第二章-月下の貴公子-

第13話「歩み寄り」

 赤烏の死から数日。

 さすがに人を殺めたショックはあり、しばらく心と身体を休めていたが、少なくとも自分はいつまでも落ち込んでいていい立場ではないと思い直し学校に復帰していた。

(龍次さんは休みか……。やっぱり、あんな火傷したんじゃすぐには……)

 羅刹化のおかげで傷が回復した優月と違い、人間でありながら霊力によって傷つけられた龍次は完治まで時間がかかるだろう。

 改めて罪悪感を覚える中、ふと。

(ご、ご家族がすごく心配してるんじゃ……。ちゃんと謝りに行かないと……。で、でも、二度と近づくなって言われそうな気が……)

 特に母親が言いそうな感じがする。あくまでイメージだが。

 せっかく持っている霊力を活かして、喰人種に限らずあらゆる危険から龍次を守り抜くのだと気持ちを新たにしたが、周りの者からするとむしろ疫病神として近づかせたくない存在なのではないか。

 なんとか誠意を見せなければならない。


「あ、あの……」

 放課後、帰り支度をしている男子生徒に声をかける。

 優月が龍次と距離を置くきっかけとなった――、というよりも関係を見直さなければならないと知らせてくれた龍次の友達だ。

「ん?」

「こ……、この前は、すみませんでした……。その……」

 どう謝るかはあらかじめ考えていたのだが、実際に人を前にするとうまく言葉が出ない。

「あー、まあこっちの言い方も悪かったしな」

「い、いえ、そんなことは……」

「前も言ったけど、別に俺はいいんだよ。ただなあ、あいつが女子に人気なのは知ってるだろ?」

「は、はい、存じ上げています……」

 今までにも増してへりくだった口調になってしまっている。

「……、俺相手でもそういう喋り方すんのな」

「え……?」

「いや、てっきり龍次の時だけかと思って。俺も今初めて知ったぐらいだから、ひょっとしたら女子連中は、龍次にび売ってそういう喋り方してると思い込んでんじゃないか?」

「そっ……そんなつもりは……!」

「や、俺が思ってるんじゃないから」

 やはり自分は周りが見えていない。

 ただ龍次と対等の友達になることすらおこがましいと考えていただけなのに、相手の気を引く為の振る舞いに見えていた。

 思い返してみれば、人に遠慮した結果龍次とばかり話して他の者と話していないばかりか、遠慮することが龍次の方から話しかけてもらうきっかけにまでなっていたのだ。

「すみません……。他の人の気持ちを何も考えずに……」

「う~ん……」

 もしも龍次が相手だったら、すぐさま『そんなことはない』と否定してもらえるところ。しかし、そんな都合のいいことを求めていてはいけない。

 先日自分がしたことを思えば、誰かに甘えていていいはずがないのだ。

 龍次と一緒にいたいなら、その友達に対しても心を配らなければ。

「あ、あのっ……! わたし、これからはみなさんにご迷惑をおかけしないように努力します。ですから……どうか……」

 努力していても、また迷惑をかけることはあるだろう。当然責められる。

 それでも、自分の本当の気持ちを優先するとはそういうこと。

「やっぱ俺も誤解してるとこあったな。龍次狙いで俺のことなんか眼中にないかと思って気に入らん感じはあったからなー」

「け、けして、そのようなことは……」

「まあ、それが普段の喋り方って分かればそんな嫌な感じじゃなくなったし、俺以外も実際に喋ったら印象変わるんじゃね?」

「そ、それでは――」

「俺の方でもなんとか配慮しとくから、うまくやってくれ」

「あ……ありがとうございます……!」

 自分こそ誤解していた。今まで彼のことを心のどこかで嫌な人と認識していたように思える。大変失礼な話だ。

「……そういや、龍次本人はどうしたんだ? 最近ずっと休んで――」

「あ、じ、実は……」

「うん? なんか知ってんの?」

「お怪我を……されていて……」

「マジで? ひょっとして、こないだ近くであった爆発に巻き込まれてたとか?」

 赤烏が結界を張っていた為そこまで大きな音は聞こえなかったようだが、焼け焦げた地面などを見て大規模な爆発が起こったことは周知されているらしい。

「そう……なんです……。わたしも……近くにいたんですけど……」

「え、マジかよ!? 大丈夫なのか? まさか死んでないよな……?」

「は、はい。その日も歩いて帰れるぐらいだったので、そのうち治るかとは思います……」

 自分のせいだということを隠すのは不誠実に思えるが、この件については話さないでおこうと三人で取り決めていた。

「そ、そうか。まあ自力で歩けるなら――」

「えー、日向君怪我してんの?」

 急にかけられたその声の主を見て硬直する。

(あ……、この人は……)

 以前、龍次を呼び出していた女子。

 優月の見立てが正しければ告白したはず。結果はどうだったのか。

 いずれにせよ、優先的に謝らなければならない相手だが、心の準備というものがある。

「それで休んでたんだ。再起不能とかじゃないんだよね?」

「あ……、は……はい……」

「そっかー。じゃあ頼んじゃってもいいかな?」

 病み上がりの龍次に何か頼むことがあるなら、代わりに引き受けられないものだろうかと考えてみる。とはいえ、彼女の力になるつもりでいても、単なる邪魔者にしかならないかもしれない。

 二人が付き合っているとしたらなおさら。

「実はさ、この前日向君に告白して振られちゃったんだよね。もしかして、それが気まずくて休んでるのかなって心配してたんだけど」

「あっ……、そ、そういうことはなくて本当に怪我で――」

 告白は失敗だったとのこと。

 一体どう声をかければいいのかと悩んでいると――。

「よかったー。それじゃあ、心置きなく新しい恋を探せるね」

 立ち直りが早い――などと考えるのは失礼だろう。見習わなければならない前向きさだ。

「天堂さん、中等部の涼太君知ってる?」

「へ……?」

 思わぬ方向へ話が飛んだ。

「ほら、涼太君って、天堂涼太君でしょ? 同じ苗字だから、ひょっとしたら親戚とかだったりしないかなーって」

 ようやく気付いてくれたらしい。

「えっと……、涼太はわたしの弟……ですけど」

「わっ、お姉さん! 大当たりじゃん!」

 俄然がせんテンションが上がった様子。

 『まさか姉弟だったとは!』という反応には少々悲しくなる。

「ねっ、ねっ、今度紹介してくれない? あっ、いきなり告白とかする訳じゃないから安心して。なんていうかこう――、ちょっとお近づきに、みたいな? そうだ、次遊びに行く時涼太君も連れてきてよ! みんなも喜ぶしさ!」

 すごい勢いでまくし立てられ、首を縦に振るほかなかった。

「わ、分かりました。一度誘ってみます」

「ありがとー。あ、もちろん日向君も治ってから、みんな一緒にね」

 振られたからといって龍次をないがしろにするつもりはないようだ。

 ちゃんと話せば分かってもらえる――。

 優月は、病み上がりの龍次をみんなと共にサポートしていくと約束した。

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