細い体躯に白い肌。そして穏やかで澄みきった声。

 いずれを取っても女性と判断できそうなものだが、控えめな佇まいの中にある凛とした部分が男性のものであるようにも感じられた。

 ここまで女性的な要素が揃っていながらも男性かもしれないと思うのは、その人の持つ魅力がこの世のものとは思えない――フィクションの世界から現れたかのような神々しさだった為だろう。

「こんな時間に一人?」

 男性と見ているのか女性と見ているのかは分からないが、心配そうに尋ねる龍次。

「友人と来ていたのですが、今は席を外していまして。――よろしければご一緒にいかがですか?」

 彼――もしくは彼女――に促され、共に景色を眺めることに。

(あ……)

 身につけているトレンチコートを見てようやく気付く。閉じ方から察するにおそらく男性だ。

 ――微妙に嬉しいような気がする。

 ただ、すぐ隣に龍次がいるにも関わらずそう思ってしまったことに少々罪悪感が――。

 近くの柵にひじをついて見下ろすと、住宅や街灯の光が溢れていた。

「ま、たまにはこういうのも悪くないか」

 涼太は身長のせいで同じ体勢はとりにくいようだが、不機嫌にはなっていないようでひと安心。

「いい眺めだよね。優月さんはどう?」

「あっ、は、はい、いいと思います……!」

 今までは景色の美しさになど興味がなかったのだが、龍次に訊かれれば肯定せざるをえない。それに、好きな人と愛すべき弟が一緒となるとムードの演出としての価値がある。

「や、夜景も綺麗ですし、月とか星とかも――」

「――素敵なお声ですね」

 思いがけず、初対面の彼から称賛の言葉を受けた。

「え、えっと……、そ、そう……ですか……?」

 褒められ慣れていない為、確認せずにはいられない。

「あっ! それ俺も言おうと思ってたんだ」

 おそるおそる訊き返していたところ、龍次も賛同してきた。

「先に言われちゃったなー。さっきカラオケで歌も聴いて、やっぱりいいなって思ったとこだったのに」

「まあ、こいつの唯一の取柄ですから」

 誰も異論はないらしい。

 確かに優月の声は透き通っていて清純な雰囲気を持っている。しかも、普段からウィスパーボイスで話している為、ちゃんと聞いていれば癒されることだろう。

 以前、声だけを聞いて振り返った男子から『期待させるな』と怒られたことが思い出された。不条理な出来事だ。

「あ……、その……、あ、ありがとうございます……」

 褒められてしまった分、かえって声の出し方が分からなくなる。できれば期待を裏切りたくない。

「きっと心もお綺麗なんでしょうね。やはり声の調子には人となりが表れますから……」

「あ……、いえ……」

 どんどん過大評価になっていく。

 確かに声の質だけでなく、出し方・調子まで含めると性格が反映されるものではあろう。

「言おうと思ってたこと全部言われちゃった……」

 龍次は肩を落としている。

「初めて優月に会ったとは思えないな……」

 涼太としても、理解しているのは自分ぐらいなものだと感じていたようだ。

 世間一般とは対照的に、会って間もなく優月に好感を持ったらしい神秘的な少年。彼は夜空と町並みとを見渡したのち、静かに語り出す。

「――私には、夜空の星より人々が暮らしている町の明かりの方が美しく思えます」

 この年頃の男子が『私』という一人称を使うのは相当珍しいが、何ら不自然さは感じられなかった。そもそも珍しい話し方なら同級生に敬語を使う優月も負けていない。

 それよりも霊妙といっても過言ではない雰囲気を纏った彼が、天然の光以上に人工的な照明を好むというのが意外だった。

「無人の星がいかに強い輝きを放とうとも、そこに心は存在しません。町の明かりには、夜が訪れても何か行動を起こしたいという人の願いが込められています。人は大自然を前に無力かもしれませんが、人は人の為に生きているのであって地球という星も単なる舞台に過ぎないのではないかと思うんです」

 物憂げな目をした彼の姿に強く惹きつけられる優月。我に返るまでそれなりの時間を要した。

(……なんだか、不思議な人だなぁ……)

 そこまで特殊な発言をしている訳ではないのだが、話している様子――それこそ声の調子等から、他の者とは一線を画した何かが感じられる。

「まあ、おれも星に願ってる暇があったら自分でやれって思うし、言いたいことは分かるな」

「ふふ、そういうことです」

 ロマンチストに見えて、現実主義的な涼太とも通じるものがあるようだ。

 こうして四人は、しばしの歓談に興じた。


「もうこんな時間か。そろそろ帰らないとだよね」

 時刻を確認した龍次が優月たちに呼びかける。

「あっ、そ、そうですね……」

 この三人と一緒ならいくらでもここにいたいところだが、そういう訳にもいかない。

「君は?」

「私はもう少しだけ」

「そっか」

 名残惜しいが会ったばかりの彼とはここでお別れ。――もちろん龍次と涼太がいる時点で十分贅沢なのだが。

「私はイツキと申します。よろしければお見知りおきを」

 帰り際、不意に自己紹介を受けた。ちょうど名前だけでも知っておきたいと思っていたのでありがたい。

「ああ、俺は日向龍次。こっちこそよろしく」

「わ、わたしは天堂といいます」

「おれはこいつの弟で天堂涼太。こっちは優月」

 下の名前まで名乗るのが馴れ馴れしいような気もして苗字だけ名乗ってしまったが、例によって涼太がフォローしてくれた。

 優月は深々と礼をしてから二人と共に階段を下りていく。


(イツキ……、五木いつきさんかな……?)

 どうせなら彼の下の名前も聞きたかったが、仮にも龍次の傍にいるというのにそのような考えを起こすのは良くない。

 そんなことを思いながら階段を下りきった時。

 突如として上空に霊的な気配が現れた。

「――貴様がそうか」

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