第15話

 緑の電車は、のどかに走る。でも車内は混雑している。

「この通勤ラッシュにも慣れたけど、なんとかならないものかなぁ」そう思いながら島田は、片手スマホで朝のニュースをチェックする。

 ほどなく横浜駅に、電車が滑り込んで、人の流れに逆らわないようにスルスル歩いて、改札を出た。

 まだ開店前のジョイナスを抜け、よどんだ帷子川を渡り、従業員口から建物に入った。


「おはようございます!」

 そう挨拶すると、赤い蝶ネクタイが目に入った。

「太田さん、赤ですか?」

「そうだよ、いいじゃないの、こういうのでちょっと目立っても。そういう島田君は、どんなのを選んだんだい?」

「俺は黒ですよ、フォーマルなやつで」

「まあいいけど、こういう遊びの要素があるのは、やっぱり遊ばないと」

 太田が蝶ネクタイを、両手で持って、ピンと張る。

「おはようございます」

 本田が出勤してきた。そして言った。

「太田さん、赤ですか?」

「そうだよ、いいだろう。君はどんなのにしたんだ?」

「僕のは... 。これです」

 そういって本田が鞄から、デニム地に白のドットが入った蝶ネクタイを出した。

「おぉ、かわいいの選びましたね」

 島田が、「ほぉ」という顔をした。

「学生の時に買ったやつなので、年相応なの買いに行けばよかったかなぁ」

「いやいや、いいのよ、こういう要素は遊んでいこう」

「おはようございます」

小湊が近づいてきて言った。

「太田さんは、赤い蝶ネクタイですか。」

「みんななんなの?赤はダメなの?」

「いえ、目立ってるなと思って。」

そういう小湊の首もとには、ワインレッドの蝶ネクタイがあった。

「小湊さんのが、一番しっくりきますね」

 島田が言う。

「ありがとうございます。私のお気に入りなんです」

「こ・う・い・う・の・は!」

太田は声を張ったところで、太田の後ろから声がかかった。

「おはようみんな。おぉ、蝶ネクタイもいろいろあって楽しいね」

「「「「おはようございます、部長」」」」

みんなそろって挨拶した。部長は、ストライプの蝶ネクタイだった。

「ほらね、部長は遊び心をわかっていらっしゃる」

 太田が感心していった。島田も本田も、小湊も少し苦笑いだ。

「部長、ご自分で選ばれたんですか?」

「そうだよ、小湊さん。こういうのは楽しまないと。小湊さんのこのアイデア、いいね」

 部長は少し胸を張って、続けた。

「さあ、朝礼を始めようか」

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