第五章 破壊の杖

破壊の杖①




 翌朝……。

 トリステイン魔法学院では、昨夜からの蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。


 何せ、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたのである。


 それも、巨大なゴーレムが、壁を破壊するといった大胆な方法で。


 宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きな穴を見て、口をあんぐりとあけていた。

 壁には、『土くれ』のフーケの犯行声明が刻まれている。


『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』


 教師たちは、口々に好き勝手なことを喚いている。


「土くれのフーケ! 貴族たちの財宝を荒らしまくっているという盗賊か! 魔法学院にまで手を出しおって! 随分とナメられたもんじゃないか!」

「衛兵はいったい何をしていたんだね?」

「衛兵などあてにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴族は誰だったんだね!」


 ミセス・シュヴルーズは震え上がった。

 昨晩の当直は、自分であった。

 まさか、魔法学院を襲う盗賊がいるなどとは夢にも思わずに、当直をサボり、ぐうぐう自室で寝ていたのであった。

 本来なら、夜通し門の詰め所に待機していなければならないのに。


「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたなのではありませんか!」


 教師の一人が、さっそくミセス・シュヴルーズを追及し始めた。

 オスマン氏が来る前に責任の所在を明らかにしておこうというのだろう。


 ミセス・シュヴルーズはボロボロと泣き出してしまった。


「も、申し訳ありません……」

「泣いたって、お宝は戻ってはこないのですぞ! それともあなた、『破壊の杖』の弁償できるのですかな!」

「わたくし、家を建てたばかりで……」


 ミセス・シュヴルーズは、よよよと床に崩れ落ちた。

 そこにオスマン氏が現れた。


「これこれ。女性を苛めるものではない」


 ミセス・シュヴルーズを問い詰めていた教師が、オスマン氏に訴える。


「しかしですな! オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは当直なのに、ぐうぐう自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」


 オスマン氏は長い口ひげをこすりながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。


「ミスタ……、なんだっけ?」

「ギトーです! お忘れですか!」

「そうそう。ギトー君。そんな名前じゃったな。君は怒りっぽくていかん。さて、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」


 オスマン氏は、辺りを見回した。

 教師たちはお互い、顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 名乗り出るものはいなかった。


「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、我々全員じゃ。この中の誰もが……、もちろん私を含めてじゃが……、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど、夢にも思っていなかった。何せ、ここにいるのは、ほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで、虎穴に入るのかっちゅうわけじゃ。しかし、それは間違いじゃった」


 オスマン氏は、壁にぽっかりあいた穴を見つめた。


「このとおり、賊は大胆にも忍び込み、『破壊の杖』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。責任があるとするなら、我ら全員にあるといわねばなるまい」


 ミセス・シュヴルーズは、感激してオスマン氏に抱きついた。


「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲のお心に感謝いたします! わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」


 オスマン氏はそんなシュヴルーズの尻を撫でた。


「ええのじゃ。ええのよ。ミセス……」

「わたくしのお尻でよかったら! そりゃもう! いくらでも! はい!」


 オスマン氏はこほんと咳をした。

 誰も突っ込んでくれない。場を和ませるつもりで尻を撫でたのである。

 皆、一様に真剣な目でオスマン氏の言葉を待っていた。


「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」


 オスマン氏が尋ねた。


「この三人です」


 コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた三人を指差した。


 ルイズにキュルケにタバサの三人である。

 才人もそばにいたが、使い魔なので数には入っていない。


「ふむ……、君たちか」


 オスマン氏は、興味深そうに才人を見つめた。

 才人はどうして自分がじろじろ見られるのかわからずに、かしこまった。


「詳しく説明したまえ」


 ルイズが進み出て、見たままを述べた。


「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗ってた黒いメイジがこの宝物庫の中から何かを……、その『破壊の杖』だと思いますけど……、盗み出したあと、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を越えて歩き出して……、最後には崩れて土になっちゃいました」

「それで?」

「後には、土しかありませんでした。肩に乗ってた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなってました」

「ふむ……」


 オスマン氏はひげを撫でた。


「後を追おうにも、手がかりナシというわけか……」


 それからオスマン氏は、気づいたようにコルベールに尋ねた。


「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

「それがその……、朝から姿が見えませんで」

「この非常時に、どこに行ったのじゃ」

「どこなんでしょう?」


 そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。


「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」


 興奮した調子で、コルベールがまくし立てる。

 しかし、ミス・ロングビルは落ち着き払った態度で、オスマン氏に告げた。


「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

「調査?」

「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこのとおり。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル」


 コルベールが慌てた調子で促した。


「で、結果は?」

「はい。フーケの居所がわかりました」

「な、なんですと!」


 コルベールが、素っ頓狂な声をあげた。


「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」

「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」


 ルイズが叫んだ。


「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」


 オスマン氏は、目を鋭くして、ミス・ロングビルに尋ねた。


「そこは近いのかね?」

「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」


 コルベールが叫んだ。


 オスマン氏は首を振ると、目をむいて怒鳴った。

 年寄りとは思えない迫力であった。


「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上……、身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」


 ミス・ロングビルは微笑んだ。

 まるで、この答えを待っていたかのようであった。


 オスマン氏は咳払いをすると、有志を募った。


「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」


 誰も杖を掲げない。

 困ったように、顔を見合わすだけだ。


「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」


 ルイズは俯いていたが、それからすっと杖を顔の前に掲げた。


「ミス・ヴァリエール!」


 ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた。


「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないじゃないですか」


 ルイズはきっと唇を強く結んで言い放った。

 唇を軽くへの字に曲げ、真剣な目をしたルイズは凛々しく、美しかった。

 才人は口をぽかんとあけて、そんなルイズを見つめていた。


 ルイズがそのように杖を掲げているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げた。

 コルベールが驚いた声をあげた。


「ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」


 キュルケはつまらなそうに言った。


「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」


 キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。


「タバサ。あんたはいいのよ。関係ないんだから」


 キュルケがそう言ったら、タバサは短く答えた。


「心配」


 キュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめた。

 ルイズも唇を噛み締めて、お礼を言った。


「ありがとう……。タバサ……」


 そんな三人の様子を見て、オスマン氏は笑った。


「そうか。では、頼むとしようか」

「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

「い、いえ……、わたしは体調がすぐれませんので……」

「彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」


 タバサは返事もせずに、ぼけっと突っ立っている。

 教師たちは驚いたようにタバサを見つめた。


「本当なの? タバサ」


 キュルケも驚いている。

 王室から与えられる爵位としては、最下級の『シュヴァリエ』の称号であるが、タバサの年でそれを与えられるというのが驚きである。

 男爵や子爵の爵位なら、領地を買うことで手に入れることも可能であるが、シュヴァリエだけは違う。

 純粋に業績に対して与えられる爵位……、実力の称号なのだ。


 宝物庫の中がざわめいた。

 オスマン氏は、それからキュルケを見つめた。


「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」


 キュルケは得意げに、髪をかきあげた。


 それから、ルイズが自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張った。

 オスマン氏は困ってしまった。

 誉めるところがなかなか見つからなかった。


 こほん、と咳をすると、オスマン氏は目を逸らした。


「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!」


 それから才人を熱っぽい目で見つめた。


「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」


 オスマン氏は思った。

 彼が、本当に、本当に伝説の『ガンダールヴ』なら……。

 土くれのフーケに、後れを取ることはあるまい。


 コルベールが興奮した調子で、後を引き取った。


「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー……」


 オスマン氏は慌ててコルベールの口を押さえた。


「むぐ! はぁ! いえ、なんでもありません! はい!」


 教師たちはすっかり黙ってしまった。

 オスマン氏は、威厳のある声で言った。


「この三人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」


 誰もいなかった。

 オスマン氏は、才人を含む四人に向き直った。


「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」


 ルイズとタバサとキュルケは、真顔になって直立すると「杖にかけて!」と同時に唱和した。

 それからスカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。

 才人も慌てて真似をした。

 スカートをはいてなかったので、上着の裾で我慢する。


「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」

「はい。オールド・オスマン」

「彼女たちを手伝ってやってくれ」


 ミス・ロングビルは頭を下げた。


「もとよりそのつもりですわ」




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