三つ目の鉢:重なる歌声 1

 麦穂の絨毯を思わせる艶やかな髪に、とろりとした蜂蜜色の瞳を持つ青年、ソルさん。同じく蜂蜜色の目をした、宵闇のドレスを身に纏った妖精、ルナさん。彼らが店主を務める不思議な花屋で、今日も僕は自分探しをしている――なんて言うとカッコいいけど、実際はのんびり過ごしているだけ。お客さんも来ないし。

 でも最近、少しだけ、僕はソルさんとルナさんを見ていて“何か”を思い出せそうな気持ちになる。その“何か”の正体はいつもわからず仕舞いだけど。もうちょっとで出そうなんだけどなぁ。

 そうだ、もう一つ気付いたこと。ここの花は時々、ふと思いついたように並びが変わっているみたいなのだ。ある日僕が気付いた時には色毎に塊になっていて、それでようやくわかった。この間は種類別に並んでいて、知らない花の名前をルナさんにたくさん教えてもらった。毎日見ていたのに……いや、毎日見ていたからかな? ソルさんやルナさんが動かしてる風もないし、不思議。

 商店街を歩くのも楽しい。ちょっと前には“火竜のとげの針”とか“朝露のルーペ”なんかも見せてもらったっけ。どれも飾っておきたいくらいに美しい品ばかり。……そういえば、この街の品物って誰が使うんだろう。


「そろそろ慣れてきたかい?」

「まあまあです」

 また淡く輝く鏡の前に立って、仕事へ向かうところ。薄羽根を羽ばたかせて舞うルナさんと、僕の後ろに立つソルさんと。

「ソルさん達は、これから何が起きるか知っているんですか?」

 素朴な疑問。ふたりはいつも遠くまで見通しているみたいだから。あの底の見えない、とろりときれいな蜂蜜色の瞳が特別なのかな。

「いいや、わからないよ。仮に必然が僕らの手の中にあったとしても、必然を生む偶然は誰にも握られない。だからこそ偶然は偶然なんだ」

 じゃあ僕がここにいるのも偶然?

「……あ、そうだ、ソルさん。僕、お祭りに行きたいんですけど」

「お祭り?」

 スキュリナィとグリレス、ふたりの少女との約束を思い出す。たぶんソルさんの許可がないと僕は“向こう”に行けない。

「暖かくなったらお祭りをするんだそうです。僕も行ってもいいですか?」

「構わないんだわ」

 答えたのはルナさん。鏡の上端に掴まってとまり、僕のことを真正面から見ている。見た目は小さい女の子なのに、ルナさんはたまにすごく大人びた表情をする。慈しみというか、ソルさんよりよっぽど優しく見えてしまう時がある。もちろんソルさんも充分に優しいのだけど。

「ねぇ、ソル?」

「今回は君の言葉が足りないね、ルナ。――ピエリス、行ってもいいよ」

「本当ですか?」

 勢いよく振り返ると、にこやかなソルさんの顔が目に入る。――金色と、薄青と白と。

「というか、僕らが君をそこに送ろうと思っていた。時期が来たら、行けるよ」

「ありがとうございますっ」

 顔が綻ぶのが自分でもわかる。少しだけ、気のせいかもしれないけど、ソルさんは寂しそうな目をしていた。

 いつもよりほんのちょっと強めの力で、鏡を向くように促される。両肩に添えられた手は温かい。それに……

「そのためにも頑張っておいで。ピエリス、アド・マイオーラ」

 光に包まれ目を瞑る。

 ソルさん。ソルさんって、なんだか、懐かしい匂いがします――。

 閉じた目蓋の裏には、金色がちらちらといつまでも踊っている気がした。



 三度目は、公園。

 朝早いのだろう、大気は澄み渡っていて、遊具を使う者もいない。静かな憩いの場。

 だから、あっちのベンチに座る子の歌声もよく聞こえる。

 そっと近寄ってみると、澄んだ声だから女の子かと思っていたけど服装から判断すると男の子で。目を閉じて小さな声で口ずさんでいるから、僕がいることに気付いていない様子。草色の短髪に白縁眼鏡。なかなか、奇抜?

「上手いね」

 思わずそう漏らすと、男の子は歌うのを止めぎょっと目を見開き、次いで僕を睨んでくる。

「誰」

「僕はピエリス。君は、」

「……聞いたのか?」

「えっ?」

「俺の歌を聞いたのかって言ってるんだ」

 うん……とうなずいて、何か変だなぁと心の中で首を捻る。

 白縁眼鏡の彼はもっと目付きを鋭くして僕を睨む。

「忘れろ、じゃないと、怒るぞ」

「どうして? 君の歌、とっても素敵なのに」

「いいから、忘れろって!」

 頬が赤いのは単に怒っているからだけじゃないに決まってる。でも、僕は怒られるのはごめんだ。

「わかったよ」

 おとなしく退散。さすがに僕も三度目ともなると、なんとなくわかってくる。

 今回の仕事は、彼を笑顔にすることだ。

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