四つ目の鉢:廻るいのち 3
「前まではこんなことなかったんだ。自分の分は自分で、と女王様も仰っていた。困ってるひとを助けるならわかるけど、女王様は恵まれてるじゃないか。こんな、国民に蜜を集めさせるなんて、隣のアピスの国だけでいいのに」
「“アピス”?」
「知ってるだろ。彼らは花の蜜を集めてシロップを作るんだ。それこそ、女王は何もしないでさ。……あーあ、」
女王なんて、いなけりゃよかったのに。――その呟きを耳にした瞬間、何故だか僕は胸が痛くなった。別に自分の悪口を言われているわけでもないし、もっと言えば、僕はここに仕事をしにきただけなのに。悲しくて、腹立たしくて、痛い。
……仕事? そうだ、僕は笑顔を咲かせるために。やっぱり咲かせるのはコリアスのじゃない。僕は今回きっと、ここの女王様に会わなければいけないんだ。でも……どうやって?
「女王様って、どんな方なの?」
「さあ。誰も知らないんじゃないか」
「……」
新たな問題に沈みかける気分を忘れるべく、更に気になっていたことを聞いてみることにする。
「ねぇコリアス、どうして同じ名前のひとがたくさんいるのかな」
「そりゃ決まってる、みんな同じだからだよ」
……聞かなきゃよかったなぁ。また混乱しそうだ。
「同じじゃないよ。見た目も中身もみんな違う」
「でも、同じだ」
何が『でも』なのやらさっぱりだ。平然と、力強く答えを投げられるから、自分が間違っているような気さえする。“でも”老若男女、色んな格好の、色んな声の、色んな笑顔のひとがいるのに“同じ”なわけがない。何なんだ、この国は!
「コリアス、悪いけど僕、君の意見にうなずけないや」
「おれもよくわかんない。おまえ、本当に大丈夫か?」
どっちが! ……と僕が声を荒げずに済んだのは、目の前に石造りの城壁が現れたからで、脇に立つふたりの甲冑が槍を交差したから。
「止まれ」
見上げるほどの鎧がふたり。僕は圧倒されるばかりだったけれど、コリアスは慣れたもので
「すみません。集めた蜜を届けに来たんですけど」
すらすらと言葉が並べられる。門番ふたりはうなずいて、僕らから見て右を同時に指差した。
「蜜の回収は向こうだ。ご苦労さん」
「また頑張ってくれよ」
どうやら門の内側には入れないらしい。それはそうか、こうやって多くのひとが蜜を届ける度に門を開閉していたら手間だろう。
僕もコリアスと一緒に愛想笑いを見せて、けれど僕の方は女王様に会う方法がなさそうなことにがっかりもして、とにかく回収場所に足を向けた時。
「あれ? ……おい、ピエリスじゃないか?」
片方の門番さんが呟いた。
「あ、本当だ。ピエリス!」
呼ばれたのは僕か、それとも別のピエリスか。一応振り返ると、視線の先は明らかに僕。
「先に行ってるぞ」というコリアスにうなずき、僕は門番さん達を再び見上げる。
「あの、僕がな――」
「ああ、やっぱり料理人のピエリスだ!」
「厨房担当のお前が蜜集めなんて、何やってんだよ」
がはは、と笑って背中を叩かれる。ちょっとむせてしまったくらい、痛い。
でも料理人ピエリス? 僕じゃない……とはもう言えなくなっていた。誰が本当のピエリスで、僕は一体誰なのかわからない。
「入れよ。遊びは終わりだぜ」
「ったく、お前は。俺達をからかいやがって」
交差した槍が解かれ、門が内側に開いていく。目をまるくする僕を小手を着けた手が後押しする。
「早く持ち場に戻んな、ピエリス」
「ビアノール様には黙っといてやっからよ」
……結果オーライ?
*
料理人ピエリスとして幸運にも城に入ることができた僕。その料理人さんと僕は似ているのかな……なんて考えるのは意味の無いことかもしれない。だって違うものが同じになるんだから、この国では。
城に入ったはいいものの、道なんて全然だし、そもそも僕がここにいて大丈夫なのかと気が気じゃない。
だからなるべく人目を避けて、女中さんや貴族っぽいひとが歩いてくる度に脇道に入っていたら。
「……」
「……」
いくつ目だか忘れてしまった曲がり角を折れた途端、出くわした黒い壁……じゃなくて、男のひと。
「……」
見上げると首が痛くなるほどの長身で、黒いビロードの法衣の腰には何故か刀が二本。鴉の濡れ羽色をした髪は後ろに撫で付けられ、聡明そうな瑠璃色の瞳はただ僕を突き刺す。……怖いひとだ、少しだけ。
でも。このひとは城内にいる他の誰よりも目立っていた。単に美しいからだけではなくて、溢れる自信が彼の存在をくっきりと際立たせている。――このひとはたぶん、女王様の居場所を知ってる。
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