第7話 Edition-Resume Decisions


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 サキの下宿は桜美鉄道二重(ふたえ)本線『洗川(あらいかわ)駅』から、徒歩五分の場所にある。そこは街の商業地から少し離れていて、そして今は夜の八時。どこのアパートにも明かりがついていて、彼女の部屋もまた例外では無かった。

 大学の新学期が始まってまだ日も浅い十月の半ば、特に課題も無いのでサキはベッドに寝転がりながら少女漫画を読んでいた。この趣味は他人に言えない彼女の秘密の一つで、中学校以来からずっと隠し通している。寝返りを一度だけ打つと、彼女のミディアムボブが細く脆い輪郭を流れていった。最近イメージチェンジを兼ねて赤色にしたヘアゴムは、今は外している。

 ちょうど漫画の主人公の女の子がクラスメイトから焼きそばパンのパンの部分だけ食べさせられている場面で、枕元に置いてあった彼女のケータイが振動した。メールを受信したらしく、青いランプがちかちかと明滅している。

「誰だろ? 私にメールが来るなんて……」

 この言葉に表れている通り、彼女に友人は殆ど居ない。といっても一匹狼を演じたかったからとかのような下らない理由では無く、気の合う人間が中々居ないだけである。

 サキのメールアドレスを知っているのは、彼女の家族と高校の頃の知り合い三人、入ったは良いものの結局行かなくなってしまったサークルの先輩、後はアルカとコーベ、そしてウイ。この十数人くらいだろう。

 大学二年――つまり今年の五月、彼女は十九歳の天才教授である新井悠ことアルカに呼び出され、ロボットに変形するクルマ(可変自動車)に乗って、猫を鋼鉄巨大化させたモンスターである<メックス>と戦わないかと誘われた。その時に同席していたのが、ウイとコーベである。

そういえば可変自動車に乗る決意をしたきっかけは、コーベがウイとサキのことが『好きだ』といきなり告白したからだったっけ。誰にも憶えられずに死んでいくことが怖かったサキは、この言葉でその恐怖を掻き消されたのだ。

この二人とは、どうしてかすぐに打ち解けることが出来た。その理由は三人とも記憶喪失をしていたという共通点があるからとも考えられるが、彼女は古い知り合いのような、もっと感覚的な何かを二人に感じていた。まさしく、気が合ったのだ。

 その後しばらくして、サキはコーベのことが『好き』になった。七月の黄昏時、彼に彼女の心中を覗かれて。

面倒事になった時、彼女はいつも自分の感情を『お姫様の部屋』と呼んでいる領域にしまい込んでいる。中から自分で出ることが、決してできない監獄。そこに感情を抑制することで、彼女が周りの意見に反発しないことで、彼女が一方的に嫌な思いをしてそれを我慢することで、サキはいくつもの問題を流してきた。

自分が犠牲になって他人が救われるのならそれでいい、という自己犠牲的な思考を彼女は持っている。これは彼女が、自分なんかより他人に幸せになってもらいたいと考えているからだ。

学校や家庭など、サキの周りは全員が不幸で、そして互いを傷付け合っていた。皆が皆イライラしていて、彼女の環境は絶望的だった。そしてサキはそんな環境をどうにかして変えたいと、他人をもっと幸せな状況にしてあげたいと強く思った。

 あの家庭環境も相俟って、彼女はずっと否定され続けてきた。だから一つの癖が付いたのだが、それこそが先程の『嫌な思いを我慢すること』だ。とにかく他人から非難されないようにする。あの部屋に感情を隠しているのだって、他人に彼女の思ったことを叩かれるのが嫌だから始めたことだ。

 また、自らの負の感情を他人にぶつけてしまっては、その人を不幸にさせてしまう。これはサキが最も恐れることの一つだ。他人を幸せにするために自身が辛い思いをしているのだから、ストレスを他人に向けて発散しては元も子もない。

 この二つのことが原因で、彼女の苦しさを知るモノは今まで居なかった。だけれどもサキは、この溜まる一方のストレスにいい加減耐えられなくなってきた。出来れば誰かに肩代わりして欲しい、出来れば誰かに共有してもらいたい。彼女は、彼女の苦しい気持ちを分かってくれるヒトが必要だったのだ。

何事も他人優先で、自分の気持ちは心の奥深くにある『お姫様の部屋』にしまい込む。

けれど本当は、辛くて、苦しくて、助けてほしい。

 そんな気持ちを、あの日にコーベはその部屋から引っ張り出してくれた。彼女が苦しい感情を塞ぎ込んで自己犠牲に走ることで、彼女は一つのストレスを感じる。そしてそれをあの部屋の中に閉じ込めることで、また自己犠牲に走りストレスが増殖する。彼はそのプロセスを把握して、そしてサキに伝えてくれた。

 彼だったら自分のことを分かってくれる、とサキは思った。

 きっと彼ならば、この辛さから助けてくれる。いつもの優しさで、絶対に抜け出すことのできないあの部屋から、サキの感情を連れ出してくれる。

 もっと彼に知ってもらいたい。サキの苦しい感情を、『お姫様の部屋』にある佐浦紗姫という女の子の中身を、もっとコーベに分かってもらいたい。

 そんな感じで、サキはコーベのことを『好き』と意識し始めた。

 思い出したように、サキがケータイのメールを確認する。送り主はやはり先程挙げた十数人の中に居て、見てみるとよりにもよってコーベだった。

「何寄越してくるのよ、あの植物は……」

 こんな辛辣なコメントをしているが、これはサキの個性とも言える。悲惨な環境の中で荒んでいった彼女の心の現れなのだが、この性格も含めてウイとコーベはサキを受け入れている。

友達とは、そういうモノだ。

 彼から来たEメールの内容は、以下の通りだった。

《一昨日の二限の授業だけど。サキと同じ講義を受けることになって、一回目は出席してないからプリントをコピーさせてくれないかな?》

 なるほど抽選に落ちたのか、と彼女は思った。彼がそのコマにどの講義を入れようか悩んでいた話は、本人から直接聞いていた。結局サキとは違う講義を受けてみようと言っていたのだが、その講義は例年人気のやつだ。今年も抽選がかかったらしく、そしてコーベは無様にも落選したのだろう。

サキが受けている講義の方は人も少なかったので抽選も無く、二回目から出席でも履修は可能。だからコーベは今期の総単位数確保のためにも、彼女と同じ講義を受けるつもりなのだ。しかし当然初回は出席していないので、配布されたプリントも受け取っていない。だからサキに泣きついているのだろう。

「ってことは、アイツに直接会わないとなのね……」

 サキの気が沈む。今、彼と顔を合わせることは避けたかった。あの時の情景を、嫌でも思い出してしまうから。


 * * *


「――僕は見てるよ。ウイのこと」

 蕾(つぼみ)のように、ウイはコーベという名の花に優しく包まれる。

 その花の色は、多分夕陽と同じ朱色だ。

「……えっ?」

 ウイはこの時、コーベに抱き締められていた。

 他にコーベは何も言わない。離れていくことを許さないような、とても強い抱擁だった。

 優しくて、柔らかくて、暖かい。

「……ありがと」

 短く彼女がポツリと零す。恐らく、それくらいしか言えないのだろう。何が起こっているのか、ウイにだって分かっていないはずだ。

 二人の邪魔をする音は無かった。静寂が、時間の停止を醸し出してくれる。まるでガムシロップのような、甘くて流れない時間軸。

 幸せな笑みを零しながら、ウイはコーベにそっとその身体を預けていた。


 * * *


 夏休みの終盤、九月半ばの黄昏時。どのような事情があったのか正確には分からないが、コーベはウイを抱き締めていた。そして、彼女はとても嬉しそうだった。まるで好きな相手に抱かれたような。

 その光景を、サキは偶然見てしまった。

 二人は多分気付いていないが、彼女はあの時あの場に居合わせていたのだ。しかしあんな状況で声を掛けられる訳も無く、気付けばサキはその場から逃げ出していた。

 見たことも無い、とても甘いウイの表情。これはサキの憶測だが、ウイもコーベのことが好きだ。

「ウイ……」

 ふと、サキが俯きながらポツリと呟く。今の彼女は、ウイに対して罪悪感を覚えている。

 コーベがウイにあんなことをしたのは、多分サキがウイにそれをしてやれなかったからだ。最近のサキはコーベと一緒に居たいが故に、三人一緒で居る時もウイのことをないがしろにしてしまっていた。だから疎外感を覚えたウイは僻(ひが)んでしまって、コーベはそんな彼女をフォローしたのだろう。

 つまり、サキがコーベのことを好きでいるのが悪いのだ。ウイが淋しい想いをしたのだって彼女のせいだし、サキが彼に慕情を抱いていてはウイの気持ちを踏みにじることになる。

 だから、コーベへのこの想いを『お姫様の部屋』に閉じ込めた。

 今までと同じことをすればいい。最早ルーティンワークのように、彼女は自身の感情を殺していた。彼のことは好きなのだが、それを表には決して出さない。そうすることで、ウイはきっと幸せになれる。

 このようなことがあって、彼女はコーベに会うことを避けたかった。出来ればメッセンジャーでも立てて、プリントを彼に届ける『だけ』に留めたい。しかしそのメッセンジャーだって、やってくれそうな人はウイくらいしか居ない。他に友人が居ない。

 彼女が記憶喪失をしていることは、こんなところにも響いてくる。気の合う友人が居ないのはこれのせいだ。具体的には、小学校卒業までのことを思い出せない。

これは自己を形成するのに重要な時期だ。十二歳までの記憶が無かったら、自分がどのような人間なのかを把握することが出来ない。例えば自分はどんな食べ物が好きだったのか、そんなことすら憶えていない。

 だから友人が作れない。自分を相手に説明すること――自己紹介が出来ないのだ。自分だって把握していないようなことを、他人に伝えるには無理がある。だから思春期以降、サキには友達の存在だけがぽっかりと穴が開いているかのように抜けていた。

 このことは、ウイとコーベも同じだと言っていた。二人もサキと同じ期間の記憶が欠落していて、中学以来友人があまり居なかったらしい。

 そんな三人だからこそ、大学で友達同士になれたのだろう。

 きっかけはアルカに呼び出された時、可変自動車に乗る決意をする直前のことだ。彼のゼミ生である富士見さんが淹れてくれたコーヒーを三人で飲んで、三人ともおいしいと感じた。そこから話が弾んで三人とも記憶喪失であることが判明、ならば同じ悩みを持つモノ同士仲良く出来るはずだとサキが言った。自分について相手に伝えられない、あの苦しみを知っているモノ同士ならば。

「私が率先して仲良くしようとか言い出してたのよね、そういや……」

 なんと皮肉なことだろう、と彼女は感じた。三人グループ――アルカは<T.A.C.>(Transformable Automobile Cavalry)と呼んでいる――の始まりであるサキが、今は三人の和を乱している。

 この関係が壊れてしまったことが、とても痛い。

 今の状態ではウイにメッセンジャーなんて、とてもじゃ無いが頼めない。コーベのことが好きな、そんなウイを直視できないから。

 とりあえず明日の昼休みにでも渡すとコーベに返信を打って、ボルビックを一口だけ飲み、サキは気分転換にシャワーを浴びることにした。


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 少し早めだが、二時限目が終了した。学生たちがぞろぞろと退室し、しばらくしてから非常勤講師がそれに続く。今講義室の中に残っているのは十中八九、予め昼食を準備してきた面々だ。

 ビニールの袋やプラスチックのパッケージを開ける音が充満する。籠ったような弁当特有の臭いがしないところから、いかに昨今の大学生が自分で料理をしないのかが見て取れた。

 ウイもその一人で、トートバッグの中から昨日買ったチョココロネを取り出そうとする。そういえばサキがこの前、一緒に『アイスコルネット』なるモノを食べに行こうと誘ってくれた。それは聞くところ、コロネの中にアイスを載せたデザートらしい。彼女は全然想像できなかったが。

 バッグを覗いてみると、しかしあるはずのチョココロネが無かった。ペットボトルのリプトンもだ。どうやら自宅に忘れてきてしまったらしい。今から家に帰って取って来ようにも、彼女のアパートは大学から電車で二〇分ほどかかる場所にある。これでは次の三限に間に合わない。

「……何か買おう」

 折角用意していたのだが、背に腹は代えられない。彼女は学内のコンビニに行って、何か適当な昼食を買うことにした。

「ウイ。おはよう、ってのはもう遅いかな?」

 突然、声を掛けられる。後ろを振り向くと、メッセンジャーバッグを肩から提げたコーベが居た。左手に二枚のプリントを持っている。いつもと同じ、花のようにシミ一つ無い表情。

「……コーベ、おはよ。どうしたの?」

「ただの挨拶。そういえば今日はウイともサキとも話してないな、って思って」

 彼は普段通りニコニコとしていたが、ウイの方はそんな気持ちには到底なれない。だって、あんなことがあった後なのだから。

 夏休みの終盤、九月半ばの黄昏時。コーベとサキから疎遠になってしまい淋しさを抱いていた矢先、コーベはウイを抱き締めてくれた。そして彼女のことを『見ている』と言ってくれた。その淋しさを打ち消すには格好の言葉。

 だからウイは嬉しくて、ずっとこの時間が続けばいいなと感じた。彼の優しい温もりが、半月経った今でも想起される。

『恋』という言葉は、今のウイを指すのだろうか。

 けれど、彼女は憂鬱になっていた。嬉しさと同時に、罪の意識も持っている。もしウイとコーベがそういう関係になったら、サキはどうすればいいのだろう?

「……ねぇコーベ、サキは?」

「うん。サキにも声を掛けたんだけど、このプリントを貰った途端に追い払われちゃって」

 ウイの問答に、コーベが苦笑いを浮かべる。講義室の後ろの方、窓際の辺りでサキは弁当箱を広げていたが、その表情はあまり芳しくなかった。まるで外の曇り空を写し取っている鏡みたいに。

 あまり彼女を責めたくはないが、ウイが淋しさを感じていた原因はサキにある。おおよそ夏が始まったあたりから、彼女はコーベだけによく話しかけるようになった。

 かと言って別にウイとサキが全く話さなくなった、という訳では無い。二人でコーヒーショップに出掛けたりもしたのだが、相対的に見てサキがウイよりもコーベと話している時間の方が長かったように思える。

 もしウイとコーベがそういう関係になったら、今度はサキが疎外感を覚えるはずだ。それでは意味が無い、ウイとサキの立ち位置が逆になっただけである。三人一緒に楽しく過ごした、あの春の季節は戻ってこない。

 同じようなことは、ウイとサキの関係にも言える。この二人だけで普段の日々を過ごしてしまえば、今度はコーベが淋しさを感じてしまうだろう。

 友達との距離感が、ウイは分からなくなっていた。

 だからウイは、コーベと過剰に仲良くなることを避けようとしていた。今までの講義ではそれなりに近い席に座っていた三人が、後期が始まってからはそれぞれバラバラに座っているのもこれの影響だろう。

 ふと思い出したかのように、コーベが彼女に提案をしてきた。

「ウイはお昼を持って来たの? もしそうじゃ無かったら、僕と一緒に食べても――」

「……いや、いいよ。持って来てる」

「そっか。じゃあ、僕は何か買ってくるね」

 そう言い残して、彼は講義室のドアを押し開けた。どうしてウイが嘘をついてしまったのかは、正直なところ彼女にも分からない。

コーベと一緒に昼食を摂っても良かった。それどころか相手はコーベなのだから、むしろ一緒に昼食を摂りたかった。

 けれども、彼女はどうしてか断ってしまった。彼に付いて行ってしまっては、サキのことが頭から離れなくなる気がする。

 すぐ近くに居るサキの隣に座って昼休みを潰すのは、それも何か違う気がする。

 とりあえずお腹が空いたので、ウイはコーベが出て行った出口とは別のところから退室してパンを買いに行った。


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 三人がアルカに地下ガレージへと呼び出されたのは、それから二日後のことだった。

「おう、来たな! お前ら、ここ最近の調子はどうだっ?!」

「んなこと訊かれても、いつも通りですー、としか答えられないわよ……」

 サキが愚痴を零していた。一方のアルカはお構いなしに、ガレージ内の照明類の調整を始める。

 ここは本関大学地下に広がる広大な駐車場で、アルカの作業場も兼ねている。<メックス>を殺処分するための可変自動車が駐車されているのがこのスペースであるが、存在自体は秘密で彼ら以外には政府のお偉いさんくらいしか知らない。

《みニャさん(皆さん)、お久し振りですニャ☆ 三人とも最近ご主人様の研究室に寄ってくれニャかったから、てっきし私はついにコーベくんがサキちゃんウイちゃんの両方を連れて愛の逃避行を始めたのかと思っちゃいましたニャ!》

「そんなこと、する訳無いでしょーが……っ!」

《サキちゃん止めて、私犯されて滅茶苦茶にされちゃうニャ~☆》

 現在彼女がスパナで殴ろうとしているのが、変態下ネタ猫かぶりAI(下ネコ)のイスク。現在は白い招き猫からネコミミメイド服姿の四センチ美少女ホログラムが投影されているが、実際の猫を電脳化した本体は別の場所に収められている。普段からこのように下ネタをかましては楽しそうにしているが、戦闘時には情報統合/支援機器制御プログラムとして一定以上の役には立っている。

「……それで、今日は何の用なの? 私早く帰りたいんだけど」

「ちょっと待てよウイ、まだ午前中だぞ……」

「まぁまぁ。大学生に何言っても無駄だから」

 コーベがなだめたところで、ちょうどセッティングが終了したらしい。声高らかに、アルカが照明のスイッチを入れた。

「こいつで終了、っと……待たせたなぁっ! これが、お前らの乗ってた可変自動車の新しい姿だっ!」

 周囲の明るさが途端に増す。三人の目が段々と慣れてくると、ガレージのちょうど中央、彼らの目の前には磨き上げられた三台の自動車が停まっていた。

「……これが」

「私たちの――」

「可変自動車。ようやく直ったんだね、お疲れさま」

 ウイ、サキ、コーベが嬉しそうに言葉を落とす。しばらく振りの、『相棒』との再会だ。

「しかもただ直したんじゃあねぇんだぜっ?! 更なる戦闘を見越してだなぁ、三機ともチューンナップをかましてやった!」

「お疲れさまー。え~っと、どこが変わったかな~♪」

「おい待てやコーベ、労いのセリフはたったそれだけかっ?!」

 我らが変態イカレ科学者の一か月間に渡る努力の結晶を足蹴にしているのもお構いなしに、彼らはそれぞれのクルマに吸い寄せられていく。最初に言葉を発したのは、やや意外だがウイだった。

「……私の<ティーダ>が、セダンになってる」

「おうよ、そーいやウイのがシルエット的に一番変わってんのか……そいつは今までの<ティーダ>じゃ無い、車種も変わって<ティーダラティオ>だっ!」

 ウイの愛車であった日産<ティーダ>はハッチバックタイプのコンパクトカーで、言ってしまえばリアが地面に対して直角になっている三角形のような形だった。しかし今彼女の目の前にあるベージュのそのクルマは、ボンネットが<ティーダ>と同じデザインであるものの、横から見たシルエットは小山に似た形をしているセダンだ。

 日産<ティーダラティオ>とは、<ティーダ>の派生車でコンパクトセダンモデルである。特筆すべきことは、小さめの車体に対してとても広い車内。五ナンバーサイズとは思えない容量で、その為に一時期は日産で最も売れていた車だった。だから既に生産を終了している車種なのに、街中では未だ多くの<ラティオ>が走っている。

「……あの鳥趾(ちょうし)は、どうしたの?」

 ウイが短く問う。可変自動車の<ティーダ>はロボット形態(人態)時に現れる鳥の足の形をした地を掴むような足部が特徴的だったが、その部分はリアのバックドア――ちょうど<ティーダ>と<ラティオ>との差異部分――から展開していた。その部分が今回取り換えられたということは、その鳥趾だって無くなったということでは無いだろうか、と彼女は思ったのだろう。しかしアルカによれば、それは杞憂らしい。

「安心しろよ、<ティーダ>も<ラティオ>も人態をデザインしたのはこの俺なんだぜ? 比較的ダメージの少なかった胴体部分はほとんどそのまま、鳥趾については無くなるどころかグレードアップだっ!」

「……そう、なら良かった」

 彼の乱暴な説明を受けて、ウイが小さく安堵する。そういえば彼女は初陣の時に機体を選ぶ際、<ティーダ>がしっくりくると感じていた。だからフィーリングが合致したそのデザインが<ラティオ>になっても引き継がれていることは、ウイにとってかなり嬉しいことだろう。

 反対に、デザインの大きな変革を求めていたのがサキだった。

「あぁっ、遂に私が待ち望んでいた『魂動』デザイン!」

 彼女が駆け寄ったその白い車は、車種が変わらずマツダ<アクセラ>だった。しかし外観は今までの曲線的な『流』フォルムとは打って変わって、直線を多用した『魂動』フォルム。つまりこのモデルは、ついこの間にフルモデルチェンジを果たした最新型、しかもハイブリッドを搭載した三代目マツダ<アクセラハイブリッド>ということだ。

「かなり尖ったシグネチャーウイングに、だけれども優美さを先代から受け継いでるヘッドライト! そしてハイブリッドモデルだっていうのに、グリル部分のメッキに加飾されたレッド! アルカ、アンタ今回はかなりいい仕事をしたわよっ!」

 サキのボルテージが最高潮に達し、アルカに対し親指を立ててグッドサインを送る。バブル期の若者よろしく格好良い車をひたすら求める彼女にとって、この<アクセラハイブリッド>は感性にジャストミートした最高の一台なのだろう。

因みにグリル部に赤色を加飾するのはディーゼルモデルのみで、本来ハイブリッドモデルには施されない。しかしそこをどうにかして付けてほしいと頼んだのがサキで、前回の戦闘後アルカと改修プランについて話し合っていた時の彼女の希望の一つだった。

「正味、サキがここまでテンション復活するとは思わなんだ……まぁいい、今回の<アクセラ>はハイブリッドだ! しかし、それと同時にディーゼルでもある……つまりは『ディーゼルハイブリッド』っ! だから今までよりもエネルギー総量が増えて、継戦能力は格段に上がっているんだぜっ!」

 ディーゼルのメリットは出力で、ハイブリッドのメリットは燃費。この二つを掛け合わせると総重量が増すものの、パワーと燃費を両立したモンスターマシンとなる。それをこの<アクセラ>が、アルカの技術力により成し遂げた。

 そんな言葉でアルカが締めていたが、唯一コーベだけが何も言葉を発していなかった。

「おい、どうしたよコーベ? お前の<フィールダー>、気に食わなかったのか?」

「ううん。違うよアルカ……この歓びを、どうやって表そうか迷っちゃって」

 コーベが苦笑いを浮かべる。彼が手を置いたステーションワゴンはトヨタ<カローラフィールダー>で、今まで彼が乗ってきたモデルとデザイン面では大差が無い。だと言うのにコーベは、この車に嬉しさを感じていた。

「そ、そうか……満足してくれたんなら、こちとら本望だ」

「うん。ありがとうね、アルカ……この<フィールダー>を、ハイブリッドにしてくれてっ!」

 コーベの感情が雲仙普賢岳の如くバーストする。その表情は満開になった花のようで、アルカににじり寄ってはいかにトヨタ<カローラフィールダーハイブリッド>が素晴らしいのかを力説した。

「そもそも。<カローラ>シリーズの特徴ってね、信頼性が高いことなんだよ。しっかりしたブレーキングにコーナリング、故障の少ないシステム、決して尖らず無難でしっかりしているデザイン……長年の歴史、そして世界最高の販売台数により積み重ねられてきた安定の技術で、<カローラ>は今まで作られてきた。そんな<カローラ>にハイブリッドシステムが導入されたってことはね、遂にハイブリッドが安定した技術として確立されたってことなんだよ。古くは一九九七年に発売された初代<プリウス>から改良を重ねられたシリーズパラレル式ハイブリッドシステム……遂に、全ての技術が目指す先である<カローラ>に搭載されたんだよ!」

 そんなどうでもいい高説を『これだから<カローラ>オタクは……』と言わんばかりの様相で、アルカは適当に受け流していた。因みに<フィールダー>がハイブリッドモデルになったことによる変更点はかなり少なく、『HYBRID』のロゴ追加とバンパーの変更程度である。

「とりま、これで全員が各々のクルマを把握した訳だ。っつーことでよぉ、これから三人で試運転がてらドライブでもしてきたらどうだ? こちとらお前らの反応を見てメカの微調整をしたいし、どーせお前ら今日はもう講義も入ってなくて暇なんだろ?」

「……私、五限が入ってるけど」

「こまけぇこたぁいーんだよウイ、どっちにしろしばらくは暇なのに変わりねぇだろーがっ!」

 アルカが彼女に揚げ足を取られていたが、そんなことは置いといて。彼は三人にそれぞれの車のキーを投げて渡した。

「で、どうすんだ?」

 アルカのその誘いに、コーベが真っ先に食いついたが。

「じゃあ。三人一緒で――」

「いや、私は後で乗るから。今じゃ無くていいわよ」

「……私も。課題があるから」

 しかし、サキとウイに遮られてしまう。しかも目線はこちらに向けられていない。やや気まずそうに、二人は断った。このことにコーベは肩を落としていたが、対してアルカは少しだけばつの悪そうな顔をしただけですぐに切り替えた。

「釣れねぇなぁ……まぁいい。ならまた後で、俺のところに来てくれ。いつでも、『何人でも』いいかんな」

 彼の言葉は、一部分だけ強調されていた。対象が三人しか居ないのにこんなことを言うのだから、二人と一人に分かれて来るも良し、独りずつバラバラに来るも良し、とでも伝えたいのだろう。

「……じゃあ、私はこれで」

「私も。多分明日には来れると思うから」

 二人はそう言い残して、別々の出入り口から退室した。その様子を見てか、アルカが顔をしかめる。ウイとサキの仲が悪くなっているのは、誰が見ても明白だった。

「アルカ。僕だけでも、今から乗ってもいいかな?」

 そんな中、コーベただ一人だけが続けてアルカの誘いに乗った。アルカは彼を歓迎し、試乗コースの地図を手渡す。

「分かった、じゃあこのマップの通りに進んでくれ。このガレージに通じる、新しい搬入口のテストも兼ねてるからな」

「うん。じゃあ早速――」

「ちょい待った、コーベ」

 <フィールダー>に乗り込もうとしたコーベを制し、彼は一言だけ短く告げた。

「試運転が終わったら、ここの屋上に来い。例の話、そろそろ聞かせてもらいたいからな」

「そっか。まだだったもんね……了解、終わったら行くよ」

 返答をしたらシートに座り、コーベは<カローラフィールダー>のエンジンに火を入れた。


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『……あっ』

 サキとウイがはち合わせたのは、研究棟一階のエントランスだった。

「ウイ……こんなところで、どうしたの?」

 時刻は午前十一時半頃。この時間帯は二限の最中なので、いくら玄関といえどもそこに二人以外の人影は無い。だから自然と目が合って、サキは思わず彼女に声を掛けてしまった。

 サキにはどうしても、ウイがコーベに抱き締められていたビジョンを思い浮かべてしまう。これのせいで彼女のことを、今までのウイとは見られなくなった。

 コーベのことが好きなウイ。そんなウイは、自分の知っているウイでは無い。サキはそう思っていた。

 ウイは彼女から視線を逸らす。彼女に淋しい思いをさせまいと決心したはずなのに、目の前のウイは淋しい表情をしている。相手と上手くコミュニケーションが取れないもどかしさを感じた。互いに距離感を失っている。

しかし一応、ウイは受け答えをしてくれた。

「……課題が終わったから、お昼でも買いに行こうかと」

「そっか、そう言ってたもんね」

 つい先程、地下駐車場で彼女と別れる時、確かにウイはそのようなことを口にしていた。そういえば、加えて五限までは暇だとも言っていた。しばらく時間に余裕があるのに家では無く大学で昼食を摂るのは、恐らく家に帰るのが面倒だから。帰りたいと言っていた先程から気が変わって、わざわざ電車に乗ってまで帰るほどのメリットは無いと判断したのだろう。

「……サキは、帰ったんじゃなかったの?」

 相変わらず、目を合わせずに訊いてくる。これでは、まだ出会いたての頃のウイに逆戻りだ。折角、あの時よりも多くのことを二人で喋れるようになったと思ったのに。

 今までの関係に戻れない。こうなってしまったのは誰のせいだろう。

当然自分のせいだ、とサキは考えていた。

「履修登録、早めに済ませちゃおうと思って」

 こう返答する。実際彼女は少し前まで情報端末室に居て、そこで電子シラバスを参照しながら受講する科目の最終確認をしていた。

「……そう」

 ウイが適当な相槌を短く打つと、それで会話が途切れてしまう。次にサキが切り出すべき言葉も見つからない。ただ何事も無く、ほんの少し言葉を交わしただけ。

 やっとウイと話せたのに、こんな形で終わってしまう。

「ウイ――」

 彼女が踵を返そうとしたところをサキが引き留めようとした時、そこに新しい声が届いてきた。

「あれ、ウイちゃんにサキちゃんじゃない? 偶然だね、こんなところで会うなんて」

「……守谷さん、こんにちは」

 明るい雰囲気の彼女は守谷さん、アルカのゼミ生のうちの一人である。同時に一匹の猫を電脳化した情報統合/支援機器制御AIであるイスクの言語アルゴリズムを作成した張本人で、また喫茶店でアルバイトをしているお菓子作りの天才でもある。

「二人一緒にどうしたの? 今ここに居るってことは、私と同じく二限サボってるってことなんだろうけど」

「私たちは二限に何も入れてないだけです、サボリと一緒にしないで下さいよ……!」

「あはは、怒らない怒らない……」

 愛想笑いを浮かべた守谷さんに制される。不真面目な先輩と同類にされてはたまったモノじゃ無い。

「……私たちは、ここで偶然会ってただけです」

「じゃあ、私と同じだね~。そうだ、今から研究室に来ない? 二人一緒にさ。お昼にしては甘すぎるかもだけど、おいしいロールケーキがあるから。富士見くんのコーヒーも作り置きがあるしね」

 サキとウイの手を握りながら、彼女がぐいと引っ張ってくる。どうやらこちらの意見は問答無用で、研究室へと力ずくで連行するらしい。

因みに富士見さんとは守谷さんと同じくアルカのゼミ生の一人で、この人はコーヒーを淹れるのに長けている。研究室の冷蔵庫にはいつも彼が淹れてくれたペットボトル入りのアイスコーヒーがあるので、きっとそれのことを言っているのだろう。

「あの、その……守谷さん?」

「……私たち、まだ付いていくとは一言も」

 無駄だと感覚的に理解していても、二人はその誘いを断ろうとしていた。しかし守谷さんは、二人の顔を見ながらそれを制する。

「いいっていいって。たまには『頼りになる先輩』でいたいでしょう?」

 そう言って、守谷さんは笑った。そんな彼女に、どうしてかコーベの面影が重なる。太陽の恵みをいっぱいに浴びたヒマワリのような、そんな微笑みが彼に似ているのかもしれない。

 普段のコーベは、よくありがちな草食系男子のように人畜無害なたたずまいで、TPOをわきまえずにサキやウイのことを『好き』だと言うような告白魔で、だけれども綺麗に咲き誇る花のようで。いつも二人のことを守ってくれて、そして時に相手の心情を正確に見抜いては微笑みながら優しく包んでくれる。

 彼が笑う時は大体、相手を安心させようとする時だ。最初の戦闘の最中に『二人のことが好きだ』と言ってくれた時もそうだったし、七月の黄昏時も柔和な雰囲気を醸し出していた。一か月前のウイにだって、抱き締める直前にスパイスとして笑顔を見せていた。そうすることで、彼女たち二人は苦しみをコーベに委ねることが可能になる。

 コーベは一度笑うと同時に、サキやウイの感情を背負う。

 これは、一種の自己犠牲だ。彼女たちの苦しみを痛み分けするために、彼は笑うことによって二人の心を落ち着かせる。サキやウイはコーベに辛さを預けるだけで済むが、一方のコーベにしてはそんな感情を向けられるという、むしろ一種の毒となっている。

 彼はどうして、そんなことをするのだろう。現在コーベへの慕情を抑制しているように、サキだって自己犠牲にはよく走る。そしてそれはとても辛いことなのに、彼は全くその色を見せない。この差はどこから来ているのだろう?

 きっと、他人を心から想う気持ちだ。サキはそう思った。

 サキの自己犠牲は人間環境の改善、つまり現状が『好きでは無い』と感じるところに由来する。しかしコーベの場合は、彼女たちのことが『好き』だから守ろうとしてそれに走る。要はモチベーションが異なるのだ。

 サキがよく走るような自己犠牲と、コーベが二人を守るような自己犠牲とは性格がまるで違う。

 完敗だと思うと同時に、サキは彼を激しく欲しがった。善意で他人に接するような、そんなことが出来たら良かったのに。

 そうすれば、きっとこんな状況も打開できるのに。

 そんなことを考えていると、サキ、ウイ、守谷さんの三人は、目的地であるアルカの研究室前に到着した。


 守谷さんが奥でロールケーキを切っている間、ウイとサキは無言でテーブルの席に着いていた。いつもだったら、今までだったら、何かしらは会話を交わしていた。けれどもこの瞬間、それが存在しない。ウイから話題を振ろうにも、相手であるサキは窓の外だけをじっと見ている。ただでさえ、こちらから話すのは苦手だというのに。

 こうしてサキと食事をするのは、一体何回目だろうか。暇なので、ウイはざっと数えてみた。最初は六月に大学のテラスで、その次は三日後の昼食……最後は、一か月前のコーヒーショップ。そのどれもが鮮明に思い出せる。あんなにも楽しかったのに、どうして一月も間が開いてしまっているのだろう?

「お待たせ~! 守谷先輩様々特製、ハロウィンカボチャのロールケーキっ!」

 プレートを抱えながら、守谷さんが戻ってくる。その上に載っているのは三人分のアイスコーヒーと、綺麗に等分されたロールケーキ。スポンジもクリームも橙色で、カボチャのチョコレートが添えてあった。

「……守谷さん、自分で『様』を二つも付けるのは如何かと」

「そうかな? こっちの方が楽しいと思わない~?」

「……守谷さんが良いんだったら、それでも別に。いただきます」

 そう言ってウイはフォークを手に取るが、ケーキを食べることが出来ない。サキがまだ窓を眺めていたからだ。

「サキちゃん、出来上がったよ?」

「ふぇ? ……あぁ、ありがとうございます。カボチャって、そういえばもうそんな季節なんですね。私たち桜美(おうび)民と日本民には、殆ど関係無いですけど」

 何事も無かったように取り繕いたいのか、サキは素早くコーヒーを一口だけ飲んだ。しかしまだミルクもガムシロップも入れていないブラックコーヒーだったので。

「にっ、苦い……あはは、流石に私にはまだ早かったかな。大人の壁って、やっぱり二〇歳なんですかね?」

「サキちゃん、どうかしたの? 無駄にお喋りさんになってるけど……」

 守谷さんが心配そうに尋ねるが、彼女は愛想笑いで誤魔化そうとしていた。

「ちょっとだけ、考え事をしてました。すいませんね、折角呼んでくれたのに」

 そんな彼女を、ウイはまぶたを半分だけ落としながら見ていた。守谷さんとはこんなにも話せるのに、自分にはあまり話しかけてくれない。そう考えて、彼女は気を落とした。

 しかしそれも束の間、守谷さんが発した突然の言葉に意識を奪われる。

「考え事って、ウイちゃんのこと?」

『……えっ?』

 その反応は、ウイもサキも同じタイミングだった。

「実はね、新井教授から聞いてるんだ。最近のウイちゃんとサキちゃん、後期始まってからどこかお互いによそよそしそうって」

 アルカが余計なことをしてくれた。けれどウイにとっては、有難いお節介のように思える。たとえ形だけでも、サキと会食できるような場を間接的にセッティングしてくれたことになるから。守谷さんの言葉は続いた。

「何があったのかを私が訊くのは無粋だから――いや、十中八九コーベくんあたりのせいだってことは予想が付くんだけどね。とりあえず、こういうのって二人だけじゃ解決できないから。時間に任せるのもそれはそれで違う気がするし……だからこの私が、サキちゃんとウイちゃんの二人一緒においしいモノを食べさせてあげようって訳!」

 満面の笑みで、守谷さんがロールケーキを勧めてくる。隣のサキは申し訳なさそうに視線を落としていたが、ウイは感謝してもしきれなかった。彼女の善意が、ただただ有難い。

 しかし一つだけ、頭に引っ掛かることがあった。

「……ありがとうございます、守谷さん。でも、どうしてここでコーベの名前が?」

「ん~? いや、何となくだよ。当てずっぽうもいいところ。コーベくんのようなタイプの子って、よく天然の状態で女の子を困らせたりしちゃうから……でも、コーベくんの場合は意図的なのかな?」

 守谷さんの返事を聞いて、彼女はひどく納得した。

 普段のコーベはトロくて頼りない天然ボケだが、ある状況の下ではその性格が一変する。怒りや悲しみ等による感情の昂(たかぶ)り、彼はそれによって時に洞察力を高める。昨今の事例で言えば、ウイのことを抱き締めた時がまさしくそうだ。

 あの時、コーベは『淋しい』というウイの感情を把握してくれた。だからウイがそう思っていることを哀しんでか、彼女のことを気遣って、ウイのことを見ていると口にした。サキやコーベから相手にされなくなってしまうのではと、そう感じていた彼女にとって最も嬉しい言葉。

 彼が抱き締めてくれたことに、ウイは未だに驚いている。そうしてくれたことはとても幸せだと思っているが、しかしやはり意外だった。相手の心情を汲み取った上で、突拍子もない行動に出る。これがコーベの特徴だった。

 他の場面でも、彼のこんな側面は表に現れている。<メックス>との戦闘だってコーベの思い切った作戦が功を奏しているし、彼が二人に対して突然好きだと伝えることなんて最たる例だ。

 今回だって、彼に何かしらの考えがあってもおかしくは無い。コーベの心中にはウイとサキの関係に対する一つの思惑があって、だからウイを抱き締めることでサキとの距離を無理矢理置かせようとしたのかもしれない。しかしそれでは、サキまで気を沈めている理由にはならないが。コーベは彼女にもまた、何かをしたのだろうか?

 サキがコーベに対し恋愛感情を抱いているのは、何となく気付いている。

 ウイが憂鬱になっているのは、このことも深く関わっている。サキに淋しい思いをさせたくないだけではなく、彼女の気持ちを踏みにじりたくも無いのだ。

 もし一か月前の関係以上に、ウイがコーベと仲良くなったらどうだろう。サキはひどく悲しむはずだ。一人だけ取り残された挙句、淡い恋心まで泡のように消えてしまう。それも、ウイのせいで。そんなことは、絶対に避けたかった。コーベのことは好きだが、サキのことだって嫌いでは無い。少なくとも、友達をないがしろにするのは間違っていると思う。

 だから、今はサキとコーベとは距離を置いている。

 コーベは、サキに何か吹き込んだのだろうか。そうしなければ、彼女があんなにも落ち込むことは無いはずだ。彼からサキのことを振った、なんてことはまず考えられない。あのコーベが、誰かのことを『嫌い』だなんて言うはずが無いから。

 では、一体何なのだろう。その答えは、当の二人に尋ねてみなければ分からない。

「ささ、ケーキも早く食べちゃわないと。今回はとびっきりの自信作だから、期待しながら召し上がれ~☆」

「守谷さん、自分でハードル上げて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だってサキちゃん、それくらいに今回は出来が良いんだから! いいから食べてみてっ!」

 ウイとサキが改めてフォークを手に取り、そのふわふわとした橙色のスポンジを切り取る。一口サイズの欠片を刺しては口に運んで、舌の上に載せてみると――。

『……おいしい』

「ね、言ったでしょう?」

 クリームとスポンジが絡まって、口の中で混ざり合い溶ける。カボチャのまろやかさが包み込むように押し寄せてきて、後味としてほのかな甘みを残した。守谷さんが嬉しそうに、二人の顔を交互に見ながら言う。

「折角二人でハモったんだからさ、もっとお喋りしてみたら? とりあえずこのロールケーキについて、二人の感想とか聞きたいな~☆」

 彼女の笑顔には、きっと魔力がある。言われた通り、ウイはサキに話しかけた。

「……甘さ、普通のカボチャケーキよりも強めだよね」

「そ、そうね……スポンジの方も、ちゃんと味がしてるし。それが原因じゃ無いのかな」

「……サキ、甘いの大丈夫だっけ?」

「これは何とか。多分、富士見さんのコーヒーと合わせて食べるのが前提なんじゃ無いのかな? 甘さが中和されてちょうど良くなる、って言うか」

 段々と、ケーキがよりおいしくなってくる。一人で食べるよりも、二人で食べた方が良い。サキと初めて同じテーブルで食べた時に感じたことを、ウイは今になって思い出した。

「ホラ、ちゃんと二人で話せてるでしょ? 口も利けないだとか、壊滅的に仲が悪くなった訳じゃ無いんだよ。コーベくんもきっと、サキちゃんとウイちゃんの絆を引き裂こうとしてこんな状況にさせたんじゃ無いと思う。だから今までみたいに仲良くして、みんなで笑い合うのが一番良いよっ!」

 守谷さんの補助があって、やっとここまで回復できた。サキとここまで言葉を交わすなんて、何日ぶりだろう。

 嬉しさのあまり、ウイはもう一口ロールケーキをぱくついた。守谷さんの気持ちが詰まった、とろけそうな味。誰かと一緒に食事をする感覚を、何となくだが取り戻し始めてきた。

 けれど、これでウイとサキとの関係が完全に修復できた訳では無かった。


oveR-05


 アルカが案内してくれたのは、研究棟の屋上だった。普段は立ち入り禁止エリアだが、教授職であるアルカはいとも容易く合鍵を借りて来られる。

「ここだったら、誰に盗み聞きされる危険も無い。そうだろう、コーベ?」

「そうだね。でも、『一匹を覗いては』だけど。出てきたらどうかな?」

 コーベが自らのケータイを取り出すと、画面にはお決まりのネコミミメイド服姿をしたイスクが表示された。そのネコは目線をこちらに向けて、ひらひらと肉球の手を振っている。

《こんにちは、ご主人様にコーベくん☆》

「そうか、コイツはいつでもお前らのケータイにハッキング出来んのか……まぁいい。コーベも、そこの下ネコを同席させるのは構わないんだろ?」

「うん。イスクは、多分何でも知ってるから」

 コーベがイスクに視線を向けると、耳をぴくぴくと動かして返事をしてくれる。このAIとの付き合いも半年を迎え、そろそろタイムラグ無しの意思疎通が出来るようになってきた。これが果たして嬉しいことなのか、相手がこのネコではいささか判断しかねるが。

 深呼吸をして、アルカが話を切り出してくる。

「さて、本題にでも入ろうか。コーベ、お前をここに呼び出したのは他でも無い。一か月前の、お前の言葉の意味を訊くためだ――」

 一拍置く。秋の風が、二人の間を駆け巡った。

「コーベ、お前はサキとウイに何をした?」

 彼が驚いた表情を見せた。そのアルカのセリフは彼にとって、半分予想できたがもう半分は予想できなかったシロモノだ。

「二人について訊いてくるのかなっては思ってたけど。何をした、って……アルカ、そこまで気付いてたんだね」

「あたぼうよ、昨今の二人の調子を見てりゃサルでも分かる」

 会話を挟まないどころか、視線すら互いに合わせない。そしてコーベを見るや否や、彼女たちは心を締め付けられた顔をする。彼が二人に対し良からぬアクションを起こしたことは、誰がどう見ても明白だった。

 一か月前、彼ら<T.A.C.>はイスクの兄であるAIのアスタルと戦闘をした。結果はこちら側の辛勝で、機体も修理が必要なくらいボロボロになってしまったが、去り際にアスタルがコーベに対し妙なことを言っていたのだ。曰く、『ここで終わるつもりでは無いのだよな』。

この問いに向けた彼の回答は、『僕にはまだやることがある』。アルカが今言っているコーベの言葉とは、これのことだ。

 少し言葉を選んでから、彼はゆっくりとアルカにありのままを伝える。

「戦い終わった後。僕がウイを抱き締めて、それをサキに『見せた』」

「見せつけたのかよ……お前って、そんなに嫌なヤツだったっけか?」

 アルカは驚きを通り越して、もはや呆れ返っていた。だから弁明でもと、彼なりの補足説明を加える。

「確かに。傍から見たら、僕は最低な男みたいだけど……でも、これが最適な方法だと思ったから」

「……何のために?」

「二人の関係を。一度壊してから、再構築するために」

 アクセントを強めながらゆっくり放つ。彼をここに呼び出したその科学者は、状況を楽しむような微笑を浮かべた。

「コーベ、中々にブッ飛んだこと考えてんな……もうちょい詳しく教えてくれよ」

「いいけど。それじゃあ……折角だし、イスク。僕たちがアスタルと戦ってた時の、僕の思惑は分かってるよね?」

 コーベが自らのケータイに向かって喋った。あの時は戦闘中にアスタルがウイの不調を指摘したが、そのことの理由はサキとコーベとの関係が親密になってきていたことから感じた淋しさだった。途中から彼女は遂に泣き出して、サキに対して『嫌いになる』と酷い言葉を投げかけたりもした。そんな有様を想起しながら、多分何でも知っているそのネコは正解を言い当てる。

《勿論ですニャ! お兄ちゃんとちゃんと戦えるように、とりあえずウイちゃんの淋しさは解消しておきたかったんですよね? でもあの短い時間じゃはニャし(話)もロクに聞いてあげられニャくて、結果としてサキちゃんがウイちゃんを腫れ物のように距離を置きニャがら気遣っちゃう、そんニャ最悪ニャ状況にニャっちゃうことは目に見えてたから……その場しのぎでニャか(仲)直りさせた後にもっと大きニャ問題を起こして、もっともっと深いところで二人にニャか(仲)直りして欲しかった!》

 これは眉唾モノなのだが、どうやら猫という生き物は人間の心を読むことが出来るらしい。分かりやすいくらいにまで人間になついてくるのはこのためだ。アスタルとイスクにもこの能力は備わっていて、前者は戦闘中のウイ、後者は今しがたのコーベの心中をまるで覗いているかのように把握していた。

「つまるところ……目の前にその時居た敵のアスタルと戦うためにニワカ仕立ての関係修復を図って、それをもっと高いレベルにするためにこの前わざとぶっ壊したってことか」

《その通りですニャ!》

 主人の要約にイスクが応える。ウイが終始あの調子だったら、まともな連携も取れず彼らは敗北していただろう。だからコーベは彼女の悩みを解決しようとしたが、通信越しで更に時間だって無いという、悪条件の多い状況だった。結果として彼は関係修復を出来る範囲でやったが、それはガラスのようにとても脆い繋がり。その繋がりについて、アルカが彼に尋ねてくる。

「ならばよぉコーベ、サキがウイのことを腫れ物のように扱うってのはどういうことだ?」

「言葉の通り。無理に気を使っちゃうっていうか、思考のプロセスに一段階余計なモノが混じり込んじゃうんだよ。『ウイを淋しくさせないように』ってのがね」

「それはかなり重い足かせなのか? 俺にゃそうは思えんが」

《ダメですって~、そんニャんだからご主人様には友達が少ニャいんですよ☆》

「うっせぇなイスク、相手の気持ちまで頭が回るわきゃねーだろが」

 アルカが不貞腐れる。コーベは構わず、話を続けた。

「このノイズが入るとね。サキは、ウイのことを『大切な友達』じゃ無くて『淋しがってる女の子』って認識しちゃうんだ。無理に気を使っちゃうってのは、まさしくこのこと。そうするとウイは本当の自分をサキに見られていないって感じちゃって、結局振り出しに戻る」

 今までのサキとウイの関係は、互いに互いを『友達』と認識することにより成り立っていた。だから前回、サキがウイとの繋がりを疎かにしたため、ウイがサキのことを友達だと認識しなくなって不和が生じた。

 友人関係というモノは、とても複雑だ。遠からずとも近からずな、自然体であることが重要だから。サキがウイのことを淋しがっている女の子だと見なすと、その自然体を崩して無理に接触しようと思い、そしてウイはサキのことを友達だと思わなくなり友人関係が不成立、一層淋しさを加速させる。

 ちょうど過保護な家庭のようなモノで、それだと子供は親から反抗しようと必死になる。その先に待っているのは、家庭環境の崩壊。今の場合、親の役がサキで子の役がウイだ。

いくら緊急だったとはいえ、彼には二人のこんな関係を構築してしまった責任がある。だからこの悪循環を、コーベは止めたかった。

「それで。この嫌な関係を上手く手直しする自信が僕には無かったから、いっそのこと一旦壊してから再構築しようって思ったんだ」

「なるほどな……カーブで踏ん張りながら加速するよりも、一旦減速してコーナーを曲がり切ってからアクセルを踏んだ方が、コースアウトもせずに立ち上がりも速くなって、結果的にいいタイムが出る。スローイン・ファストアウト、自動車レースの基本か」

「良い例えだね。流石はアルカ、その通りだよ」

 無理に立て直そうとするよりも、いっそのこと最初から全てをやり直した方が良い結果が出たりする。『急がば回れ』とはよく言うが、この場合は『急がば壊せ』だろうか。

「そんで、具体的にはどう再構築させるんだ?」

 そのアルカに対する答えは、何とも彼らしいユニークなモノだった。

「喧嘩両成敗。かな?」

「何で疑問形なんだよ、オイ。しかもそりゃどーいう意味だ」

「ウイとサキの関係。そろそろ円熟期だと思うんだよね。ってことは、二人ともお互いについて何かしら思うことがある。だからそれをぶつけさせることで、より強い絆で結ばれる……こういうの、喧嘩両成敗で合ってるよね?」

「確かに話の筋は通ってっけど……わざわざ喧嘩までさせんのかよ。いつの時代のスポ根マンガだよ、そりゃ」

 再び呆れつつ、アルカが次の言葉に続ける。

「想いをぶつけさせるって、コーベ。具体的な策はあるのか?」

「イスクが協力してくれるなら。いいよね?」

《かしこまりました、コーベくんっ! 御安い御用ですニャ☆》

 そのネコが右手で敬礼をしながら、胸の鈴をちりんと鳴らす。勿論片目はウインクで、エフェクトとして星の欠片が表示された。

「ここでイスクが出てくるのは?」

「第三者が必要だから。今の二人の不和を作り出した元凶が、今更その二人に何か出来ると思う?」

「一理ある……ってか、お前自分が元凶だっては分かってんだな。天然ボケにしちゃ珍しい」

「僕のこと。どれだけ普段からボケてるって思ってるの……?」

 コーベが少しだけひがみ、アルカが片手をひらひらと振る。

「悪い悪い、あまりにも意外だったんでな。ところで……どうしてウイを抱き締めて、それをサキに見せつけたりしたんだ? もっと上手い関係の壊し方だってあるだろうに」

「いや。単純に、思い切ったことがそれくらいしか考え付かなかったから」

「おいおい、極端すぎんだろ……グラドルになろうとしたウイか、お前は」

 再三、アルカが呆れを見せる。だからだろうか、あまり意味の無い質問をしてきた。

「コーベ、これは聞き流してもいいんだが……もしサキとウイが崖から落ちそうになってたら、お前はどっちを助ける?」

「二人とも。何のために腕が二本あると思ってるの?」

「お前なぁ、発想が型破りすぎ――」

《ご主人様、大変ですニャ!》

 彼のセリフを、イスクのアラートメッセージが遮る。あまりにも唐突だったので二人は一瞬のけぞりそうになったが、すぐさま頭を切り替えた。

「イスク。<メックス>が発生したのっ?!」

《その通りですっ! 場所は西関(にしぜき)区、『新西関駅』の辺りですニャ!》

「あそこら辺か……コーベ、他の二人が揃い次第すぐに出発してくれ。戦闘フィールドはビル街だ、武装には困らないだろうっ?!」

「了解。先に行ってるねっ!」

 地下ガレージへと向かうため、コーベは踵を返す。

《ご主人様、私はどうしましょう?》

「まずは待機だ、俺もコーベとお前に賭けたくなってきた」

 去り際に、イスクとアルカのそんな会話が聞こえた。


oveR-06


コーベが着いた三分後、サキとウイもガレージに到着した。

「お待たせ、コーベ!」

「……私たちも、すぐに準備するから」

 息を切らしながら、二人とも自らのクルマに乗り込みエンジンキーを回す。その光景を見届けてから、コーベも<カローラフィールダー>に乗った。

「アルカ。聞こえる?」

『おうよ、こちとら準備万端だ!』

 オーディオから通信越しで、彼の声が届いてくる。最初に指示を仰いだのはサキだ。

「イカレ科学者、私たちはどこから出ればいいのっ?!」

『二番ゲートだな! そこから高炭(たかすみ)街道を西に進んで、中貫(ちゅうかん)自動車道経由で西関区に向かってくれ!』

「高速を使うんだね。了解、アルカ。じゃあサキの<アクセラ>が先頭で、僕の<フィールダー>が真ん中、ウイの<ラティオ>が後続って並び順でいいよね?」

 コーベが尋ねると、二人からの同意が返ってきた。

「……速いサキが詰まっちゃったら問題だし」

「でもねウイ、<アクセラ>はスポーツカーみたいに特別速いクルマじゃ無いのよ?」

「……それでも、私の<ラティオ>よりは速そう」

「空力特性とかまで考えれば、一理ありそうだけど……そう大差無いことは確かよ。どっちも市販の一般車であることに変わりは無いんだし」

 そんなウイとサキのやり取りを聞いて、コーベは少し驚いた。

「あれ。二人とも、仲直りしたの?」

「そんなんじゃ無いけどね……」

「……少しの会話くらいなら、たったさっき守谷さんのお蔭で出来るようには」

「そう。そっか」

 守谷さんの存在を、彼はすっかり忘れていた。大学が後期に入ってからは、コーベは彼女に会っていない。後でしっかりとお礼を言っておこうと、彼はそう考えた。

 それにしてもここまで話せるようになったというのに、仲直りをしていないというのが実にウイとサキらしい。二人とも、不器用なのだ。自分の気持ちをどう相手に伝えるか、その方法を模索している。そのことがコーベには、手に取るように分かる。

 だって彼はウイが泣き出したあの瞬間から、ウイとサキをどうにかしようと気持ちが昂っているのだから。

「とりあえず。一刻を争うから、早めに出ちゃおっか」

「了解、コーベ。イスク、ゲート開いて!」

《かしこまりました☆》

「……出撃」

 サキ、コーベ、ウイの三人が、順々にアクセルペダルを踏み込む。床にペイントされた白線に沿って、地上へと通じるエレベータへとハンドルを切った。


東の『三広(みひろ)炭田』と西の『神居(かみい)鉄山』から産出された石炭と鉄鉱石の集積地として、関市は惑星フィース入植期より発展してきた。主に鉄鋼を生産し、それがこの地での自動車産業を生み出し、ひいては本関大学が国立の大学として設立されるほどのめざましい成長を遂げた。その二つの資源を運搬するためにいち早く整備されたのが、『桜美鉄道二重本線』と『中貫自動車道』の一部だ。

中貫自動車道はその名の通り、桜美国の東西を横断するように一直線で結んでいる。関市自体はその高速道路の東端寄りに位置しており、『帯関(たいせき)自動車道』との結節点である『一流川(いちるがわ)ジャンクション』を擁している。

彼らの目指す新西関駅は、中央区の本関大学から見るとそのジャンクションを挟んで西側にある。だから三人は一流川を通過し、最寄りである『西関インターチェンジ』で中貫自動車道を降りた。

「市民は全員避難済み、っと……にしても、西関区ねぇ」

『何だサキ、どうかしたのか?』

 今のどんよりとした天気のように彼女がぼやいていたので、アルカが通信でふと尋ねる。答えた彼女の声は気だるげだ。

「いや、もう鬼籍に入った東関(とうぜき)区出身のばあちゃんが、『西関の人間は信用ならん』とか根拠の無いことを言ってたの思い出しちゃって。東関区と西関区って、かなり仲が悪いとかよく言われてるじゃない?」

「……聞いたことがある。炭と鉄はどっちの方がフィース社会に貢献してるか、とかで争ってたんだっけ?」

 ウイが口を開いたことで、この件についてコーベも何となく思い出してきた。

「僕が聞いた話だと。東関や北関(ほくせき)、南関(なんぜき)って三つとも方角が音読みなのに西関だけ訓読みなのは、西関区が他の周辺三区よりも経済的に優位に立っているからだって」

「いや、流石にそれは噂に尾ひれが付きすぎでしょ~……」

「……ま、東と西に分かれて喧嘩するなんてよくあることだから」

 ウイの言う通り、東関区と西関区の仲が悪いことに深い理由は恐らく存在しない。この程度のいさかいならば、全国どころか世界中にごまんと溢れている。あえて理由を付けるなら、石炭が良いか鉄鉱石が良いか、地元自慢が衝突したことが原因なのかもしれない。

 この件で最も割を食っているのは、中央区こと旧本関市である。何でも東西南北の各関市と合併をして政令指定都市になろうとした際、一番苦労したのが東関区と西関区の仲裁だったとか。もっとも、合併して旧本関市を中心とした人口一五〇万人規模の『関市』となった今では関係無い話だが。

「何だっけかな、この前は確かお互いの区の人口で争ってたような……東関区が三九万人で、西関区が四〇万人だったっけ?」

 前言撤回、東対西の構図は現代にも色濃く残っているらしい。

『ごちゃごちゃ言ってる暇があったらよぉ、とっとと索敵でもしたらどうだっ?!』

「了解~。アルカ」

 通信をコーベが軽く流して、素直にアクセルを軽く踏む。現在位置は新西関駅から数百メートル、篠河(しのがわ)新幹線の高架下。<メックス>がこの辺りに発生したという情報は掴んでいるのだが、中々見つからない。

「どうしよう。もう移動しちゃったのかな――」

 そう彼が言いかけた瞬間。

『あっ』

 黒い<プリウスα>――つまり厨二病猫かぶれAI(厨ネコ)のアスタルと鉢合わせした。

「アスタル。久し振り、元気してた?」

《ニャニャーっ! 吾輩とニャんじ(汝)らは敵同士だニャ、ニャれニャれしく(馴れ馴れしく)するんじゃニャいっ!》

 その<プリウスα>がこちらを轢こうとしたが、間一髪でシフトレバーをRに入れて後退。少ししてサキとウイがコーベに追いつき、四台の可変自動車が一堂に会した。

「あ、アスタルだ~。一ヵ月ぶりかしらね?」

「……アスタル、ちゃんと食べてる?」

《そこの二人も同様だニャ、というかウイは久々に実家に帰った時の両親かニャっ?!》

 とりあえずいつもの通り、挨拶代わりにこの厨ネコを弄る。やはり何度やっても飽きが来ない。

《いいかニャ、吾輩はこの前の吾輩とはちょっと違うのだニャ! この仮面を変えし我が黒鉄(くろがね)の愛馬に気付かニャいのかニャ?!》

「え~っと……」

 コーベが注意深く観察する。その車は誰が見てもまがうことなきトヨタ<プリウスα>だったが、フロントバンパーの形状がこの前とは少し違っていた。アンダーグリルは開口部が大型化し前方に隆起、フォグランプの収まっていた箇所もスリットが細くなって締まった顔つきとなった。

「アスタル。それって、もしかして最近マイナーチェンジしたモデル?」

《そうだニャ、<プリウスα>の後期型だニャ!》

 誇らしげに厨ネコが宣言する。<プリウスα>ZVW40型が後期型へとモデルチェンジしたのは、二〇一四年の十一月十七日のこと。だからつい最近の出来事で、その一年前にモデルチェンジしたサキの<アクセラ>なんかよりも最新型ということになる。

「むかつくわね、たかが<プリウス>の派生車種のくせに……」

「……サキ、新車にはうるさいからね」

《ニャニャ? ……そういえばよく見てみると、ニャんじ(汝)らのクルマも色々と変わってるみたいニャね。特にサキの<アクセラ>ニャんかは、かニャり強くニャってそうだニャ》

「お褒めに授かり光栄よ、アスタル。だから――一気に行くわよ、<オーバーロード>っ!」

 彼女の掛け声を号令に、<ティーダラティオ>、<アクセラハイブリッド>、<カローラフィールダーハイブリッド>の三台が一斉に変形。車形態(車態)から人態へと、その見た目を一瞬にして変えた。どの機体も改造前と比べて、この状態のデザインもほぼ丸ごとアレンジされている。

「……イスク、武装お願い」

《かしこまりました、ウイちゃん☆》

 上空にて待機していた輸送機から、二〇フィートコンテナが投下される。パラシュートを開きながら落ちてきたそれの中には、<ラティオ>用のスナイパーライフル、<アクセラ>用のV字ブレード、<フィールダー>用のサブマシンガンが収納されていた。

「武装は。リニューアルしてないね」

「まぁ、こっちの方が使いやすいし」

「……慣れてるから、問題無いかと」

 それら三つの武装は以前から使用しているモノと同一で、機体とは違い改変がなされていなかった。三機がそれぞれ装備して、<プリウスα>へとその矛先を向ける。

「それで。アスタルは、このまま無抵抗?」

 コーベが最終通告を送ると、そのネコはまるで沸騰するかのように激昂した。

《コーベめ、ニャまいき(生意気)ニャーっ! えぇい、吾輩もトラ○スフォームするニャ!》

『おい待てやそこの厨ネコ、そのパロディは禁句だろーが』

 アルカの突っ込みもいざ知らず、<プリウスα>までもが人態へと変形する。フォルムは大幅な変更が加えられていたが、蝙蝠の羽を連装させる肩や張り出した頭のネコミミなど、死神の使いである黒猫を連想させるデザインという点では、一月前とさほど変わっていない。

《我が漆黒の混沌を存分に享受するがいいニャ、アームガトリングっ!》

「……相変わらず、厨二すぎて意味不明」

「軽口は後回し。ここで仕切るよ、<フィールドウォール>!」

 <プリウスα>の弾丸を防がんと、コーベが<フィールダー>の特殊兵装<フィールドウォール>を発動。電磁波で大地の分子を凝縮して一枚の柔軟な壁を造り、攻撃を全て受け止める。弾丸が弾き落とされる音こそするものの強度は頼りないため、これもいずれ破られてしまうだろう。

「どーすんのよ、このままじゃ!」

「ひとまずそこの路地に入ろう。守備範囲が細ければ、<フィールドウォール>も折り畳んで厚く出来るだろうから」

「……分かった」

 <ラティオ>、<アクセラ>、<フィールダー>の順で、近くのビル陰に後退しながら隠れる。これで少しは敵の猛攻も凌(しの)げるはずだが。

《フニャハハハー! かかったニャっ!》

 アスタルの断末魔が響くと同時。嫌な予感がしたので、三機が背後を振り返ると――。

「ちょっ、何よこれ?!」

「……はめられた?」

 <メックス>が一匹、ビルの隙間に挟まっていた。

『こりゃ、きっとゴミでも漁ってた猫が巨大化しちまったんだろうな……』

「それよりも。このままじゃ、逃げられない!」

 <メックス>は<MBC>(Metallic Beast Creator)と呼ばれるナノマシンを使って生きた猫を鋼鉄巨大化させることで生成されるので、どう考えても収まりきらないくらい細い路地に挟まっているこのシチュエーションもあり得なくはない。

《やったニャ、わざわざどこで<メックス>が発生したのかをあらかじめ調べておいて良かったニャ!》

「意外とマメね、アスタル……」

 これではアスタルの作戦勝ちだ。<メックス>との挟み撃ちをされている。この瞬間限定の行き止まりによって、三人は追いつめられてしまった。

<プリウスα>が路地に進入する。コーベは思考をすぐに回した。打開策は、一つしか無い。

「ウイ。そこの<メックス>を、すぐに殺処分して!」

「……了解、<グラビテーテドタイド>」

 特別なマガジンを装填し、彼女がライフルの引き金を引く。そして放たれた弾丸は、その鋼鉄猫に当たるや否やビルの外壁ごと酸化させた。

 <ラティオ>の特殊兵装<グラビテーテドタイド>は一発しか無いが、弾丸の周囲にある物質を強制的に酸化させるモノだ。例えばこの<メックス>は酸化鉄の粉となり、風と共に消えていった。

「……ちょっと荒いけど、これで逃げ道は出来た」

「じゃ、さっさとトンズラしましょ!」

 一旦アスタルを放置して、その路地裏を脱出する。すると大きな通りに出て、視界が急に開けてきた。近くの標識には、『新木(あらき)通り』と表記されている。その名前からして、ルーツは大昔の開拓時代、ここに茂っていた森林を間伐して造成した林道なのだろう。今は木の代わりにコンクリートジャングルが広がっている。

「って――」

「……これは」

「マズいよね。色々と」

 加えて森林時代にも多く住んでいただろう猫たちも、ここでは鋼鉄で近代化されていた。つまるところ、彼らが今まで探していた<メックス>が新木通りに集中していたのだ。その数、およそ十匹。これらに加えて、アスタルの相手もしなくてはならない。

「絶体絶命って、こーゆー場面のことを言うのよね……この言葉、もう一生忘れないと思う」

「やったね。これで漢検五級レベルの四字熟語問題も解けるよ」

「……そういう問題じゃ無いかと」

 三人がいつも通りの調子に近いことを口にするが、だからと言って状況まで普段通りになった訳では無い。戦力比はアスタルも含めれば十一対三、しかもウイの<グラビテーテドタイド>はもう残弾ゼロ。多勢に無勢の状況だが、それでも彼らはやるしかない。

「とりあえず。サキのフォワードとウイのバックスは定石として、僕はアスタルの相手をするよ。それでいいよね?」

 サキもウイも頷いて返事。流石に、<プリウスα>をいつまでも無視することは非現実的だった。

「二人に任せるよ。それじゃあ、やってみようっ!」

『了解、コーベっ!』

 二人の重なった声の後、二機と一機に分かれて散開。うちコーベの<フィールダー>は方向転換をして、その黒猫へと右手のマシンガンを発砲した。

「というわけで。アスタル、相手は僕だよっ!」

《コーベかニャ、望むところだニャっ!》

 対する<プリウスα>は斜め前方へと突進することで銃弾を回避し、円弧を描くように接近して右腕に直結したナイフでこちらに斬りかかってくる。この一撃をコーベはバックドア型シールドで防御してクリア、続けて敵の脇腹へとゼロ距離射撃を浴びせた。しかしそれも、『見えない壁』により阻まれてしまう。

《<プライアウォール>だニャ、まさか忘れたとでも――》

「だから。こうしてあげるよ、<フィールドウォール>!」

 <プリウスα>の持つ特殊兵装が、電磁波により周囲の空気を圧縮して固体のシールドへと変貌させる<プライアウォール>だ。硬度がひたすら高いため今までは対抗手段が無かったと思われていたが、コーベは自身の<フィールドウォール>に使われている電磁波を応用し、逆位相の波を照射することにより<プライアウォール>の電磁波を打ち消すことに成功していた。そして現在もこれと同じことをしていて、だからアスタルの見えない壁が一時的に消失している。

「これでおあいこ。チートは無しで、フェアに行こうよっ!」

《ニャニャ☆ コーベくんとお兄ちゃんがフェアにあんニャことやこんニャことをするってことは……まさか、お互いを公平に舐め合うフェ――》

「イスク。黙っててくれないかな」

 一旦距離を開けることで、相手のナイフが及ぶ範囲から逃れる。<フィールダー>に格闘武装は装備されていないので、近距離戦闘はとても分が悪かった。

《ニャ、これで吾輩のアドバンテージはニャくニャった(無くなった)のかニャ……しかしだニャコーベ、ニャんじ(汝)の携えしニャまり(鉛)の銃弾で、この死神を倒せると思ってるのかニャっ?!》

「やっぱり。銀の銃弾じゃないと駄目だよねっ!」

 <プリウスα>と<カローラフィールダーハイブリッド>。二機が持つ互いの機関銃が、弾ける音を醸しながら新木通り上で交錯する。

《お兄ちゃんのや●い穴にコーベくんの十字架がヌルヌルと……ニャニャニャ☆》

 イスクは相も変わらず平常運転だった。


 一方のサキは、十匹の<メックス>へと肉薄していた。こちらもアスタルと同じく円弧の軌道を取っていたが、彼女の場合は<ラティオ>の射程内に入らないようにすることが目的だ。

「まずは、最初にっ!」

 V字ブレードを二分割しトンファーのように両手で持って、<アクセラ>が手近な鋼鉄猫へとブローをかます。刃をそれの横顔に刺し、両目を線で結ぶようなラインで一閃。頭部が缶詰のフタのような開き方をしたが、それでもその怪物はまだ動いていた。素体(核)となる猫を殺処分し切れていないのだ。

「っ……! ウイ、こいつらの素体はどこに収まってるっ?!」

「……ちょっと待ってて」

 <ラティオ>の肩部装甲が展開し、温感センサが作動する。猫の体温を頼りに素体の所在を探知している間でも、他の<メックス>は行動を止めない。追加でもう一匹、<アクセラ>に襲い掛かってきた。空いている腕で応対する。

「ウイ、分かる範囲でいいから早くっ!」

「……ゴメン」

「謝るのは後でいいから!」

 逃げる瞬間も隙間も無く、九匹の<メックス>に囲まれてしまう。イライラして、ウイに向かってつい怒鳴ってしまった。対して彼女は委縮してしまい、声色もどこか自信を失くしている。

「……サキの周りの二匹は、どっちも右胸にある」

「分かった、ありがと! そんじゃ、こいつからっ!」

 とりあえず後ろから寄って来た一匹を、サキは左肘で一突きした。右胸を抉(えぐ)るように刃先を回し、念入りにもう一度ぐいと押してから抜く。ここまですれば核は完全に仕留められていて、その<メックス>は溶けて液体金属のプールと化した。

 次に缶詰頭の猫を一蹴り。これの胸にはへこみが出来る。少し離れたビルに背中からぶつかり、これによりその<メックス>をサキの近くから離すことに成功した。

鋼鉄の猫は彼女を二重の同心円状に取り囲むように、外側に三匹、内側に四匹が布陣している。とは言ってもそれらとの距離も現在は開いていて、手の届く範囲には一時的に何も居ない状態となっていた。

 だからだろうか、それとも強く言われたことを取り返そうと焦っているのか。後方に居たウイがライフルを構え直し、外側の<メックス>三匹を<アクセラ>へと誘導しようと牽制射撃を始めたのだ。

「……サキ、戦いやすいように<メックス>をそっちに誘導する。だから動かなくていいから……」

「えっ? ちょっと、ウイ――」

 しかしと言うか当然と言うか、彼女のしたことは裏目に出た。外側の三匹に押し出されるようにして、内側の四匹がサキを襲撃する。四方向からの左ブロー、避ける術をサキは知らない。

ちょうど<アクセラ>が向いている方向に居たので、必死の形相で<ラティオ>とは反対側の猫の懐に飛び込む。そして両腕のブレードで腹を串刺し、そのまま持ち上げては一八〇度回頭してインスタントの盾とした。<メックス>が本能的に仲間を攻撃できないことは、以前の戦闘で確認済みだ。偶然素体を処分できたのか、この盾も溶けて土に還ってしまう。

「ウイ、私のところに集中させてどうするのっ?!」

「……ゴメン、サキ」

「だから謝るのは後で――!」

 またもや意識せず大声を出してしまう。しかしそんなことよりも、今は自身の負担を軽くすることが先決だ。ウイが誤射のリスク無く攻撃できるように、<アクセラ>を射線軸上から退避させる必要がある。ここから移動しなければ。

 右手に居た猫を一匹、膝蹴りからのアッパーで貫く。へこんだ箇所は耐久力が落ち、だから刃と拳を貫通させやすい。敵の顎の中に腕を侵入させた後は、中身をブレードで掻き回すようにして手探りで核を殺した。すぐに溶けては道を開けてくれたので、迷わずその方向へと跳躍。それの奥に居た一匹の<メックス>に肉薄し、後ろの四匹はウイの<ラティオ>に任せた。

 そこでふと、敵の数が合わないことに気付く。現在サキの正面にいるのが一匹で、背後に居るのが四匹。遠ざけたのが一匹で、殺処分できたのが三匹。これらの合計は九匹だが、最初は十匹居たはずだ。どこかにあと一匹、隠れているのでは――。

 移動して視点が変わり、そこで初めて見つけられる。ウイ側に居る一匹の背後に、その十匹目が隠れていたことを。

「……えっ?」

「危ない――ウイっ!」

 しかも運が悪かった。<アクセラ>の後ろに居る<メックス>四匹が団体行動をとっているかのように、一斉に<ラティオ>へと突進した。今しがた見つけた最後の一匹を合わせると、計五匹。どう考えてもウイのキャパシティーを超えていて、先ほどサキがやられたことの仕返しとなってしまったのだ。

「こういう場合――<アクセルガスト>っ!」

 両腕のブレードを連結しながら、緊急的に方向転換。両手でそのV字を前に構え、飛び込むようにして<アクセラ>の特殊兵装<アクセルガスト>を起動。マッハ五を超越するスピードで移動し、後続の<メックス>四匹を衝突時の摩擦熱で溶断したが、けれども先行していた一匹だけを仕留め損ねる。

 四メートルの鉄塊が、自ら動いてウイに迫る。鳴き声だけは呑気なモノで、その違和感が非日常の恐怖を呼び起こす。例え彼女が発砲しても、命中なんて叶わないだろう。スナイパーライフルというモノは、近距離で撃てるようには出来ていない。サキもウイも、目をつぶり衝突事故を覚悟して――。

 しかしながら、その猫は柔軟な大地の壁に包まれた。

「間に合った……!」

「……コーベ!」

 アスタルとの戦線から一時離脱し、コーベが<フィールドウォール>で間一髪、その<メックス>をオブラートのように覆い閉じ込めた。丈夫な袋の中に詰められたも同然の状態で、猫は全く身動きが取れない。じたばた足掻いては、やがて無意味な行為であることを悟り大人しくなる。

「サキ。今だよっ!」

「えっ、えぇと……分かった!」

 意識を緊張から復帰させるのに時間を要したが、彼女が<アクセラ>を操り袋の下へと幅寄せする。<フィールドウォール>は性質上刺突に弱いので、V字ブレードを使えば容易く破けて中身の<メックス>を殺処分することも出来た。

 これで残りは二匹と一機。うち一匹は手負いの缶詰頭で、未だビルの陰で怯(ひる)んでいた。

「あともう少し。一息に――」

《けどニャ、ニャんじ(汝)らは既に手遅れだニャっ!》

 しかしこんなタイミングの時に限って、ふと思い出されたかのようにアスタルの声が湧いて出てくる。言っている内容は、よく分からない。

「……アスタル、話す時は主語と述語を付けないと」

《それ、ウイに言われる筋合いはニャい(無い)ニャっ! そんニャことよりも……<メックス>を見てみるのだニャ!》

「いや、今まさしくロックオンしてるんだけど――って、何よこれ」

 サキが思わず、驚きを零す。三人が標的を見てみると、その真新しい<メックス>が巨大化を始めていた。古い装甲を飲み込むように、液体状の新しい金属が猫を覆っては補強する。そうすることの繰り返しで、<メックス>はサイズアップとダメージ修復を成し遂げた。陰で寝ていた缶詰頭の個体も同様に、新たな体を手に入れる。

 このような<メックス>の巨大化自体は、戦闘時ならほぼ毎回起こっている現象だ。メカニズムとしては、一次鋼鉄化する際に稼働したナノマシンの<MBC>が新たに素体のストレスを一定量感知することで再稼働し、地中から鉄分等を吸い取っては分子レベルで装甲を構成し二次鋼鉄化をする。しかし三人の目の前には、いつもは見られない奇妙な点が二つあった。

 一つは、無傷でストレスフリーなはずの<メックス>すら巨大化したこと。二匹同時に巨大化したことから察するに、もしかしたら<MBC>がストレス検知タイプから時限式に仕様変更されたのかもしれない。

 もう一つは、個体の大きさが従来の八メートルより三割増しの十メートルを超えていることだ。

 二足で直立した時のその高さは、新木通り沿いの雑居ビルにも匹敵する。サキ、ウイ、コーベの乗っている四メートル級の可変自動車なんて、その猫の半分どころか後足に届くくらいの高さしか持ち合わせていない。このスケール差はまるでこちらがコロコロとしたキャンディのようで、いつか食べられてしまいそうだ。

「あんな大きいの、私見たこと無いわよ……!」

「アルカ。何が起きているの?」

 コーベが彼に訊いてみたところ、返ってきた声も推測の域を出ていないからか、あまり釈然とはしていなかった。

『第二世代の<MBC>……略称の頭にセカンドを付けて、<SMBC>(Secondly Metallic Beast Creator)とでも呼ぼうかね。向こうの<メックス>が進化したんだよ……!』

「……そんな――」

 ウイが言葉を失っていた。他の二人も、緊張感のあまり冷や汗を流す。今までのグレードでも十分強敵だった鋼鉄猫たちが更にパワーアップしてくるなんて、悪い夢でも見ているとしか考えられない。

『しかもさっきの行動、知能が低い猫の割にはフォーメーションを取っていた。操られてるんじゃあねぇのか?』

「操ってるって、一体誰が――いや、出来る奴が一人だけ居る。その<SMBC>とやらを、野良猫に付けた張本人かしらね……!」

 三次鋼鉄化に加えて、集団行動まで可能としたクリーチャー。この十メートル級<メックス>に対抗するには、現状ではあまりにも力不足だ。

「とりあえず。何か作戦でも練らないと……」

 コーベが頭を回転させようとしたところ、突如イスクから警告メッセージが送られてきた。

《たっ、大変ですニャ! コーベくん、作戦とか考えてる場合ニャんかじゃニャい(無い)ですよ~!》

「……イスク、どうしたの?」

 戦いには気運というモノがあり、それが不足している状態では悪いことが土石流のようにどっと降りかかってくる。彼女が知らせたニュースも、不幸なことにそのジンクスを遵守していた。

《猫ちゃんが……<メックス>が大量に、街のあちこちで新しく発生していますニャっ!》

『このタイミングでか……! お前ら、こりゃどうも試されてるぞっ!』

「何よその、アルカの顔みたいに酷いジョーク?!」

 モニタにマップを表示させると、デフォルメされたイスクのアイコンが赤ペンでポインティングをし始める。彼らが目視できる範囲には無かったものの、それら赤いドットは散発的だが街中にいくつも打たれていた。その数は、およそ四〇だろうか。

「この数。一体どうやって倒せって言いたいんだろ?」

『んな呑気に構えてる場合じゃねーぞ、コーベ! まだ四メートル級で成長が止まってるのが救いか……しかしこいつらもきっと、一定時間が経てば十メートルにまで大きくなるんだろうなぁっ!』

 しかも統率が取れているかのように、それら新しい<メックス>は三人のところへ向かって移動しだした。ただでさえ目の前で十メートル級が二体も余裕を見せて手をこまねいているというのに、彼女らは包囲されてしまったのだ。

 そしてトドメは、このアスタルである。

《フニャハハハー! ニャんか<メックス>たちが元気にニャッたところで、こちらも一気に畳み掛けさせてもらうニャー!》

「アスタル、アンタは黙ってなさいな!」

《だ~か~ら~、今がチャンスニャのだって言ってるニャ! という訳で、ここでニャらく(奈落)の底に隠されし吾輩の切り札を切らせてもらうニャよっ!》

「……切り札?」

 ウイが彼の言葉を聞き返したが、答えはすぐ物理的に見えてくる。新木通りの東の方、新西関駅とは反対側から、藍色に染められた一台のトレーラが走ってきたのだ。牽引しているのは、黒い二〇フィートコンテナ。ディーゼルエンジンなはずなのに、騒音は不思議と出ていない。

「あれって。まさか、日産ディーゼル<クオン>?」

《フニャハハハ、ちょっと違うのだニャコーベ! あれは<クオン>を基にした特製トラクタ、名付けてその名も<クオンクオート>なのだニャっ!》

 黒猫が高らかに笑う。<クオン>とはかつて存在した日産ディーゼルという会社が製造していた、大型トラック並びにトラクタヘッドだ。特徴は六角形の隈取りと『N』をモチーフにしたエンブレムだが、アスタルに横付けされたそのトラクタはヘッドライトが『Q』の字のような見た目のモノに改造されている。他にも細かな差異が見られ、そのような箇所を鑑みてオリジナルである<クオンクオート>(Quon〝quote〟)の名前を冠しているのだろう。

《どうだニャっ、以前の吾輩の従者<パストノッカ>に代わる、新しい使い魔<クオンクオート>は~っ?!》

「ちょっと待って。<パストノッカ>の後継ってことは……」

 コーベの推測に対して、黒猫が口を吊り上げニヤリと笑む。<パストノッカ>とはついこの間まで彼の<プリウスα>と合体をしていた、日野<プロフィア>ベースの大型トラックのことだ。そして、そんな<パストノッカ>に代わるということはつまり――。

《その通りだニャコーベ、<オーバーファミリア>っ!》

 アスタルの<プリウスα>が変形し、一瞬で合体形態(合態)となる。そして隣の<クオンクオート>も合態となって手足のあるヒトの形となり、それの胸部分に<プリウスα>が収まった。

頭部をせり出しては装甲を展開、付随していた二〇フィートコンテナからライフルと鎌が一体化した武装を引き抜く。

 そうして出来上がった死神は、鎌を振り回し威圧してきた。

《<p.α.κ.>、コンプリーテドだニャ!》

 アスタルが短く宣言。漆黒に染まった七メートルの合体ロボット<p.α.κ.>が、こちらを鋭く冷たく睨む。

「そうだよね。僕らが壊した<パストノッカ>を、僕たちみたいな修理じゃ無くて新造すれば……!」

「……早く復帰できるし、パワーアップも出来る」

 コーベとウイの言う通りだ。この前彼らが倒した<パストノッカ>は、粉々になって修理不可の状態だったはず。直すとなれば多大な時間がかかるだろう。しかしそこで新たに<クオンクオート>を造ることで、アスタルは以前と変わらない、いやそれ以上のボディをいち早く手にすることが出来たのだ。

「これじゃ、こっちが不利よっ! コーベ、私たちも!」

「うん。合体しよう、<オーバーファミリア>っ!」

 コーベが叫ぶとほぼ同時に、イスクが事務的に機体を合態へと変形させる。<ラティオ>が下半身で、<アクセラ>が上半身、<フィールダー>がバックパック。これら三機を繋ぎ合わせて、同じ七メートルの合体機<T.A.C.>へと変貌を遂げる。

「……動力の同調オールグリーン、機体チェック……異常なし。プラズマ推進機構、動作は正常……」

「こっちも、動きがすこぶるいい! 流石はアルカ、よくぞ直してくれたものよっ! ウイ、今度は頑張りましょ!」

「……うん、今度は」

 サキは何気無く言ったつもりだが、返ってきた彼女の声はトーンが低調だった。どこか自信が無いような、覇気の籠っていない言葉。どうしてそのような反応なのか、彼女はすぐには把握できなかった。

敵は<p.α.κ.>だけでなく、舌なめずりをして余裕を見せている十メートル級<メックス>二匹、そして<T.A.C.>を包囲しつつある四〇匹の四メートル級<メックス>。勝ち目のない絶望的な状況だが、それでも三人はやるしかない。早速、コーベが戦闘を始めようとする。

「それじゃあ。二人とも、まずは武装を受け取りに――」

『ちょっと待てコーベ、アタックはそこのサキに一言ぶつけてからだろ』

 このタイミングで唐突に、アルカが通信を入れてくる。ひとまず敵残存戦力との睨み合いを片手に、三人は彼の話に耳を傾けた。中でもサキは特に、名指しされたためアルカと会話を始める。

「私に、何か用でもあるの?」

 何を言われるか、実際彼女は分かっている。だから窓を割ってしまった子供のような、しょんぼりとした声色しか出せない。続いたアルカは、いつも以上に言葉を荒げた。

『分かってんだろ、お前の感情だよっ! 俺が言えることじゃねぇがよぉ、しかし俺くらいしかキッパリと言える奴も居ねぇかんな……お前、どうしてウイに――』

《どうしてウイちゃんに怒鳴ったりしたんですかっ?!》

 息が詰まる。罰が宣告されたような、いや、罪が告発されたような気分になった。自分でも分かっているのだから、尚更罪悪感に押し潰されそうになる。そして、その他にもう一つ。

「イスク……なの?」

 普段はマイペースで無理矢理会話に割って入ってはこないネコであるイスクが、今回に限って口癖も変えて語調を強めながら飛び入りでサキに喝を入れたのだ。こんなことは滅多に無くて、八月初め以来まだ一回しか彼女の怒声を聞いたことが無かった。

《そうです、私ですニャ! もう見てられないから、ご主人様に代わって言わせてもらいます……今のサキちゃん、ひどく最低ですっ!》

 イスクの言葉が、頭を叩く。痛いどころの話では済まない、もう罪の意識で圧死してしまいそう。今まで通りただ他者から批判されるのではなく、自分に落ち度があると分かっていることを叩かれるのが、これほどまでに辛いとは。

 イスクにしばらく任せようと考えたのか、ウイやコーベと同じくアルカも口を閉ざしてしまう。ただ彼とコーベが事の成り行きを見守ろうとしているのに反し、ウイは自分のことをミスをしてサキを追いやった当事者だと思っていそうな瞳で俯いていた。

『最低』という単語が応えて、サキはとっさに『お姫様の部屋』へと逃げ出したくなってしまう。けれど、それがいけないことだということも彼女は分かっていた。逃げているだけでは、解決しない。守谷さんの手助けもあってウイから逃げずに向き合うことが出来たから、少しだけだけど言葉をまた交わせるようになった。

 そんな関係性をたった今、ウイに強く当たって壊した。

 やはり逃げ出したい。罪悪感をあの部屋に閉じ込めたい。そんな思いを辛うじて飲み下し、口答えすることで必死に堪える。

「最低ってのは、いくら何でも酷過ぎると思う。あれは、そりゃ私が悪かったけど――」

《私じゃ無くてウイちゃんに謝って下さいっ! いいですか、サキちゃんがあんな高圧的になったせいで、ウイちゃんを委縮させてしまってミスを誘発させたんです! 普段のウイちゃんは、あんな失敗は絶対にしません! このことは、友達であるサキちゃんが一番知ってるはずですっ!》

 反論として、サキは自らの思考をダイレクトに伝える。

「違う、そんなんじゃ――ウイは友達じゃ無いっ!」

「――えっ?」

 自らの思考を、サキはウイにも伝えてしまった。


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 合体してから相手が一歩も動かなかったら、何かあったのか疑うのは当然の行動だ。アスタルもその例に漏れず、コーベに尋ねてくる。

《ちょっと……ニャに(何)があったのだニャ?》

「色々とね。アスタルにはしばらく黙っててもらいたいんだけど……ダメかな?」

《聞き入れられニャいニャ。今はニャんじ(汝)らを打ち倒し、ご主人様にその首を献上する絶好の機会ニャのだからニャ!》

 <p.α.κ.>が携えている<ディスタンスイグノアラ>多機能兵装システムを、鎌である<バリニーズ>形態に変形させて構える。その切っ先はやはり、<T.A.C.>を指し示していた。

「選択肢は無いんだよね。イスク、ちょっといいかな?」

《コーベくん、どうしました?》

 普段に比べて抑揚のない声だったが、彼女はしっかりと受け答えをしてくれた。流石AIと言ったところか、恐らく一つの領域ではサキにどう怒鳴り散らそうか考えながら、別タスクとして彼と会話をしている。二つの行為を並行してやってのけているのだろう。

「<T.A.C.>のコントロール。僕一人だけで動かせられるように出来るよね? サキとウイが仲直りするまでは、状況を持たせようと思うから」

《かしこまりました。くれぐれも気を付けて下さい、コーベくん》

 しかし感情を司る大元が一つの思考だからか、コーベにかける言葉まで静かな怒りを帯びている。ただし仕事に抜かりは無く、イスクは操縦系統の切り替えをしてきちんと自らの仕事を全うした。

 本来<T.A.C.>は、ウイが機体制御、サキが機体操縦、コーベが火器管制と、役割を三人で分担して動かしている。だがイスクが切り替えたおかげで、これらすべての操作をコーベ一人で出来るようになった。

操縦間隔は<フィールダー>を動かしている時とさほど変わりないが、パイロットの負担が三倍になったのは大きい。この状態で<p.α.κ.>とまともにやり合えるのかと問われたら、コーベは迷わず首を横に振る。

『補助は俺がやってやる。イスクも手一杯だろうしな』

《ありがとうございます。ご主人様》

 機体の状態を確認し、アルカからのバックアップが入ったことを確認。近くに留置されている武装の場所を確認し、まずはそれを受け取りに行くことにする。

「イスク。一つだけ言いたいことがあるんだけど……」

 操縦桿に手を掛けながら、コーベが彼女に話しかける。

《……どうしましたか?》

「サキとウイのこと。よろしくね」

《は……はい、かしこまりましたニャ!》

 白猫の声に、若干の喜びが垣間見られた。これでイスクの緊張を少しでもほぐせたのだから、コーベとしては成果ありだ。

「それじゃあ。アルカ、ツーマンでやれるところまでやってみようかっ!」

『おうよ、コーベっ! 俺ら二人、やりゃ出来るってことを見せつけてやろーぜっ!』

 ひとまずプラズマを吹かして飛翔し、<T.A.C.>は<p.α.κ.>の頭上をオーバーパスした。


 機体が大きく揺れるのが分かる。戦闘が始まったのだろう。サキのコクピットに届く音は、全てが雑音だった。コーベの声も、ウイの声も聞こえない。

「イスク……何が起こってるの?」

《コーベくんがワンマン操縦で、お兄ちゃんや<メックス>たちと戦ってます》

 事務的に、イスクが答えてくれる。スピーカーから流れる彼女の音声は、どこか揺らぎがある気がした。感情の起伏。やはり怒っているのだろうか?

《今この通信は、サキちゃんとウイちゃんしか受信していません。コーベくんとご主人様は別チャンネルを使ってるので、お二人の話し声が漏れる心配もありません……》

「……イスク、何が言いたいの?」

 ウイが尋ねる。彼女の声は、どうしてか久し振りに聞いた気がした。それに対し、イスクが凪のように静かに答える。

《お互いの想ってることを、ここでぶつけて下さい》

 非常にまずい、とサキは直感した。彼女がウイに対し抱いている感情を爆発させたら、もうウイとは友達でいられなくなる。それほどまでに、サキはウイに対して酷い気持ちを持っている。

 そのことが端的に示されたのが、先程の『友達じゃ無い』という発言だ。

「あ……もう、手遅れだ」

 しかし、彼女は気付く。このことを言ってしまったのだから、ウイとまた友達になることは出来ない。もう、以前の関係に戻ることは出来ない。このセリフを言ってしまって、二人の関係修復は手遅れになってしまった。

 互いの感情をぶつける。ウイも何か、サキに対して抱いているモノがあるのだろうか?

 とりあえず彼女は、ウイに謝ろうとした。

「ゴメンね、ウイ。さっきあんな酷いことを言っちゃって……」

「……どうして」

 赦してもらえるとは思っていない。けれども、ウイが次のように訊いてくるとも思っていなかった。

「どうして、私はサキの友達じゃ無いの?」

 核心を突かれる。普段は寡黙なウイがここまでアグレッシブに、この件について言及してくるとは。彼女もイスクと同じく、サキに対して怒っているのだろうか。

 どこから手を付けて説明すればいいか、サキは迷っていた。現在、彼女の思考はぐちゃぐちゃだ。数瞬の後に出した結論は、頭の中にあることをそのまま吐露するということだった。

「私ね……見ちゃったの。ウイが、コーベに抱きしめられてるところ」

 無理に言い訳をしてしまったら、それはウイに対し不誠実な態度となる。だから正直に、包み隠さず彼女はそのままの気持ちを伝える。そんなサキに応えるかのように、ウイはまだ取り乱さず落ち着いて聞いていた。

「……そう。見ちゃったんだ」

「うん、偶然だったけど。アルカとの話し合いもすぐに終わってね、階段の踊り場でウイたちに追い付いた。声を掛けようと思ったんだけど、二人ともお話し中だったから掛けづらくて。そうして少しだけ見てたら、コーベがウイのことを抱き始めた」

「…………」

 ウイにも思うことがあるだろうに、黙って耳を傾けてくれている。サキはそのまま、言葉を続けた。

「その時のウイの表情がね……とても、幸せそうだった。甘いけれどどこか苦いような、そんな笑顔。あれ、私知ってるんだ」

 甘くて苦い、そんな感情。まるでガトーショコラのような、女の子ならば誰もが抱くモノ。あのようなシチュエーションだと、特に。その正体は――。

「ウイはね、コーベのことが好きなんだ」

「……それは、サキも同じなはず」

 即座に言い返されて当惑し、そのセリフの意味を理解しては困惑する。どう反応すればいいのか、サキには分からなかった。

 サキのコーベに対する恋慕を、ウイは察していた。

 これは想像すらしていなかったことだ。静かに抱いて、誰にも明かさず、そして『お姫様の部屋』に閉じ込めた感情。それは誰も知っていないと思っていたのに、ウイは気付いていたのだ。

「ウイ、どうしてそのこと……いや、分かっちゃうの?」

 拙いながらも、思い思いのセリフを吐き出す。返ってきた答えは、首肯だった。

「……三人で海に行ったときあたりから、サキが私よりもコーベと一緒に居るようになって。その時のサキがとても嬉しそうだったから、そうなのかなって思い始めた」

 海へ行ったのは、八月の下旬だ。思い返してみれば、確かにその時からサキとウイは疎遠になっていった気がする。

「そう……ウイは、知ってたんだね」

 そういえばウイが僻んだ時にも、『サキとコーベがいつも一緒に居るから疎外感を覚える』と彼女は言っていた。サキの気持ちによる最大の被害者であるウイなら、この恋愛感情に気付いていてもおかしくはない。

 でも――。

「でもね、その気持ちは仕舞ったの。ウイのために」

 サキがコーベの気を引こうと考えたから、ウイをないがしろにしてしまって淋しくさせた。全て悪いのは、サキの感情だ。

だから彼女は『お姫様の部屋』――決して自力では脱出できない監獄――へと、その気持ちを堅く閉じ込めたのである。諸悪の根源である恋心を、環境を不幸にさせないための領域へと。

 そうであるはずなのに。

「……やめて、そんなことしないで」

 ウイの肩が震えているのが、モニタを通して伝わってくる。あれは怒っているのか、それとも泣いているのか。

「サキは私のせいで、サキの想いを棄てちゃったのっ?!」

 今度はウイが、サキに対して怒鳴り散らした。

 いつも語頭に付いている沈黙も、今はそのなりを潜めている。彼女の眼には怒りが満ちて、そして涙が滴っている。サキを睨みつけているはずなのに、ウイはとても苦しそうだった。

『自分のせいで』。彼女はサキが気持ちを封じ込めている理由をそれだと思い込み、こうしてサキに訴えていた。

「違う……ウイ、それは違うっ! 私は、ウイのせいなんかじゃ無くて……ウイが、淋しくならない様にっ!」

「それ、つまり私が原因なんでしょうっ?! 悲しいよ、サキが諦めるのは今よりもっと淋しいっ!」

「どうして、どうしてウイが淋しくなるのっ?! 私はコーベを好きじゃ無くなって、ウイのことをちゃんと友達だと見れるようになって、そしてウイとコーベが二人仲良くなって! ウイのことを『友達じゃ無い』って言ったのはね、私がウイのことをコーベほど好きにはなれないからだよっ?! 友達の程度に優劣を付けちゃったから、私はウイの友達失格って意味で言ったの! だから、私がコーベを何とも思わなくなれば――」

「だから、それが淋しいのっ! サキがコーベのことそう思っちゃったら、三人の関係はどうなるのっ?! 確かに私はコーベが好きだけど、だからと言ってサキのことが嫌いってはならない! サキ、アナタが言ってること、二人のうち一人しか好きになれないって! 私に『友達』って言葉を教えてくれたあの時のサキは、そんなこと言ってなかった!」

 イスクの意図が実現した。サキとウイの、それぞれの想いと想いがぶつかり合う。一拍も置かず、絶えることなく。語調は決まって強めだった。

「サキ、私がどうして怒ってるのか分かってる?! 私はサキのこと、まだ友達だって思ってるっ! 普段はトゲトゲしてるけど、でも考えるとこはちゃんと考えてるサキのことが! だから、『友達じゃ無い』なんて言わないでよっ!」

「私はウイのために、ウイの友達じゃなくなったのよ! ウイのことを友達じゃ無いって思っちゃった、私のようなのと友人関係続けるのは絶対に良くないし、私が退くことでウイはコーベと仲良くなれる! それでいいのに、どうして分かってくれないのっ?!」

「そうやって、サキの気持ちを私に押し付けようと――重いモノを背負わせようとしないでっ!」

 息を呑む。突然の言葉にサキは動揺した。今、ウイは何と言った?

「重いモノ、って――」

「サキはそうだよ、自分のことを分かってもらおうとしてる! 私はただサキが隣に居てくれるだけでいいのに、サキはそれ以上のことを望んでるっ!」

「それの何がいけないのっ?! 私は、ウイのことを知らないのなんて嫌! それに、ウイに――コーベに私のことを知ってもらえないのは、もっと嫌だよっ!」

「そんな重い気持ちを、私にぶつけないでよっ!」

 ウイに突っぱねられた。他人に理解して欲しい。『お姫様の部屋』の感情を解放して欲しい。そんなサキの永遠の願いは、ウイにとって負担だったのか。

「じゃあ、私はどうすればいいのっ?! ウイみたいに『他の人に見てもらいたい』ってだけじゃ、私は満足できない! ウイが私のことを分かってくれないのなら、どうやって私は幸せになれるのっ?!」

 ウイが狼狽する。他人に見て欲しい。彼女を形作っているその一次的欲求は、サキによって程度の低いモノと捉えられた。しかし、ウイはめげずに反論する。

「その想い、私じゃなくてコーベにぶつけてよ! だから、コーベのことを諦めるなんて言わないでっ! サキが幸せになれなかったら、私だってそうはなれない!」

「それは違う、普通に考えたら違うって分かるはずだよ! ウイだって、コーベのことが好きなのに変わりは無いんでしょっ?! ウイとコーベが上手く行けば、ウイはきっと幸せになれる! それでいい……いや、そうじゃないと私は嫌っ! 私自身は、そんなのはどうでもいいからっ!」

「ダメ……! 三人一緒でなくちゃ、サキが幸せじゃなきゃ私はっ!」

 この言い合いは、平行線だ。二人の想いは交わりを知らず、距離を保ちながらただ伸びている。

 サキの幸せは、ウイが幸せであること。

 ウイの幸せは、サキが幸せであること。

 自分の気持ちを優先しすぎて、二人ともこの哀しい方程式に気付いていない。

 そんな状況に痺れを切らしたのか、黙って事の成り行きを見守っていたイスクが遂に行動を起こした。猫の鳴き声とは思えないような、波のように荒立った声を上げて。

《あ~も~、二人ともいい加減にして下さいっ! サキちゃんは自己犠牲に走ってるだけで、ウイちゃんは三角関係を放棄しようとしてるだけですっ! お互い幸せなのがお望みならば、答えは一つしか残されてないじゃないですかっ!》

 言葉が飛び交うのを一旦止め、白猫のセリフが二人の耳に響く。サキもウイもそこでようやく方程式に気付き、一度だけ冷静さを取り戻す。

 しかしそこで、大きな振動が唐突に彼女たちを襲った。運転席が揺れに揺れ、危うく座席から振り落とされそうになる。機体の状況をチェックしてみると、<T.A.C.>が分離していることが判明した。

「これって、つまり――!」

「……コーベが、耐えられなかった?!」

 流石に負担が大きすぎたのだろう。<p.α.κ.>か<メックス>の攻撃により、<T.A.C.>の合態が解除されてしまったのだ。それぞれバラバラの人態となってしまった<ラティオ>、<アクセラ>、<フィールダー>はひとまず立ち上がるが、目の前には十メートル級の<メックス>がそびえ立っている。そんな状況でも、しかしイスクは勢いを弱めたりなどしなかった。画面の中の彼女は身振り手振りを使い、躍動感にあふれている。

《もうこうなったら、コーベくんに一言ガツンと言ってもらいますっ! どうせもう二人だけで解決するなんて無理でしょうし、コーベくんもここまでやれば満足だと思いますし!》

 二人が制止する暇も無く、怒りに満ちたイスクにより<フィールダー>との通信回線が開かれる。たった一人で戦闘中のためか、彼の声には焦燥感がにじみ出ていたが、それでもしっかりと受け答えをしてくれた。

「イスク。どうしたのっ?!」

《コーベくん、単刀直入に訊きます! 自分のことをすぐ軽く棄ててしまう女の子と、恋愛競争から逃げて理想論しか並べない女の子! 二人はこれからどうするべきですかっ?!》

 サキとウイの欠点を、イスクは婉曲的に表現する。あえて名前を伏せることでどちらが誰のことなのかを隠し、彼女たちの尊厳を守ったつもりなのだろう。加えて、二人の喧嘩を彼は聞いていない。

 だというのにこのコーベは、どれが誰のことなのか、手に取るように理解した。無意味なサブマシンガンを<メックス>に向けて連射しながら、彼はその言葉を解き放つ。

「簡単だと思うよ。皆が皆、互いのことを好きになれば……サキとウイだったら、きっと出来るはず――」

 アスタルの撃った流れ弾から、<フィールドウォール>で二人を守る。踏まれても負けない道角の花のように、コーベは二人へと思考をぶつけた。

「――だよっ! ある女の子は友達への気持ちを思い出して、ある女の子は友達に依存し過ぎないようにすれば! そうだよねっ?!」

 まるで背中を押すように、その言葉はサキとウイに強く響く。

「僕が好きな二人なら、それが出来るはずだからっ!」

 彼のセリフはしかし対<メックス>のマシンガンとは違い、サキとウイにとって重大な意味を持つ支えとなった。

「あぁ、そっか――」

「……そう、なんだ」

 二人が同時、小さく零す。この瞬間、彼に指摘されてようやく、自分がどれだけ莫迦(ばか)なのかに気付くことが出来た。

 サキがまず、自らを伝えなければと思い立った。他の誰でも無い、ウイに早く分かってもらいたい。その声は呟くほどだったが、けれども相手にはちゃんと伝わる。

「ウイ……ゴメンね、大切なこと忘れてた。私――ウイのことも、『好き』だったんだ」

「……えっ?」

 考えてもみなかったのか、呆気に取られたウイの表情。それを見て、サキは少しおかしくなって笑う。この一つだけが、精一杯の余裕だった。

「私、前にも言ったよ。あの梅雨の中日、テラスでウイに友達がどういうモノかってのを教えた時に。ある人が好きだと思ってる人は、その人にとっての友達なんだ、って」

 あの時は確か、ウイはチョコミントアイスを食べながら、サキはトロピカルフルーツのジュースを飲みながら話していた。友達というモノがよく分からないウイに対して、友達というモノを少しだけ知っているサキが、その瞬間に感じていたことをそのままアウトプットしたセリフ。恋愛感情とは少し違う、ただ純粋にΔt秒だけでも、同じ時を過ごしていたい。

 お互いに『好き』だと思っていれば、その人同士は友達である。

 少なくともその時、サキはウイのことを好きだと感じていた。

「ウイは私のことがまだ好きだから、私が友達じゃ無いって言ったら怒ってくれたんだよね……ゴメンね、気付いてあげられなくて」

「……そんな、サキが謝るなんて――」

「私はウイが好きだってこと、たった今まで忘れちゃってた」

 サキの方から涙を落とす。自らが非情な人間であること、ウイの気持ちに応えられなかったことを悔いていた。

「コーベのこと、好きになって。そしたら頭の中でずっとコーベのことを考えるようになって、したらウイのことを考えなくなって。ウイのこと、『友達』じゃ無くて『他人』って考えてた」

 嗚咽はそこまで大きくない。むしろ全てが分かって、彼女の心には一種の清々しさが生まれていた。赤いヘアゴムの横顔を、涙は静かに流れていく。

「私がコーベのことを諦めようとしたの、ウイに幸せになって欲しいってのは本当だよ。でも、そう願って自己犠牲に走ったところで気付くべきだったんだ。私が自分のことを棄てるのは、『他人』のために限るって。友達のためには、決してならない」

 サキが自らを棄てるのは、決まって他人の幸せのためだ。自分や仲間、友達のためには、そんなことを絶対にしない。そうする必要が無い。だってウイという友達は、サキと一緒に居るだけで幸せだと感じてくれるはずだから。

「だから……私、もう一回ウイのことを『好き』になろうと思う。コーベと同じくらいに想うのは無理かもだけど、少なくともこの前と同じくらいに、ううん……もっと」

「……サキ、ありがと。でも、私は逆の道を行きたい」

「うん……ウイ、言ってみて。アナタの声が聴きたい」

 サキが言葉の先を促す。どうしてウイがそのようなネガティブなことを思ったのか、コーベのセリフのお蔭で大まかに把握している。だから怖いモノは何一つ無し。

「……私は、サキに依存しすぎてた。私が思ってた私のアイデンティティ、『サキの友達であること』だったんだ」

 すぐに逸れてしまいそうだけど、頑なに逸れない彼女の目線。いつからかウイも、相手の目を見ながら話せるようになった。だから彼女が掛けている空色の眼鏡が、心地良く彼女に似合っていることにもこうして気付ける。

「……私には、今まで何も無かった。記憶も無ければコミュニケーションも苦手で、だから友達が何なのかも分からない。そんな暗闇から手を引いてくれたのが、サキだった」

 ウイがこの時から涙を流したのは、どうしてだろう。

「サキ、ありがとうって今でも思ってる。アナタが居なかったら、今の私も居なかった。でも、だからこそ、私はサキに強く依存した。この前サキから離れようとした時も、それまで離れかけてたサキに構ってほしくてそうしたんだと思う」

 ウイは一か月前の、あのオーディションのことを言っている。サキがコーベに惹かれた結果として、ウイをないがしろにしてしまい、その結果として二人の距離が開いてしまった。だからそれを少しでも縮めようと、ウイはあんなことをした。しかしそれは裏目に出て、逆にサキとの差が開いてしまうことをサキとコーベに指摘された。そしてその後にコーベが、彼女がどこかへと行ってしまわないよう抱き締めた。

「……サキがコーベのことをどう思ってるのかは何となく分かってたから、私がコーベのこと好きになった時、どうサキに接したらいいのか分からなくなった。コーベと一緒に居たいけど、そしたらサキは独りになっちゃうし、サキの気持ちも潰しちゃう。けど、コーベとは一緒に居たい……二人のうちどっちに傾けばいいのか分からなくって、私は二人との距離感を失ってた」

 三人グループが疎遠になっていた、ウイ側の原因はこれだった。サキとコーベの二兎のうち片方に絞れなくて、結果として一兎も得られず宙吊りの気構えとなってしまう。彼女は好きな人と同列に考えるほどに、友達のことを切り離せなかった。

「……この辺りはサキと似てるかな。私は、けれどもサキに傾こうと思った。私がコーベのことを諦めればサキは幸せになれるし、サキのためなら私は我慢できる。けれどこれは、心の中に作った建前。本当は、サキと争うのが嫌だった。そうなっちゃうと、友達じゃ無くなると思ったから。これほどまでに、私はサキに依存してたんだ」

 二人の涙は、同調しない。平行線で重なり合うことなく、ただ互いのために存在する。ウイのためにサキの涙があり、サキのためにウイの涙がある。出会ってから約半年が経った、そして先程まで行き詰まっていた、二人の関係はこれだった。

「……私、そろそろ巣から飛び立とうと思う。友達のために動くんじゃなくて、自分の思うように動きたい。サキに遠慮するだけじゃ無くて、もっと私の意思を混ぜたい」

 深呼吸して、ウイは言葉を区切る。双方の涙は勢いを弱め、つまり二人はそろそろ克服してきた。

「私、コーベのことが好き。私のことを見てくれる、そんなコーベが好き」

「そう……そっか。『友達』である私よりも、アイツはウイのことを見てるの?」

「……うん、ゴメンね」

 ウイのその言葉に思わず、サキはクスリと笑ってしまった。彼女のことを見ていなかったのだから、コーベに負けるのは至極当然。

「何も、謝ることは無いでしょーが……ウイがコーベに惚れたのは、半分以上私の失敗のせいなんだから」

 自分がウイの友達であることを冗談のつもりで言ったのに、彼女はそれを真面目に返してくれた。そのことが嬉しくて、だからサキはニコリと微笑んでいた。

「それに、私がコーベに負けるのは当然だよ――ウイを想う、そんなコーベが好きだから」

 ウイがコーベに好意を寄せるのは、彼が彼女の胸中を見抜いてくれたからだ。ウイが淋しいと感じたから、コーベは彼女を抱き締めた。他にも彼はサキに対しても、彼女の苦しさを解き放ってくれた。この二人に、コーベはこれほどまでに大きな想いで接してくれた。

 つい最近までウイのことを見ていなかったサキが、こんなコーベに想いの大きさで勝てるはずが無い。ウイを包み込む、コーベの優しさ。サキが憧れて惚れたのも、そんなコーベの優しさだから。

 心を落ち着かせながら、ウイとサキがそれぞれの気持ちを、静かに少しずつ口にする。

「……でも、サキのことも私は好き。一番では無いけども、私に『友達』を教えてくれたサキが好き。もっと、アナタにも私を見てもらいたい」

「ウイ……私も、アナタのことが好きだよ。正確には『好きだった』だけど、でももう一度好きになろうと思う。コーベへ向けるのとはちょっと違う、ウイのためだけの感情で」

 サキがコーベを好きで、ウイがコーベを好きで、そしてサキとウイがお互いを好きで。コーベの言葉に気付かされて、その後に二人で仲直りして。

 ほろ苦い後に甘みが来る、まるでガトーショコラのような、淡い恋心のような気分。

 三人の誰もが互いのことを好きになれば、それはとても幸せなこと。

 この状況に至るまで、とても充実した半年を過ごせた。

《ぱんぱかぱ~ん! 二人とも、ニャか(仲)直りおめでとニャ~!》

「いっ、イスク?!」

「……消えてたと思ったら」

 そんなドラマチックなタイミングで、いつもの調子に戻った、いやかなり感動していそうなイスクのボイスが響いた。モニタ上のデフォルメアバターは両腕を横にぶんぶんと振って、口に咥えたラッパがぱんぱかと気の抜けた音を出している。

《ようやく、ようやくだニャ! 一時はコーベくんのせいでどうニャるかと思いましたけど、この一か月待った甲斐がありました! これでサキにゃんもウイにゃんも、堅い夜のきずニャ(絆)で結ばれましたね☆》

「……やっぱり、コーベが戦犯だったんだ」

「ってか、そのサキにゃんウイにゃんは何なのよ……?」

 あまりのテンションの変わりように付いていけていないのか、下ネコの下ネタには二人とも気付いていないらしい。

《そーゆーことは、お・い・と・い・て☆ 早くコーベくんに助け舟を出してあげましょ~!》

「イスク、そんなこと言われてもこの状況じゃ……っ!」

 敵である通常<メックス>四〇匹、巨大<メックス>二匹、そして<p.α.κ.>一匹は健在だ。対してこちらには、これといった対抗手段が無い。情報統合AIである白猫がここまで能天気なのが不思議なくらいの劣勢で、だからサキは少々苛立った。

しかしそれをも打ち消してくれるモノこそ、美少女ネコミミメイドAIのイスクである。尻尾をくるくる回して胸の鈴をリンと鳴らしながら、とんでもないことを言ってきた。

《安心して下さいニャ! 今から私がたったの数秒で、みニャさん(皆さん)に素敵なプレゼントを贈っちゃいま~す☆》

「……マジックショー?」

 ウイがそんな他愛のないことを呟いていると、イスクがカウントダウンを勝手に始める。

《お兄ちゃんとご主人様、そしてコーベくんにも回線つニャげ(繋げ)ますから、みんニャで一緒に数えて下さいね~! せーのっ、さ~ん! に~! い~ちっ!》

《ニャっ、ニャにごと(何事)だニャっ?!》

『オイオイ、通信繋がった途端に出落ちかよ……』

「イスク。元気そうで何よりだけど、いきなり何やろうとしてるの……? 一瞬引いちゃったよ」

 アスタル、アルカ、コーベからリアクションが返ってくるが、そのどれもがカウントダウンに乗っかっていない。勿論サキとウイも同様で、イスクだけが騒いでいるという薄ら寒い構図が出来上がっていたが。

《ぜろ~っ! ぱっぱらぱ~、遂にお披露目で~す☆》

 そんな茶番が終わろうとした矢先、その戦場に割り込んできたのは――。

 白鼠(しろねず)色の、キャリアカーだった。


oveR-08


「コーベ、待たせてゴメンね」

「……私たちは、もう大丈夫だから」

 サキとウイからの報告を受け、ひとまずコーベは安堵した。

「良かった。僕も持ちこたえられないかもって一瞬思ったけど、二人が戦線復帰できて」

「コーベ、それだけ?」

「いや。サキとウイが仲直りしてくれたのは、勿論嬉しいよ。ただ、二人には色々と悪い思いをさせちゃったから……ゴメン」

 手を合わせ、モニタに向かって謝る。素直に喜ぶことなんて、コーベにその資格はきっと無い。怒り叱られることを覚悟していたのだが、彼女たちの反応は意外にも穏やかだった。

「そりゃ、アンタのしたことは褒められたもんじゃ無いけど。でも、他に方法が無かったんでしょ?」

「……正直、お互いの気持ちをスッキリ出来たから。私は、コーベは間違ってないと思う」

 コーベはどのような会話が展開されていたのかを想像することしか出来ないが、どうやら彼の思惑は上手く働いてくれたらしい。その想像内容にしても彼の感情の昂ぶりにより、正確であっただろうことも効果があった。コーベのアドバイスが、二人の役に立ったのだ。

 三人がバラバラなのは悲しいが、三人の仲が良いのは嬉しい。

「ありがと。何はともあれ、これで一件落着だね……ウイ。サキ。おかえり」

「……そのセリフは何?」

「何となく。今までのような関係が帰ってきたから……でも、その今までとはまた一味違うのかな?」

「そうかもね……それでも。ただいま、コーベ」

「……コーベ、ただいま。気持ちは、受け取るから」

 サキとウイ、二人の笑顔をようやく見た。三人で繰り広げる会話が、久し振りに成立した気がする。赤いヘアゴムも空色の眼鏡も、どちらもアクセントとして印象深く残る。彼女たちのこの幸せは、コーベの脳裏に焼き付いた。

「さて。じゃあ、こんなところで――」

 話に一段落着いたので、彼の<フィールダー>に続いて全機が振り返る。

「イスク。その、三菱ふそう<スーパーグレート>は何?」

《ふみゃ?》

 この雰囲気に割り込んではいけないとでも思ったのだろう、その下ネコは画面上でメロンソーダを呑気にちゅーと吸っているところだった。戦闘それ自体には、いきなりこのキャリアカーで割り込んできたというのに。

《え~っと、にゃうろーでぃんぐぅ……コーベくん、このコはそんニャいかにもニャニャまえ(名前)じゃニャくて、<グレイトレール>っていうちょっとカッコいいニャまえが付いてるんですよ☆》

「何かアスタルみたいなことを言い出したわね、このネコ」

《ニャにか申したかニャ、サキ?》

 そんな地獄耳の厨ネコは置いといて。イスクが操縦しているのはよく車を何台も運んでいそうなセミトレーラのキャリアカーだが、これのトラクタヘッドには四本のグリルに横一本の深い溝、そしてU字の意匠が見受けられる。

このことから察するに三菱ふそうの誇る大型トラック<スーパーグレート>を基本としているのだろうが、確かにオリジナルのアレンジが随所に施されている。

標準では水平に配置されているウインカーは猫ひげのように傾斜しており、U字ラインとロアスポイラーのラインも直接繋がっている。そしてヘッドライトの形状が横に引かれた短い二本線から、九〇度倒れたTの字状へと変更されていた。この辺りが、彼女の牽引車を<グレイトレール>(great-Trail)たらしめている要素だろう。

「……それで、どうしてカーキャリア?」

《そっちの事情は、追々説明しますニャ☆》

 口元に右の肉球を当て、右目をつむってウインクしながら、白猫は話をはぐらかそうとしている。<グレイトレール>が曳いているトレーラは、緑色の鉄骨がトラス状に組まれた、恐らく普通乗用車七台程度が収容できるだろう大型の二段式セミトレーラだ。現在は何のクルマも積載していない代わりに、トラス部に武装二つとバックドア一つがホールドされていた。当然、ただのキャリアカーはそんなモノを運ばない。

『っつーかなぁ、いつまで経ってもグズグズしてっと、新しく湧いた方の<メックス>も巨大化すんじゃねーのか? 今はコーベの特殊兵装でガードしてるから良いものの、このまま引き籠ってんのだってどうしょうもねぇだろ』

 そこでアルカの横槍が入る。事実、巨大猫が四〇匹追加で発生してから既に何十分も経っている。それらは隊列を組んでこちらに近寄りつつあることから、まず改良型の<SMBC>搭載個体であることは確実。時間が経てば身長が十メートルに伸びるのは間違いないだろう。加えて、コーベの特殊兵装<フィールドウォール>だってもう長くは持たない。

 そんな彼の忠告に対しても、白猫は緊張感を露にしなかった。

《も~、ご主人様ったら急かさニャいで下さいニャ! これから三人に、一つ目のプレゼントを渡すところニャんですから☆》

「そういや、そのプレゼントって何よ? まさか、その……」

《はい、そのまさかですよサキにゃんっ!》

 <グレイトレール>のトラスの骨組み一本一本がそれぞれ独立稼働し、緑色の細い『腕』として機能する。積荷である武装を切り離しては、三機の可変自動車へと手渡した。

《こちら、新機体専用のアップグレードしたニューウエポンでございま~す☆》

 メイド喫茶のメニューでも伝えるかのように、イスクは間延びした呑気な音声データを発した。三人はそれに戸惑って、代表してウイが尋ねる。

「……新武装、なの?」

《その通りですニャ! ささ、早く受け取って下さいね~》

 ちょうど、相手を倒すための武装を切らしていたところだ。とりあえず彼女に言われた通りに、<フィールドウォール>を解いて各機体が武装を受領する。

 <ティーダラティオ>は、バッテリ増設のスナイパーライフル。

 <アクセラハイブリッド>は、クロスボウ兼用のV字ブレード。

 <カローラフィールダー>は、モデルチェンジしたバックドア。

 それぞれが兵装を手にしたことで、ようやく機体のエンジンに火が入ってきた。

「……私の<ラティオ>、もしかしてターボかかった?」

「<アクセラ>のバッテリが稼働し始めた……って、今まで動いてなかったの?」

『誠に勝手だけれどもなぁ、今まではこっちの方でリミッタを掛けた状態で戦ってもらってた。あん時のお前らの精神状態で、そいつらを使いこなせる訳がねぇかんな……悪かぁ思うなよ? でもな、俺はお前らの関係修復を信じてたぜっ! そのための、新武装によるリミッタ解除だからなぁっ!』

《信じてた、ってとっても便利ニャ言葉ですよね☆》

『うっせぇなそこのメス、少しゃ空気くらい読めよっ!』

 とても似合っていなかったが、アルカはどうも照れているらしかった。関係がギクシャクしていたら、チームワークもまともに取れない。それでは折角の新機能も持て余すだけである。だから彼は、機体にわざとリミッタを掛けたという訳だ。

 しかし今、三人の関係は元に戻った。この彼らなら、きっちりと性能を使いこなせるはずである。だからアルカはイスクという手段を使い、新兵装を装備させることでリミッタを解放させた。つまり――。

「ありがと。アルカ、これで全力を発揮できるんだねっ!」

『おうよ、俺とイスクからの復帰祝いだ!』

 この贈り物を手に取って、三機は詳細情報をチェックする。基本的には旧武装と扱い方が変わらないので、適応することは難くない。ただ一つ、特殊武装が『追加』されただけだ。

『さぁ……ショータイムの始まりだぜっ!』

 アルカの放った一声で、その戦闘がリスタートする。

「とりあえず、四〇匹の方からね……ウイ、どうしたい?」

「……試し撃ちしたい」

「じゃあ。サキもウイも、そんな感じで行ってみよっか!」

 コーベのその合図たった一つで、三人は一斉に動き出す。まず攻撃を仕掛けたのは、ウイの<ティーダラティオ>だった。

 彼女の受け取ったスナイパーライフルは、以前使っていたモノを更に大型化したモノだ。メインのバレルは六〇ミリもの口径があり、しかも副兵装として二〇ミリ機関砲まで備え付けられている。外観はあまり変わっていないが、しかしマガジンの中身はかなり変わっていた。実弾が装填されていないのだ。

「……バッテリ、接続確認。脚はかなり調子良い……一発だけでも、これならっ!」

 イスクが寄越した情報から、敵の位置全ては割り出せた。狙えるのは、十五匹が良いところか。<ラティオ>は真っ直ぐ助走を始め、その鳥趾が大地を掴んでは蹴り――。

 そして、機体は大きく飛んだ。

 腕と脚を使って、空中における姿勢制御。彼女は機体の脚力だけでジャンプしたのだ。<アクセラ>や<フィールダー>が外装の変更と内部のアップデートで済ませたのに対し、この<ラティオ>は脚部を丸ごと取り換えることで、以前の<ティーダ>から大幅にアップグレードされている。だから<ティーダ>ではパワー不足で出来なかったこの自由(Latio)な芸当も、<ラティオ>ならば卒なくこなすことが可能だ。

 天地を統べる、鷲(とり)の飛翔。

 <ティーダラティオ>は、まさしく精悍で雄大な鷲のような機体だ。

 空中に浮かんだウイは、どの<メックス>を殺処分するのか見当をつけた。肩のセンサが羽のように開き、温度・湿度等の環境条件から最適の弾道を導き出す。落下が始まる前、このわずかな滞空時間だけで蹴りをつける。

 手始めに二〇ミリ機関砲から、四発の弾丸を撃ち出した。それらは猫に当たることなく、全てが地面に突き刺さる。爆発はしない。

 これでひとまず、下ごしらえは終了だ。

《狙い目は、大体あのビルの辺りだニャ!》

「……分かった、イスク」

 ライフルを脇と膝で固定し、両腕で抱えるようにホールド。撃鉄を起こし、遠距離用のバイザーで<ラティオ>のメインカメラを覆う。そしてイスクが示したポイントめがけ、ウイが躊躇無く引き金を引き。

「……<メニスカスアクシス>っ!」

 スナイパーライフルの銃口からは、大口径の閃光が発された。アルカの手によって、それはレーザー砲へと改造されていたのだ。だからマガジンは実体弾を装填しておらず、威力絶大な光線の素であるバッテリと化している。

 赤色の閃光がその空間をまばゆく照らし、空から真っ直ぐ地面へと下る。しかしイスクの示したポイントには、先ほど彼女が撃った機関砲の弾があるのみだ。どう頑張っても、<メックス>に当たることは叶わない。ここからどうするのか――。

「……開いてっ!」

 ウイが叫ぶと、レーザーが曲がった。

 避ける間もないスピードで、その閃光が蛇のように路地を縫い進む。周りの建物を照らすことは無い、ただ鋼鉄猫を貫くのみ。曲がったコーナーは計四つ、どれも彼女の弾丸がある地点だ。

最初に進路を地面すれすれの水平線に変えて六匹、次にS字クランクの過程で二匹、それを突破した先の出口で三匹、最後のコーナーを立ち上がって四匹。全てのラインをなぞり終えた後、<ティーダラティオ>のレーザーは予定通り十五匹の<メックス>を葬っていた。

『見とれたよなぁっ、この超技術っ! 最新のシリンダとターボから来る脚力での滞空、使い捨てバッテリ由来の高輝度レーザー、光を曲げる重力レンズ……その応酬がこの<メニスカスアクシス>だぜっ!』

 誇らしく、アルカが吐き放つ。

 <メニスカスアクシス>。このレーザーの湾曲だが、トリックはそう複雑でも無い。機関砲が放った弾丸に内蔵された装置から、強力な重力レンズを発生させているのだ。この重力レンズとは、光が重力場の影響を受けレンズを通ったような効果を得る現象のこと。今回はレーザーを屈折させ、つまり重力で軌跡を捻じ曲げ、結果的に芸術的な弾道を演出させた。

 レンズの軸(Meniscus AXIS)をなぞるように。

「……サキ、バトンタッチ!」

「オーライ、加速するわよっ!」

 鳥趾が着地しアスファルトを震わせると同時、サキの<アクセラ>が地を大きく蹴る。右手の新型V字ブレードは、中心に細身のバレルが挟まれているフォルム。目の前にはもう、大群の方の<メックス>の第一波が見えてきている。

 その先頭の一匹に対し、彼女はブレードの銃口を向けながら肉薄。両手を突き出すように構え、止まる気配は漂わせない。低姿勢を取って敵の腹を突き、鉄を抉って中へと割り込み――。

 ブレードの両端が稼働し、その<メックス>を挟み切断した。

 サキが以前使っていたモノと比べ、このV字ブレードは大型化されている。それに伴い、前述の通りバレルが追加された他にも、両辺が中間で曲がり全体として『M』字の形をしたブレードへと変形する機能が追加された。今回の攻撃はこの機能を使って、鋼鉄猫の左右両脇腹をそれぞれ別個にギロチンの如くカットした訳だ。

 意志を御旗に、妃(ひめ)の戴冠。

 優雅な風格の<アクセラハイブリッド>は、もはや部屋に閉じこもるだけの姫では無い。

 次の小<メックス>は、後でどうにかすればいい。サキはとりあえず早急の事案として、鉄を挟んだまま振り返った。その先にあるのは、十メートルに巨大化した方の<メックス>。ターゲットは、最初に缶詰のような頭の開き方にさせたあの個体。どうやら挟んでいる方の鋼鉄猫は核をまだ失っておらず生きているようなので、こちらもまとめて始末することに。

「ディーゼルハイブリッド、この出力を――<スピードラディアンス>っ!」

 左手でバレルの先端を、右手でバレルの末尾を握る。身体は横にぐいと捻り、弓を構える姿勢を取った。大まかな狙いを付けた後、彼女にしては珍しく引き金を引いて。

 大出力のレーザーの矢が、二匹の<メックス>を焼き殺す。

『コイツが<スピードラディアンス>、大出力レーザーをただぶつけるのみっ! ディーゼルハイブリッドの有り余るパワーを、そこら辺にぶちまけるんだぜっ?! ゼロ距離に防御の術はねぇよなぁ、そうだよなぁっ!』

 誇らしく、アルカが吐き放つ。

 <スピードラディアンス>。M字ブレード中央のバレルはこのためにのみ存在し、赤色レーザーを広範に放出させることで無条件に対象を攻撃。エネルギー源はサキとアルカの言う通りで、<アクセラハイブリッド>の高出力ディーゼルハイブリッドエンジンがレーザー攻撃を可能とした。三〇〇〇度を優に超える高温の熱線を浴びてしまえば、鉄製の猫はたちまちドロドロに溶けてしまう。その照射は、一秒もかけないで済む。

 速攻の閃光(SPEED Radiance)の名に恥じない。

「コーベ、後はアンタだけ!」

「うん。任せてっ!」

 ウイ、サキと猛攻を続け、残るはコーベの<フィールダー>のみ。丁度良いところに、大きな<メックス>とアスタルが居る。<p.α.κ.>は、<ディスタンスイグノアラ・バリニーズ>をこちらに向けて構えていた。

《ニャ……突然のパワーアップとは、卑怯だニャっ!》

『いや、パワーアップに卑怯もクソもミソも無いと思うが……』

 黒猫の言葉にアルカが対応している間にも、鋼鉄猫の方がアクションを起こしてくる。仲間の死を恨んでいるのか、それともただ命ぜられたに過ぎないのか。その一匹が、ノーガードの<フィールダー>に殴りかかる。

「安心して。僕はすぐには、殺さないから」

 ニコリと一度微笑みながら、左手のバックドアを天へと掲げる。テールライトが赤く灯り、周囲をほのかにまばゆく照らした。

「ここを仕切るよっ! <ペタルスパシオ>!」

 彼がそう叫ぶと同時、バックドアの周囲に黄味がかった板が六枚出現。それは水晶みたいに、細長い五角形をしていた。先端はやや上に反り、そしてブレーキランプの灯りを受け、紅緋の色に染まっていく。とても鮮やかな、花弁のよう。

 美しく優しい、菊(ガーベラ)の散華。

 コーベの<カローラフィールダーハイブリッド>は、壮麗で絢爛な華の喩えが良く似合う。

 まずは一枚目、宙を舞いながら移動し盾となる。<メックス>のブローを受け止めて、堅く<フィールダー>を防御した。次に二枚目と共に行動し、先端を<メックス>の両後足に突き刺す。こうして動きを封じては、三から六枚目が流れ飛び、適当なところで様子見をしていた<p.α.κ.>を囲い封じ込めた。

《ニャ、ニャんだこれはっ?!》

『てめぇの<プライアウォール>と一緒だぜっ! 簡単に言っちまえばよぉ、電磁波でバリに固めた<フィールドウォール>ってところだっ! しかも遠隔操作出来るっ!』

「アルカの言う通り。アスタルのを、<フィールダー>なりにアレンジしてみたよ!」

 誇らしく、アルカとコーベが吐き放つ。

 <ペタルスパシオ>。電磁波を応用することで地表の分子を圧縮する工程までは<フィールドウォール>と同じだが、この兵装はそこから更に多くのステップを踏む。まず<フィールドウォール>を小さくカットし、出来上がったフィルムを幾重にも積層させ、それを<プライアウォール>のように電磁波で固める。

これを幾つか造ったら、分極現象を応用、電磁波の強弱を変化させ分子との引力を操作しながら移動させる。するとこの物質が硬度と運動エネルギーを持つようになり、ただのシールドとしてでは無く、今回のように足止め用の杭など多彩な用途で運用できる。<フィールドウォール>の柔軟性を応用した、一つの効果的な可能性とも言えるだろう。

 花弁の空間(Petal SPACIO)を形成する。

「さぁ。アスタル、降参する気は無い?」

 コーベが黒猫に勧告する。そもそも彼と戦いたくは無いし、それに特殊兵装はもう使ってしまった。未だ二五匹の<メックス>が残っていることは不動の事実。いくら出力が上がったとはいえ、こちらがジリ貧であることに変わりは無いのだ。アスタルは、そこを突いてきた。

《コーベ、吾輩は決して屈しニャいニャ! 我がご主人様への忠義にかけて、このアスタル……退くつもりはニャいのだニャっ! 第一、そっちがもうヘロヘロニャのはお見通しなのだニャ!》

「ありゃ。分かってたんだ……」

『こちらアルカ! そんなことよかコーベ、そろそろマズいぞっ! 他の<メックス>も巨大化し始めやがった!』

 延べ四〇匹が一次鋼鉄化してから、もう三〇分は経過している。遠くへ目をやると、確かに小<メックス>がストロー代わりの尻尾を地中に挿し鉄分を吸って、十メートル級への変化を開始していた。

ただでさえ多勢に無勢だと言うのに、これ以上三次鋼鉄化の個体が増えてしまうのは頂けない。大型を倒す術である特殊兵装だって、もう使い切ってしまった。

「ちょっと、これかなりのピンチよねぇっ?!」

「……アルカ、何か無いの?」

『えぇい、何だよその漠然としたおねだりは……!』

 ぶつぶつとアルカが不満を零すのと対照的に、イスクはやはり明るい笑顔で対応してくれた。

《はいは~い! こーゆー時は、が・っ・た・い、しかニャいと思いま~す☆》

「……イスクが合体って言うと、もうそっち方面にしか」

「もうこの際、突っ込みは諦めることにするけど……イスク、また<T.A.C.>に合体しても意味無くない?」

 サキが疑問を呈する。いくらコーベとアルカのツーマン体制だったとはいえ、先ほど合体した時はまるで太刀打ち出来なかった。だから今回も上手くいくとは到底思えず、すぐにやられるのが落ちだろう。

 しかし白猫のその笑みは、そんな不安すら掻き消してくれる。

《だ~か~ら~、ニャんのための<グレイトレール>だと思ってるんですか~?》

「イスク。それってつまり……」

《はい、この<グレイトレール>と一緒に合体しましょ~☆》

 近くに停まっていた白いキャリアカーがゆっくりと、しかし確実に動き出す。

「ちょっと、イスクっ! そんなこと、本当に出来るの?!」

『安心しろサキ、そいつは開発者であるこの俺が保証してやるっ! こんなこともあろうかと……機体のリニューアルがてら、そこのトレーラとも合体できるようにしといたぜっ!』

「流石はアルカ。男のロマンが分かってるね!」

 コーベの一声を受け、イカレ科学者が親指を立てる。この男二人の間に、女性陣が入り込む隙は存在しない。

《とりあえず~、みニャさんは普段通りで問題ニャいですニャ! だから、いつもの掛け声でお願いしますね☆》

 どれだけ見かけが胡散臭かろうと、今までイスクが言ってきたことに偽りは無い。今回もきっと信じられるから、ウイ、サキ、コーベの三人は、決まったセリフを揃えて叫ぶ。

『なら――<オーバーファミリア>っ!』

 音声認識ロックが解除し、合体シークエンスに突入した。

 各機体のモニタがブラックアウト、次に鮮やかな光のラインが流れ始める。イスクのアバターが『人態→合態』の表示をどさりと置いて、画面の切り替えと同時に変形が開始された。

 まずは<ラティオ>と<アクセラ>が左右対称に二分割して、それぞれが<グレイトレール>を挟み込むように横付け。<フィールダー>は車態に戻された後トレーラに搭載され、それもトラクタから一時的に切り離される。

 一体目は<ティーダラティオ>、ボンネットを展開した大翼の肩に腕を収納。人態のために展開していた腹部と大腿部も引っ込めるが、脚部は逆に引き伸ばす。ルーフの中心線で分割して『膝』に。これでこの機体は『脚』となる。

 二体目は<アクセラハイブリッド>、こちらもボンネットを使った気高き肩部に腕と腹をしまい込み、トランク部分も足を収めては『拳』を出す。大腿部は関節そのままで『肘』に、バンパーは九〇度車体内側に回し『肩』に。これでこの機体は『腕』となる。

 <グレイトレール>のトラクタヘッドが、蕾が開くようにして外部装甲を展開させる。その中には『胸』が隠されており、そこから『腹』も同時にせり出す。加えフロントホイールから『太腿』も引き出し、そして<ラティオ>と<アクセラ>を両サイドに接続、ルーフが開いて『頭』が上ってくる。

 三体目は<カローラフィールダーハイブリッド>、こちらは目立った変形は無い。トレーラのトラスが左右各三つに分割され、それぞれの言わば『トラスプレート』を<フィールダー>が統合する。二階部分のステップが折り畳まれ一階部分の床板に収納、こちらも二分割し<フィールダー>に取り付けられる。

 仕上げとして、<フィールダー>が<グレイトレール>の背後に接続。ちょうど背負うような形で、この機体は『背中』となった。

 精悍な足を、地に渡す。優雅な腕を、振り払う。絢爛なトラスを、広げて誇る。

 眼の中に宿るは、彼らの絆。

『<T-T.A.C.>(ティータック)――コンプリーテドっ!』

 白磁の基調に、深緋の意志が灯された。

「……エンジン正常。ってこれ、核融合炉じゃ」

「嘘……機体がまるで、自分の身体みたいに動いてる」

「なるほど。ありがとうアルカ、最高の武装システムだよ!」

 ウイが機体制御。サキが機体操縦。コーベが火器管制。

 そのパーティに、情報統合AIのイスクが加わった。

《改めましてみニャさん、こんにちは~! これからは私も機体の一部として、みニャさんをここから直接サポートしますね☆》

「ってことは。イスクは今、<グレイトレール>の中に居るの?」

《その通りですコーベくん、私のメインは既にこっちに移ってますニャ!》

 今まで彼女は容積の関係から、<フィールダー>の本体に搭載されていた。しかしその<フィールダー>が強化の関係上空きスペースを使い尽くしてしまったため、この<グレイトレール>に引っ越したという訳だ。

「それにしても。この機体……」

『おうよ、美しいだろ? この<T-T.A.C.>はまさしくなぁ、俺の最高傑作だっ!』

 アルカの声も、どこか誇らしさを含む。

 全長十メートル。全体的にスッキリしたプロポーションなだけに、足の鳥趾が異質さを主張する。それが地を堅く掴む反面、背中にある六枚のトラス板は翼のように広がっている。

 混沌を危ういバランスで保っている、そんな印象の機体だ。

 足には<ラティオ>の獰猛な鷲、腕には<アクセラ>の高潔な妃、背中には<フィールダー>の華麗な菊。その三つをごちゃ混ぜにしたのに、胴体の<グレイトレール>がそれらを全て受け入れて調和していた。<T-T.A.C.>という名前には、<T.A.C.>を牽引(Trail)するという意味が込められている。

病的なまでに脆いのに、絶対的な存在感を有する。そしてトラス格子の羽は放射状に伸び、光の梯子(はしご)を想起させる。

だからまるで、天使か神のようだった。

「<T-T.A.C.>、ねぇ……名前、ちょっとだけだけど変わってるのね」

『そりゃ、可変自動車からしてリニューアルしたんだしな!』

 <ラティオ>、<アクセラ>、<フィールダー>。この可変自動車たちに<グレイトレール>まで加わったのだから、合体後の名前を変えない方がむしろ不自然だろう。

「……ねぇ、そろそろその可変自動車ってネーミング変えないの?」

 軽い思い付きで呟いたウイだが、サキがそこに乗っかってきた。

「そうよね、そう思うよねウイっ! いい加減、そのダサダサなネーミングから卒業すべきだと思うんだけど?」

『ま~た面倒臭ぇこと言いやがる……コーベ、どう思うよ?』

 モニタの向こうからアルカに意見を求められたので、彼は素直に思うままを答えた。

「そうだね。じゃあ……アルカの作った<T-T.A.C.>ってことで、<α〝T-T.A.C.〟κ>(アタック)とかどうかな?」

『いや違う、お前には賛成か反対かを訊いたんだ。新しい名前考えろとは言ってない』

「<α〝T-T.A.C.〟κ>、ねぇ……良いわねそれ、いかにもアクティブでこの機体たちにピッタリ!」

「……じゃ、これで決まりで」

『勝手に話進めやがったなお前ら、オイ……!』

 変態イカレ科学者が、完全に蚊帳の外である。しかしここで会話は止まらず、コーベが別のことに気付いた。

「そういえば。僕たちのチーム名って確か、<T.A.C.>だったよね? だったら、こっちも<T-T.A.C.>になるのかな」

『本当にどうでもいいことにばっか突っかかるな……』

 イカレ科学者がただ呆れる。第一チーム名なんて、アルカすら忘れていたくらいに形骸化していたのだ。

《コーベくん、コーベくん! そっちの方もリニューアルしたら、とっても面白そうだニャ!》

『お前まで話に乗るんじゃねぇよ、下ネコっ!』

 段々とアルカがイラついてきているが、イスクは右手を頭に当てて『てへっ☆』と時代遅れのリアクションをしていた。忘れてはならないが、目の前には敵の<メックス>が居る。

「で、どうするのよアルカ?」

『ったく……わーったよ! そこまで言うんならイスク、お前がさっさとチーム名考えてやれっ!』

 面倒事が嫌いなアルカは、そう投げやりに言いながらため息をついた。別にこんなことを決めなくてもいいのに、こうするのは彼の優しさだ。それを受けてイスクは、満面の笑みで案を告げる。

《そ・れ・じゃ・あ~……サキにゃんは左(サ)でウイにゃんは右(ウ)だし、コーベくんはローマ字で『kove』ニャんだから、<L<ove>R>(ラバー)ニャんてど~でしょ~☆》

 その白猫の口から出たのは、愛するモノを指す単語。先程のサキとウイの会話を聞いていた彼女だからこそ、この名前が思い付いた。

「……イスク、気が利きすぎ」

《ダメでしたかニャ?》

「ううん、むしろ最高よ。ありがとイスク、この名前で行きましょっか! いいわよね、コーベ?」

「うん。<L<ove>R>……響き、僕は好きだよ!」

 ウイにサキ、そしてコーベ。この三人による再びのチーム<L<ove>R>が、たった今ここで結成された。

《ニャニャニャ……えぇい、ニャんじ(汝)らも遂に運命に選ばれしフォースを掴んでしまったのかニャ……! ニャに勝手に強そうにニャってるんだニャっ?!》

「ねぇアスタル、何訳の分からんこと言ってるの? 脳内設定?」

「……イスク、<T-T.A.C.>専用の武装はどこ?」

《はい、今からごあんニャい(ご案内)しますね☆》

 アスタルが<ペタルスパシオ>の中でいちゃもんをつけている間にも、こちらは着実に戦闘準備を進める。彼女が提示してくれた補給ポイントは、ここからは少しだけ距離があった。

《みニャさん、今からマニュアルをモニタに出しますので~、ちゃちゃっと覚えちゃって下さいニャ!》

「簡単に言うね……」

 コーベがちょっとした愚痴を零したものの、示してくれた操作方法自体は以前とあまり変わっていない。いくつかの追加機能があるだけで、それさえ覚えてしまえば問題は無かった。とりあえず、その機能を試しに使ってみる。

「……ミクスト」

「トラスっ!」

「マニフォルド!」

 ウイ、サキ、コーベの順番で、モードを分散して叫ぶ。

「……<フィギュアアベンシス>っ!」

 そしてウイが発すると、放射状に伸びていたトラスプレートが機体後方に収束する。次にトレーラの床板と合同で左右両方に、トラスで出来た直方体の箱を形成。そしてトラスが一、五倍の長さにまで伸長、まるで機体の背中にもう二本脚が生えたかのような格好になった。

「ウイ、いつでもやっちゃって!」

「……了解、サキ。一号炉、フル稼働!」

 最後にアクセルを目いっぱい踏むと、その後ろの脚から青い稲妻がほとばしり、そしてプラズマの爆発が起こる。衝撃が新木通りのアスファルトを削り、反動が彼らを空へと追いやる、つまり鉛直方向に<T-T.A.C.>が飛んだのだ。

<ミクストトラスマニフォルド>多機能システム。簡単に言ってしまえば、<T-T.A.C.>の背中にあるトラスプレートが持つ機能の総称だ。主に三つのモードを使いこなすことで、この機体は無限の可能性を発揮することが出来る。言わば、ごちゃ混ぜにされたトラスの多様性(Mixed Truss Manifold)。

 そして、<ミクストトラスマニフォルド・フィギュアアベンシス>長距離移動モード。そもそも<T-T.A.C.>の背負っているトラスはプラズマ発生装置の役割を担っているのだが、これはその機能を後方に凝縮させた形態である。

 <T-T.A.C.>は空気をプラズマ化させて膨張させることにより、その圧力を用いて機体を動かすほどの推進力を得る。しかしそれだけでは不足する程の出力を求めている場合――例えば今のように空中へと飛翔したい時は、<フィギュアアベンシス>が最も適している。

トラスの箱の中で電磁波の『籠』を形成し、その中に溜めた空気を一度にプラズマ化させる。その際に発生した膨張圧を後方にのみ一気に噴射させることで、瞬間爆発的な加速を作り出す(AVENSIS)のだ。

蒼白の電光を排出しながら、<T-T.A.C.>が空中で放物軌道を優雅に描く。普通なら時速三〇〇キロを超えるほどのスピードで進めば、飛行体は激しく揺れてしまう。しかしウイの機体統括がカウンターステアを起こすことで、それを一寸も許さない。そして当然着地だって、彼女の鳥趾が反動を完全に殺していた。

「さぁ、イスクっ!」

《了解ですサキにゃん、最初のピット作業に入りますニャ!》

 トラスを元の長さに戻し、半ドア状態のようにやや開いたまま固定。トラスから継続的にプラズマを弱く発生させ、少し宙に浮いてジャッキアップ。両隣の雑居ビルから伸びてきたアームより、二種類四つの武装を受け取った。うち一種類、トリガーが直接付いているバレルは両腰に保持。

 もう片方はアサルトライフル二丁だったが、こちらはまだ手で持たない。トラスのスポークが独立稼働し、その先端に備え付けられたハードポイントに接続された。

これが<ミクストトラスマニフォルド>のもう一つの機能で、ウェポンラックとして使用することが出来るのだ。つまり言ってしまえば、<T-T.A.C.>は背中のトラスに何本もの補助腕を持っているのである。

 最後にトレーラ床板と三枚のトラスプレートに挟まれるような形で、X字のように四角が尖った砲弾が左右一個ずつ供給される。

《さて、準備完了ですニャ!》

 その間、おおよそ六〇秒。

「……サキ、まず直進した先に三匹居る」

「分かったわ、ウイ!」

 プラズマの噴射を下方向から後方向へと変え、一度地を蹴ってから突進。西関駅へと続く国道十五号線に出たら、すぐに左へ九〇度回頭。すると彼女の言った通り、目の前に三匹の<メックス>が現れた。彼我差、およそ百メートル。

『おうよコーベ、丁度良い距離だと思わねぇかぁっ?!』

「そうだねアルカ。じゃあ、<スプリンタドライバ>――」

 両腰のバレルの照準を、寸分違わず相手に合わせる。それぞれの手でトリガーを握り、アウトリガ代わりに鳥趾で舗装路をホールド。やや前のめりに、腰に力を入れて。

「<オーバーファイア>っ!」

 コーベが叫びそれらを撃って、鉄片の弾丸が猫を襲う。間も無く身体の各所を貫き、三つの蜂の巣が出来上がった。

『ひとたまりもねぇ残骸にさせる、この<スプリンタドライバ>は避けられねぇっ! 穴ボコにさせる鉄片を、広く撒き散らすのがこの武装だぁっ!』

 <スプリンタドライバ>散弾レールガン。通常の銃火器は当たると爆発する榴弾などを弾薬に使用するが、これは名の通り鉄片を撒き散らす散弾を使っている。撃発性が無いのが欠点だが、その代わりレールガンの弾速も相俟って、計り知れない貫通力を発揮するのだ。加えて散弾なので対象の至る所に穴を開け、どこに<メックス>の核があろうと大体撃ち抜くことが出来る。だからその性格上、『徹甲散弾』と表現するのがベストか。

 無数の鋼(splinter)を、撃ち込む金槌(driver)。

《コーベくん! 私が直接機体に乗り込んでる時だったら、最終ロック解除の<オーバーファイア>は言わニャくても、私がやっとくので大丈夫ですニャ!》

「うん。分かった、次はどこに居るのっ?!」

《囲まれてますニャ☆》

 気付けばビルの隙間からぞろぞろ、何匹もの<メックス>がネズミの如く湧いてくる。十五号線上となる前後方向は流石にクリアだったが、右と左が深刻だった。

 しかし彼らは、そんなことすら物ともしない。

「上等よね、この子たち……!」

「だよね。<リズムクラフタ>っ!」

 <T-T.A.C.>が腕を横に広げると、先ほどマウントしておいたライフルをトラスから受け取った。そしてその腕を胸の前で交差させ、左右の<メックス>へと乱れ撃つ。少しずつ確実に、一定間隔でリズムと銃創を刻んでゆく。撃てば誰かに当たるのだから、わざわざ見て狙う必要は無い。

 <リズムクラフタ>アサルトライフル。この先<T-T.A.C.>が最も使うであろう、汎用性の高い標準装備。中遠距離の銃撃は勿論、オプションのブレードにより銃剣とすることも可能である。二丁装備が基本スタイルなので、発砲音が途切れることは極めて稀だ。

 これら韻律(rhythm)を、創出する銃(crafter)。

『ハハハっ! 見ろよ、奴らとっさに動けないでいやがるぜっ!』

「アルカ。テンション高いね」

『あたぼうよ、俺の傑作の初陣なんだからなぁっ!』

 しかし三匹を屠(ほふ)った時点で、敵側に動きが現れた。数匹が銃撃を避けて十五号線上へと身を乗り出し、<T-T.A.C.>を前後から挟み撃ちしようとしてきたのだ。現在両手が塞がっているので、三人がこの路上の猫たちの対応をすることは非現実的。流石は生物に知能を与える<SMBC>、と言ったところか。

「……三六〇度、いっぺんに相手出来たりするの?」

「安心してウイ。サキ、僕はトリガー引きっぱなしにするから」

「了解よコーベ、<フィギュアフーガ>っ!」

 彼女の声でモードが発動、先ほどのようにトラスが伸びる。しかし今度は六枚のそれらが放射状に展開し、自身の大きさを超えるほどのスケールになった。梁が入り組んだその有様は眩しい後光の如く見え、だから鏡のような鋼鉄猫に<T-T.A.C.>が神々しく映る。

 だからと言ってひるむことも無く、<メックス>は彼らを襲ってくる。サイドの牽制で手一杯の現在、このままでは正面と背後から攻撃を受けてしまう。

 だから両腕を開くと同時にプラズマを吹かし、無理矢理胴体を捻るようにしてアクセルターン。九〇度回転し、間髪入れずに十五号線上を四匹撃ち抜いた。

 <ミクストトラスマニフォルド・フィギュアフーガ>全距離対応モード。ウェポンラックとプラズマ発生装置、トラスに込められたこの二つの機能をフルに活用できる姿だ。特に後者、トラスプレートを放射状に展開させて、全方向に対しプラズマを吹かして強制的に機体を移動させる。だから今回のような、右側は前方向に、左側は後方向に吹くことで急な方向転換を行う、という芸当が出来るのだ。またこのモードでは、トラスに保持した武装を直接使用することも可能である。

 舞うようにして回り撃つ、姿はまさしく風雅らか(FUGA)。弾が踊り狂う間にも、周囲の状況を確認した。あらかた殺処分したからか、横のビル陰に隠れている<メックス>はもう居ない。しかしその代わりに、数匹が一五号線上の二か所に集結していた。

「挟まれちゃったね。あと何匹?」

「……それぞれ、三匹ずつ。それよりもコーベ、エンジン冷やしたいからそろそろ仕留めて」

「確かに、かなり無茶な動きしたわよね~……まずどうするのよ?」

「近接戦。やってみよっか!」

 そのタイミングでちょうど良く、<メックス>計六匹がアタックしてくる。<リズムクラフタ>で弾幕を張るが、そんなことお構いなしに肉薄してきた。結果一匹は仕留めたものの、残りの五匹がブローを仕掛けてくる。まだ距離は、十メートル弱だけ開いている。

「<ビームアライバル>!」

 銃は近接戦で扱いづらいので握ったまま、代わりにトレーラ床板からかなり長い刃を抜き出してくる。両腕のハードポイントに各一本ずつ装備しては、軽くしならせながら素早く振り払った。たった一薙ぎのその動作、しかし刃は少し離れた<メックス>に届き、容赦なく左右計五匹を打ち首など一刀両断した。

 <ビームアライバル>ロングエッジ。その正体は<グレイトレール>が自動車を載せる際に使う、リアカー上段のステップ部分だ。薄く鋭いため切れ味は申し分ないが、特筆すべきことはその長さ。全長は二〇メートルに届くほどで、つまり<メックス>や<T-T.A.C.>のおよそ二倍もある。リーチを最大限に生かすことで、『相手にとって中距離だがこちらにとって近距離』という極めて特殊な構図を生み出すことが出来る。

 その長い梁(beam)を、到達させる(arrival)。

『この俺の<T-T.A.C.>にはだなぁ、アウトレンジなんつーモノは存在しねぇっ! 例え格闘兵器でも、遠くの対象まで届かせる! それがこの機体の真髄だぜっ!』

 兎にも角にも、これで近辺の猫は全て殺処分した。だからこのタイミングでウイに従ってエンジンを冷ますべきなのだろうが、どうせならそれは補給と一緒に済ませて時間を効率的に使いたい。だから火器管制担当のコーベとしては、もう少し弾薬を消費しておきたかった。

「次やったら区切ろっか。イスク、狙い目はある?」

《はいは~い! お兄ちゃんの近くに居た、最初におっきくニャったネコにゃんとかはいかがでしょうか☆》

「うん。じゃ、それにしよっか」

 メニューをウェイトレスに注文する時と同じ気構えで、ターゲットをロックオンする。対象とはビル一棟を隔てているので、相手はこちらに気付いていないらしい。それなら、先手必勝だ。

「……コーベ、一発分しか電力あげられないけど」

「大丈夫だよ。それだけで十分、足りるから」

 優しくはにかみながら狙いを定め、彼はロック解除のためモード名を呼ぶ。

「行くよ。<フィギュアフレア>っ!」

 背中のトラスが伸長したまま、<フィギュアアベンシス>と同じように直方体を作る。しかし相違点として、その箱が胴体を基軸に回って前面へと出てきた。まるで肩から梯子が伸びたようなそのフォルム、先端は相手の方を向いている。

 <ミクストトラスマニフォルド・フィギュアフレア>遠距離砲撃モード。トラスの全機能の中でも、ウェポンラックとしての側面を色濃く出している。この状態ならば<フィギュアフーガ>と違って、かなり重量のある武装だって複数同時に運用可能だ。

 鳥趾のアウトリガを再度地に打ち、反動で動かないようしっかりと固定。トラス補助腕の一本をそれぞれの手で持ち、これをトリガー代わりとする。だから今の<T-T.A.C.>は、トラスの箱を担いでいるようなポージングだった。その姿はまさしく、今に牙を剥く砲火(FLAIR)のよう。

「さぁ行くよ――<シスミレールガン>っ!」

 先ほど受け取ったX型の砲弾が、箱の中から目に見えぬ速さで押し出される。特にロケットを積んでいる訳でも無いのに、左右一個ずつのそれは軌跡の残像だけを残した。途中のビルも物ともせず、ぽっかりと穴をこじ開けて通過。片方は異変を察知した<p.α.κ.>の<プライアウォール>に防御されたが、もう一方はそうもいかない。<メックス>の胴体を綺麗に貫通し、結果として鉄色の水溜りがもう一つ出来た。

『四角軌』<シスミレールガン>。その名の通り、トラス枠で出来た箱の四角(しすみ)をレールとして繰り出される電磁加速砲だ。プロジェクタイルである弾丸がXの形をしているのは、このレールと接触して給電、ローレンツ力を受けるためである。

この兵装の特徴は、レールが四本あることだ。通常の電磁加速砲はレールがプラスとマイナスの二本しかないが、この<シスミレールガン>はプラスとマイナスがそれぞれ二本、計四本も持っている。だから電力を余計に食うものの、簡単に言って威力が二倍に上乗せされるのだ。

 さて。アスタルが今しがた<プライアウォール>を展開したということは、こちらのことに気付いているということだ。<メックス>とは違って<p.α.κ.>にはレーダーがあるのだから、当然と言えば当然な気もする。

「さて、私としちゃさっさとトンズラしたいんだけど……イスク、マップお願いっ!」

《かしこまりました☆ この近辺だと~……西側で補給を受けて下さいニャ!》

「……サキ、エンジンがもう弱音吐いてる。プラズマ無しで、走って行ける?」

「分かったわ、ウイ!」

 <ミクストトラスマニフォルド>を畳んで通常モードにして、<リズムクラフタ>を両脚にマウント。動きやすくなったところで、勢い良くすぐさまダッシュした。エンジンが火を噴き壊れる前に、一時的なバッテリ駆動に切り替えておく。<T-T.A.C.>が立ち去った半秒後には、<p.α.κ.>の銃弾が虚空を切り裂いた。間一髪、逃げ切れた。

 所定のポイントに着いたところで、先ほどと同じくルーティンピット。<スプリンタドライバ>と<リズムクラフタ>、<シスミレールガン>の弾薬を補充し、他には六枚のトラスそれぞれに大型の武装をマウントする。<バレットライン>レールガンと<ルミナスライン>レーザーライフル、そして<スプリンタプランタ>散弾砲。この三種類を二つずつ、左右対称に。どれも以前小型の<T.A.C.>で戦っていた際に使用していた武装で、だからこの<T-T.A.C.>にとっては大型と言っても通常サイズだ。短くしたトラスよりも少し長い程度で、対して圧迫感は覚えない。

 両脚に銃、両腰に砲身、六つのトラスに大砲、そして背中に弾丸。この<T-T.A.C.>は、かなりの重武装だった。

「イスク。あと何匹、どこに居るの?」

《にゃうろーでぃんぐ……残り二〇匹ニャのですが、みんニャがお兄ちゃんのところへ集まってきてますニャ!》

「……朝礼でもやるの?」

「早めの反省会じゃないの? 時間帯的に」

 ボロクソなまでの言われ様なのはいつも通り。とりあえず、相手が固まってくれるのならばまとめて始末しやすい。<メックス>は遠距離武器を基本持っていないのだし、こちらにとっては有利に働く。

 エンジンの冷却を終えてから、<T-T.A.C.>はピットを後にした。出力は安定していて、この調子なら全力だって出せるはず。

 <フィギュアアベンシス>で飛翔して、新木通りの一端――全ての鋼鉄猫を一望できるスポットへと移動。着地をしたらそのまま変形させずにトラスを前へ、<フィギュアフレア>の状態とする。

《ニャニャ、ニャんだニャその重装備はっ?!》

「かわいいでしょ?」

「……サキ、流石にそれは」

 咎めたウイの言葉だって、きっとこの後に『緊張感が足りなさすぎる』と続く。二人がこの機体を可愛いと思っているであろうことに、コーベは少しだけだが戦慄した。

「サキもウイも。美的センスがちょっとおかしいんじゃ……?」

「……<カローラ>をカッコいいとか言ってるコーベに」

「そのセリフは、ちょっと言われたくないわね」

 そんな反論のコンボを受け、彼は少しげんなりした。今の時代、カローラの魅力を理解してくれるのは若い女の子では無く中年のオッサンくらいである。

「アルカ。悲しいね……」

『いいからさっさと殺処分しろよ……!』

 そんな変態イカレ科学者のお達しもあり、<T-T.A.C.>がトラスの補助腕を一本ずつ掴んだ。先程と同じく、鳥趾で固定。相違点と言えば、発砲する武装の種類と数くらいである。

《その武器、まさか全部ニャ……!》

 アスタルが嫌な予想を立てていたが、十中八九的中している。周りの猫たちも動揺しているのか、隊列がわずかに乱れていた。そうしてくれることで後ろの列まで狙いやすくなり、こっちにとっては好都合。

「さぁ。行くよっ!」

 脚の<リズムクラフタ>も腰の<スプリンタドライバ>も、引き金は電子制御で統括可能。後の四種類――<バレットライン>、<ルミナスライン>、<スプリンタプランタ>、そして<シスミレールガン>だって、全てが<フィギュアフレア>モードの支配下にある。

 だから、トリガーは一つで賄(まかな)えた。

『さぁよぉコーベ、一気に焼き尽くすぜっ!』

「そうだねっ! <ダーズンブラスト>――<オーバーファイア>っ!」

 ついいつもの勢いで、最後のワードも付けてしまった。

 脚から、腰から、そして肩から。計十二門の銃口が、同一タイムで火を噴いた。散弾、レーザー、レールガン。多種多様な砲弾全てが、<メックス>などを捉えている。

 ある一匹は風穴が開き、ある一匹は蜂の巣になり、ある一匹は熱で溶け。そのどれもが核の猫を正確に撃ち抜かれ、辺りは鉄のプールと化す。炙れて生き残った<メックス>は混乱に拍車がかかり、まるでそのプールで水遊びをしているようだった。

 <ダーズンブラスト>フルバースト。砲戦モードである<フィギュアフレア>の真髄とも形容できる、総攻撃の名称だ。武装一つ一つは別々のターゲットを設定しているが、引き金は一元化されている。一対多の戦闘に比重を置いている、<T-T.A.C.>ならではの攻撃方法と言えよう。威力については、言うまでもない。

 十二(dozen)の口から、咆哮(blast)を上げる。

《ニャっ……<プライアウォール>!》

「けどアスタル。それ、物理攻撃しか防げないよねっ!」

 <p.α.κ.>の『見えない壁』を、レーザー攻撃がすり抜ける。<プライアウォール>は言ってしまえば磁力で空気を固めただけの盾なので、実体弾は防げても光線までは防げない。だって、透明な盾なのだから。

《くっ……このままじゃ吾輩の<クオンクオート>までうしニャう(失う)ことにニャってしまう! 撤退を――》

「簡単にはっ!」

「……行かせない!」

 サキとウイが叫ぶと同時、<ルミナスライン>の砲身を動かす。光線攻撃はその特性上、照射している限りは攻撃が続く。だからこのようにトリガー引きっぱなしで発射角を少し変えるだけで、レーザーカッターとしても機能するのだ。

《ニャ……ニャニャニャーっ!》

《お兄ちゃん、それ最早ただのあえぎ声ですニャ!》

 逃げるアスタルを対象に、右腕ごと武装の<ディスタンスイグノアラ>を切り落とす。

《うにゃ~、覚えてろ~!》

「あ、逃げられた」

「……こういう時だけ、足が速い」

 しかしスピードは一向に落ちず、<p.α.κ.>が彼らのモニタから消えてしまう。残ったのは例のプール一杯と、たった二匹の<メックス>のみ。

『お、数が丁度良いじゃねーか! よし、アレやるかっ! イスクっ!』

《かしこまりました、ご主人様☆》

 アルカが気になる一言を口にした。とりあえず、コーベが尋ねてみる。

「ねぇアルカ。今度はどんな悪事を企んでいるの?」

『あのクズ鉄二匹、いっぺんに粉々にして殺処分しよーぜっ!』

「うわ。想像以上の動物愛護法違反……」

 流石に生物に対しクズ鉄は言い過ぎだろう。……じゃ無くて。

「アルカ、私の予想が正しければさ。粉々ってことはもしかして……」

『その通りだぜ、サキ! これから落とすのは、みんな大好き<ミルメイス>の発展版だっ!』

 <ミルメイス>とは、これまた<T.A.C.>時代に使用していた必殺兵装である。ドラムを串刺しにしたような武骨なフォルムだが、回転により生み出される破壊力は絶大、どんな堅いモノでも砕いてしまう。先程の<プライアウォール>を物理攻撃で打ち破った、ただ一つの方法だ。

しかし欠点として、その絶大なパワーのため機体の方が持たない点が挙げられる。これにより過去に二回も、サキの<アクセラ>は犠牲にあってきた。

「……今度は、機体が壊れたりしないの?」

『バーカ、そのためのハイブリッドだぜっ?!』

「ちょっ、それってどういう……!」

《敵のネコにゃんがこっちに来ました、大慌てで投下しますね☆》

 イスクの言う通り<メックス>二匹が狂った果てに、猛スピードでこちらへと突進してきた。既存の武器は全て、<ダーズンブラスト>で撃ち尽くしている。今の彼らは、非武装も同然だ。だからサキの言葉に割り込むようにして、上空で待機していた輸送機からその武装が落とされた。

「えぇい、飛ぶわよっ!」

「……分かった、出力を上げるから」

 プラズマを吹かしながらジャンプをし、<T-T.A.C.>はその武装を受け取った。空中ならば投下されたことで発生する位置エネルギーを相殺して、安全にキャッチすることが出来る。

「……って、これ」

「何よ、このデザイン……!」

 ウイとサキが驚愕するが、それも無理なことでは無い。この武装はありのままを言うと、鉄の棒にシールドマシンが二つくっ付いただけのデザインだったのだから。

 シフォンケーキのようなドラムが、マドラーの両端に刺さっている。一番外見を単純化した表現はこの言葉で、実物はこの形容に武骨さをプラスしている。だから武器なんかにはとても見えない。威力の見当もつかなければ、扱い方も分からない。

唯一、ドラムがシールドマシンよろしくゴテゴテしていることから、この部分を相手にぶつけることは理解できる。しかし飛び道具にも見えないし、近接戦用のモーニングスターみたいな使い方が正しいのだろうか?

 けれどもコーベのたった一言で、彼女たちもこれがどのような武装なのかを心得た。

「そっか。<ミルメイス>を、二つ繋げたんだね」

 ドラムを串刺しにしたフォルム。<ミルメイス>がドラム一個なのに対し、この武装は二倍であるドラム二個。そのケーキのようなドラム自体は、<ミルメイス>と殆ど変わらない、回ることにより対象を破砕するのだ。

『おうよコーベ、その表現が適切だっ! だからなぁ、そいつの名前……それはまさしく、<ミルメドレー>だっ!』

 連続した臼(Mill Medley)。

 概ね合点が行ったから、<ミルメドレー>のマドラー部分を右手で握り掴んだ。

「なるほどねぇ、ま~た無茶苦茶なモノを……でもっ!」

「……とりあえず、使ってみる?」

「そうだね。目標はあそこの<メックス>二匹――接近しよっか!」

 <ミクストトラスマニフォルド>は、<フィギュアフーガ>で展開する。このモードが一番、近接戦闘では使い勝手が良い。

 目標を捕捉。空飛ぶ相手には敵わないのか、猫は我を忘れぼうっとこちらを眺めるだけ。救いを求める、罪人たち。

 <ミルメドレー>を持つ<T-T.A.C.>は、翼を広げて降下する。

 空は、曇りから晴れへと移る。

太陽を背に、舞い降りる熾天使。

『さぁよぉ、フィナーレの始まりだぜっ!』

 アルカが終了の幕開けを一つ告げ、その天使が猫へ肉薄した。

「ウイ。行けるよねっ!」

「……うん、コーベ。核融合炉は全開だからっ!」

 彼女が操作することにより、トラスの先から稲妻の羽根が舞い放たれる。

 一般に、大出力が欲しいのならば動力は核分裂炉を使用する。出力は他のどれにも負けない。しかしこの方式では、一度原子が分裂したら反応が止まらない。つまり、融通が利かないのだ。

だから最悪の場合暴走してメルトダウンを起こしてしまうので、常にそのリスクと背中合わせになってしまう。戦闘中なら、これは足かせでしかない。

 他方、核融合炉は反応が途切れやすく、常に促進しなければエネルギーは得られない。しかしこのことを裏返せば、必要な時のみ反応を促進すれば、オンデマンドで大出力を引き出せる。暴走の心配が無く、無駄なリスクが存在しない。

 だから動いている時と止まっている時との差が激しい、電力の需要の変動幅が大きい戦闘のようなシチュエーションでは、核融合炉はもってこいということだ。

「さぁコーベ、準備はいいっ?!」

「ありがとうサキ、こっちはいつでもっ!」

 翼のトラスが大きく羽ばたき、落下の勢いを上手く前進ベクトルへと変換する。このフレキシブルな動きこそ、<ミクストトラスマニフォルド>の真髄。プラズマを発生させる機能を、的確なポジションまで持っていってから使用する。言ってしまえばロケットのブースターがぐにゃりと曲がり、好きな方向へと噴射できるようなモノだ。

《接敵します、衝撃をぶつけて下さいニャ!》

「そうだね――やって仕舞うよっ! <ミルメドレー>、<オーバーファイア>!」

 左手もそのマドラーに添え、シフォンケーキを展開する。上半身を目一杯捻って、左肩からダイブするように。ドラムが三つに分割したら、それぞれの隙間には『歯』があった。

 割れたドラム六つが、それぞれ回る。上段、中段、そして下段。このどれもが互い違いの回り方、それを二つが両端でやる。ぐるぐると、ぐるぐると。周囲には小さい突風すら起こった。

 ガソリン、ディーゼル、そしてモーター。これらそれぞれのエンジン音が、トルクの上昇を伝えてくれる。

 機体にもその反動が届き、腕を伝って胴体を蝕(むしば)む。<アクセラ>のダンパーは全力で開き、ヒトの筋肉の如く盛り上がる。

 以前ならここで壊れていたが、しかし腕はまだ取れていなかった。

『そうさ、これがハイブリッドシステムの応用っ! 回転の衝撃で発電ブレーキを回しゃあ、反動をエネルギーへと回生できる! これでよぉ、<T-T.A.C.>は永遠の<ミルメドレー>を手に入れたぁっ!』

 転がるタイヤでモーターを動かすことで、減速と発電を同時にやる。このハイブリッドシステムを<ミルメドレー>に応用すると、ドラムの振動でモーターを動かすことで、発電をすると同時に反動を殺すことが出来る。つまり余剰振動分を電力に変換すれば、腕の<アクセラ>が壊れることは無いのだ。だからアルカの言う通り、この機体は恒久的に<ミルメドレー>を使用できる。

 両手を頭の上まで上げ、臼の鉄槌を持ち上げる。そして落とすように前へと振りかざし、二つの猫にケーキを食べさせた。

「<メックス>二匹を。挽き殺すっ!」

 接触面が、きゅるきゅる回る。タイヤのように転がり続け、猫の鋼鉄を削ってゆく。じわりじわりと薄くして、穴を開ける前にディナーとして。

『舞われぇぇぇっ!』

 三人同時に叫んでから、今度はケーキが猫を食べた。

 ドラムの口が一瞬で閉じ、鉄の装甲は挟まれる。すると内の歯がかちりと噛み合い、<メックス>をじりじりと削っていった。奥歯で肉を磨り潰すか、まるでダイヤモンドを研磨する如く。

 卵を潰すかのように、鋼鉄猫が粉砕した。

 大きな破片が舞い散るが、すぐに液体へと変わる。だからビルが銀色に塗りたくられては、すぐにメッキが落とされた。

「処分。完了だね」

 その<メックス>、計五一匹。

 過去最高の殺処分個体数を記録して、<T-T.A.C.>は無傷にて戦闘を終えた。


oveR-09


「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ~」

 店員がそう告げながら、三人のテーブルにそれを置く。ここは高坂にある洒落たカフェ。イチョウの並木が黄色に染まり、オープンテラスにも秋らしい雰囲気が漂っている。彼らはいつぞやに約束した、噂のアイスコルネットを食べに来たのだ。

「どう、おいしそうでしょ?」

「……食べていいよね?」

「とりあえず、そのヨダレを拭いてからね……」

 サキは赤色のハンカチを取り出し、ウイの口元を拭ってやる。青のドレープブラウスに紺のスキニー、そしてアクセントに赤いヘアゴム。ブラウンのボブカットが背景の暖色と調和する。今日のサキも、いつも通りカジュアルだ。

 ウイは右目をつぶりながら、大人しくサキに拭ってもらう。ベージュのチュニックにデニムのショートパンツ、そしてアクセントに空色の眼鏡。ゆったりとしたナチュラルショートが冷えてきた風になびく。今日のウイも、いつも通り落ち着いている。

 外から見ると姉妹のような、とても仲の良いサキとウイ。

 日常がようやく戻ってきた。そう感じて、コーベは思わず笑ってしまった。

「どうしたのよ、コーベ?」

「……何かおかしかったの?」

 お互いに身体を寄せながら訊く、二人の視線を独り占め。

「いや。何だか二人が幸せそうで、それが嬉しくて。サキとウイがそうしてた方が、やっぱり僕は好きだよ」

 微笑みながら純粋な気持ちで答えたつもりだが、彼の言葉は二人を少しだけ落胆させた。

「……そういうこと、言うから」

「つまり、私たちだけでお互い永遠にずっとイチャイチャしてろと……?」

「えっ……僕、何か悪いこと言ったの?」

 サキとウイの眼差しがジト目に変わる。どうやら何か悪いことを言ってしまったらしい。二人だけでイチャつくのは問題ないと彼は考えるのだが。

「ま、そんなコーベは置いといて。ウイ、早く食べないと溶けちゃ――」

「……いただきます」

「フライングっ?!」

 サキがセリフを終える頃には、既にウイがアイスコルネットにパクついていた。そんな彼女に続かんと、サキとコーベも一口食べてみる。

『……おいしい』

 感想が出たのは、いつものように三人同時だ。

「アイスの冷たさと。コロネが温かくてカリカリに焼けてるのが、ギャップになっててかなりおいしいね」

 アイスコルネットとは、簡単に言ってしまえばコロネの穴の上にソフトクリームを乗せたスイーツだ。パンは焼きたてで温もりがあって、逆にアイスは柔らかく冷たい。その両極端の食感を一度に味わえる、それがこのアイスコルネットの贅沢だ。

「久し振りに食べたけど、こんなにおいしかったっけ……?」

「……みんなで食べた方がおいしいって、サキの金言でしょ?」

 ウイがクスリと笑いながら口にして、サキも釣られて微笑んでしまう。やはり彼女たちの間には、今までには無かった『繋がり』が芽生えている。

「本当に。仲良くなったよね、二人とも。僕が蚊帳の外に居るみたい」

「そうね~……これが愛の力、ってやつ?」

「……その愛の力ってやつの中に、コーベが入っていないってのもまた」

 もう一度、二人で笑う。コーベには理解できない何かが、サキとウイの間であったらしい。

 イチョウの黄色に溶け込むように、空から夕陽が差している。秋は暖色の季節であると、今年も容易に感じ取れる。

 この瞬間が、何よりも幸せだと思う。

 そんな彼女たちを眺め、やはりコーベも優しく笑った。


oveR-Ext.


「あ、もしもし? 僕、タクだけど」

『なぁ、今何時だと思ってるんだ?』

 彼が苛立たしげな声で返してきたが、タクにはその理由が分からない。

「まだ、午後の六時だけど……」

『五限が終わったばかりなんだよ。少し休ませてくれ』

「あ~、そっか……」

 常識的な時間に電話したつもりだったが、相手にとっては非常識なタイミングだった。タクが電話を掛けるのをもう十分くらい遅らせていたら、彼もここまで不快には思わなかっただろう。

「じゃあ、手短に。起動成功おめでとうって言いたいんだけど、僕的には<p.α.κ.>の修理の方が気になる」

『<メックス>の方、<SMBC>の成果じゃ無いのか』

「うん、そっちはもうデータをメールで貰ってるし。で、どうなのかな?」

 受話器越しに、少しだけ唸り声が聞こえた。

『多分、そこまで掛からないと思うが……核融合炉の出来次第だな。あれが問題無ければ、予定通り追加装備を実装だ』

「そっか、ありがと。じゃあ頑張ってね」

『おうよ。楽しみにしてろよ、<〝q〟p.α.κ.>は傑作だ』

 その言葉を聞いてから、タクは電話を切った。

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