第一章-守るべきものの選択-

第1話「優柔少女」

 関東圏の、都会とも田舎ともつかない、ありふれた雰囲気の町中。

 深夜、月と街灯の明かりに照らされた、人気のない公園にて、一人の少年が呼びかける。

「行ったぞ、優月ゆづき

「う、うん……」

 呼びかけられたのは、日本刀らしきものを携えた黒髪の少女。

 美しい刀を持っている割に、その服装は何の色気もなく、そして味気ない、平凡なシャツとズボンである。色合いにしても、シャツは単なる白、ズボンは黒。

 はっきりいって地味と表現せざるをえない。

 身長が女子高校生の平均より少し高い程度なのに対して、その体型はかなり貧相で女性らしさは皆無。遠目に見れば、男子か女子か分からない――もしくは単に痩せている男子と思われてもおかしくないだろう。さらに表情も頼りない。

 少女の名は天堂てんどう優月ゆづき。一応特別な性質を備えた人間だ。

(うう……緊張する……)

 優月の前に、身体がどす黒く染まった、狼に近い形状の獣が現れる。

 これは公園の隣に並んだ木々の合間から追い立てられてきたものだ。

 気弱な性格の優月だが、禍々まがまがしさを感じさせるこの黒き獣に対し驚いてはいなかった。既に見慣れているからだ。

 つたない構えで切っ先を向けると、黒き獣は氷に覆われる。

 しかし、その氷はすぐ砕けた。

「あ、あれ……?」

 優月が間の抜けた顔をしていると、自由の身となった黒き獣をくれないの刃が斬り裂く。刀身はいくつもに分かれており、それがワイヤーで数珠繋ぎとなっている。加えて炎を纏ってもいる。

 伸縮するその刃が使い手のもとへ戻っていく。

涼太りょうた……」

「おい、バカあね。いい加減、独り立ちしてくれよ」

 黒き獣と同じ方向から出てきた、涼しげな雰囲気を持つ少年は天堂涼太。優月の弟だ。

 小学校高学年ぐらいに見える容姿とは裏腹に強い目をしており、姉である優月に呆れた顔をしている。

 涼太が握っている刀剣は、俗に『蛇腹剣じゃばらけん』と呼称されているものだ。フィクションでは時折見かけるが、現実の、それも現代に存在するとは、六年前まで知らなかった。

 ちなみに涼太の外見は小学生のようだが、れっきとした中学二年生。間違えてはならない。

 気弱な優月と強気な涼太。対照的な二人にも髪の質感という共通点はある。

 優月がセミロングで涼太は短髪。色はどちらも黒。

 顔立ちも、一部のパーツだけ抜き出せば似ているものもあるが、刀と不釣り合いな優月に対して、涼太は武器を持つ姿も様になっている。

「あれが全力なのか?」

「い、一応そのつもりなんだけど……」

 優月の声は柔らかく澄んでいて、これを聞けば女子だとはっきり認識できる。

「いつまでおれが面倒見なきゃいけないんだ。家事は全部、おれ任せ。朝起こしてやるのもおれ。勉強もおれが見てないとやらないだろ。その上こんな状態って情けなくならないか?」

 涼太の言う通り、優月は何をやっても駄目だった。

「わ、わたしが情けない分、涼太がかっこよく見えるよ。わたしは引き立て役でいいから、涼太が一生面倒見て……」

 まっすぐこちらと向き合っていた涼太だが、『一生』と聞いた辺りで顔をそらした。

 自分の姉がここまで情けないという事実から目を背けたいのだろうか。

「お前、日向ひゅうが先輩はいいのかよ? 弟に面倒見られながら彼氏と付き合えると思うなよ」

「ど、どのみち、龍次りゅうじさんがわたしなんかのこと好きになる訳ないし……。恋人になんて……」

 日向龍次――優月が片想いしている相手の名前だ。高校の同級生でもある。

「ま、まあ、お前なんかの相手してやるのはおれしかいないだろーけど」

 先ほどまでに比べて、やや覇気がなくなったような声で呟く涼太。

 機嫌を損ねたかと思い、慌てて言い訳をする。

「りょ、涼太を軽く見てる訳じゃないよ……? 家事も仕事もできないけど、荷物持ちぐらいならするし……」

 優月はなんとか涼太に見限られないよう必死だ。

「言ってて恥ずかしくならないか?」

「恥も外聞もないから……」

 優月の自虐が続く一方で、涼太は真剣な表情になり話題を変えた。

「つか、問題はそこだけじゃない。あの化物共を倒せるのはおれたちだけなんだぞ。お前も単独で動けなかったら効率悪いだろーが」

 そう。優月と涼太は人知を超えた化物を倒す力を持つ――ある意味では選ばれた人間でもあるのだ。氷の刀や炎の剣は、その証といえる。

「うん……ごめん……」

 弱々しく弟に謝る優月からは、戦いの為に選ばれた存在としての威厳は一切感じられない。

「とりあえず帰るぞ。人間の不良に絡まれたら殺す訳にもいかなくて面倒だからな」

「あ……待って……」

 涼太の持っていた剣はブレスレット型に、優月の持っていた刀は指輪型に変化する。これで武装した不審者と思われることはない。

 家に向かって歩き出した涼太の後を追おうとした優月だが、ある気配を感じて立ち止まった。

(え……? もしかして……)

 邪悪なものではない。むしろこの上なく好ましいものだ。

 どうしても無視できず、そちらへ向かうことに。

「あれ? 優月さん?」

 公園を出て少ししたところで、期待通りの人に会えた。

「あ、りゅ、龍次さん……」

 他でもない、想い人の龍次だ。

 爽やかな茶髪と知的なメガネが特徴の美男子で、性格は温厚篤実。

 カーディガンを羽織った私服姿は、清潔感を保ちつつも制服とはまた違ったカジュアルさもあり、眺めていてドキドキする。

 学校の外でお目にかかることができるとは。

「こんなところで会うのは珍しいね。俺はコンビニの帰りだけど」

「あ、えっと、わたしは……」

 よく考えたら自分がここにいる理由を話せない。オドオドした態度になってしまうが。

「今日は星が綺麗で空を見上げたくなるよね。夜風も気持ちいいし」

 龍次は、優月が話題に困っていると察して無難に話を続けてくれる。

 こんな風に温かく接してもらうと、恋愛的な意味で脈があるのではと勘違いを起こしそうだ。

 彼は誰にだって優しいし、そもそも釣り合いが取れるはずないというのに。

「そ、そうですね。星も風もいいですよね」

 ただ復唱しただけの返答。あがり症の優月にはこれが精一杯だ。

「もう夜も遅いし送っていこうか? 最近この辺で人が行方不明になる事件も起こったらしいし……」

「えっ……」

 ありがたい申し出だ。しかし、ありがたすぎる。

「い、いえ、そこまでご迷惑は……」

 思わず遠慮してしまう優月。

「あはは。単なるクラスメイトの男子に自宅の住所知られたら嫌か。ごめんね、変なこと言って」

「あっ、そ、そんなことは……ない……んです……けど……」

 このような誤解を与えるのは心苦しい。まるで龍次の方に非があるかのようではないか。

 できることならいくらでも龍次と一緒に過ごしたい。今だって気配を感じ取る特殊能力を活かして、深く考えることなく会いにきてしまったぐらいだ。

 自分の本心を正直に伝えることすらできない不甲斐なさに悲しくなる。

 恋人になるのは不可能だとしても、この想いを伝えた上で友達として一緒にい続けることができたらどれだけ幸せか。

「あ、あの、気を遣っていただいて……ありがとうございます……。また……その……学校で……」

 なんとか言葉を絞り出し、こちらが龍次に嫌な感情を持っていないことだけは表現する。

「うん、また。気をつけて帰ってね」

 最後まで龍次はこちらを気遣ってくれた。

 十分言葉にできなかった感謝の念を胸に、今度こそ帰途につく。

(人と上手く話したり……、化物と戦ったり……、どうしたらそんなことができるようになるんだろう……?)

 龍次にせよ、涼太にせよ、優月とはかけ離れた能力の持ち主だ。

 友達や姉弟という関係ですら、自分には贅沢なものといえる。

(あ……そういえば……)

 緊張で忘れかけていたが、つい先ほどまでこの付近に化物がいたのだ。龍次が襲われなくて本当に良かった。

 六年前のようなことを、この人間界で繰り返してはいけない――。

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