いつも隣にいるあなたへ

小野神 空

いつも隣にいるあなたへ

寒い日にはやっぱりこたつだ。エアコンでも温かくなるからいいとは思うけれど、布団にくるまっているのが心地良いせいか、それとも日本人の血が流れているせいか、ついついこたつをつけてしまう。今日も寒い中でのバイトを終えて冷えた手を擦りながら急いで家へと向かっている。いつも作りすぎちゃったと言って料理をお裾分けしてくれるバイト仲間が、今日はおでんを分けてくれていつも以上に上機嫌で足取りが軽くなっているような気がした。そろそろ何かお返しをしなければ悪い気がするとは思っているのだけれど、俺の脳内はおでんのことでいっぱいで失礼だがそれどころではなかった。今日は大晦日で、おでんとこたつという冬場の最強の過ごし方を許されているのだから仕方ない。次会うのはしばらく後だし、それまでにゆっくり考えておくことにしよう。

家まであと少しというところで俺はポケットから鍵を取り出し、最短で家に入れる準備をする。ドアまでの距離と自分の走る速さ、そして腕の長さを計算して減速しないように鍵を差し込んで回す。完璧なタイミングだと自画自賛していたせいで俺は重要なことに気づかなかった。ここで鍵が開く音がしなかったこと。玄関に家族のものではない靴があったこと。そして……俺には常識では語ることが出来ない幼なじみがいるということだ。

「……何してるんだよお前」

「おーかえりー。やっぱりおこたにアイスっていう組み合わせはいいよねー。最強だねー」

こたつのテーブルに頬をくっ付けながら木で出来たアイスのスプーンをくわえているのは間違いなく隣に住んでいる幼なじみだ。なんでこんなに寒いのにアイスを食べているのかとか、なんで俺の家にいるのかとか、それ以前にここの家の鍵をどうやって手に入れたのかとツッコミたいところは山ほどあるが、それらを全てこいつだから仕方ないで片づけられるのが悲しい。

そんな俺の気持ちを全く気にせず、彼女は袋に入っている土鍋に気がつき目を輝かせていた。

「その中身なになに!?美味しいの?美味しいやつ!?」

「……おでんだよ。お前も食うか?」

「食べる!!」

冬にかき氷やアイスを好んで食べ、夏には鍋を食べたがる彼女でもこの時期のおでんの誘惑には勝てなかったらしい。……ただ食い意地がはっているだけか。

カセットコンロに火をつけ、土鍋を置くと既におでんの匂いが漂っている。これが温かくなった時のことを考えると、口の中から唾液が溢れてくる。

「まだー?ねえ、まーだー?」

「お前は待つことを少しは覚えろって。もっと温めないと美味しくないぞ」

「ぬぬぬ……早く温まれ……!」

念力をおくるかのようにおでんを見つめ続ける彼女を放っておいて、時計を確認する。もう22時を過ぎていてあと少しで新年だ。思えば今年も色々あったな……。

「はーやくーたーべたーいなー」

目を閉じて1年を振り返ろうとしたが、彼女の変な歌のせいで気分が狂わされ何も思い出せない。誰か(主に幼なじみ)といる時に自分の世界に入るのはよくないということだろう。そういうことにしておく。

俺も空腹で待てなくなってきて、そっと土鍋のふたを開けてみた。すると湯気と共に美味しそうな匂いが香る。匂いを堪能する間もなく、煮込まれた具たちをお皿によそう。手を合わせて冷ましてから口に入れると出汁が染みていてとても美味しい。テレビの音声を聞き流し、二人とも話すことなく黙々とおでんの美味しさに感動していた。バイト仲間よ、本当にありがとう。

「ご馳走様でした」

「ご馳走様―!いやー、美味しかった美味しかった」

彼女はそう言って寝転び、こたつに潜り込んだ。言動が完全におっさんだ。こんなところをクラスメートにでも見られたら何人がショックを受けるだろうかと想像したが、こんな姿も良いじゃないか!と言う彼らの姿が容易に想像出来て考えるのをやめた。

「ねえね!体も温まってきたし、そろそろ準備する?」

「もう寝るのか?日付変わるまでまだもう少し時間あるっていうのに」

「違うよ違うよ。神社で初詣だよ!少し歩くけど、今の時間ならまだ年越しには間に合いそうだし」

「わざわざこんな寒い時に出なくても明日にすればいいだろ。俺は年越したらすぐに寝たいんだ。バイトで疲れた」

「えー!?せっかくの年末だよ!?からの新年だよ!?寝るなんてもったいないよー!」

そうは言われても疲れたものは疲れた。俺は聞こえないフリをしてクッションを枕にして横になる。

「あれ?もう寝た?」

寝てる寝てる。寝息でもたてられたらいいのだけれど、真似が下手すぎてばれる恐れがある。黙っているのが正解だ。そういえば、こんな展開が前にもあったような……?

「それー!」

「んぎゃ!」

急にのしかかれて蛙が潰れたような声が出てきたような気がしたが痛みでそれどころではない。俺のお腹の上に座る彼女は何故か得意げだ。

「おっきろ!起きろ!!」

「ちょっと待て……!食った後はやばい!まじでやばい!色々と駄目なものが出てくるから!!」

もう少し体の下の方でも色んな意味でやばかったが、食後に腹を押されたら言葉にもしたくな何とか感に襲われる。

自分の体内がレッドゾーンを訴えてくる前に俺はギブアップした。

「分かったよ……行けばいいんだろ?」

「やった!じゃあ、着替えてくるから君も早く用意してね?」

彼女はとどめに俺の鳩尾を押し込んで立ち上がると風のように走っていった。俺は痛みに耐えながらそれを見送り、用意を始めることができたのは2分後のことだった。


「ひゃー、さむーい!」

「ほんと一段と冷えるな……」

コートにマフラーに手袋を装備しても生地を貫いてくる冬の風の冷たさに体を縮こませてしまう。守れていない顔は表情が固まってしまうほどに冷たい。わざわざこんな時に外に出なくたっていいのに。

隣を見ると寒い寒いと言いながら元気が有り余っている幼なじみがはしゃいでいた。神社に着くまでに疲れて静かになってくれればいいけれど。

田舎町……というと田舎の人たちに怒られそうだけど、都会とは言えないこの街の神社は多くの人たちで賑わっていた。せいぜい数十人しかいないと思っていたが、100人を超えているのは隣で彼女が数えていたので分かった。110を超えたあたりで疲れて数えるのをやめていたからそれ以上は分からないけれど。

除夜の鐘を聞きながら参拝の列に並んでいると年が変わる時間が近づいていた。

「あっ、あと5分で2015年も終わっちゃうよ!今のうちに何か来年のお願いしておこうっと」

「流れ星じゃないんだからよ……。それにお願いはこれから神様にするんだろ?」

「お星様にお願いするのもいいけど、これから神様にお願いするのに嫉妬しちゃわないかな?お願いはしないで今は考えるだけにしよう」

「神様ってもっと心が広いイメージがあるんだけど」

「神様だってもしかしたら乙女なのかもしれないよー?……あっ」

唐突に変な声をあげて何事かと思ったら、彼女は俺にスマホの画面を向けて微笑んだ。

「あけましておめでとう」

「おう。おめでとう」

俺達はいつも通り顔を見合わせて笑いあった。この1年あっという間だったと考えているうちに参拝の順番が来ていた。財布の中に10円と5円が入っているのを確認して1枚ずつ投げ込む。あやふやになっていた幼なじみに二礼二拍一礼を教えてお願いを考える。特にこれといって決まらなかったから、少し欲張って成績アップとか旅行がしたいとか病気にならないようにとか思いつく限り願っておいた。

目を開けて隣を見ると彼女はまだ目を閉じて口を動かしている。俺もそこそこ願っていたと思うが、それ以上に欲張りなところが彼女らしい。

「よし!お願い終わり!」

「ずいぶんたくさんお願いしたんだな。何を願ったんだ?」

「へっへっへ。内緒だよー。言ったら願いは叶わないって言うでしょ?」

「そんなの迷信だろ。口にだしてこそ叶うってもんだと思うけどな」

「そうかなー?じゃあ、1つだけ教えてあげる。君といつまでも仲良くいられますようにってお願いしたんだ」

彼女は少し恥ずかしそうで、どこか嬉しそうだった。俺はこの状況が当たり前で当然いつまでも続くものだと思っていたが、これから先どうなるかなんて誰も分からない。それに気がついてお願いしてくれて嬉しいと思うと同時に自分を少し恥じた。

財布から5円を取って放り投げる。賽銭箱に入り、小銭がぶつかる音が聞こえた。

「なんでまた入れたの?」

「追加のお願いが出来たから。大事なことをすっかり忘れてた」

いくら少しボケてる彼女でも話の流れで何を願ったのか察したらしい。自分から言ったくせに恥ずかしそうに顔を隠した。

「あー……ほら!甘酒配ってるよ!寒いから温まろ!」

困ったら考えないで行動にうつすのが彼女らしい。先行く彼女を見つめ、今年も良い1年になりそうだなと思いながら俺は彼女の後を追いかけた。

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